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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第二章 二人は正座する。
12/66

4.二人は皆と話し合う。


神社からの帰り道、やはり2人は無言だった…


頭の中に入って来た映像…


2人にそっくりな、魔族と天使…


数億の軍勢を、一瞬で無に帰す魔法…


…2人は、恐怖していた。


「…一真…」


「ん…」


「…ぅうん、なんでも無い…」


「…」


「…一真…」


「…ん」


「…ぅぅん、なんでも…」


「だぁぁぁ!!!っとにお前いい加減にしろよ!?」


「…だって、なんて言っていいか…」


「わからないなら考えついてから喋れよ!見切り発車も大概にしろ!」


「…」


梨紅は黙り込む…言葉にしなくても、その表情が、梨紅の全てを一真に伝えているのに…


あれはなんだったの?


あの2人は、私達の前世?


なんで、2人は逃げてたの?


なんで、あんなに簡単に魔物や天使を殺せるの?


怖い…


怖いよ、一真…


「…」


一真も同じ気持ちだった…いや、下手に魔法の知識がある分、梨紅よりも複雑ではあったが…


杖を使わない一真にとって、魔法陣は無縁の物…なのに、魔法陣は現れた。映像で見た、あの魔法陣が…


「…やめた。」


不意に一真が言った。


「…え?やめた?」


「うん、考えるの…やめた。情報が少なすぎるし、ダルい…」


一真は欠伸をし、眠そうに目を擦った。


「…だから、梨紅も考えるのやめた方が良いぞ?」


「…うん、そうだね…そうする…」


肯定の返事はするものの、梨紅の表情は変わらない…


一真は、梨紅の頬をつねった。


「…何?」


「…変な顔。」


「…」


梨紅も一真の頬をつねる…それも、思いっきり…


「いででででで!!!!」


「…ぷっ…アホ面…」


「本気でつねんなよ!!!」


「細かい事気にしないの!」


「なんでオレが怒られてんだよ!」


「ノリよ?」


「なんだ、ノリか…っておい!!」


梨紅の顔に、笑顔が戻った。


一真は、その笑顔を絶やさぬように、家に帰るまで、梨紅と話し続けた。





夜…布団に入り、一真はまだ考えていた…


考えるのをやめたと、梨紅に嘘をついたのだ。


一真は、映像の中の男を思い浮かべる。


(…あれがオレの前世なのは、まず間違い無い…あいつは魔王で、オレはその魔力を受け継いでるんだ…)


男は女と共に、ディバイン・バスターを放った。


(なんで2人は、魔物と天使に追われてたんだ…そもそも、なんであの映像をオレ達に見せた?見せた…誰が?)


考えれば考える程、謎が謎を呼ぶ…しかし、考えない訳には行かないのだ。


「…そうだ、明日…父さんの部屋の魔法書を読んでみよう…何かわかるかもしれない…」


そう言って、一真は眠る体制に入った。


(ディバイン・バスター…か…)






翌朝9時…一真は既に、父親の部屋にいた。


世界中の国を回っている魔法使いの父親…その部屋には、魔法に関する様々な書物が眠っているのだ。


(魔王…魔王…魔王…)


一真は、棚にある本を順番に見て回る…魔王に関する本を探しているのだ。


「…無いな…ん?」


一真の携帯から、着信音が流れた。


「…はい、もしもし?」


『一真!お前、いつまで待たせるつもりだ!』


「…?」


電話は、暖からだった。


「何の話?」


『バスケの練習の話だ!!』


「…何それ?」


『何それってお前…球技大会の練習!!!』


「…パス。」


『パスっておま…』


ブチッ…


一真は電話を切り、本の探索に戻った。





暖からの電話を切ってすぐ、一真は1冊の本を見つけた。


「…魔法陣の作成と発動…」


その最初のページには、こう記されていた。


魔法陣を使った魔法と、魔法陣を使わない魔法の違い…それは、使用する魔力の量と純度の違いである。


魔法陣を使わない場合、自らのイメージと魔力、空気中の物質を合わせた魔法となる。


しかし、魔法陣を使った場合は、イメージする必要が無い。予め、その魔法の効果を魔法陣に記してあるからだ。


イメージしない分、魔力を込める事に集中できる。更に、魔法陣には空気中の物質のうち、必要な物質のみを集める効果もあるので、より純粋で強力な魔法となるのだ。


「へぇ…」


一真はページを捲る…そこには、魔法陣の作成について記述されていた。


魔法陣を描くために必要なのは、自らの魔力のみである。


「…杖、いらないんだ…」


そして、1度でも描いた事のある魔法陣を使用する場合、もう1度描く必要は無い。魔法陣を出現させる位置、大きさを指定すれば、何処にでも(自分の魔力の届く範囲内なら)魔法陣を出現させる事が出来る。


「…」


練習のため、自分の指先に魔力を集中し、以下の魔法陣をなぞってみると良い。


練習用魔法陣、エアロ


空気を圧縮し、放つ魔法。自在に操る事も可能。


そう書かれた下に、魔法陣の画があった。


一真は自分の指先に魔力を集中させた…指先に緋色の光が灯り、魔力の集中を知らせる。


エアロの魔法陣を人差し指でなぞる一真…なぞり終えると同時に、一真は呪文を唱えた。


「"エアロ"」


すると、魔法陣から、薄く白い球体が飛び出して来た。


「…」


一真は頭の中で、球体の動きをイメージした。


球体は一真のイメージ通りに動き、最後は部屋の壁にぶつかって消えた。


「おぉ…」


次に一真は、父親の部屋を自分の魔力で満たし、壁掛け時計と空中に魔法陣を出現させた。


「"エアロ"」


壁掛け時計と空中から、球体が飛び出した。


「…凄いなこれ…」


一真は、呪文を唱えず魔法陣だけを複数出してみた。


1…10…100…


「…」


魔法陣の数が500を超えた所で、一真は魔法陣を消した。


「…魔法陣だらけは気持ち悪いな…」


一真はその本をパラパラと捲る。どうやら、初心者のために簡単な魔法陣を大量に書いてあるらしく、一真はその全ての魔法陣をなぞり、本を閉じた。


「…"エアロ"」


一真は、正面の壁から自分に向かってエアロを放った。


「"プロテクション"」


一真は自分の前に魔力の盾を作る魔法陣を出現させ、エアロから身を護った。


「…ヤバい、ちょっと楽しくなって来た…」


一真が次の魔法陣を試そうとしたその時…


(一真!!)


「ぅおぁ!!」


梨紅からのテレパシーが、一真の頭に響いた。


(びびったぁ…何だよ梨紅、バスケならパスだぞ?)


(いいから来て!みんなが変なのよ…たかが球技大会に、妙に殺気立って…)


(んなの昨日から知ってんよ…だからパスしたんだっ…え?)


(昨日から?)


(てか梨紅、お前…正気に戻ってる?)


(一真の言う正気ってのが、みんなみたいになって無いって事なら…多分。)


(…1分で行くから待ってろ。)


(1分!?ちょっ)


一真はテレパシーを拒絶し、自室への階段を駆け上がって行く…


5秒後、体操服とジャージを掴み、一真が階段を駆け降りて来た。


「母さん!学校行って来る!」


美由希の返事を待たず、一真は玄関から飛び出した。


「"カムイ"!!」


飛び出した勢いのまま、一真は高速飛翔魔法カムイを使って、貴ノ葉高校へ一直線に向かって飛んで行った。


カムイ…飛翔魔法第3段階。その最高スピードは、秒速1kmを上回るほどである。







(…梨紅、今どこ?)


梨紅が部室の椅子に座っていると、一真からテレパシーが来た。


(え?部室…)


(今すぐ窓開けて!)


(えぇ!?ちょっと待って!)


梨紅が部室の窓を開けた瞬間、私服の一真が飛び込んで来た。


「…セ~フ。」


「…セ~フ。じゃ、ないわよ!!ビックリさせないでよバカァ!!」


「ふっふっふ…カムイはもう、完全にオレの物だ…」


「話を聞きなさぁぁぁい!!!!」


叫びながら、梨紅は一真の顔に向かって右拳を突き出した。だが一真は、それを見ても余裕の表情を保ちつつ、ニヤリと笑って呪文を唱えた。


「"プロテクション"」


一真の顔の前に魔法陣が現れ、梨紅の右拳を防いだ。


「え…何これ?」


「魔法陣を使った魔法。今朝、父さんの部屋の魔法書を見て覚えたんだ。」


「へぇ、一真のお父さんの…って!そんな話は後!早く体育館に…」


「梨紅!」


「何!」


「着替えるから外で待ってて?」


「…」


梨紅は顔を赤らめ、怒ったような足取りで、部室から出て行った。




体育館の2階にある観覧スペース…


殺気立ったクラスメートに見つからぬよう、2人はそこへ登った。


「うわぁ…昨日より悪化してる感があるな…」


球技大会レベルの練習じゃない…バスケ部の練習を上回る練習…


「…あいつら、インターハイでも目指してるのか?」


「先陣騎ってるのがバスケ部の水月だからねぇ…」


2人は観覧スペースに腹這いになり、サングラスをかけ、双眼鏡越しに、C組の練習を眺める。


「…で、なんでお前正気に戻ってんの?」


「なんでって言われても…昨日の夜、沙織から電話が来て、今日の練習のこと知ったの。」


「それで?」


「その時はまぁ、みんなよくやるなぁ…ぐらいに思って…でも、沙織の話し方にちょっと違和感があった気も…」


「違和感?」


「なんか…軍人と話してるみたいな?…必死な感じって言うか…」


「…まぁ、昨日の梨紅も似たようなとこあったけどな?」


「ウソだぁ、私は別に…」


…と、見るからに怪しげな一真と梨紅の会話が続く中、1人の男が2人に近づいて来た。


「…君たちは、何をしているんだ?」


「!!!」


「よぉ、正義じゃん。」


近づいて来たのは、正義だった。正義は怪訝な顔をして、異質な装備をして腹這いの一真達を見下ろしている。


「お前も練習か?」


「あぁ…休日出勤は、あまり好ましくないのだがな…」


正義は溜め息を吐き、梨紅に視線を向けた。


「今城梨紅さん…初めまして、オレは桜田正義…よろしく。」


「あ、うん、よろしく。」


「正義、何かわかったのか?」


「いや、これと言った収穫は…あるにはあるか…」


正義はその場に膝を立てて座り、一真に言った。


「…今日になって、正気に戻った人間がいるんだ…」


それを聞いても、一真は驚かない。


「梨紅もその1人だ…他にもいるのか?」


「そうなのか?では、今城も含めて6人が正気を保っている。」


「6人…名前は?」


「まずオレ達…そして、寺尾豊…」


「豊君?」


「ん?今城の知り合いか?」


「昨日知り合ったの、一真と一緒に。」


「で、あとの3人は?」


「あぁ、あとは重野恋華、凉音愛、今城梨紅だ。」


「重野さんは知ってるけど…凉音さんは知らないなぁ…梨紅は?」


「ん~…知らない。」


「…"貴ノ葉の姫小鬼"…と言えばわかるか?」


正義が、凉音愛の通り名らしき物を言ったが…


「「いや、全然…」」


2人は首を横に振った。


「そうか…まぁ、さして重要な事では無いから別に知らなくても良い…本題はそこじゃないからな。」


正義は眼鏡を押し上げ、2人に言った。


「ついては、それぞれのクラスの練習が終わり次第…正気の6人で集まり、それぞれの意見を聞きたいのだが…」


「…別に良いぞ、集まっても。」


「私も、どうせ暇だし…」


「そうか、ありがたい…集合場所はどうする?」


「部室で良いんじゃね?机も椅子もある…てか、オレの着替え置きっぱだし。」


「部室?SF研究会のか?」


「MBSF研究会だよ!」


「?…まぁいい、ではそこに集合しよう…時間は、それぞれの状況を見て決める。これはオレの携帯電話の番号だ、何かあったら頼む。」


そう言って、正義は一真にノートの切れ端を渡す。


「了解。じゃ、また後で。」


「あぁ。」


正義は、立ち上がり、踵を返して一真達から遠ざかって行った。


「…軍人みたいな話し方って、あんな感じ?」


「ううん、もっと命令口調と言うか…正義君のは、警察官みたいな話し方って感じかな?」


「…とりあえず、これからどうする?バスケすんの?」


「まぁ、暇だしね…怒られない程度に頑張ろ?」


「頑張ろ…え?オレも頑張るの?」


「え…ちょっと一真?私だけにバスケやらせる気だったの?」


「だったって言うか…現在進行形でその気…」


「…」


梨紅は、瞬時に一真の左手首をしっかりと掴んだ。


「!!!」


「世の中そんなに甘く無い♪」


「…ほら、オレ…修業が…」


一真がなんとかして逃げる口実を作ろうとする中、梨紅はおもむろに立ち上がった。もちろん、左手を持ち上げられた一真も一緒だ。


「…え?」


「みんな~!一真が来たわよ~♪」


「てめぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


梨紅の一言に、クラス全員が観覧スペースに視線を移し、歓声を上げた。


「遅ぇぞ一真ぁ!!」


「待ってたぞ得点王ぉ!!」


「そんな所から現れやがって!ヒーローかコノヤロー!!」


好き勝手言って盛り上がるクラスメート…それを見た一真は項垂れ、溜め息を吐き、梨紅を睨んだ。


「魔王め…」


「それはあんたの前世でしょ?ほら!さっさと行くわよ!」


梨紅に引きずられながら、一真は心に誓った。


この恨み…ハラサデオクベキカ…と…





一真は唖然としていた…


観覧スペースから見た練習風景も凄まじい物があったが、間近で見ると更に迫力が増すのだ。


「…」


立ち尽くす一真に、水月が近寄って来た。


「重役出勤なんて、良い御身分ね、久城君?」


開口一番に嫌味を言われ、一真は顔をしかめる。


「…練習の連絡が回って来なかったんだ、仕方ないだろ?」


「ふ~ん…まぁ良いわ、とりあえずドリブル500回やって、それから試合形式の練習…わかった?」


「へいへい…」


適当に返事をし、足下のボールを拾ってドリブルを始める一真…それを一瞥し、水月は一真から離れて行った。


「…やってらんねぇ…」


だらだらとドリブルを続ける一真に、沙織が近づいて来た。


「おはよう久城君。」


「おはよぉ山中…これって何時までやんの?」


「午後5時終了予定…延長も可よ。」


「…昼飯持って来て無いんだけど…サイフも…」


「問題無いわ。学級費を使って、コンビニのお弁当を全員分買ってあるの。」


「…」


「もちろん、田丸先生の許可は下りてるわよ?それより、遅刻するなんて関心出来ないわね…」


「…練習の連絡が回って来なかっ…」


「言い訳は結構…やる気があれば、自主的に練習する物よ。」


(やる気なんてあるかぁぁぁ!!!!)


「…悪かった。ごめん…」


本心を隠し、一真は素直に謝罪する。


「わかれば良いの…明日は遅れないようにね。」


「了解であります!」


(…え?明日もやんの?)


一真の返事に満足したのか、沙織は一真から離れて行った…そして、梨紅が近づいて来た。


「…どう?」


「どうもクソもあるかよ…ありゃあ軍人ってより独裁者だな…」


「どうしよっか…このままは嫌だよ私…」


「…みんな、そんなに極楽亭に行きたいのか…」


「そりゃあそうだよ!何言ってんの!?」


「…え?」


「高級焼肉店だよ!?高級デザートだよ!?行きたいに決まってるじゃない!何言ってんの!?馬鹿じゃないの!?」


「…」


あまりにも突然の梨紅の変貌に、一真はドリブルを続けられない程驚いた。


「信じらんない…一真がそんな事言うなんて!!」


そう言って、梨紅は泣きながら一真から走り去った…


「…まさか、極楽亭に行きたいっていう感情を増幅させる魔法?」


自分で言いながら、一真は首を横に振り、足下のボールを拾い上げた。


「魔法使いはオレだけだ…そんな魔法知らないし…」


一真はドリブルを再開する。


「…魔物?いや、昼間からってのは考えづらいな…でも無きにしも有らずか…」


一真はドリブルをやめ、ボールを見ながら考える…しかし、


「ロ~~ング、シュ~~~トゥ!!!」


「…」


暖のノーコンシュートに少しイラッとしながら、一真は深呼吸し、考え直そうとする。…しかし、


「もういっちょぉ!!ロ~~ング、シュ~~~~トゥ!!!」


「…」


自然と、ボールを持つ手に力が入る一真…


「…ふぅ…」


一真がボールを手放すと、ボールは床で数回バウンドし、その動きを止めた。


一真は体から魔力を放ち、自分の周辺に魔力を満たして行く…


「まだまだぁぁ!!ロ~~ング…」


暖が膝を曲げ、力を貯めた瞬間、一真の周辺に無数の魔法陣が現れた。


「シュ~~~~トゥ!!!!!」


「"エアロ"」


暖がボールを放った瞬間、無数のエアロが暖を襲った。


「ギャァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」


「いい加減にしろってんだ!!!」


暖はその場に崩れ落ち、不自然な程タイミングよく現れた保健委員が、暖を保健室へ連れて行った。


そして、練習は何事も無かったかのように続く…





昼食に出されたのは、複数のコンビニ弁当の中の1つと、1本の飲料水だった…


一真はその中から牛丼とスポーツドリンクを選び、観覧スペースに登った。


「…やってらんねぇ…マジでダルいわ…」


一真が壁に寄り掛かり、ズルズルとその場に座り込む…すると、誰かが階段を上がって来る音がした。


「「あ…」」


梨紅だった。一真に気付いた梨紅は、下へ降りようと踵を返した。


「…梨紅。」


「…」


一真の呼びかけに、梨紅は一真を振り返る。


「…」


一真は無言で、梨紅に隣に座るように指で合図する。


「…」


梨紅は嫌そうな顔をしながらも、一真の隣に座った。


「…」


「…」


弁当の封も開けず、無言のままの2人…


「…」


「…?」


一真はふと気付いた…梨紅の視線が、一真の持つ牛丼に向いているのだ。


「……牛丼、食いたいのか?」


「!!…」


梨紅は一瞬、驚いた表情になるが、すぐにうつ向き、ゆっくりと頷いた。


一真は自分の牛丼と、梨紅のおにぎり2つ(シソワカメ味とツナマヨ)を取り換えた。


「…ありがと。」


梨紅は一真に礼を言って、牛丼の封を開けた。


「…美味いか?」


「…」


無言で頷く梨紅を見て、一真は満足したように笑い、自分のおにぎりの封を開けた。


「…一真はさぁ…」


「んむ?」


おにぎりを頬張りながら、一真は返事をする。


「…極楽亭、行きたくないの?」


「うん、全然…」


一真は即答した。


「…どうして?高級焼肉だよ?高級デザートだよ?」


「だってさ、高級=美味いってわけじゃないだろ?」


「…」


「焼肉なら、駅前の飛車門で十分美味いし…デザートだって、梨紅の作ったプリンの方が美味いに決まってるし…」


「私のプリン?…中学の時、調理実習で作った?」


「そうそう、あれは美味かったなぁ…だからさ、みんなみたいにどうしても極楽亭に行きたい!!って気持ちは無いんだ…」


「…」


一真の顔をジッと見つめる梨紅…


「…梨紅はなんで、極楽亭に行きたいんだ?」


「え…」


突然質問され、うつ向く梨紅…


「…極楽亭にね?ダイエットパフェってのがあるの…」


「ダイエットパフェ…」


一真は梨紅の顔を見つめる…徐々に、梨紅の顔が赤く染まって来た。


「…いや、十分可愛いと思うぞ?梨紅は…スタイルも良いし…」


「…一真ってなんでそう…赤面しそうなセリフをズバズバ言えるかなぁ…」


一真の代わりにと言わんばかりに、梨紅が更に顔を赤くする。


「…そもそも、ここにはオレ達しかいないんだし…」


「…そう言えばそうだね…私ったら、何で顔赤くしてんだろ…」


そう言って、梨紅は頬に手を当て、顔の色を元の戻そうとした。


「…まぁ、小さい頃から言ってたからなぁ…梨紅ちゃん大好き、梨紅ちゃん可愛い…顔を赤くするなら、昔を思い出す方が早い…」


「懐かしいね…小学校3年生ぐらいまでやってたっけ?あれ…」


「お手手繋いで仲良く登校?」


「それそれ、今じゃ絶対出来ないよね…」


「いや、出来るだろ…てか、たまにやってるだろ?」


「やってないわよ、何言って…」


「さっきだって、ここから下までオレと手ぇ繋いで降りてったじゃん。」


「…あれ?」


梨紅が苦笑いして、記憶を辿り始めた…確かに手を繋いでいる。


「それに、前に暖が言ってたんだけど…オレ達、バカップル呼ばわりされてるらしいぞ?」


「…あ、それは知ってる。」


「知ってんだ…へぇ…」


「もう、否定するのも面倒だから放置してるけどね…」


「…今も2人だしな…」


「…魔法使いと退魔士なのにね、私達…」


「今更だよな、魔法使いと退魔士は犬猿の仲とか…オレ達なんなの?って…」


「…私なんか、一真に退魔の仕事手伝ってもらったりしてるもんね…」


「…なんか、世間的には異常なんだろうけど…ここまで来ると逆に笑えてくるな…」


「「…ぷふっ…」」


2人は互いの顔を見て、同時に吹き出し、笑い始めた。


笑い声が観覧スペースに響き渡る…だが、下にいる生徒には聞こえないようで、誰も何の反応も見せなかった。


「ふぅ…さて、そろそろ下に降りようかね…」


「私も降りよっと。」


「…正気に戻ってる…よな?」


「…バッチリ!」


そう言って、梨紅は一真に親指をグイッと突き出して見せた。


「…でもまぁ、すぐにまたなるんだろうなぁ…あっちに」


「大丈夫だよ!もうならない!」


「じゃあ、もしなったら(カズ君大好き~♪)って、毎朝言えよ?」


「…」


「おい…」


「…そ、そういう、罰ゲームとか良くないと思う!」


「言ってろ、バ~カ」


「酷ッ!?」


2人は笑いながら、下への階段を降りて行った。




~5時30分~


MBSF研究会の部室には、5人の男女が揃っていた。


部室の4分の1を占める長机の、窓際2席に座る…いや、座っているのは梨紅だけで、一真は突っ伏しているのだが…


左右の長い辺…右側に座るのは、眼鏡の男とツインテールの女の子…桜田正義と、重野恋華。左側には、豊が座っている。


夕陽の差し込む部室内…沈黙を破ったのは、意外にも恋華だった。


「…えっと、皆さん初めまして!D組の重野恋華です。よろしくお願いします!」


「あ、私は今城梨紅…よろしくね?」


「うん!よろしく梨紅ちゃん♪」


子供のような無邪気さ…満面の笑みの恋華を見て、梨紅も笑顔になる。


「…A組…寺尾豊…よろしく。」


「豊君だね?よろしく!」


豊は、恋華の笑顔を見ても少しも笑わなかった。


「えっと…」


「…」


恋華は一真を見て、困ったような顔をする。


「…ちょっと一真、起きなさいよ!」


梨紅が肘で一真の脇を突く。


「ヒグッ!!」


可笑しな奇声と共に、一真は飛び起きた。どうやら、梨紅の突きがクリーンヒットしたようだ。


「…え?何?何がどうなった?」


「自己紹介、恋華ちゃんと!」


「えっと…初めまして、重野恋華です!」


「あ~…うん、初めまして、久城一真です…よろしく。」


「カズ君ね?よろしく!」


「うんうん…じゃあオレはもう1回夢の世界へ…がふぉ!」


寝ようとする一真に、梨紅の突きが入る。


「…始めても良いか?」


痺れを切らした正義が、開始を促した。


「…あれ?凉音さんは?」


「興味ないそうだ…」


「あっそう…んじゃ、始めちゃっていんじゃない?」


「ん、そうしよう…」


グロッキーな一真を気にせず、正義は話し始めた。


「まず、この異常事態に気付いているのはオレ達だけであることは、皆がわかっていると思う…球技大会の優勝商品が極楽亭の食べ放題チケットだと、ほとんどの生徒が勘違いしているのだ。」


「うん、うん!」


恋華が相づちを打つ。正義の話を真剣に聞いているのは、恋華だけに思える…豊は一見、眠っているように見えるし、一真はふらふら…梨紅は一真を抑えようと奮闘中だ。


「…正気を保っている人間は、今日になって更に3人増えた。正気に戻る方法…思い当たる節のある者はいるか?」


「あ~い…」


最終的に、突っ伏した状態に落ち着いた一真が、やる気無さそうに手を上げた。


「一真か…言ってみたまえ。」


「その人の頭の中から、極楽亭に行きたいって考えが無くなれば、正気に戻る。」


「…オレもそう思う。」


正義が肯定する。


「さらに言うと、正気に戻っても、再び極楽亭に行きたいと思ってしまうと、すぐに正気を失う…これは既に検証済みだ。」


「なるほど…つまり、安心は出来ないわけか…では問題は、何故正気を失ってしまうか…だな?」


「そゆこと…個人的には、極楽亭に行きたいって思いを増幅させる何かしらの力が働いてると思ってる…魔法の類い、魔物、魔族…あとは」


「……幽霊…」


「「ひっ!」」


一真の言葉を引き継いだ豊の一言に、恋華と梨紅が同時に小さな悲鳴を上げた。


「なるほど…可能性が高いのは?」


「魔法は無いな…この学校で魔法使いはオレだけだし。魔物や魔族が出るのは、基本的に夜だ…これも可能性は低い。」


「……幽霊は…」


「「ヒィッ!!」」


梨紅と恋華が机の角に集まり、手を取り合って震えている…


「…可能性は高い…学校には色々な幽霊がいるから…」


「幽霊…そうなると、霊に長けた豊と、退魔士の今城が頼りだが…」


男3人は、恋華と震えている梨紅に視線を向ける。


「…無理だな。」


「あぁ、無理だ。」


「……無理…」


全員の意見が一致した。


「そうなると、とりあえず幽霊探しになるが…幽霊が見えるのは豊だけか?」


「……霊力、魔力の類いを使えるなら…誰でも…見える。」


「なら、ここにいる全員が見える事になるな…あ…」


「まー君!」


恋華が叫んだ。その表情は、まさに驚愕の表情だ。


(…まー君?)


(まー君…)


(…)


無関係の3人も、心の中では驚いていた。


「…正義達も何か使えるのか?」


あえて(まー君)には触れず、一真は質問した。


「あ、いや…すまない、口が滑った…忘れてくれるとありがたい。」


((そりゃあ無理でしょ…))


梨紅と一真は完全に心の中でシンクロし、ツッコミを入れる…


「…で、どうする?幽霊探しとなると、夜が最適だと思うけど…」


一真の言葉に、豊が頷いて見せる。肯定のようだ。


「……泊まって探す…」


「それしか無いか…」


「既に許可は取ってある。」


「早ぇなオイ!?」


勝手に話を進める男3人…そんな中、女の子2人はずっと…部室の恥で涙目で震えていた。




梨紅と恋華の怯え方が尋常じゃないので、女性陣には1度、家に帰ってもらう事にした。


「梨紅、ついでにうちに寄って、母さんに今夜は学校に泊まるって言って来てくれ…あと制服と、明日のために体操服も持って来てくれると…」


「…わかった…」


「恋華、こっちも頼む。あと夕飯も…コンビニの弁当を人数分…」


「…うん…わかったよ、まー君…」


梨紅も恋華も元気が無い…そんな2人が校門へ向かうのを部室の窓から見た後、3人はとりあえず、さっきの席に座る。


「…豊、実際どうなんだ?」


話を切り出したのは一真だ。


「微妙…僕も、この学校の全ての浮遊霊を知ってるわけじゃないからね…」


「そっか…正義…正義?なんつ~顔してんだお前…」


一真が見た正義の顔は、酷い物だった…口をだらしなく開き、眼鏡はズレ、ある意味、驚愕の表情だ。


「…いや、豊は…その…無口キャラだとばかり思っていたから、少々驚いただけだ。」


「いやいや、少々の顔じゃ無かったぞあれは…」


一真のツッコミをあえて無視し、正義はズレた眼鏡を元に戻し、咳払いをした。しかし、間髪入れずに豊の鋭い指摘が正義を襲う。


「…正義と重野、どんな力があるんだ?」


「…」


「あぁ、オレも気になってたんだよね…」


「…黙秘だ。」


正義がそう言った瞬間、部室が暗くなり、正義と豊の間にスポットライトが当たる…


「…そんな事言わずに、白状したらどうだい…楽になるよ?」


豊の言葉に上乗せする形で、一真が正義の肩を軽く叩いた。


「故郷のお袋さん…泣いてるぜ?」


「…オレが、やりました………………おい。」


部屋の照明が元に戻った。一真、豊、正義の、ショートコントでした。


「意外だ…正義って、ノリツッコミとかしない派だと思ってた…」


「僕も…」


「時と場合による…基本的に好き好んでやらないが、空気は読む。」


「…とか言って、話題を2人の力から反らすために仕方なくやっただけなんだろ?」


「…」


黙り込む正義…再び照明がスポットライトに切り替わろうとする…


「待ってくれ、言えない…まだ言えないんだ。時期が来たらちゃんと話す…」


「…って言われてもなぁ…極楽亭関係の問題が解決したら、オレ達が会う機会なんて無くなるだろうし…」


「…その場しのぎでズルズル…」


「そんな事は絶対にしない!信用出来ないなら、君たちと同じ部活に入っても構わない!!」


「君たちとって…豊、何部だ?」


「帰宅部…」


「って事は、MBSF研究会に入る…って事か?」


…何やら、おかしな方向に話が進んでいるようだ…


「…さっきからMBSFと言っているが…ここはSF研究会では無いのか?」


「いや、ここはMBSF研究会だよ。」


「……MBSF研究会って…何?」


説明しよう…MBSF研究会とは!


魔法使いと退魔士と一般人その他諸々で


勉強したり遊んだりその他諸々をする


SF研究会


略称、MBSF研究会


「…ってわけだ。基本的に、ここに集まって宿題やったり、試験勉強したりして、終わったら何かして遊ぼうって感じの部活だよ。」


「…楽しそうだね…」


「有意義と、言えなくもないな…」


「…え?2人共、お気に召しちゃった?」


一真、まさかの部員勧誘成功か…


「興味はある。」


「僕も…」


「へぇ…じゃあもう入っちゃえば?あ~でも、入部試験があるとか無いとか言ってたな、梨紅が…」


例の、(SFって何の略?)と言うやつだ。


「試験か…ふむ…」


「…」


「まぁ何にしても、球技大会が終わってからだろうけどな…」


「…そうだな、とりあえず2人が戻るまで、別れて校内を散策しよう。」


「よし…てか、まだ幽霊の見方知らないんだけど…豊?」


「……霊力や魔力の類いを、目に集中させる…僕を見て、全身が青く光って見えれば…幽霊も見える。」


豊の言う通りに、一真は魔力を…正義は何かを目に集中させる。


「…おぉ!見えた見えた、青く光ってる…正義はオレンジか!」


「一真は赤か…とにかく、これで見えるんだな?」


正義に聞かれ、豊は頷いた。


「そんじゃ、散開だな…オレは体育館に行くから、何かあったら携帯に電話してくれな?」


そう言って、一真は部室から出て行った。


「オレは本校舎を調べよう…豊は部室棟を頼む。」


「……わかった…」


そして、2人も部室から出て行った。




部室で2人と別れた一真は、体育館へ向かって歩き出した。もちろん、眼に魔力を集めたまま…つまり、幽霊を探しながらである。しかし、


「…全ッ然いねぇ…」


一真は依然、幽霊と遭遇出来ていなかった。もうすぐ体育館に着くというのに、一真の眼に映るのは、ふわふわと舞っている無数の小さな発光体だけだ。


「…いや、もしかしてこの…ふわふわが全部幽霊とか…」


一真は右手の人差し指で、発光体に触れようと試みるが…


「…触れねぇか…やっぱり幽霊?」


幽霊なら、魔力を纏えば触れるはず…そう思った一真は、指先に魔力を集中し、発光体に再度触れようと試みた。すると…


「…おぉ!?これ、魔法陣じゃ…?」


一真の指の動きに沿って、発光体が緋色に輝き出す…円を描けば、それはもう魔法陣に他ならない。


「幽霊じゃなかったか…魔法陣の元になる物か?帰ったら調べてみるか…」


ちょっとがっかりしながら、一真は再び、体育館を目指す。


「…てか、着いたな…結局何も出てこなかったし…」


いつの間にか体育館に到着していた一真は、ドアを開いて中に入った。


「え~っと…うん、やっぱりいないし…」


テンションがた落ちの一真…何を思ったか、体育倉庫に入って行った。


バスケットボールを持って倉庫から出てきた一真は、今度は体育館の壇上に登った。


「"エアロ"」


赤い発光体が魔法陣を生成し、その中心から白い球体が現れた。


球体は体育館をグルッと1周し、一真の目の前に急停止した。一真がイメージした通りだ。


「思った通りに動く、風の球…」


一真は体育館の中心に向かって、バスケットボールを軽く放り投げた。


それを風の球に追尾させ、斜め上に打ち上げる。


落下してくるボールを、風の球で打ち上げる…一真は、これを繰り返し始めた。


「…」


体育館に、風の球がボールを弾く音だけが響く。


…今更だが、一真がやっているのは魔法コントロールの修業だ。1つのバスケットボールを繰り返し弾く事で、正確さを磨いているのだ。


「…5…6…7…」


一真がカウントを始めた途端、風の球はボールをかすりもしなくなり、ボールは床に落ちてしまった。


「…これってもしかして、めちゃめちゃ難しいんじゃねぇの?」


一真は顔をしかめながら、バウンドを繰り返すボールを見つめた。



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