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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第二章 二人は正座する。
13/66

5.二人は色々と調べる。


所変わって、MBSF研究会部室…部室のドアが開き、梨紅が中に入って来た。


「あれ?誰もいない…」


一真と自分の着替え一式を机の上に乗せ、窓際の椅子…もはや、梨紅の指定席と言っても過言では無いだろう…そこに腰掛け、梨紅は一真にテレパシーを送ってみた。


(…一真?)


(な…あぁ!!あ~~チクショォ!!何!?)


タイミングが悪かったようだ。


(えっと…今どこ?)


(体育館!)


(何してるの?)


(修業!)


(…見学しても良い?)


(御自由にどうぞ!)


それを最後に、一真にテレパシーを切られてしまった。


「…ま、行ってみようかな…体育館。」


梨紅は、たった今座ったばかりの椅子から立ち上がり、直ぐに部室から出て、体育館へ向かった。



…梨紅が出て行ってから5分後。


「あれぇ?誰もいないの?」


部室の扉を開け、恋華が入って来た。


「むぅ…人にお使い頼んでおいて、まー君たらもぉ…」


恋華は携帯を取り出し、発信履歴の1番上の番号に電話をかける。もちろん、その番号は…


『…もしもし?』


「まー君!?今どこ?何してるの?」


『…えっと、1年D組の教室で…』


「ふんふん、教室で?」


『…幽霊探して…』


ピッ!


正義が言い終わる前に、恋華は電話を切った。


「…お留守番してよっと…」


そう言うや否や、恋華は部室内を物色し始めた。


「な~ん~かな~い~かな~…ん?」


恋華は木製の棚の中から、1冊のノートを取り出した。


「MBSF研究会、活動記録…」


恋華は少しためらいがちに、その1ページ目を開いた。


___________


5月9日、水曜日。


部活に入って2日目…

最初の活動記録を付けてるのが、なんでオレなのかが非常に納得がいかない今日この頃…


昨日入ったこの部活…

活動なんて、勉強するか遊ぶしかないので、活動記録もクソも無いと思うけど、とりあえず書こう…


数学の宿題


談笑


以上。


久城一真


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…」


恋華はコメントに困った。どんな部活なのか、さっぱりわからない…


「…SF?」


疑問は尽きない…だが、活動記録を読む恋華の背後に、忍び寄る影が…


「……泥棒?…」


「はぅあ!!」


恋華は驚き、奇声を上げる。


「も…もぉぉ!!豊君、おどかさないでよぉ!あ~ビックリ…」


恋華は何事も無かったかのように、活動記録を所定の位置に戻した。






「…ぅわあ…」


体育館に入った梨紅は、ドアを閉める事も忘れ、中で起こっている光景に見とれていた。


白い球体が、バスケットボールを弾く…素早く反対に回り込み、また弾く…弾く…弾く…


球体の進んだ後に白い光が残り、体育館中に白い軌跡が張り巡らされ、幻想的な光景を作り出す…


「綺麗…花火みたい…」


そう…ボールを弾く音が、ちょうど花火の火花が散る時の音を奏でている…


「もっと速く…"アクセル"」


一真の言葉に呼応するように、球体がスピードを上げる…凄まじいスピード故に、球体が複数に見える程だ。


アクセル…対象の動きを加速させる、強化魔法である。


球体の加速と同時に、ボールを弾く音にも変化が現れた。1度弾いてから次に弾くまでに一瞬の間も無く、球体は高速でボールを弾き出したのだ…そして、


「きゃ!」


「…」


バスケットボールは、爆発音に近い破裂音とともに、跡形もなく弾け飛んだ。


「…はぁ…はぁ…はぁ…」


体育館の中に、一真の荒い呼吸音だけが響く。


「…一真?」


恐る恐る、梨紅が一真に話しかけた。


「…梨紅、見てたんだ…」


「御自由にどうぞって言われたから…」


「…言ったっけ?」


「言いました。」


「あぁそう…でも、とりあえず今日は終わりだ…疲れた…」


ふらふらになった一真は、壇上から飛び降り、着地と同時に床に倒れ込んだ。


「一真!?大丈…」


「冷たくて気持ち~」


「…夫、みたいね…」


「梨紅…オレさ、昨日の事…全部わかったよ。」


「…え?」


脈絡も無く、一真が言った。


「魔法陣なんて、書くのダルいし…戦闘中に書いてる暇ねぇ~、とか思ってて、全然使ってなかったけど…」


一真は首を横に向け、梨紅を見てから続ける。


「魔法陣には、魔法のコントロールと、魔法使用者の負担軽減の効果があるらしいんだ…」


「…?」


「つまり、効果の高い魔法は使用者の負担も大きくなる…その負担を、魔法陣が代わりに引き受けてくれる…だから、強い魔法には複雑な魔法陣や、複数の魔法陣が使われるんだ…」


「…なんとなくわかった。」


「そして昨日…オレは魔法陣無しで、強力な魔法を使おうとした…」


「ディバイン・バスター?」


「そう…多分、魔法陣無しであれを使ってたら…」


一真は上体を起こし、胡座をかきながら言った。


「…オレ達、吹き飛んでたと思う…」


「怖ぁ…じゃあ、あの時見た映像は?」


「多分…多分だぞ?オレ達を護る為に、身体が…前世の記憶を…」


「引っ張り出した?なら、あの時…映像を見た後、少し時間が戻ってたのは?」


「…前世からの贈り物とか?」


解答が投げやりになってきた一真…それを察したのか、梨紅は1度、溜め息を吐いた。


「…まぁ、そういう事にしておこうか…考えても解らなそうだしね…じゃあ一真、そろそろ部室に帰ろ?」


「ん…そうだね…」


一真は立ち上がり、梨紅に続いて体育館を出た。


「…そういえば梨紅、昨日聞こうと思ってたんだけどさ…」


「何?」


「…(バスター)って、どうやって捻り出したん?」


「どうやってって…頭の中に浮かんできたのよ、(バスター)が。」


「…前世の記憶とか、関係あるのかな…ほら、あの2人も使ってたじゃん?」


「…ううん、違うと思う…だってあの2人、ディバイン・バスターって言ってなかったでしょ?」


「…え?」


一真は思わず足を止めた。


「…いや、言ってただろ?ディバイン・バスターって…」


「言ってないよ、聞こえなかったけど…口の動きが全然違ってた。」


「…あれぇ?」


一真の考えを全て覆す、驚愕の事実が発覚した…


「じゃあもう、何がなんだかわからねぇじゃん…」


一真は呆けた顔をして、力無くそう言った。


「…もうダメ、もぉヤル気出ない、もぉ帰る…」


「突然何!?そんな落ち込まないでよ、大丈夫だって!そのうち解るよきっと、うん!」


梨紅が一真を励ましながら、部室に向かって一真の肩を押して行く。


「絶対無理だ、もぉありえない、飯食って帰る…」


「ご飯は食べるんだ…」


ネガティブ一真を引き連れ、梨紅は部室を目指して進んで行く。





MBSF研究会部室…5人全員が着席済みであり、恋華の買ってきた弁当を食べたりしている。


「全員揃った所で、報告を兼ねた会議を始めたいと思う…が…」


豊、正義、恋華の3人が、窓際の席に座る廃人に視線を送る。


「…」


弁当を開ける事も無く、ただただ弁当を見つめる一真…俗に言う、死んだ魚の目だ。


「…一真、どうした?」


「…」


正義が問いかけるが、一真は何の反応も見せない…


「あ~…ちょっとね、色々あったの…気にしないで良いよ?多分すぐに復活するから、始めちゃって?」


「…そうか、なら先に始めておく事にしよう。」


梨紅に促され、正義は報告会議を始めた。


「まずは報告から…オレは、幽霊らしき物は見つからなかった…豊はどうだ?」


「…眠っていた幽霊を起こして…話を聞いた…」


「おぉ、有力な情報だな…」


「…幽霊って眠るんだ…」


一真の代わりに、梨紅が指摘した。


「一真は…まぁ、見つからなかった事にしておこう…では豊、幽霊から得た証言を頼む。」


「…」


正義に指名され、豊は立ち上がる。たっぷり間を開けて、豊は言った。


「…結論を言えば、犯人は幽霊だった。」


「「…え?もう結論?」」


正義と梨紅が同時に言った。


「どうやら…生前、もの凄くテンションが高く、学校行事が何より大好きだった幽霊が、学校に活気を求めて…」


「「迷惑甚だしい」な…」わね…」


一真の代わりをしっかりこなす梨紅…ここで、恋華が口を挟んだ。


「…豊君って、無口キャラじゃなかったんだ…」


「…ここ最近、よく言われる…」


「…それで、その犯人の幽霊ってのは…」


「…」


豊は再び、たっぷり間を開けて言った。


「…夜は眠いからって、誰からもこれ以上の話は聞けなかった…昼間に来いって…」


「オレはそいつらを幽霊とは認めねぇぇぇ!!!!」


一真復活…


「なんだそいつら!!幽霊って普通夜行性じゃね!?」


「お、復活した…」


「ほら、言ったでしょ?」


「そう言われても…幽霊にも個性って物があるからさ…」


「個性も何も、夜は眠い?昼間来い?それ幽霊じゃないだろ!ちょっと影の薄い生徒だって!」


「カズ君…それはちょっと無理があると思うよ?」


そう恋華が一真に言った時、梨紅が正論を言った。


「…でもさ、幽霊が出るのが昼間なら…今日学校に泊まる意味は…」


「…無いな。」


「無いね…」


「無い…」


「…よし、飯食って帰ろう。」


そう言って、一真は包みを開け、弁当を食べ始めた。


「…そうだね、ご飯だけいただいて帰ろうか。」


梨紅も弁当に手を付ける。


「…」


豊も無言で弁当をつつく。


「…今日は無駄足だったか…明日にでも、もう1度集まるか?」


言いながら、正義も弁当に箸を伸ばす。


「明日かぁ…豊君の情報収集次第だよね、幽霊見えるの豊君だけみたいだし…」


恋華はパスタをフォークに絡め、口へ運ぶ。


「…ところで、この弁当って重野の奢り?」


一真が恋華に聞くが、恋華は首を横に振った。


「ううん、まー君の通帳から…」


「…おい恋華?何してんだお前…」


「え?」


「え?じゃないだろ…窃盗だぞそれは!しかも、まー君って言うな!」


((ここに来て指摘…))


「正義の奢りか…サンキュー正義。」


「ありがと正義君♪」


「……ゴチになります…」


「え?いや、その………はぁ…」


結局、この日の夕飯は正義の奢りとなり、暖のポジションに正義が絡み始める結果となった。


だが、正義への感謝の気持ちより、ある疑問が…豊以外の4人の頭に浮かんだ。


((((…ゴチになります?))))


「………?」


豊のポジションが、今一定まらないまま…この日はお開きになった…




翌朝の話になる。


結局、学校に泊まらず自宅へ帰った5人…日曜日の今日も、クラスの練習で学校に集まる手筈になっているので、また練習後に集まる事になるのは明白だ…


そんな日の朝…

時刻は、6時30分…


「……ん…」


この日、何故か一真は、平日より30分も早く起きてしまった。理由は…明確だった。


「…おい。」


一真に抱き着きながら、梨紅が眠っていたのだ。


「…」


一真は、二度寝しようと目を閉じた。しかし…


「おへ!」


「むん…やっと起きたぁ?」


梨紅が一真にのしかかってきた。


「もぉ…全然起きないんだから…」


「そのセリフ…まず、お前が目を開けてから言え…」


一真は上体を起こしながら、梨紅を抱き起こした。


「…眠い。」


「オレも眠い…てか、なんでオレを起こそうとしてたんだよ…」


「…沙織から電話が来て…」


「またか…でもお前、今は正気を保ってんじゃねぇの?」


「…一応…多分…」


「起きろよ~、オレを起こしたくせにこの野郎…」


一真は梨紅を揺すり、目覚めを促すが…


「…Zzz」


「こいつ…完全に寝やがった…」

一真は溜め息を吐きつつ、梨紅をベッドに横たわらせ、自身は階下のリビングへ向かった。




「…あらカズ君、今朝は早いのねぇ?」


リビングには、既に美由希が起きてきていた。


「おはよ…梨紅にベッド盗られたんだよ…」


「あらあら、じゃあ朝ごはんは…」


「うちで食べるんじゃない?」


「カズ君は?梨紅ちゃんと食べる?」


「うん、父さんの部屋にいるから、梨紅が起きて来たら呼んで?」


「は~い。」


美由希の返事を聞くと、一真はリビングから出て行った。




~7時30分~


「…ふわぁ…」


梨紅がリビングに入って来た。


「おはよう梨紅ちゃん。朝ごはん食べる?」


「おはようございます…すいません、いただきます。あの…」


「あぁ、カズ君ならお父さんの部屋にいるわよ?悪いけど、呼んで来てもらえるかしら?カズ君も朝ごはんまだなのよ。」


「わかりましたぁ…」


梨紅はリビングを出て、廊下の奥の部屋のドアを開けた。


「一真ぁ~…ご飯だよぉ~…」


「ん~…げ、もう7時30分…また怒られるなこりゃ…」


「カムイがあるじゃん…」


「いや、疲れるんだって、あれ…」

一真と梨紅はリビングに戻り、テーブルに着いた。


「「いただきます。」」


「はい、召し上がれ。」




~5分後~


「ごちそうさまでした。一真、学校の支度が終わったら部屋で待ってて?」


「ん~。」


一足先に朝食を済ませ、梨紅はリビングを出て行った。


「カズ君、今日も遅くなるの?」


「多分…」


「じゃあはい、お弁当と水筒♪」


「ん、ありがと母さん。ごちそうさまでした。」


一真もリビングを出て、2階の自室へ向かった。




~7時50分~


支度を終えた一真は、梨紅を待っていた。


「お待たせ~、沙織が早く来いって…」


「こっちにもかかってきた…暖からだったけど。じゃ、行くか…」


一真は、足下に魔法陣を展開した。


「あれ?カムイは?」


「後で。魔法陣の飛行魔法を試してからな?」


一真はバックを掴み、梨紅の手を握り、呪文を唱えた。


「"ソア・フェザー"」


魔法陣が緋色に輝き、それに呼応するように一真の両足が緋色に光る。


「よし、行くか!」


一真は窓に向かって足を一歩踏み出した。直後、一真の頭が天井にぶつかり、鈍い音がした。たった一歩踏み出しただけで、一真の体が飛び上がったのだ。


一真は頭にタンコブを作り、窓の外に出た…


「…室内で使うなって事だな…」


「…舌噛んだ…」


2人でしかめっ面をしながら、学校を目指して飛んで行く一真と梨紅…


「スピードは…スカイぐらいか、まずまずだ…コントロールも出来るし…」


一真は空中で円を描くように飛び、再び学校へ向かう。


フライなら多少はコントロール出来たのだが、スカイ…カムイは共に、そのスピード故に直線的な動きしかできなかったのだ。


「確かに速いけど…一真?」


「ん?」


「…あと1分で着く?」


梨紅が一真に携帯を開いて見せる。


~7時59分~


「…"カムイ"!」


急激な加速…一真は学校へ向かって一直線に飛んで行く。


「結局使うんじゃなぁぁぁぁぁぁい!!!!!」


「…着いたぁ…」


梨紅が悲鳴を上げる前にツッコミを入れた結果、悲鳴を上げる事無く学校に到着してしまった。


「…今から悲鳴上げていい?」


「やめてくれ…」


一真はげんなりしながら、校庭に着地した。




「…で、どんな状況だ?これ…」


「…さぁ?」


校庭に着地した2人は、異様に騒がしい体育館に直行…


中では、何やら3年と1年が言い合いをしているようで…


「…とりあえず、現状を把握したい所だな。」


「オレが説明しよう。」


「あ、正義君と恋華ちゃん。おはよ~」


2人の背後に、正義と恋華が立っていた。


「おはよ~梨紅ちゃん!カズ君も♪」


「おはよ…で、正義…どうなってんだ?」


「現在…1年と3年で、体育館の使用に関する議論が行われている。」


「…はぁ?」


「3年の言い分はこうだ…『1、2年と違い、オレ達には極楽亭の無料食べ放題チケットがかかっているんだ!3年を優先しろ!』」


「正論だわなぁ…で、1年は?」


「『こっちだって極楽亭の無料食べ放題チケットがかかってる、平等に時間を取るべきだ!』」


「なんて迷惑な話だ…」


一真は苦笑いしながら、どうしようも無い1年生に視線を向けた。


「…先生は?」


「既に手配済みだ。そろそろ来るはずだが…」


「…ところでカズ君?」


「何?」


「…梨紅ちゃん、行っちゃったよ?」


「…え?」


一真は振り返り、さっきまで梨紅がいた所を見る…が、梨紅はそこにはいない。


「…」


再び1年の集団に目をやると、先頭の方に梨紅の姿が見えた。


一真は、頭を抱えながら言った。


「…よし、梨紅は頭数から外そう。」


「良いのか?」


「もう、めんどくさいから…あのまんま放っとこう。それより、豊は?」


「豊は、学校中を回って情報収集を…」


正義がそう言った所で、ようやく先生達がやって来て、1年と3年の言い争いは鎮圧された…




結局、体育館は3年が使用する事になり、1年が追い出される形になった。


「…とりあえず、クラスに合流してくるわ…正義達は?」


「オレ達も合流だな…じゃ、豊からの報告があり次第、一真の携帯にメールする形で…」


「おぅ、そんじゃまたな?」


「ばいば~いカズ君♪」




一真は2人と別れ、さりげなくクラスの中に紛れ込んだ。




「…想定外よ…まさか、体育館を奪われるとは…」


場所はC組の教室に移り、教卓に立つ沙織が、重々しい雰囲気で言った。


「このままだと、極楽亭の無料食べ放題チケットに手が届かないわ…」


(元から届かないんだけどな…)


一真は内心苦笑し、自席で沙織の話を聞いていた。


「自主練をするにも、この周辺にはバスケが出来る場所が無いわ…だから、今日は解散。各自、しっかり練習するように…」


そう言って、沙織も自席へ戻る。しかし…解散と言われたにも関わらず、誰一人…席を立つ者はいない。


「…」


この空気の中席を立つのは、非常に勇気がいるだろう…だが、一真は席を立った。


クラスメートが一真の方を見つめる中、一真は言った。


「…ボ~ッとしてる場合じゃないだろ?お前ら…本当に無料食べ放題チケットが欲しいなら、早く帰って自主練始めるべきなんじゃないか?」


そう言って、一真は教室を出て行った。


一真が、昇降口へ向かって廊下を歩いていると、クラスメート達が物凄い勢いで一真を追い抜いて行った。


「…」


「久城君、見直したよ!」


呆気に取られて立ち止まる一真の肩を、水月が背後から叩いた。


「久城君って、クールな熱血系だったんだね!あ、私も早く帰らなきゃ…じゃね!」


そう言って、水月も一真を追い抜いて行った。


「…単純と言うか、何と言うか…」


一真は顔をひきつらせ、再び歩き出した…そして、ある疑問が頭に浮かんだ。


(…クールな熱血系って…何だ?)



その日の夜、正義から一真にメールが届いた。


件名は、豊からの報告

___________

予定通り、豊からの報告を伝える。


本日、寺尾豊は30体の幽霊に遭遇。その半分を浄霊…どうやら、悪霊だったらしい。


「…何やってんだあいつ…」


残りの半分は、豊に協力してくれるらしい。情報も手に入り、収穫は多いとの事だ。


まず、犯人の幽霊は騒がしい事が相当好きであり、自身も騒がしく、他の幽霊は迷惑しており、他の幽霊が豊に犯人の浄霊を依頼する程…


そして、犯人の幽霊の居場所は不明…だが、その幽霊が確実に現れるとすれば、球技大会最終日…決勝戦を行っている最中の体育館だろう…と、全ての幽霊が予想しているそうだ。


よって、犯人の討伐は最終日の決勝戦の最中に行う事になる。当日、オレが受信用の小型トランシーバーを配布するので、一真にはタイミングを合わせて犯人の動きを封じてほしい。


よろしく頼む。以上、報告終わり。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「…」


一真は(なんかもうマジでめんどくさいな) 等と思いながら、正義に短く「了解」とメールを返信し、部屋の電気を消し、就寝した。



月曜日…を、飛ばして、火曜日の朝まで時間を進める。


一真の部屋、一真のベッドで…


…一真が、死んでいた。


「…すぅ…」


もとい、死んだように眠っていた。


昨日…つまり、月曜日の話だが…一真にとって最悪の1日だったのだ。


それはもう、作者が書くのを躊躇う程…酷かった。


例を上げてみようか…


朝4時、梨紅にボディープレスで叩き起こされる。


朝5時~朝8時、体育館でバスケ。


朝9時~正午、何故か授業が全てバスケ…担任の監視付き。


正午~1時、昼食…一真、弁当を忘れ、購買の弁当も売り切れのため、飯抜き。


1時~4時、再びバスケ…隙を見て抜け出し、自販機でスポーツドリンクを買おうとするも、商品が出て来ない。


朝からのイライラが積もりに積もって、自販機に八つ当たり…数回蹴ると、スポーツドリンクが出て来た。


喜びもつかの間、独身体育教師、阿部に目撃され、説教…


5時~8時、自主練と称してバスケをやらされる…


帰りに、本を予約するのを忘れていた事に気付き、本屋へ…しかし、その本の予約がいっぱいだったため、一真は予約ができなかった。


これが、一真への『とどめ』となった。


傷心の一真、帰宅するも夕飯を食べる気になれず、そのまま部屋へ…


そして就寝…今に至る。一真にとって、まさに『至上最悪の1日』となったわけだ。


「…すぅ…」


幸せそうな寝息を立て、一真は眠っている…

「…」


目覚まし時計の、7時を知らせるアラームが、部屋に響きだした。


「…」


そんなもん知ったこっちゃない…と、言わんばかりに無視する一真。


しかし…目覚ましのアラームが…止まった。


「…?」


確かに、一真の目覚まし時計のアラームは、10分もすれば自動的に止まる仕組みになっている…しかし、おそらく…アラームが鳴ってから、まだ1分も経過していない。


…ここで考えられる可能性は2つ…


母親の美由希が止めたか、梨紅が止めたかだ。


「…え?」


が、一真の予想は外れた。


「おはよ~カズ君♪」


アラームを止めたのは、重野恋華だった。


「…重野?」


「うん?なぁに?」


「えっと…とりあえずおはよう」


「おはよ~♪」


「うん…で?なんで重野がここに?」


最もな質問である。


「えっと…様子見?ほら、昨日はカズ君元気無かったし…」


「昨日…?重野と会ったっけ?」


「はぅあ!重症だよぉ…大丈夫?」


「…昨日1日で、精神力を根こそぎ刈り取られた感じ…はぁ…」


一真はベッドに横たわったまま、額に手を乗せて溜め息を吐いた。


「きっと、今日は良いことあるよ…ほら、朝1番に女の子の顔が見れた~とか♪」


「…驚きで、逆に精神力削られた感じ…まぁ、新鮮ではあったけどね…」


「はぅあ…効果無し…」


「…てか重野、何処から入った?」


「え?窓から…開けっぱなしだったから。」


「…よく屋根に上れたな…運動神経良いのか?」


「ううん、運動は全然だよぉ…あ!そろそろまー君が待ちくたびれちゃうから、あたし行くね?」


窓に向かう恋華を、上体を起こして見送る一真。


「…重野。」


「うん?」


「ありがと。」


「えへへ♪じゃあまた学校で!」


そう言って、恋華は窓から飛び降りた。


「…オレもそろそろ準備するかな…」


一真が時計を見ると、時計の針は、7時5分を指していた。






「…?」


一真が教室に入ると、中には誰もいなかった。だが、バッグはある…つまり…


「…今日もバスケかよ…」


一真は溜め息を吐き、ダラダラとジャージに着替え始めた。


たっぷり時間をかけ、着替え終えた一真は、教室から出ようと、ドアを開けた。


「……おはよう…」


そこには、豊が立っていた。


「よぉ、おはよう豊…どうした?」


「渡す物があってね…」


そう言って、おもむろにサイフを取り出す豊。


「…豊に金貸したっけ?」


「借りてないよ…これ」


豊が取り出したのは、本屋の予約控えだった。


「お前それ…まさか!?」


「…『黄昏魔法戦記、最終巻』の、予約控え…」


黄昏魔法戦記…魔法使いの学校に通う主人公と、その仲間達と魔王との戦いを描いた、大人気の小説である。


「…昨日、予約できなかったんだよオレ…」


「知ってる…だから、あげるよ…」


「え…何言ってんだよ豊!お前だって読みたくて予約したんだろ?」


「実は…」


豊は予約控えを一真に持たせ、サイフからもう1枚予約控えを取り出した。


「…予約したの忘れてて、もう1冊予約しちゃったんだ…」


「…なら、本当に?」


豊は頷く。


「もらってくれ…読み終わったら、一緒に語ろう…」


「…友よ!」


固い握手を交わす2人。一真のモチベーションが、この日1番の値を記録した瞬間だ。






豊と別れて教室に戻り、上機嫌でサイフに予約控えを入れようとした一真…


「…!!!」


しかし、その表情は一瞬で、この世の終わりを目撃したような、絶望的な表情に変わった。


「か…金が足りねぇ…」


黄昏魔法戦記の定価は、4200円…一真のサイフには、3305円しか入っていなかった…


ゴールデンウィークの出費が、1ヶ月経過してもまだ響いているのだ。


「…どうする、オレ…」


いらん苦悩を始めた一真…そこに、豪快にドアを開けて梨紅が入って来た。


「一真遅い!」


「梨紅!1000円貸して!」


「嫌!」


近年稀に見る高速のやり取りだ…


「…3日で900円か…来月の小遣い前借り出来るかな…」


「いいから早く来なさい!練習試合なんだから、一真がいなきゃ出来ないでしょ!」


「もぉヤル気でねぇよぉ…燃え尽きた燃え尽きた…」


「もう良いわ、引きずってくから!」


梨紅は一真の腕を掴んで、全力で駆け出した。


「いだだだだだだだだ!!!!!!」


一真の声を無視し、梨紅は走り続ける。


途中、並んで歩く正義と恋華を追い抜いた。


(あ!助けてくれ正義!重野!)


心の中でそう叫びながら、一真は左手を2人に向かって伸ばした。


「あ、カズ君が手ぇ振ってる!」


恋華は満面の笑みで、一真に手を振って来た。


(違う…違うんだ重野ぉぉぉぉぉ…)


今にも泣きそうな表情で、一真は梨紅と共に階段を降りて行った。


「…恋華、あれは多分…助けてほしかったんだと思うぞ?」


「…え?」


…まぁ、例え一真の本心が正しく伝わったとしても…正義達に、一真を助ける事はできなかっただろう…






「…限界。」


昼休みの事だ。今日は忘れずに持って来た弁当と水筒を持ち、一真は体育館に横たわっていた。


「…ダルい…」


「おぅ一真!元気無いなぁお前…」


一真の元に、暖がやって来た。


「…お前の元気をオレにも分けてくれ…」


「いやぁ、悪い…流石のオレも、今は他人に分ける程の元気が無い…割と限界…」


「…なぁ、午後の練習サボってどっか行かね?」


「おいおい…優等生の一真君から、サボりの提案かよ…」


「どうしても900円必要なんだよ…町中の自販機の下を探せば…」


「ホームレスかお前…」


「ならお前、900円貸してくれんの?」


「900ドルにして返してくれるなら、貸してやるよ♪」


瞬間、暖が無数の魔法陣で取り囲まれた。エアロの魔法陣だ。


「…ごめん、冗談だから…」


暖の一言で、魔法陣がゆっくりと消えて行った。


「…はぁ…なぁ暖?お前から山中に、『前日はゆっくり休むべきだ』って、言って来てくれよ。」


「言えるわけねぇだろ…殺されっから…」


「…お前、この数日でシュート何本入った?」


「…0。」


「なら、結局山中に言っても無駄だな…説得力が無い。」


「酷い言われようだな…」


「0本より酷かねぇよ…」


ダラダラと喋り、ダラダラと飯を食って、昼休みは終わった。






「…」


帰り道、またもや一真は梨紅に引きずられていた。


「ねぇ一真ぁ、自分で歩いてよぉ…」


「…900円貸してよぉ…」


「疲れるよぉ…」


「必要なんだよぉ…」


…何やら、不毛な会話が繰り広げられている…


「…ってか、なんでここまでやんなきゃならないんだよ…練習量半端ねぇぞ…」


「極楽亭の無料食べ放題チケットの為よ…」


「だぁから…優勝しても図書券しか…!!!」


「ぅわっ…」


一真は立ち上がった。梨紅は一真に引っ張られ、後ろ向きに倒れた。


「…そうだ、図書券だ!」


倒れて来た梨紅を支え、一真はバッグから球技大会のプリントを取り出した。


(図書券1000円分)


「…」


一真は無言で、夜空に両手を突き出した。いわゆるガッツポーズだ。


「来た…オレの時代が。」


「何言ってんの一真…」


「梨紅、どんな手を使ってでも優勝するぞ!」


「突然どうしたの!?」


「うるせぇ!優勝だぁ!!」


「ちょっ…静かにして!近所迷惑でしょ!」


大騒ぎの一真をなだめながら、梨紅は全力で家に向かって走って行った。




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