5.二人は色々と調べる。
所変わって、MBSF研究会部室…部室のドアが開き、梨紅が中に入って来た。
「あれ?誰もいない…」
一真と自分の着替え一式を机の上に乗せ、窓際の椅子…もはや、梨紅の指定席と言っても過言では無いだろう…そこに腰掛け、梨紅は一真にテレパシーを送ってみた。
(…一真?)
(な…あぁ!!あ~~チクショォ!!何!?)
タイミングが悪かったようだ。
(えっと…今どこ?)
(体育館!)
(何してるの?)
(修業!)
(…見学しても良い?)
(御自由にどうぞ!)
それを最後に、一真にテレパシーを切られてしまった。
「…ま、行ってみようかな…体育館。」
梨紅は、たった今座ったばかりの椅子から立ち上がり、直ぐに部室から出て、体育館へ向かった。
…梨紅が出て行ってから5分後。
「あれぇ?誰もいないの?」
部室の扉を開け、恋華が入って来た。
「むぅ…人にお使い頼んでおいて、まー君たらもぉ…」
恋華は携帯を取り出し、発信履歴の1番上の番号に電話をかける。もちろん、その番号は…
『…もしもし?』
「まー君!?今どこ?何してるの?」
『…えっと、1年D組の教室で…』
「ふんふん、教室で?」
『…幽霊探して…』
ピッ!
正義が言い終わる前に、恋華は電話を切った。
「…お留守番してよっと…」
そう言うや否や、恋華は部室内を物色し始めた。
「な~ん~かな~い~かな~…ん?」
恋華は木製の棚の中から、1冊のノートを取り出した。
「MBSF研究会、活動記録…」
恋華は少しためらいがちに、その1ページ目を開いた。
___________
5月9日、水曜日。
部活に入って2日目…
最初の活動記録を付けてるのが、なんでオレなのかが非常に納得がいかない今日この頃…
昨日入ったこの部活…
活動なんて、勉強するか遊ぶしかないので、活動記録もクソも無いと思うけど、とりあえず書こう…
数学の宿題
談笑
以上。
久城一真
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「…」
恋華はコメントに困った。どんな部活なのか、さっぱりわからない…
「…SF?」
疑問は尽きない…だが、活動記録を読む恋華の背後に、忍び寄る影が…
「……泥棒?…」
「はぅあ!!」
恋華は驚き、奇声を上げる。
「も…もぉぉ!!豊君、おどかさないでよぉ!あ~ビックリ…」
恋華は何事も無かったかのように、活動記録を所定の位置に戻した。
「…ぅわあ…」
体育館に入った梨紅は、ドアを閉める事も忘れ、中で起こっている光景に見とれていた。
白い球体が、バスケットボールを弾く…素早く反対に回り込み、また弾く…弾く…弾く…
球体の進んだ後に白い光が残り、体育館中に白い軌跡が張り巡らされ、幻想的な光景を作り出す…
「綺麗…花火みたい…」
そう…ボールを弾く音が、ちょうど花火の火花が散る時の音を奏でている…
「もっと速く…"アクセル"」
一真の言葉に呼応するように、球体がスピードを上げる…凄まじいスピード故に、球体が複数に見える程だ。
アクセル…対象の動きを加速させる、強化魔法である。
球体の加速と同時に、ボールを弾く音にも変化が現れた。1度弾いてから次に弾くまでに一瞬の間も無く、球体は高速でボールを弾き出したのだ…そして、
「きゃ!」
「…」
バスケットボールは、爆発音に近い破裂音とともに、跡形もなく弾け飛んだ。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
体育館の中に、一真の荒い呼吸音だけが響く。
「…一真?」
恐る恐る、梨紅が一真に話しかけた。
「…梨紅、見てたんだ…」
「御自由にどうぞって言われたから…」
「…言ったっけ?」
「言いました。」
「あぁそう…でも、とりあえず今日は終わりだ…疲れた…」
ふらふらになった一真は、壇上から飛び降り、着地と同時に床に倒れ込んだ。
「一真!?大丈…」
「冷たくて気持ち~」
「…夫、みたいね…」
「梨紅…オレさ、昨日の事…全部わかったよ。」
「…え?」
脈絡も無く、一真が言った。
「魔法陣なんて、書くのダルいし…戦闘中に書いてる暇ねぇ~、とか思ってて、全然使ってなかったけど…」
一真は首を横に向け、梨紅を見てから続ける。
「魔法陣には、魔法のコントロールと、魔法使用者の負担軽減の効果があるらしいんだ…」
「…?」
「つまり、効果の高い魔法は使用者の負担も大きくなる…その負担を、魔法陣が代わりに引き受けてくれる…だから、強い魔法には複雑な魔法陣や、複数の魔法陣が使われるんだ…」
「…なんとなくわかった。」
「そして昨日…オレは魔法陣無しで、強力な魔法を使おうとした…」
「ディバイン・バスター?」
「そう…多分、魔法陣無しであれを使ってたら…」
一真は上体を起こし、胡座をかきながら言った。
「…オレ達、吹き飛んでたと思う…」
「怖ぁ…じゃあ、あの時見た映像は?」
「多分…多分だぞ?オレ達を護る為に、身体が…前世の記憶を…」
「引っ張り出した?なら、あの時…映像を見た後、少し時間が戻ってたのは?」
「…前世からの贈り物とか?」
解答が投げやりになってきた一真…それを察したのか、梨紅は1度、溜め息を吐いた。
「…まぁ、そういう事にしておこうか…考えても解らなそうだしね…じゃあ一真、そろそろ部室に帰ろ?」
「ん…そうだね…」
一真は立ち上がり、梨紅に続いて体育館を出た。
「…そういえば梨紅、昨日聞こうと思ってたんだけどさ…」
「何?」
「…(バスター)って、どうやって捻り出したん?」
「どうやってって…頭の中に浮かんできたのよ、(バスター)が。」
「…前世の記憶とか、関係あるのかな…ほら、あの2人も使ってたじゃん?」
「…ううん、違うと思う…だってあの2人、ディバイン・バスターって言ってなかったでしょ?」
「…え?」
一真は思わず足を止めた。
「…いや、言ってただろ?ディバイン・バスターって…」
「言ってないよ、聞こえなかったけど…口の動きが全然違ってた。」
「…あれぇ?」
一真の考えを全て覆す、驚愕の事実が発覚した…
「じゃあもう、何がなんだかわからねぇじゃん…」
一真は呆けた顔をして、力無くそう言った。
「…もうダメ、もぉヤル気出ない、もぉ帰る…」
「突然何!?そんな落ち込まないでよ、大丈夫だって!そのうち解るよきっと、うん!」
梨紅が一真を励ましながら、部室に向かって一真の肩を押して行く。
「絶対無理だ、もぉありえない、飯食って帰る…」
「ご飯は食べるんだ…」
ネガティブ一真を引き連れ、梨紅は部室を目指して進んで行く。
MBSF研究会部室…5人全員が着席済みであり、恋華の買ってきた弁当を食べたりしている。
「全員揃った所で、報告を兼ねた会議を始めたいと思う…が…」
豊、正義、恋華の3人が、窓際の席に座る廃人に視線を送る。
「…」
弁当を開ける事も無く、ただただ弁当を見つめる一真…俗に言う、死んだ魚の目だ。
「…一真、どうした?」
「…」
正義が問いかけるが、一真は何の反応も見せない…
「あ~…ちょっとね、色々あったの…気にしないで良いよ?多分すぐに復活するから、始めちゃって?」
「…そうか、なら先に始めておく事にしよう。」
梨紅に促され、正義は報告会議を始めた。
「まずは報告から…オレは、幽霊らしき物は見つからなかった…豊はどうだ?」
「…眠っていた幽霊を起こして…話を聞いた…」
「おぉ、有力な情報だな…」
「…幽霊って眠るんだ…」
一真の代わりに、梨紅が指摘した。
「一真は…まぁ、見つからなかった事にしておこう…では豊、幽霊から得た証言を頼む。」
「…」
正義に指名され、豊は立ち上がる。たっぷり間を開けて、豊は言った。
「…結論を言えば、犯人は幽霊だった。」
「「…え?もう結論?」」
正義と梨紅が同時に言った。
「どうやら…生前、もの凄くテンションが高く、学校行事が何より大好きだった幽霊が、学校に活気を求めて…」
「「迷惑甚だしい」な…」わね…」
一真の代わりをしっかりこなす梨紅…ここで、恋華が口を挟んだ。
「…豊君って、無口キャラじゃなかったんだ…」
「…ここ最近、よく言われる…」
「…それで、その犯人の幽霊ってのは…」
「…」
豊は再び、たっぷり間を開けて言った。
「…夜は眠いからって、誰からもこれ以上の話は聞けなかった…昼間に来いって…」
「オレはそいつらを幽霊とは認めねぇぇぇ!!!!」
一真復活…
「なんだそいつら!!幽霊って普通夜行性じゃね!?」
「お、復活した…」
「ほら、言ったでしょ?」
「そう言われても…幽霊にも個性って物があるからさ…」
「個性も何も、夜は眠い?昼間来い?それ幽霊じゃないだろ!ちょっと影の薄い生徒だって!」
「カズ君…それはちょっと無理があると思うよ?」
そう恋華が一真に言った時、梨紅が正論を言った。
「…でもさ、幽霊が出るのが昼間なら…今日学校に泊まる意味は…」
「…無いな。」
「無いね…」
「無い…」
「…よし、飯食って帰ろう。」
そう言って、一真は包みを開け、弁当を食べ始めた。
「…そうだね、ご飯だけいただいて帰ろうか。」
梨紅も弁当に手を付ける。
「…」
豊も無言で弁当をつつく。
「…今日は無駄足だったか…明日にでも、もう1度集まるか?」
言いながら、正義も弁当に箸を伸ばす。
「明日かぁ…豊君の情報収集次第だよね、幽霊見えるの豊君だけみたいだし…」
恋華はパスタをフォークに絡め、口へ運ぶ。
「…ところで、この弁当って重野の奢り?」
一真が恋華に聞くが、恋華は首を横に振った。
「ううん、まー君の通帳から…」
「…おい恋華?何してんだお前…」
「え?」
「え?じゃないだろ…窃盗だぞそれは!しかも、まー君って言うな!」
((ここに来て指摘…))
「正義の奢りか…サンキュー正義。」
「ありがと正義君♪」
「……ゴチになります…」
「え?いや、その………はぁ…」
結局、この日の夕飯は正義の奢りとなり、暖のポジションに正義が絡み始める結果となった。
だが、正義への感謝の気持ちより、ある疑問が…豊以外の4人の頭に浮かんだ。
((((…ゴチになります?))))
「………?」
豊のポジションが、今一定まらないまま…この日はお開きになった…
翌朝の話になる。
結局、学校に泊まらず自宅へ帰った5人…日曜日の今日も、クラスの練習で学校に集まる手筈になっているので、また練習後に集まる事になるのは明白だ…
そんな日の朝…
時刻は、6時30分…
「……ん…」
この日、何故か一真は、平日より30分も早く起きてしまった。理由は…明確だった。
「…おい。」
一真に抱き着きながら、梨紅が眠っていたのだ。
「…」
一真は、二度寝しようと目を閉じた。しかし…
「おへ!」
「むん…やっと起きたぁ?」
梨紅が一真にのしかかってきた。
「もぉ…全然起きないんだから…」
「そのセリフ…まず、お前が目を開けてから言え…」
一真は上体を起こしながら、梨紅を抱き起こした。
「…眠い。」
「オレも眠い…てか、なんでオレを起こそうとしてたんだよ…」
「…沙織から電話が来て…」
「またか…でもお前、今は正気を保ってんじゃねぇの?」
「…一応…多分…」
「起きろよ~、オレを起こしたくせにこの野郎…」
一真は梨紅を揺すり、目覚めを促すが…
「…Zzz」
「こいつ…完全に寝やがった…」
一真は溜め息を吐きつつ、梨紅をベッドに横たわらせ、自身は階下のリビングへ向かった。
「…あらカズ君、今朝は早いのねぇ?」
リビングには、既に美由希が起きてきていた。
「おはよ…梨紅にベッド盗られたんだよ…」
「あらあら、じゃあ朝ごはんは…」
「うちで食べるんじゃない?」
「カズ君は?梨紅ちゃんと食べる?」
「うん、父さんの部屋にいるから、梨紅が起きて来たら呼んで?」
「は~い。」
美由希の返事を聞くと、一真はリビングから出て行った。
~7時30分~
「…ふわぁ…」
梨紅がリビングに入って来た。
「おはよう梨紅ちゃん。朝ごはん食べる?」
「おはようございます…すいません、いただきます。あの…」
「あぁ、カズ君ならお父さんの部屋にいるわよ?悪いけど、呼んで来てもらえるかしら?カズ君も朝ごはんまだなのよ。」
「わかりましたぁ…」
梨紅はリビングを出て、廊下の奥の部屋のドアを開けた。
「一真ぁ~…ご飯だよぉ~…」
「ん~…げ、もう7時30分…また怒られるなこりゃ…」
「カムイがあるじゃん…」
「いや、疲れるんだって、あれ…」
一真と梨紅はリビングに戻り、テーブルに着いた。
「「いただきます。」」
「はい、召し上がれ。」
~5分後~
「ごちそうさまでした。一真、学校の支度が終わったら部屋で待ってて?」
「ん~。」
一足先に朝食を済ませ、梨紅はリビングを出て行った。
「カズ君、今日も遅くなるの?」
「多分…」
「じゃあはい、お弁当と水筒♪」
「ん、ありがと母さん。ごちそうさまでした。」
一真もリビングを出て、2階の自室へ向かった。
~7時50分~
支度を終えた一真は、梨紅を待っていた。
「お待たせ~、沙織が早く来いって…」
「こっちにもかかってきた…暖からだったけど。じゃ、行くか…」
一真は、足下に魔法陣を展開した。
「あれ?カムイは?」
「後で。魔法陣の飛行魔法を試してからな?」
一真はバックを掴み、梨紅の手を握り、呪文を唱えた。
「"ソア・フェザー"」
魔法陣が緋色に輝き、それに呼応するように一真の両足が緋色に光る。
「よし、行くか!」
一真は窓に向かって足を一歩踏み出した。直後、一真の頭が天井にぶつかり、鈍い音がした。たった一歩踏み出しただけで、一真の体が飛び上がったのだ。
一真は頭にタンコブを作り、窓の外に出た…
「…室内で使うなって事だな…」
「…舌噛んだ…」
2人でしかめっ面をしながら、学校を目指して飛んで行く一真と梨紅…
「スピードは…スカイぐらいか、まずまずだ…コントロールも出来るし…」
一真は空中で円を描くように飛び、再び学校へ向かう。
フライなら多少はコントロール出来たのだが、スカイ…カムイは共に、そのスピード故に直線的な動きしかできなかったのだ。
「確かに速いけど…一真?」
「ん?」
「…あと1分で着く?」
梨紅が一真に携帯を開いて見せる。
~7時59分~
「…"カムイ"!」
急激な加速…一真は学校へ向かって一直線に飛んで行く。
「結局使うんじゃなぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
「…着いたぁ…」
梨紅が悲鳴を上げる前にツッコミを入れた結果、悲鳴を上げる事無く学校に到着してしまった。
「…今から悲鳴上げていい?」
「やめてくれ…」
一真はげんなりしながら、校庭に着地した。
「…で、どんな状況だ?これ…」
「…さぁ?」
校庭に着地した2人は、異様に騒がしい体育館に直行…
中では、何やら3年と1年が言い合いをしているようで…
「…とりあえず、現状を把握したい所だな。」
「オレが説明しよう。」
「あ、正義君と恋華ちゃん。おはよ~」
2人の背後に、正義と恋華が立っていた。
「おはよ~梨紅ちゃん!カズ君も♪」
「おはよ…で、正義…どうなってんだ?」
「現在…1年と3年で、体育館の使用に関する議論が行われている。」
「…はぁ?」
「3年の言い分はこうだ…『1、2年と違い、オレ達には極楽亭の無料食べ放題チケットがかかっているんだ!3年を優先しろ!』」
「正論だわなぁ…で、1年は?」
「『こっちだって極楽亭の無料食べ放題チケットがかかってる、平等に時間を取るべきだ!』」
「なんて迷惑な話だ…」
一真は苦笑いしながら、どうしようも無い1年生に視線を向けた。
「…先生は?」
「既に手配済みだ。そろそろ来るはずだが…」
「…ところでカズ君?」
「何?」
「…梨紅ちゃん、行っちゃったよ?」
「…え?」
一真は振り返り、さっきまで梨紅がいた所を見る…が、梨紅はそこにはいない。
「…」
再び1年の集団に目をやると、先頭の方に梨紅の姿が見えた。
一真は、頭を抱えながら言った。
「…よし、梨紅は頭数から外そう。」
「良いのか?」
「もう、めんどくさいから…あのまんま放っとこう。それより、豊は?」
「豊は、学校中を回って情報収集を…」
正義がそう言った所で、ようやく先生達がやって来て、1年と3年の言い争いは鎮圧された…
結局、体育館は3年が使用する事になり、1年が追い出される形になった。
「…とりあえず、クラスに合流してくるわ…正義達は?」
「オレ達も合流だな…じゃ、豊からの報告があり次第、一真の携帯にメールする形で…」
「おぅ、そんじゃまたな?」
「ばいば~いカズ君♪」
一真は2人と別れ、さりげなくクラスの中に紛れ込んだ。
「…想定外よ…まさか、体育館を奪われるとは…」
場所はC組の教室に移り、教卓に立つ沙織が、重々しい雰囲気で言った。
「このままだと、極楽亭の無料食べ放題チケットに手が届かないわ…」
(元から届かないんだけどな…)
一真は内心苦笑し、自席で沙織の話を聞いていた。
「自主練をするにも、この周辺にはバスケが出来る場所が無いわ…だから、今日は解散。各自、しっかり練習するように…」
そう言って、沙織も自席へ戻る。しかし…解散と言われたにも関わらず、誰一人…席を立つ者はいない。
「…」
この空気の中席を立つのは、非常に勇気がいるだろう…だが、一真は席を立った。
クラスメートが一真の方を見つめる中、一真は言った。
「…ボ~ッとしてる場合じゃないだろ?お前ら…本当に無料食べ放題チケットが欲しいなら、早く帰って自主練始めるべきなんじゃないか?」
そう言って、一真は教室を出て行った。
一真が、昇降口へ向かって廊下を歩いていると、クラスメート達が物凄い勢いで一真を追い抜いて行った。
「…」
「久城君、見直したよ!」
呆気に取られて立ち止まる一真の肩を、水月が背後から叩いた。
「久城君って、クールな熱血系だったんだね!あ、私も早く帰らなきゃ…じゃね!」
そう言って、水月も一真を追い抜いて行った。
「…単純と言うか、何と言うか…」
一真は顔をひきつらせ、再び歩き出した…そして、ある疑問が頭に浮かんだ。
(…クールな熱血系って…何だ?)
その日の夜、正義から一真にメールが届いた。
件名は、豊からの報告
___________
予定通り、豊からの報告を伝える。
本日、寺尾豊は30体の幽霊に遭遇。その半分を浄霊…どうやら、悪霊だったらしい。
「…何やってんだあいつ…」
残りの半分は、豊に協力してくれるらしい。情報も手に入り、収穫は多いとの事だ。
まず、犯人の幽霊は騒がしい事が相当好きであり、自身も騒がしく、他の幽霊は迷惑しており、他の幽霊が豊に犯人の浄霊を依頼する程…
そして、犯人の幽霊の居場所は不明…だが、その幽霊が確実に現れるとすれば、球技大会最終日…決勝戦を行っている最中の体育館だろう…と、全ての幽霊が予想しているそうだ。
よって、犯人の討伐は最終日の決勝戦の最中に行う事になる。当日、オレが受信用の小型トランシーバーを配布するので、一真にはタイミングを合わせて犯人の動きを封じてほしい。
よろしく頼む。以上、報告終わり。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「…」
一真は(なんかもうマジでめんどくさいな) 等と思いながら、正義に短く「了解」とメールを返信し、部屋の電気を消し、就寝した。
月曜日…を、飛ばして、火曜日の朝まで時間を進める。
一真の部屋、一真のベッドで…
…一真が、死んでいた。
「…すぅ…」
もとい、死んだように眠っていた。
昨日…つまり、月曜日の話だが…一真にとって最悪の1日だったのだ。
それはもう、作者が書くのを躊躇う程…酷かった。
例を上げてみようか…
朝4時、梨紅にボディープレスで叩き起こされる。
朝5時~朝8時、体育館でバスケ。
朝9時~正午、何故か授業が全てバスケ…担任の監視付き。
正午~1時、昼食…一真、弁当を忘れ、購買の弁当も売り切れのため、飯抜き。
1時~4時、再びバスケ…隙を見て抜け出し、自販機でスポーツドリンクを買おうとするも、商品が出て来ない。
朝からのイライラが積もりに積もって、自販機に八つ当たり…数回蹴ると、スポーツドリンクが出て来た。
喜びもつかの間、独身体育教師、阿部に目撃され、説教…
5時~8時、自主練と称してバスケをやらされる…
帰りに、本を予約するのを忘れていた事に気付き、本屋へ…しかし、その本の予約がいっぱいだったため、一真は予約ができなかった。
これが、一真への『とどめ』となった。
傷心の一真、帰宅するも夕飯を食べる気になれず、そのまま部屋へ…
そして就寝…今に至る。一真にとって、まさに『至上最悪の1日』となったわけだ。
「…すぅ…」
幸せそうな寝息を立て、一真は眠っている…
「…」
目覚まし時計の、7時を知らせるアラームが、部屋に響きだした。
「…」
そんなもん知ったこっちゃない…と、言わんばかりに無視する一真。
しかし…目覚ましのアラームが…止まった。
「…?」
確かに、一真の目覚まし時計のアラームは、10分もすれば自動的に止まる仕組みになっている…しかし、おそらく…アラームが鳴ってから、まだ1分も経過していない。
…ここで考えられる可能性は2つ…
母親の美由希が止めたか、梨紅が止めたかだ。
「…え?」
が、一真の予想は外れた。
「おはよ~カズ君♪」
アラームを止めたのは、重野恋華だった。
「…重野?」
「うん?なぁに?」
「えっと…とりあえずおはよう」
「おはよ~♪」
「うん…で?なんで重野がここに?」
最もな質問である。
「えっと…様子見?ほら、昨日はカズ君元気無かったし…」
「昨日…?重野と会ったっけ?」
「はぅあ!重症だよぉ…大丈夫?」
「…昨日1日で、精神力を根こそぎ刈り取られた感じ…はぁ…」
一真はベッドに横たわったまま、額に手を乗せて溜め息を吐いた。
「きっと、今日は良いことあるよ…ほら、朝1番に女の子の顔が見れた~とか♪」
「…驚きで、逆に精神力削られた感じ…まぁ、新鮮ではあったけどね…」
「はぅあ…効果無し…」
「…てか重野、何処から入った?」
「え?窓から…開けっぱなしだったから。」
「…よく屋根に上れたな…運動神経良いのか?」
「ううん、運動は全然だよぉ…あ!そろそろまー君が待ちくたびれちゃうから、あたし行くね?」
窓に向かう恋華を、上体を起こして見送る一真。
「…重野。」
「うん?」
「ありがと。」
「えへへ♪じゃあまた学校で!」
そう言って、恋華は窓から飛び降りた。
「…オレもそろそろ準備するかな…」
一真が時計を見ると、時計の針は、7時5分を指していた。
「…?」
一真が教室に入ると、中には誰もいなかった。だが、バッグはある…つまり…
「…今日もバスケかよ…」
一真は溜め息を吐き、ダラダラとジャージに着替え始めた。
たっぷり時間をかけ、着替え終えた一真は、教室から出ようと、ドアを開けた。
「……おはよう…」
そこには、豊が立っていた。
「よぉ、おはよう豊…どうした?」
「渡す物があってね…」
そう言って、おもむろにサイフを取り出す豊。
「…豊に金貸したっけ?」
「借りてないよ…これ」
豊が取り出したのは、本屋の予約控えだった。
「お前それ…まさか!?」
「…『黄昏魔法戦記、最終巻』の、予約控え…」
黄昏魔法戦記…魔法使いの学校に通う主人公と、その仲間達と魔王との戦いを描いた、大人気の小説である。
「…昨日、予約できなかったんだよオレ…」
「知ってる…だから、あげるよ…」
「え…何言ってんだよ豊!お前だって読みたくて予約したんだろ?」
「実は…」
豊は予約控えを一真に持たせ、サイフからもう1枚予約控えを取り出した。
「…予約したの忘れてて、もう1冊予約しちゃったんだ…」
「…なら、本当に?」
豊は頷く。
「もらってくれ…読み終わったら、一緒に語ろう…」
「…友よ!」
固い握手を交わす2人。一真のモチベーションが、この日1番の値を記録した瞬間だ。
豊と別れて教室に戻り、上機嫌でサイフに予約控えを入れようとした一真…
「…!!!」
しかし、その表情は一瞬で、この世の終わりを目撃したような、絶望的な表情に変わった。
「か…金が足りねぇ…」
黄昏魔法戦記の定価は、4200円…一真のサイフには、3305円しか入っていなかった…
ゴールデンウィークの出費が、1ヶ月経過してもまだ響いているのだ。
「…どうする、オレ…」
いらん苦悩を始めた一真…そこに、豪快にドアを開けて梨紅が入って来た。
「一真遅い!」
「梨紅!1000円貸して!」
「嫌!」
近年稀に見る高速のやり取りだ…
「…3日で900円か…来月の小遣い前借り出来るかな…」
「いいから早く来なさい!練習試合なんだから、一真がいなきゃ出来ないでしょ!」
「もぉヤル気でねぇよぉ…燃え尽きた燃え尽きた…」
「もう良いわ、引きずってくから!」
梨紅は一真の腕を掴んで、全力で駆け出した。
「いだだだだだだだだ!!!!!!」
一真の声を無視し、梨紅は走り続ける。
途中、並んで歩く正義と恋華を追い抜いた。
(あ!助けてくれ正義!重野!)
心の中でそう叫びながら、一真は左手を2人に向かって伸ばした。
「あ、カズ君が手ぇ振ってる!」
恋華は満面の笑みで、一真に手を振って来た。
(違う…違うんだ重野ぉぉぉぉぉ…)
今にも泣きそうな表情で、一真は梨紅と共に階段を降りて行った。
「…恋華、あれは多分…助けてほしかったんだと思うぞ?」
「…え?」
…まぁ、例え一真の本心が正しく伝わったとしても…正義達に、一真を助ける事はできなかっただろう…
「…限界。」
昼休みの事だ。今日は忘れずに持って来た弁当と水筒を持ち、一真は体育館に横たわっていた。
「…ダルい…」
「おぅ一真!元気無いなぁお前…」
一真の元に、暖がやって来た。
「…お前の元気をオレにも分けてくれ…」
「いやぁ、悪い…流石のオレも、今は他人に分ける程の元気が無い…割と限界…」
「…なぁ、午後の練習サボってどっか行かね?」
「おいおい…優等生の一真君から、サボりの提案かよ…」
「どうしても900円必要なんだよ…町中の自販機の下を探せば…」
「ホームレスかお前…」
「ならお前、900円貸してくれんの?」
「900ドルにして返してくれるなら、貸してやるよ♪」
瞬間、暖が無数の魔法陣で取り囲まれた。エアロの魔法陣だ。
「…ごめん、冗談だから…」
暖の一言で、魔法陣がゆっくりと消えて行った。
「…はぁ…なぁ暖?お前から山中に、『前日はゆっくり休むべきだ』って、言って来てくれよ。」
「言えるわけねぇだろ…殺されっから…」
「…お前、この数日でシュート何本入った?」
「…0。」
「なら、結局山中に言っても無駄だな…説得力が無い。」
「酷い言われようだな…」
「0本より酷かねぇよ…」
ダラダラと喋り、ダラダラと飯を食って、昼休みは終わった。
「…」
帰り道、またもや一真は梨紅に引きずられていた。
「ねぇ一真ぁ、自分で歩いてよぉ…」
「…900円貸してよぉ…」
「疲れるよぉ…」
「必要なんだよぉ…」
…何やら、不毛な会話が繰り広げられている…
「…ってか、なんでここまでやんなきゃならないんだよ…練習量半端ねぇぞ…」
「極楽亭の無料食べ放題チケットの為よ…」
「だぁから…優勝しても図書券しか…!!!」
「ぅわっ…」
一真は立ち上がった。梨紅は一真に引っ張られ、後ろ向きに倒れた。
「…そうだ、図書券だ!」
倒れて来た梨紅を支え、一真はバッグから球技大会のプリントを取り出した。
(図書券1000円分)
「…」
一真は無言で、夜空に両手を突き出した。いわゆるガッツポーズだ。
「来た…オレの時代が。」
「何言ってんの一真…」
「梨紅、どんな手を使ってでも優勝するぞ!」
「突然どうしたの!?」
「うるせぇ!優勝だぁ!!」
「ちょっ…静かにして!近所迷惑でしょ!」
大騒ぎの一真をなだめながら、梨紅は全力で家に向かって走って行った。




