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魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第二章 二人は正座する。
11/66

3.二人のファーストコンタクト。


6月6日、水曜日


現在の時刻、午前7時30分…


貴ノ葉高校1年C組の教室では、異様な光景が広がっていた…


教室の壁に沿って並べられた机と椅子…


黒板には、「絶対優勝!どんな手を使っても!」の文字…


そして、教室の中央で円陣を作っている、C組の生徒達。


「…遂に、この日が来た」


沈黙を破ったのは、担任の田丸教諭だ…真っ赤なジャージ姿に、額には「必勝!」と書かれたハチマキ…


「野郎共ぉ!!準備は良いかぁぁぁぁ!!!!!!」


おぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!


尋常じゃない気合いの入り方…まるで、これから戦に出掛けるかの如く、男も女も、目が殺気で満ちていた…


委員長の沙織が言った。


「絶対優勝!!」


絶対優勝!!!!


沙織の言葉を、クラス全員が復唱する。


続いて、副委員長、芝山…


「C組必勝!!」


C組必勝!!!!


女子バスケットボール部、柳瀬…


「賞品ゲットぉ!!」


賞品ゲットぉ!!


一般人、川島(暖)…


「一真が魔法でしっかりサポートぉ!!!」


一真が魔法でしっかりサポートぉ!!!(するかボケェェ!!!)


出席番号16番、高橋…


「生麦生米生卵ぉ!!」


生麦生も…生、生だ…ぅがぁぁぁぁ!!!


そして、ボコボコにされる高橋…(一真は暖に蹴りを入れる)


「絶対優勝するぞぉぉ!!!」


おぉぉぉぉ!!!!!


校舎が揺れる程の大声で、C組の生徒達は気合いを入れた。


たかが球技大会に、何を熱くなっているのか…その理由は、暖の机の上に置いてあった、この一枚の紙に記されていた…



球技大会、優勝賞品…


焼き肉屋(極楽亭)の、焼肉、デザート、食べ放題チケット人数分…


極楽亭と言うのは、貴ノ葉高校の前にある高級焼肉屋である。


金持ちしか入れない…高校生なんてもっての他だ…


その店の焼肉が食べ放題…しかも、高級なデザートまで…


球技大会の賞品にしては豪華すぎはしないかと思ったそこのあなた!


その通りである。


明らかにおかしい…


もう一度、例の紙を見てみよう…



球技大会、優勝賞品…


焼き肉屋(極楽亭)の、焼肉、デザート、食べ放題チケット人数分…


(3年生のみ。1、2年生は、図書券1000円分)



…つまり、そういう事である。


豪快な勘違い…いくら殺気立っていても、優勝賞品は図書券1000円分…


…その事実に気づいているのは、このクラスでは一真のみである…


「…」


しかし、一真はあえて何も言わない…何故なら、一真は優勝賞品の図書券が欲しいからだ。


(…図書券さえあれば、あれが買える…)


「ん?一真、何か言った?」


「梨紅、絶対に優勝するぞ!オレ達の手で、賞品を掴み取るんだ!!」


「その意気よ一真!見直したわ♪昨日までの一真とは思えないヤル気ね!」


「ったりめぇだ!昨日までのオレとはわけが違うぜ…」


…一真の言葉を要約すると、昨日…一真にヤル気を出させる何かが起こったという事になる…


…その出来事を説明するには、少々時間を遡る必要がある…


具体的には、5日前…


6月1日、金曜日…


動物園での騒動の、翌日の事である。











「なんで教えてくれなかった!?」


その日は暖の、?付きの叫びから始まった。


「…何が?」


「何がじゃねぇよ!レポートだレポート!!」


「あ~…レポートか…」


時刻は8時31分…ホームルーム終了直後である。


「…まぁ…ドンマイ」


「ドンマイで済ますなよ!なぁ!オレ達の班でオレだけ書いて無いってどう言うこった!?」


「っせぇなぁ…いつものことだろ?」


「いつものことでも納得は行かねぇぇぇ!!!」


「…梨紅、代わってくれ…」


「…沙織、パス」


「久城君、パス」


「パス2」


「パス2」


「パス2」


「トランプでもしてんのかお前ら!!」


「そうだな…言うなら、川島暖って言うババの譲り合いか?」


「おぉ!一真、上手い!」


「上手かないわぁぁぁ!!」


そう叫んで、息切れしながら、暖は机に突っ伏した。





「…どうしろってんだよ…」


消え入りそうな声で、暖は言った。


「珍しいなぁ、暖が真面目に考えるなんて…」


「…真面目路線を進んでみようと…」


「やめとけ…お前、廃人になるぞ?」


「言い過ぎじゃね!?」


「馬鹿、お前…お前が真面目路線に進むって事は、梨紅が真面目路線に進むのと同じだぞ?」


「…」


暖は突っ伏していた顔をあげ、梨紅をちらっと見て、再び突っ伏した。


「…無理は良くないな」


「ん、無理は良くない」


「何か、もの凄いバカにされてる感があるんだけどな~…」


そう言って、梨紅は一真の頬を軽くツネった。


「…ひにひゅんな、ひひゅもにょほほひゃほ?」


「え?何?わかんないなぁ~♪」


梨紅はニヤニヤと笑いながら、一真の頬をグニグニといじり回す。


「…ぶひゅりく」


瞬間、一真の額が暖の後頭部に叩きつけられた。梨紅が一真の後頭部を殴ったのだ。


「「いてぇぇ!!!」」


「あんた今、ブスって言ったでしょ!」


「ちゃんと理解出来てんじゃねぇか!!なぁにが、わかんないなぁ~だ!」


「待って待って!こっちに二次災害!二次災害!!」


「ホントにもぉ…3人とも、子供じゃないんだから…」


騒がしい3人を、沙織が母親の如く諭す。


「だって梨紅が…」


「一真が…」


「オレは無関係だったよ!?」


「とにかく、もうこの話はおしまい!わかった?」


「「「は~い…」」」


まるで、本当の家族のようだ…ちょうど話が一段落した所で、田丸教諭が教室に入って来た。


「席着け~、ホームルーム始めるから、学級委員は前に出てくれ~」


「あ、じゃあちょっと行ってくるね?」


そう言って、委員長の沙織は教室の前方へ歩いて行った。


「…暖、自分の席に戻れ…そこは柳瀬の席だぞ?」


一真は、突っ伏したままの暖に言った。


「…柳瀬は今日、欠席だから…」


「んなわけ無いでしょ!ちゃんとここにいるわよ!」


突っ伏す暖の脇に、背の高い女の子が仁王立ちしていた。


この子は柳瀬 水月

(やなせみずき)

女子バスケットボール部に所属する、一真達のクラスメートである。


「勝手に人を欠席にしない!」


「元気だなぁ、柳瀬は…席交換しない?」


「しない!早く最前列に戻れ!」


「うぇ~い…」


気のない返事をしながら、暖はしぶしぶ、自分の席に帰って行った。


「ったくもぉ…久城君?困るよ、しっかり川島の面倒見てくれなきゃ…」


「待て待て柳瀬…オレはいつから暖の保護者になったんだ?」


「え?…違うの?」


水月は心底意外そうな顔をした。


「違うに決まってんだろ…マジで保護者だと思ってたのか?」


「そんなわけ無いじゃん、ギャグよギャグ!わかって無いなぁ久城君は…」


水月は一真を嘲笑するように鼻で笑った。


「まぁ、同じ事を梨紅が言ったなら…全く違う反応だっただろうけどね?」


「まぁなぁ…柳瀬のギャグなんて、初めて聞いたし」


「あれ?そうだっけ…」


「そうだっけも何も…ほとんど話した事無いじゃん、オレ達」


「あ~そっか…川島関係で近くにいる事が多かったから、結構話してるもんだと…」


「はい、後ろの2人静かに~」


雑談していた一真と水月を、沙織が注意した。さらに、一真に追い討ちをかけるように、梨紅からテレパシーが送られて来た。


(や~い、怒られた怒られたぁ~♪)


(っせぇ!)


「はい、静かになった所でプリントを配りま~す。」


沙織が、それぞれの列の先頭の生徒に、列の人数分のプリントを渡して行く。


プリントがどんどん後ろに回されて行き、窓際最後尾の一真が、一番最後にプリントを受け取った。


「…ん?」


クラス中が妙に騒がしい事に、一真は気づいた。…注意をするはずの沙織でさえ、プリントを見て驚愕の表情を浮かべていた。


「…」


一真は、隣の席の梨紅を見てみた。


…驚愕という名の、間抜け顔がそこにあった。


「…」


一真は手元のプリントに目を通した。


(3年の賞品、豪華だなぁ…)


それが、一真の感想だ…周りが何を驚いているのか、一真はわからずじまいだ。


「…みんな、プリントは読んだわね?」


沙織の重々しい雰囲気が、クラス中に浸透して行く…


「優勝賞品が、こんなに豪華だとは…正直、予想外だったね…」


…?


一真はクラスでただ一人、疑問付を頭に浮かべる。


「…絶対に優勝して!極楽亭の食べ放題チケットをゲットするわよ!!!」


おぉぉぉぉぉぉ!!!!!!


一真以外の全員が立ち上がり、腕を突き上げながら雄叫びを上げた。


勘違いだと気付かないクラスメート達のを見た一真は、頭を抱えて言った。

「このクラス…どいつもこいつもアホだらけだ…」


一真の目には、薄く涙が滲んでいた…


この日は1日、普通の授業は一切無く、クラスごとに球技大会関係の決定事項を纏めたり、それぞれのクラスに割り振られた時間、体育館で練習をすることが出来た。


今はちょうど、C組とD組が同じ体育館を共有している所だ。


「そこぉ!!ダラダラやってんじゃない!」


「一本一本丁寧に!確実に決めるのよ!」


バスケ部の水月が張り切っている中、一真は一人、体育館の壁に寄り掛かって、肩膝を立てて座っていた。


「…」


何かに取り憑かれた用に、全力でバスケに打ち込むクラスメート達…彼らを見ると、一真は自然に顔をしかめてしまう。


「…何だろ…何か変だ…」


一真は顔をしかめたまま、隣のコートのD組に視線を移す。すると…


「…D組もC組と同じ?」


驚くべき事に…D組もC組同様に、殺気と熱気+罵声が飛び交っていた。


「…やっぱ変だろ!」


「…君は独り言が激しいな」


「だってよぉ…え?」


自分の独り言を指摘され、一真が声のした方を見上げると、首から白いタオルを下げ、うっすら汗をかいた眼鏡を掛けた男が立っていた。


「…あぁ!えっと…重野さん…の、彼氏らしき人!」


「…随分とアバウトな認識をされているようだが…オレを知っているのか?」


「知ってるってか…前に駅前の本屋で見ただけだよ、重野さんについては、友達が騒いでたからたまたま憶えてただけだよ」


「そうか…なら初めましてって事になるな。オレはD組の桜田正義、よろしく」


「あ、オレは久城一真、C組…ってのは見ればわかるか…よろしく」


そう言って、握手を交わす二人…一真と正義のファーストコンタクトである。


「…ところで久城君…」


「一真で良いよ」


「では一真…君はこの異常事態に気づいているようだ」


「…確かに異常だわなぁ、C組とD組が全員アホになったみたいだ」


「…正確に言えば、全校生徒だ」


「マジで!?てか、桜田君、調べたの?」


「正義で良い…結論を言えば、調べた…」


「すげぇ~…この短時間でよく調べたなぁ」


「情報収集は得意でね…そして、どうやら正気を保っているのはオレ達だけらしい事がわかった。」


「…オレ達2人!?」


「正確にはもう1人いるんだがな…」


正義は一真の隣に座り込んだ。


「…君は魔法使いらしいね?」


「…魔法で皆を元に戻せってのは無しな?」


「何故だ?」


「アホを直す魔法なんてあるか!」


「そうか…」


「まぁ、オレはしばらく成り行きを見る事にしたよ…正義もそうすれば?」


「…いや、オレは色々と調べてみるよ。」


「…そっかぁ、まぁ何かわかったら教えてくれよ」


「わかった。では、またいずれ…」


正義は立ち上がり、自分のクラスへ帰って行った。


「…一真?」


正義と入れ替わりに、梨紅が一真の元へやって来た。


「ん~?」


「今の、隣のクラスの人よね…何話してたの?」


「…この学校はアホばっかりだなって話だよ」


「本当に?」


「本当だよ」


「ふ~ん…ところで、なんであんたずっと座ってんの?ちゃんと練習しなきゃ駄目でしょ!」


「え~…」


「え~じゃないわよ!絶対に優勝賞品ゲットするんだから!」


「…眠くなってきた」


「ぶっとばすわよ!?早く来てよ、今から試合するんだから!沙織も暖君も待ってるよ?」


「あ~い…」


梨紅に引っ張られ、一真はしぶしぶコートに入った。


「おせぇぞ一真!何してんだお前!」


「うるせぇよノーコン…シュート外しすぎなんだよこのボケナス!」


「お前なんかシュートすら打って無いだろ!?」


「これから打つんだよ、これから…」


「2人とも、始まるわよ!」


梨紅が言うと同時に、試合が始まった。例によって例の如く、一真のチームには梨紅、沙織、暖が含まれており、それに高橋がプラスされただけである。


ジャンプボールの結果、ボールは沙織の手に渡った。


「暖君、パス!」


沙織は数回ドリブルし、暖にパス。


「っしゃあ!まかせろ!超ロングシュート!」


ハーフラインにいた暖は、その場からゴールに向かってボールを投げた。ボールは、見事にゴールリングに当たって跳ね返った。


「何してんだ馬鹿!」


跳ね返ったボールを、一真が弾いてゴールに入れた。


「ナイスシュート一真ぁ!!そして、ナイスアシスト…オレ!」


「っせぇボケェ!!ハーフラインからシュートって馬鹿かお前!?」


「ドンマイドンマイ!結果オーライじゃん?」


その後、暖が仲間からボコボコにされたのは、言うまでもない…





「…!」


平凡な高橋のジャンプ…


「…久城君、パス!」


冷静で確実な沙織のパス…


「…んっ!よし♪暖君パス!」


素早い梨紅のパスカット…


「っしゃあ!ロ~ングシュ~トゥ!!」


ノーコンの暖のロングシュート…そして


「暖てめぇ!いい加減にしやがれぇぇ!!」


シュート率10割の一真…


1試合3分の練習試合で、20対0という驚異的な強さを見せつけた一真達は、瞬く間にクラスの期待を一身に背負わされる身になってしまった…






「…何故にオレだけボロボロなんだ…」


帰り道、顔を真っ青に腫れ上がらせた暖が言った。


「お前が何回言ってもノーコンシュート止めねぇからだ!」


「条件反射でやっちゃうんだって!」


「直せよ!せめて1回ぐらいドリブルしろよ!」


「まぁまぁ一真、暖君がこのままでも一真がいれば大丈夫そうだし…」


「オレへの負担が凄まじいんだよ!勘弁してくれよ!(…いや、待て待て待てオレ!何をそんな真剣になってんだ?優勝賞品は図書券だぞ!?)…まぁ、今度からは気をつけてくれ…"ヒーリング"」


脳内の自問自答の末に、一真は冷静さを取り戻した。


「はい!今後は、やらないように努力します!」


そう言って、暖は敬礼して見せた。


「…あぁ!?」


一真が暖の敬礼にコメントする前に、梨紅が突然を声を上げた。


「ん?どうした?梨紅…」


「オレの一世一代のボケがぁ…」


「いやぁ、そこまで面白くは無かったよ?」


「…酷ぇよ沙織ちゃん…」


「暖うるせぇ、梨紅、どうした?」


梨紅は驚愕の表情で一真を見つめ、言った。


「今日から仕事なんだった…」


「…はぁ!?お前、なんで朝言わなかった!?」


「いやぁ、徹夜明けでボ~っと…」


「徹夜したのはオレだけだろうが!」


「忘れてたんだから仕方ないでしょ!」


「逆ギレか!?てか、仕事何時からだよ?」


「えっと…7時に隣町の寺尾神社!」


一真が携帯を開くと、時刻は18:32と表示されていた。


「…アホかぁぁぁ!!!!」


一真は梨紅の腕を掴み、暖と沙織に視線を向けて言った。


「じゃ!また明日!」


「2人ともごめん!またね!」


「"スカイ"!」


軽い挨拶を残し、一真と梨紅は飛んで行った。


「2人とも、気をつけてね~~…」


「一真ぁぁ!明日は学校休みだぞぉぉぉ!」


沙織と暖の言葉が、一真達に届く事は無かった…


「…暖君、明日も学校あるよ?」


「…え?」









「一真!もっと急いでぇぇ!」


「わかってるよ馬鹿ぁぁぁぁ!!!」


全力で飛ぶ一真…その甲斐あって、すぐに自宅が見えてきた。


「着いた!」


2人は互いの家の屋根に飛び降り、同時にそれぞれの部屋を開けた。


梨紅は中に飛び込み、一真は中に通学バッグを投げ込んだ。


「梨紅!」


一真の呼び声と同時に、梨紅が飛び出して来た。


「はい!」


「華颶夜は!?」


「持った!」


「準備は!?」


「OK!」


「よし、"スカイ"!」


滞在時間わずか20秒…2人は再び夜空に舞い上がった。


「梨紅!あと何分!?」


「15分!」



「ギリギリか…」



「間に合う?」



「間に合わせるしか無いだろ!」



「…そうだよね、もし遅れたりしたら…」



「あぁ、親父さんに…」



「うん、お父さんに…」




((…殺される!))




2人は心の中で同調し、一真は更に飛行速度を上げた。




~18:59~


本当にギリギリ…2人は目的地の寺尾神社に到着した。


「セ~フ!やったね一真♪」


「…」


疲労困憊の一真…汗が滝の用に流れ、梨紅に返答することも困難だ。






寺尾神社…その歴史は江戸時代の末期から始まり、有名な神社の流れを組む由緒正しき神社である。


「…そして、私がこの寺尾神社、9代目神主の寺尾聡明でございます…この度は、遠路はるばるようこそ…」


神社の本堂に通された一真達は、現神主の聡明さんに話を聞いていた。


「いえいえ!ほんの15分程度…遠路なんて…」


(オレが全力で飛ばしたからだろうが!!)


一真は、テレパシーを使わずに脳内でそう叫び、梨紅を横目で睨む。


「…そ、それで?私達が退治する魔物というのは…?」


一真の方を絶対に見ないようにしながら、梨紅は言った。


「…その事なんですが…」


神主は、非常に申し訳なさそうに言った。


「実は、今回の依頼…魔物退治では無いんです…」


「…と、言いますと?」


神主の話はこうだった。



この寺尾神社には、宝物庫なる物がある。そこには、とても価値のある物が眠っており、神主の血筋の者にしか入れないよう、霊力の結界が設けられている…



「「…霊力?」」


「霊力というのは、魔力や退魔力とは異なる、全ての人間に眠る力…人間の生命力の源です。我々、神に関わる職を持つ者は、その霊力を自在に操る訓練を受けていまして…除霊の際に用いたり、結界を作る際に用いたりします。」


「なるほど…」


「続けて下さい。」



その霊力の結界…我々は霊結界と呼んでおりますが、それが先日破れまして…



「それは…人為的にって事ですか?」


「いえ、老朽化が原因です…なんせ200年も前の代物ですから…」


「それで…その霊結界は…」


「既に、私と息子で修復済みです。まぁ、修復の8割は息子の力なんですがね?」


「はぁ…息子さん、凄いんですね…」


「霊力の扱いに関しては、自慢の息子ですよ…ちょうどあなた方と同じ学校…学年も一緒ですよ?」


…と言われても、2人は自分知り合いに寺尾なんて名前の人間は思い浮かばなかった。


(…梨紅、知ってる?)

(知らない…)


「おっと!話が反れましたな…」



神主は話を続けた。


霊結界の修復後、宝物庫の中を確認すると、貴重なお札が5枚、無くなっていた。



「お札?」


「…の、盗難?」


「はい…犯人もわかっております…」


「…つまり、その犯人が問題だ…と?」


「…まさか、幽霊とか…?」


「…その通りで…」


「帰る!」


そう言って立ち上がろうとした梨紅を、一真が抑えた。


「待てって…話を聞きましょ?」


「…」


梨紅は、涙目で一真を見つめた。


「…で、依頼の内容ですが…」


神主は2人を気にせず話を進めた。


「お2人には、私の息子と共に、お札を盗んだ幽霊を探し、お札を破ってもらいたいのです。」


「…ちょっと待って下さい?幽霊なら、息子さん1人でも…」


「…実はそのお札、霊力を遮断する効果がありまして…霊力を使った攻撃が効かないのです…」


「納得です…ただ、ちょっと待って下さい」


「?」


一真はおもむろに立ち上がり、本堂の隅に梨紅を連れて行った。


(大丈夫だって!泣くなよ梨紅…)


(嫌だぁ…もぉ帰りたいぃ…幽霊怖いもん…退治なんか出来ないよ!)


(いや、オレ達の仕事はお札を破るだけだって…)


(…本当?)


(本当!それに、オレだっているだろ?)


(…ぅん…)



梨紅を連れて、一真は神主の所へ戻った。



「すいません、お待たせしました…」


「それで、息子さんは…?」


一真と梨紅は、座布団に座りながら聞いた。


「息子でしたら、お2人の後ろに…」


「「え?」」


同時に振り向く2人。


「………どうも」


「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「ぅおわ!!」


そこには、とても目が細く、猫のような穏やかな印象を受ける青年が正座していた。


「息子の豊で…」


「いゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」


神主の言葉を聞かず、梨紅は一真にしがみついてガクガクと一真を揺すった。


「よ…よろしく、寺尾…君?」


「よろしく………豊で良い」


「あぁ、こっちも一真で良いよ?」


そう言って、2人は握手を交わした。


「で、この喚いてんのが梨紅ね?」


「……驚かせてごめん…」


「……ぅぅん、こっちこそ…ごめんなさい…」


豊は梨紅とも握手を交わした。


「……父さん、早速…」


「ん、頼んだよ、豊…」


豊は神主の言葉を聞いて、立ち上がった。


「……こっち…」


そう言って、豊は一真達を先導するように歩き出した。




豊について、2人は境内へ出た。


「…梨紅、ちょっと離れてくれよ…めちゃめちゃ歩きにくいんだけど…」


一真は、本堂を出てからずっと自分にしがみついている梨紅に言った。


「…」


しかし、梨紅は何も言わず、さらに強く一真にしがみついた。


「…はぁ…」


一真はため息を吐いて、そのまま豊について行った。


「………2人は…」


唐突に、豊が言葉を発した。


「?」


「……仲が良いんだね…」


「ん~、ぅん、まぁ…生まれた瞬間から一緒だからな…互いの親より一緒に居る時間長いし」


「……よく…窓から教室に…」


「…見られてんだ、やっぱ…」


「……有名な話…」


「そっか…」


一真は苦笑いし、心の中で、飛行登校を控えようと強く思った。


「ところでさ、豊って何組?」


「…A…」


「なるほど、面識が無いはずだわなぁ…」


C組とA組が会うとすれば、全校集会ぐらいしか機会が無いのだ…しかし


「……そうでも無い…」


意外な事に、豊はそれを否定した。


「え?」


「本屋で…たまに見かける…」


本屋…一真がよく行く駅前の本屋の事だ。


「マジ?気付かなかった…」


「……魔女の予告状…」


「えっと…あぁ!買った買った!ちょっと前に…って、よく憶えてるな…」


「……僕も持ってる…」


これまた意外…一真と豊の趣味に共通点があるとは…


「マジで!?あれ面白いよな!特にあそこ!えっと…魔女が幽霊に首飾りを盗ませる所!」


「!!!」


梨紅が幽霊という言葉に反応して震える。


「あれは面白い…幽霊だから、壁をすり抜けて簡単に侵入できるけど…」


「魔女が実体化の魔法をかけ忘れて、幽霊に実体が無いから首飾りに触れない!」


「手ぶらで帰った幽霊を、魔女は怒るけど…」


「幽霊が逆ギレして、変な関西弁混じりに…」


2人は声を揃えて、幽霊のセリフを言った。


「「やかましゃあボケェ!魔法かけ忘れたんは自分やろがこのスカタン!!」」


2人は声を揃えて笑った。


「それに魔女が驚いて、幽霊に正座させられて…」


「小一時間説教だっけ…幽霊魔女より強ぇ!」


そして、再び笑う2人…しかし、忘れてはいけない…この場に1人、ものすごく不機嫌な人間がいる事を…


「…楽しそうだね、一真…」


「!!」


梨紅はゆっくりと一真の首に腕を回し、首を絞め始めた…


「…私が怖がってんの知ってて、幽霊幽霊幽霊幽霊と…」


「…ご…ごめんなさい…」


「それと、豊君…あなた、無口キャラじゃなかったの?」


「いや、別に…無口キャラってわけじゃ…」


「でも、さっきまでは…」


「人見知りが、激しくて…」


「…」


「それに、話すのめんどくさかったし…」


「…あなたねぇ、もう少し…」


梨紅が豊に文句を言おうとした瞬間、豊の細い目がはっきりと見開かれた。


「!!な、何?」


「……来る…」


豊は前方を睨みつけた。


「来るって?…てか梨紅、隠れんの早すぎだから!」


「…」


再び梨紅は一真にしがみついて震え出した。


「……一真、前を見て…」


一真が豊の言う通り前方を見ると…


「…お札が飛んでる!」


空中を独りでに舞う1枚のお札…一真に見えるのはお札だけだ。


「…あれを破るんだな?」


「うん、斬るなり焼くなりしてもらえれば、後は僕が…」


そう言って、豊は右手の人差し指と中指を伸ばし、その間に1枚のお札を挟んだ。


「…準備は整った。一真、頼む…」


「よし、まずは試しに斬ってみるか…"ウィンディ"!」


一真は素早くお札に狙いを定め、風を放った。


風は真っ直ぐお札に向かい、一瞬でお札を細切れにした。


「……スピリガン!…」


一真がお札を破った瞬間、豊が右手の指先から青い球体を放った。


それは、お札の手前で何かに当たったように弾けた。


…そして…


「ギャァァァァァ!!!!!!!!」


断末魔の叫び声が、辺りに響いた。


「キャァァァァァ!!!!!!!!」


それに呼応して、梨紅も叫び声を上げる。


「……除霊完了…」


「怖ッ!!何だ今の!?」


「……後、4回…」


「…」


「もう嫌ぁ…帰りたいよ、一真ぁ…」


一真にしがみついき、梨紅が泣き出した。


「…オレも、帰りたくなって来た…」


だが、帰る訳にもいかない…これは仕事なのだ。嫌な仕事だって、たまにはある…


「…社会人って、大変だね…」


「そうだな…」


一真達はまた1つ、社会の厳しさを学んだ…






「ギャァァァァァ!!!!!!!」


「キャァァァァァ!!!!!!!」


神社の敷地内の森の中での、断末魔の叫びから梨紅の叫び声までの流れ…既に何度繰り返された事か…


「…なぁ、いい加減耳元で叫ぶの止めてくれよ…そろそろ鼓膜が…」


「……心配無い、今ので終わりだ…」


豊が、指先のお札を制服の胸ポケットにしまった。


「……任務完了…」


「そっか…じゃ、神主さんに報告だな…梨紅、終わったってさ」


「…」


梨紅はゆっくりと一真から離れる…


「…なんか、嫌な感じがする…」


「嫌な感じ?」


「…最後のお札を破った瞬間から、なんて言うか…清浄な空気が、汚れていく…みたいな…」


「………」


梨紅がそう言うと同時に、豊が本堂に向かって走り出した。


「え…豊?おい!ゆた…」


「一真!!」


「?」


瞬間、多方向からの咆哮が辺りに轟いた。


「…おいおいおいおい!!」


「大量の魔物…」


「とりあえず、境内に戻るぞ!」


森から境内へ…2人猛スピードで駆け戻り、境内の中心辺りで背中合わせで立った。


「…1…2…3…4…5…」


「…6…7…8…9…」


「「…10!?」」


「…良かったなぁ梨紅!本職がいっぱいだぞ…」


「…気分は夏休み最終日よ!」


「貯めてた宿題を一気にか…悪いけど、オレにとっては初めての経験だ!」


「慣れてないとしんどいよ?大丈夫~?」


「いやぁ、むしろワクワクですよ♪そっちこそ、鈍ってんじゃないのか?」


「まさか♪こう見えて、毎日修行してたのよ?」


「…そりゃあ知らなかった…」


「一真なんか、修行なんてしたこと無いでしょ?」


「まぁな…でも、知識は着々と増えてってるから、大丈夫…梨紅からもらった退魔の力だって、ちゃんと使えるように考えてある…」


一真が言い終わるや否や、2人を取り囲むように魔物が姿を現した。


「一真…」


「…急がなきゃ増えるな…周辺の魔物が、ここに集まって来るみたいだ!」


1体の魔物が、一真に飛びかかって来た。一真は魔物に右手を伸ばし、魔法を唱えた。


「"アーシー"!!」


境内の土が盛り上がり、いくつもの尖った突起となって魔物を貫いた。


アーシー…土魔法の第2段階。近くの土を自在に操る魔法である。


「はぁぁぁぁぁぁ………………」


一真の右腕の動きに合わせ、土が複数に別れ、ムチのようにしなる…


「はぁ!!」


土の先が瞬時に鋭くなり、他の2体の魔物に突き刺さる。


動きを封じられた3体がもがく中、一真側の残りの2体が一真に飛びかかる。


「…」


一真は薄く笑い、左手をその2体に向けた。


「"サスペンド"」


2体の動きが空中で止まり、そのまま地面に落下した。さらに一真は追撃の魔法を唱えたる…


「"ホーリ"!」


一真の両手が白く輝き、右手からは3本の光線が…左手からは2本の光線が放出された。


光線に当たった5体の魔物の体が、当たった箇所からゆっくりと白くなる…そして、体が真っ白になると同時に体が崩れて行った…


ホーリ…退魔魔法の第1段階。両手から細い光線を出し、触れた魔物を徐々に浄化する魔法である。


「5体終了~、梨紅、手伝うか?」


「大丈夫、1人で出来るよ!」


梨紅は、鞘から華颶夜を抜くと同時に、今までに見たことが無い程の巨大な"白の三日月"を放った。


その大きさ、スピード、共に前回までの物の比では無く、一撃で5体の魔物を消し去った。


「…凄ぇな梨紅…」


「ふふん♪魔物相手ならこんなもんよ!」


「……凄い…」


「キャァァァァァ!!!!!!」


梨紅の背後に、いつの間にか豊が立っていた。その後ろには、神主の姿も見える。


「おぉ、豊…と、神主さん…」


「お2人共、流石ですね…弱い魔物とは言え、10体の魔物を30秒以内に全て…」


「それより、どういうことですか?依頼を完了した瞬間、10体の魔物が突然…」


「…おそらく、あの5枚のお札がこの神社全体にかけられていた霊結界の鍵だったんです…その鍵が破壊され、結界が無くなり…」


「魔物が入って来た…一気に10体も?」


「いくらなんでも不自然だろ…この神社、何かあるんですか?」


「それは…その…」


神主が言葉を濁す。何かがあることは明確だ…


「…あえて聞かないでおきます。で、その結界の復元は…」


「僕がやる…東西南北と中心に1つずつ、5ヶ所で霊結界を作る。」


「1ヶ所に何時間かかる?」


「……20分で行ける…」


「えっと…全部で1時間40分…1時間40分!?」


「…やるしか無いだろ…」


一真は空を見上げ、顔をしかめた。


「…宿題を貯めると、録な事が無いな…」


そして、一真は息を大きく吸い込み、深呼吸のようなため息を吐いた。




「"白の三日月"!」


梨紅の振り抜いた華颶夜から、空中に向かって巨大な三日月が放たれ、直撃した8体の魔物が瞬時に砂のようになって消滅した。


「"レイジング・ファイア"!」


一真の右手から、直径20mの巨大な火の玉が現れ、13体の魔物を焼き払う…


「"ホーリ"!」


一真の左手から、13本の光線が伸び、魔物を徐々に消滅させて行く…


「はぁ…はぁ…一真…もう、1時間ぐらい…経った?」


息の上がった梨紅に言われ、一真は携帯を開いて時刻を確かめる。


「…まだ40分…」


「40分…何体ぐらい倒したかな…」


「…2人で150ぐらいじゃない?」


5分おきに、平均して20体前後の魔物が飛んで来る計算だ…


「…そろそろ限界じゃない?」


「疲れてるけど、限界はまだ見えないかな…オレは」


一真は右腕で額の汗を拭い、ふと…両手の手の平をまじまじと見つめた。


「…ほんの数週間前は、たった1体の魔物すら…2人がかりで倒してたのに…」


「…ピエールを倒して、レベルが上がったとかじゃない?」


「それだと、梨紅が強くなってるのはおかしいだろ?」


「はいはい、どうせ私はピエールに誘拐されてただけよ!邪魔しかしなかったわよ!」


「キレんな…それに、邪魔になんかなってないし…」


「でも、役に立ってもいないでしょ?」


「いや、そうでも無………冗談だろ…?」


一真の正面…北の方角の空に、翼の生えた魔物の群れが見えた…その数、およそ100体…いくら2人が急激に強くなったと言っても、あの数を相手にするのは無理があった…


「…梨紅、白の三日月って…どのくらいの距離まで届くもん?」


「測ったこと無いけど…100mぐらいかな…」


「中距離か…遠距離の攻撃って出来ない?」


「無理!って言うかそっちこそ、遠距離魔法とかあるんじゃないの?」


「…意外に無かったりする…」


一真の首筋に、冷たい汗が流れる。


「…即興でなんとかならないの?」


「やろうと思えば出来るだろうけど…退魔の力が無いと、あいつらの数を減らすのも厳しいな…」


「あるじゃない退魔の力!!さっきまで使ってたのは何よ?」


「足りるかボケェ!あの程度じゃ半径20mが限界だ!遠距離なら、最低でも今の100倍は必要になる!」


一真の言葉と同時に、再び魔物が2人を取り囲む。


「…数えんのめんどくなって来た…」


「17体!」


言いながら、梨紅は犬型の魔物の1体を、華颶夜で斬り裂いた。


「16!」


「…"フレイム・クロス=ホーリレイド"!はぁぁぁぁ!!!!!」


一真は炎の剣を具現化し、それにホーリを付加する合わせ技を使い、魔物を次々に消滅させて行く…


「はぁぁ!!…っし!梨紅?」


「こっちも終わった…でも、どうしよう一真!もうすぐ空から来ちゃうよ!?」


「…遠距離魔法か…退魔の力を発射するイメージだな…」


一真が腕を組んで目を瞑り、ぶつぶつと独り言を始めた。別に、焦るあまりに一真の頭が可笑しくなった訳では無い…一真が新しい魔法を考える時は、高い確率で独り言が始まるのだ。


「発射…退魔…100倍…破魔…ブースト…照準…」


一真が独り言を止め、ゆっくりと目を開いた。


「…出来た!」


「本当!?」


「…でもめちゃめちゃめんどくさい…しかも命中率が半端なく微妙…」


「作り直しなさいよ!」


「…そして、オレと梨紅の合体魔法…」


「作り直す時間なんて無いわ、それで行きましょ!」


とても嬉しそうな…やる気に満ちた表情の梨紅を見て、一真は苦笑した。


「……合体?…」


「…もう叫ばないわよ?」


梨紅の背後から、豊が現れた。


「豊、結界は?」


「あと2ヶ所…中心と北だけだよ」


「そっか…」


「……禍禍しい気配が、北北西から近づいて来てる…」


豊は北の空を見上げ、両目を見開いた。


「え…豊、魔物の気配とかわかんの?」


「……うん…方向、距離、数…正確にわかる…」


「マジで!?じゃあ、あの群れについて教えてくれよ!」


「………北北西より時速10kmで飛行中…距離7km…数…124体、あと37分でここに到着する。」


「…梨紅、やったぞ…」


一真の顔は、希望に満ち溢れていた。


「?」


「豊がいれば、遠距離魔法の成功は確実になる!」


一真は豊の肩を掴んで言った。


「豊、北に結界を作ったら、直ぐにここに来てくれないか?」


「……わかった…」


豊はすぐに、北へ走り出した。


「…一真、本当に大丈夫なの?」


心配そうに、梨紅が一真の顔を覗き込む。


「大丈夫…だから今は、魔物を倒しながら豊を待つ…それだけだよ」


一真は梨紅に向かって、親指をグイッと突き出して見せ、笑った。


…魔物の群れ到着まで、残り…35分…



「…あぁ~もぉ!"ファイア"!」


梨紅の左手から炎が放たれ、1体の魔物を直撃する。


「せい!」


そして、梨紅はその魔物を華颶夜で斬りつけた。


「お!遂に梨紅が魔法を…」


「だってキリがないじゃない!使える物は使わないと…」


「オレも華颶夜使いたいんだけどなぁ…」


「ダ~メ、華颶夜が無きゃ、私死んじゃうか…ら!」


華颶夜を下から上に振り抜き、梨紅は魔物を縦に切り裂いた。


「…無くても行けそうだけどなぁ、梨紅なら…"ホーリィ"!」


一真の両手から、梨紅の"白い三日月"に酷似した、三日月型の光が放たれた。


ホーリィ…光魔法の第2段階。三日月型の光の刃を放つ魔法である。


2つの三日月に触れた魔物が、次々に消滅して行く…そして、一真達の周りの魔物は全て消滅した。


「ちょっと一真!そんな魔法があるなら、最初から使いなさいよ!」


梨紅が一真に怒鳴る…一真は耳を塞ぎながら、弁明した。


「そんな簡単にはいかないんだよ…ホーリだけでも割と退魔の力を使うんだ、ホーリィなんか、3回も使えば退魔の力が空になる。」


「…じゃあ、あと何回ぐらい使えるの?」


「ホーリィどころか、ホーリすら…今日はもう使えない…」


「ウソ!?どうするのよ!まだ魔物が来るのに!」


怒鳴る梨紅…再び耳を塞ぎ、一真は言った。


「大丈夫だよ…ほら、豊が戻って来た。」


一真が梨紅の背後を指さす…そこには、異様に疲れている豊が、息を切らせてこちらに歩いてくるのが見えた。


「…大丈夫か?豊…」


「…………運動は…苦手…なんだ…」


「…お疲れ、豊…早速だけど、ちょっと手伝ってくれ。」


「…」


「これから、遠距離魔法を使うんだ…でも、即席だから照準に不安がある…だから、豊に照準を合わせて貰いたいんだ。」


「……わかった、それなら動かなくて良さそうだし…」


「助かるよ、豊…それじゃあ梨紅、今から梨紅にやって貰うことを言うから、よく聞いて。」


「うん、わかった。」


梨紅は力強く返事をした。


「梨紅には、オレの魔力を退魔の力に変える作業を頼みたいんだ…」


「…どうやって?」


「オレの後ろに回って、オレの両肩に両手を乗せてくれ。」


梨紅は一真の言う通り、一真の両肩に両手を乗せた。


「退魔士には、取り込んだ魔力を自分の力にする力がある…左手からオレの魔力を取り込んで、右手からオレに送る…そんなイメージで頼む。」



「…わかった、やってみる。」


梨紅は目を瞑り、頭の中で想像する…


(…一真の魔力を、退魔の力に…)


「…!!!」


自分の体から、魔力を吸い取られる感覚…一真は一瞬、成功を予感した。しかし…


「…梨紅、送って?こっちに…」


「え?あ、うん…」


梨紅は右手に意識を集中し、何かを放つイメージを頭に浮かべた。


「…お、来た来た…」


退魔の力が送り込まれている事を感じ、一真は次の作業に入った。


「豊、敵は…」


「北北西、距離3km、時速10km…」


「…サンキュ」


一真は右腕を魔物の群れの方向に真っ直ぐ伸ばし、左手を右腕に添えた。


「…豊、今から使う魔法の射程は2kmなんだ…だから、やつらが射程に入ったら、合図してくれ。」


「わかった……一真、右腕の角度を10゜上げて…」


「そこまでわかんの!?10゜…こ、このぐらい?」


「……2゜下げて…」


「細けぇ~…腕がプルプル震えるんだけど…」


「……あと…1分で射程に入る。」


「早!?梨紅!」


「もうちょっと!…って、どのくらい変えれば!?」


「え~っと…あ!もぉ良いや、十分…」


一真は右腕に退魔の力を集め始めた。


「…一真、また髪の色が変わってるよ?」


「…はぁ?何色?」


「白…」


梨紅の言う通り…一真の髪の毛の毛先が、白く染まって来ている…


「…見なかった事にしろ、今はこっちが…」


「残り20秒」


タイムリミットが迫りつつあった…


「…梨紅、20秒以内に魔法の名前を考えろ。」


「え…えぇぇ!?何それ!聞いてないよ!」


「…ごめん、考えつかなかった!」


「信じらんない!馬鹿じゃないの!?」


「10…9…」


豊のカウントダウンが始まる…


「とりあえず、神々しいって意味のディバインって言葉を考えた…(ディバインなんとか)にしたいから、(なんとか)を考えろ!」


「ディバインなんとか、ディバインなんとか、ディバインなんとか、ディバインなんとかぁぁぁ…」


梨紅はもう泣きそうである…


「5…4…3…」


「早く!」


「ディバインディバインディバインディバイン…」


「2…1…」


「ディバインディバインディバインディバイン…バスター!!!!」


「…0。」


「「"ディバイン・バスター"!!!!」」



一真と梨紅が声を揃えて魔法を唱えた瞬間…2人は、時が止まったような感覚を覚えた。


(…一真、なんだろう…何か、頭の中に入ってくるよ?)


(え…梨紅も?)


一真と梨紅の頭の中に、共通の映像が流れ込んで来た…






手を取り合って、何かから逃げる男と女…


(…誰だろ…)


(さぁ…)


男は緋色の長髪を、女は蒼い長髪をなびかせ、草も木も何もない荒野を走っている…


…女の背中には、純白の翼が生えていた…


(天使だ!)


(ってか、何処だよここ…)


女が何かにつまづいた…男はそれを支え、更に逃げる…


(…なんか、梨紅みたいだな…)


(え…私ってドジッ子?)


そんな2人の遥か後方…そこにいるのは、数千…数万…数億という軍勢…驚くべきことに、魔物と天使の混合軍のようだ。


(…何、これ…)


(魔物…天使…それにこの数…)


そして、再びつまづく女…今度は男を巻き込んで豪快に転倒した。


(…ほら、やっぱり梨紅だ…で、こっちがオレ)


(…)


女を支えて立ち上がる男…女の泣き顔を見て、男は溜め息を吐いた。


立ち止まった男と女…その顔、仕草…


(…えぇ!?)


(ウソ…本当に、私と一真?)

服装や髪色、翼の有無などの違いはあるが、顔だけを見れば、間違いなく一真と梨紅である…


男が女のすりむいた膝に手を添えると、白い魔法陣が現れ、瞬く間に擦り傷が治癒された。


(回復魔法?)


(魔法陣を使った回復魔法…知らないぞ?オレは)


怪我が治り、満面の笑みを浮かべた女は、男に抱きつき、男は顔を赤く染め、頬をポリポリと掻いた。


(…一真っぽい)


(そうか?)


男は軍勢を振り向き、睨むつけた。女も男の視線を追って、軍勢を見つめた。


(…悲しそう、あの子…)


(…)


男の右手に魔法陣が現れ、中から杖が出て来た。それを掴み、男は軍勢に杖を向けた。


(やっぱ違う…オレは魔法陣も杖も使わないからなぁ)


(…でも似てるよ、あの顔…)


男が杖に魔力を注ぎ込み始めた。空気は震え、男の体の内側の魔力と、その外側に漂う魔力…2つの凄まじい魔力が、杖を満たしてゆく…


(凄い魔力…この人、本当に人間?)


(…魔王…)


(え?)


(…この魔力、間違いなくオレと同じ物だ…量は明らかに違うけど)


(じゃあこの人が…)


(…オレの、前世…)


杖に魔力を込め終えたのか、周りの空気の震えがおさまった。

(…って事は…だ。もしかして、この…梨紅に良く似た天使は…)


(…私の前世?)


女は、男の持つ杖に触れた。それに気付いた男は、女の顔をジッと見つめる…しばらく見つめ合った後、2人は微笑み合い、女は目を瞑り、純白の翼を広げた。


(…魔王と天使が、なんで?)


翼はどんどん広がって行き、途中で4つに別れた。


(さぁ…でも、1つだけ言える事がある…)


更に翼は別れ、8つに…そして、巨大に…


(…この女の人、ただの天使じゃないな…)


8枚の巨大な翼を広げる女…広げきった翼は、ゆっくりと輝き出した。


男が杖に込めた魔力が、女の手で浄化されて行くように…杖は、魔力が浄化された魔力…聖なる魔力とでも言うべきか…それで満たされた。


(…)


(…)


男は杖を軍勢に向け、女は杖から手を離し、男を背後から抱きしめた。


女は男の肩越しに軍勢を見つめ、再び悲しそうな顔をする…


男が何か言った…女はそれに答えた…


2人の足下に大きな魔法陣が現れ、杖は…まるで、杖が4つの魔法陣の中心を貫いたかのように、魔法陣を纏っていた。


そして…魔法は放たれた…

男と女の声は、一真と梨紅には聞こえない…だが、彼らが魔法を放つ瞬間に言った言葉…そう、彼らが使った魔法の名前…それだけは、2人に伝わっていた…


彼らの使った魔法…




神魔双破…

ディバイン・バスター




…その魔法は、爪痕すら残さない…彼らを追っていた魔物も…そして天使も…数億の軍勢が…跡形もなく消えてしまっていた…





「10…9…8…」


一真と梨紅が気がつくと、豊がカウントダウンを開始していた。


(…え?今の何?)


(わからない…でも…)


(…うん、あれの通りにやれって事だよね?)


「5…4…3…」


残り5秒…一真は右腕に、退魔の力と魔力を限界まで詰め込んだ。


残り4秒…梨紅は一真を後ろから抱きしめ、魔力を全て退魔の力に変えた。


残り3秒…一真の髪色が、全て真っ白に変わったが、2人の足下に巨大な魔法陣が現れた瞬間、元の髪色に戻った。


「2…1…」


残り2秒…一真の右腕に、4つの魔法陣が現れた。


残り1秒…一真と梨紅が、魔物の群れを視界に捉えた。


「…0。」


「「"ディバイン・バスター"!!!!」」


…そして、"神々しい破壊者"が…夜空に放たれた…




一真達の足下の魔法陣が、輝きを増して行く…


4つの魔法陣を纏った一真の右腕…


指先の魔法陣の中心が、発射口のように円形に開いて行く…


手首の魔法陣が、照準が狂わないよう、手首を固定する…


肘の魔法陣が、一真の魔力を増幅させる…


肩の魔法陣が、一真の体を衝撃から護る…


神魔双破…

ディバイン・バスター


雲よりも…雪よりも…純白な、聖なる光…


一真の右腕から放たれたそれは、光の速さで突き進み…全ての魔物を一瞬で消し去った…




「…魔物、1体残らずいなくなったよ」


豊の言葉と同時に、一真の足下…そして、右腕の魔法陣が、消える…


「…」


「…」


一真も梨紅も、何も言わない…ただ呆然と、光の飛んで行った方向を見つめるばかりだ…


「……最後の霊結界、張ってくる。」


そう言って、豊は2人から離れて行った…



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