表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの苦悩  作者: 黒緋クロア
第二章 二人は正座する。
10/66

2.二人は動物園に連れて行かれる。


5月31日、木曜日


中間テストも終わり、テスト返却で一喜一憂していた生徒達も、ようやく元の調子に戻った今日この頃…


「…追試ぃ…」


「…赤点…」


…中には、まだショックから立ち直れない生徒もいるようだが…あえて、触れないでおこうと思う。


何故なら、今日は…


「校外学習だぁ!!」


暖が両手を上に突き出し叫んだ。随分と上機嫌な暖…彼は確実に鬱鬱真っ盛り組だと思っていたが、どうやら部活での勉強が実を結んだらしい。


「いやぁ!中間は今までで最高の出来だった!小遣いも増えたし!順風満帆だな!」


「そいつは良かったな…」


テンションが上がりっぱなしの暖とは裏腹に、一真はテンションがた落ちだ。


「おいおい一真?お前、何故にそんな暗い顔してんだ?」


「…あれが原因だろ」


一真は暖の方を見ながら、右手の親指で自分の後方を指さした。そこには…


「動物園!動物園!」


「ウサギ!ウサギ!」


暖を上回るテンションで叫ぶ、梨紅と沙織の姿があった。


「なんで高校生にもなって動物園なんかに…」


落胆する一真の肩を、暖が軽く叩く。


「まぁまぁ一真…ここは一つ広い心で受け止めてだなぁ…」


「お前の口から広い心なんて言葉が出るとは思わなかったぞ…そんなに中間で学年17位取ったのが嬉しいか!」


暖は満面の笑みで答えた。


「もちろん!こんなに嬉しい事は無いさ…あぁ!こんなに晴れやかな気持ちでテスト返却後を過ごせるなんて…夢のようだぜ!!」


暖は一真から離れ、クルクルと回りながら梨紅と沙織に合流した。


「動物園!動物園!」


「ウサギ!ウサギ!」


「17位!17位!」


暖に合わせて二人も回り出した。それを見たギャラリーは皆、例外無く暖達から一歩離れる。


「…誰か、オレとグループ変わってくれ…」


一真がクラスの男子に呼びかける…しかし、全員が同時に首を横に振った。


「………もう嫌だ、こんなグループ…」


一真は両手で両目を抑え、声を出さずに泣いた…そして一真は、3人に向かって魔法を唱えた。


「…"ウォータ"」






M市は、昭和の雰囲気を色濃く残す古風な町だ。有名な寺や神社も多く、校外学習に来た生徒は皆、寺や神社を見て回るものだ。


…ただ一組、例外を除いての話だが。


「…一真ぁ、乾かしてくれよぉ」


「このままじゃ風邪ひいちゃうよ一真ぁ」


暖と梨紅が、一真に抗議を申し立てる。


「…お前らなんか、風邪を拗らせて死ねば良い」


「「鬼…」」


一真が二人に右手を向ける。


「"ウォー…"」


「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」」


必死に謝る水浸しの二人…先頭を歩いていた沙織が、後ろの三人に振り返って言った。


「動物園着いたよ~!」


沙織が言っても、誰のテンションも上がらない。


「…なんで沙織は濡れて無いのよ」


「水が来る瞬間、半魔の力を使ってジャンプしたから♪」


そう…沙織はただ一人、一真の水魔法から逃れていたのだ。


「…完全に力を使いこなしてるな、沙織ちゃん…」


「山中はもとから運動神経が良いからな、順応性も高いし」


一真は梨紅と暖に右手を向ける。


「"ドライ"」


「「熱ぃ!!」」


二人の髪と制服が、一瞬で乾いた。


「熱ぃだろバカ野郎!!」


「一真のバカ野郎!」


一真は二人に両手を突き出して言った。


「"ウォーテ…"」


「「すいませんでしたぁぁ!!!!」」


深々と頭を下げる二人を見て、一真は両手を下ろした。


「梨紅ぅ!早く行こ!」


沙織は梨紅の手を引いて、あっと言う間に園内に消えて行った。


「はぇぇ…もう見えなくなった…行くぞ?暖」


一真は頭を下げたままの暖に声をかけ、二人の後を追った。


「…何が楽しくて、野郎二人で動物園に…」


「…言うな、泣けて来る…」


一真と暖は、全速力でウサギの広場に向かった。





ウサギの広場は、割とすぐに見つかった。テレビの宣伝の効果だろうか…入り口が長蛇の列だったからだ。

その最後尾に、梨紅と沙織はいた。


「念のために聞くけど…梨紅、これって何の列?」


一真は、答えを知りながらあえて聞いた。


「もちろん、ウサギの広場に入る為の列よ?」


「あ~、やっぱり?…何時間待ちだよ」


「2時間半待ち」


「へぇ…待つの?」


「「もちろん!」」


満面の笑みで答える女子二人に、一真はため息を吐く。


「…暖、その辺のベンチに座ってようか?」


「そうだなぁ…」


男子二人が列から離れようとした、その時…


「ちょっと!何してんのよ?」


梨紅と沙織が、二人のYシャツの襟を掴んで引っ張って来た。


「え…何って、二人がウサギと戯れるのに満足するまで、オレ達はベンチでゆっくり…」


「ダメダメ!男子二人にはお仕事があるんだから♪」


「…仕事?」


「「うん!はい、これ」」


一真は梨紅から、暖は沙織から、それぞれデジカメを受け取った。


「…おい、まさか…」


「専属カメラマン♪」


「「ふざけんなぁぁ!!!」」


男子二人は、力の限り抗議した…しかし、


「ちっちっち…ちみに拒否権は無いのだよ、久城君?」


「綺麗に撮ってね!川島君♪」


結局二人は、カメラマンとして列に並ぶはめになったのは、言うまでもない…




…三時間後。




「やっとかぁぁぁ…」


「あぁ~…某有名遊園地の"ランド"の待ち時間より過酷だったな…」


一真のYシャツは、汗でぐちょぐちょに濡れていた。暖も一真に劣らず、汗が滴っていた。


「ウサギ!ウサギ!」


「ウサギ!ウサギ!」


「うるせぇ!!!」


暑さに負けず熱い女子二人に、一真は腹が立って仕方がない。


遂に、四人に順番が回って来た。係員に導かれるまま、四人はウサギの広場へ足を踏み入れた。


「「カ~ワ~イ~~~!!!!」」


梨紅と沙織が、ウサギを見て叫ぶ。


「…一真、川井って誰だ?」


「…くだらねぇ事言ってっと、ウサギとお前を焼いて食うぞ…」


明らかに暑さで不機嫌な一真…暖はそれからしばらく、一真に冗談を言うことは無かった。


「一真ぁ!撮って撮ってぇ~!!!」


「暖君こっちこっちぃ~!!!」


「「…」」


一真と暖は、無言でひたすらシャッターを押し続けた。それぞれ50枚ぐらい撮った頃、係員が二人に言った。


「もし良ければ、写真の方お撮りしましょうか?お二人もご一緒に…」


「「結構です…」」


二人は即答し、さらにシャッターを押し続けた。






「あ~楽しかった…」


「可愛かったねぇ、ウサギ…」


大いに満足して、満面の笑みで前を歩く二人の後ろ…男子二人は、明らかに先程よりやつれていた。


「…マジだりぃ」


「腹減った…」


最早、二人からは精気を感じられない…そんな二人に、梨紅が振り向いて言った。


「ねぇ!次は何見る?」


「「飯!!!」」


二人は同時に言った。


「あぁ!お昼まだだったね…どうしよっか?」


「えっと…あ、動物園の中にレストランあるよ?」


沙織は園内地図を見て言った。


「じゃあ、レストランに行こうか?」


「「賛成!!」」


「えっと…こっちかな?」


沙織が地図を見て歩き出したので、三人はそれに続いて歩き出した。


「梨紅、昼飯代おごりな?」


「一真のおごり?」


「お前のおごり」


「嫌よ、何言ってんの?」


「ウサギ見物に嫌嫌付き合ってやったんだから、昼飯ぐらいおごれよ!」


「絶対に嫌。」


「ケ~チケ~チケ~チ…」


「ケチで結構で~す」


「ケ~チブ~スケ~チ…」


梨紅が一真の顔を思いっきり殴った。


「あんた今、ブスって言ったでしょ!」


「言ってねぇよ馬鹿!!空耳だろ!?」


「言いましたぁ~!絶ッ対に言いましたぁ!」


「…小学生かお前ら」


ギャァギャァと騒ぐ二人にツッコミを入れ、暖は沙織の手元の地図を覗き込んだ。


「沙織ちゃん、レストランまだ?」


「えっと…あそこかな?多分、あの白い建物だよ」


沙織が指さした先には、白くて大きな建物があり、屋根の上にRestaurantと書いてある。


「あれだ!おい一真、今城!着いた…ぞ…」


「「ふぇ?ふぉふぉひ?」」


暖が振り向くと、二人は互いの頬をつねり合っていた。


「…アホ面してねぇで行こうぜ?レストラン…」


暖は沙織と一緒に、アホ面の二人を置いて歩き出した。


「おいおい、置いて行くなよ!」


「待ってよ沙織!」


アホ面二人も後を追った。



1時間ほどでレストランから出て来た4人の中で、暖だけが不機嫌な様子だった。


「…なんでオレの奢り?」


そう…暖はまた、奢らされていたのだ。


「いや、もう…そこに疑問を持つ必要はないだろ…なぁ?」


「うん、なんて言うか…当然と言うか、必然と言うか…」


「暖君ごちそうさま♪」


「納得いかねぇぇぇぇ!!!!!!」


暖の疑問から、暖の叫びまでの流れ…これは、これから先も変わる事は無いだろう。


「さて、飯も食ったし…そろそろ帰…」


「何言ってんの一真!これからが本番でしょ?」


「…マジで?」


一真のげんなりした表情を見て、梨紅は一真の背中を叩いた。


「しっかりしなさいよ若者!テンション上げてけ!」


「上がるかぁぁ!!動物園でテンション上がる高1男子なんてこの国にいるわけ…」


「…ん」


梨紅の指さした先を一真が見ると…


「…おぉ!ここパンダいるじゃんパンダ!!おい!パンダ行こうぜパン…」


パンダの存在を知ってテンションを上げていた暖の背中を、一真は蹴り飛ばした。


「テンション上げてんじゃねぇよ!!パンダパンダうるせぇ!!」


「いてぇよ!なんだよ!?パンダの何が悪いんだよ!」


「パンダは悪くねぇよ!お前が悪いんだよ!!」


「あんた達うっさい!!」


男子2人の間に、梨紅が仲裁に入った。


「高1の男子だって、動物園でテンション上げても良いじゃない?他人の趣味をとやかく言うもんじゃないよ。それと、次に行くのはパンダじゃなくペンギンだから」


「何さりげなく自分の行きたい場所に行こうとしてんだよ…」


「パンダ行こうぜパンダ!」


「うるさい!高1男子が動物園でテンション上げてんじゃないわよ!!」


「「お前さっき何て言ったよ!?」」


一真と暖のツッコミに、梨紅は臆さない。


「過去の話はどうでも良いのよ、次に行くのはペンギン!文句ある?」


「う~わ、出たよジャイアニズム」


「この自己チュー!」


「なんとでも言いなさい!」


梨紅は耳を塞いで舌を出して見せた。そして、一真と暖の反撃が始まった。


「梨紅のケチ~!」


「今城のアホ~!」


「バ~カ!」


「アホ面~!」


「ジャイアン!」


「自己チュー!」


「ケ~チ!」


「ブ~ス…」


「ボケ~!」


「…ブスって言ったのどっちだぁぁぁぁぁ!!!!!!」


梨紅が二人に殴りかかる。一真は既に走り出しており、振り向きざまに言った。


「暖が言いました!!」


「えぇ!?お前だろうが!」


暖も慌てて一真の後を追った。


「待ちなさい!!どっちも平等に半殺しにしてあげるから!!」


梨紅も二人の後を追って走り出した。その場に残されたのはただ一人…園内地図をジッと見つめる、沙織だ。


「…あ、きりんだってよ?行ってみない?」


沙織が顔を上げると、そこには誰もいなかった…


「…あれ?梨紅?久城君?暖君?」


辺りを見回す沙織…なんだかかわいそうだ。


「…どこ行ったんだろ…こっちかな?」


そう言って、沙織は三人と逆の方向に歩き始めた。


…そう、きりんを目指して…







「…げふぅ!」


梨紅のボディーブローを喰らい、暖がその場に崩れ落ちた。


「次は一真ね…」


梨紅は一真を追って、再び走り出した。


その場に残された暖は、ヨロヨロと立ち上がり、手すりを掴む。


「いっってぇぇ…今城パンチ強すぎだから…ん?」


暖が顔を上げると、そこには笹の葉をモシャモシャと食べるパンダがいた。


「おぉ!パンダだ!」


暖のテンションが、再び上がり始めた。






「…結局ペンギンの前まで来ちゃったし」


一真は手すりに寄っ掛かり、ペンギンを見ていた。


「…動物園なんて、小学校の遠足以来だなぁ…」


一真が昔を懐かしんでいると、梨紅が走って来た。


「はぁ…はぁ…やっと追いついた…」


「おぉ、やっと来たか…ほら梨紅、ペンギン」


「ペンギン!?」


梨紅は手すりから身を乗り出し、ペンギンを見つめる。


「かわい~~!!スッゴい可愛いよ!?ねぇ一真!」


「あぁ、そうだな…」


一真は、自分の隣で満面の笑みでペンギンを見つめる梨紅を見て、ドキッとした。


(動物園で、二人っきり?…これってもしかして…デート?)


一真の顔が、真っ赤に染まって行く。





そんな一真の心境を知ってか知らずか、梨紅は一真の顔を振り返り、満面の笑みで言った。


「なんか、デートみたいだね?二人きりでさ」


梨紅のセリフとその笑顔に、一真はクラッときた。


「あ…あぁ、うん…そうだな…」


歯切れ悪く、そんな返事を返すのがやっとだった。


「あれ~?久城君ったら、意識しちゃってるのカナ~♪」


「違っ…」


「はいはい、照れない照れない♪」


一真の言葉を遮って、梨紅は一真の手を握った。


「次はアライグマ見に行こ!」


「え?ちょっ…待てって!」


梨紅は一真を強引に引っ張って行く。一見、いつもの梨紅に見えなくも無いが、実は彼女も…


(うわ!私、一真と手ぇ繋いでる!!デート?デートよね!?落ち着いて…落ち着くのよ梨紅!大丈夫、あなたなら大丈夫よ…)


…相当テンパっているのだ。


(デート、デート、一真と二人でデート、デート、デート…動物園でデート…)


頭の中ではこれを延々と繰り返し、表情は笑顔のまま…常人にはマネ出来ない行動だ。


「ほら一真!キビキビ歩きなさい♪」


「ちゃんと歩いてんだろうが!!」


そして二人は、手を繋いだままアライグマを目指して歩き始めた。






「…あれ?暖君、何してるの?」


きりんを目指していたはずの沙織は、何故か逆方向のパンダへ行き着き、暖に遭遇した。


「おぉ、沙織ちゃん!パンダ見てんだよパンダ!沙織ちゃんも?」


「ううん、私はきりん探してるの。おかしいなぁ…きりんとパンダは逆方向なのに」


「え?ちょっと地図見せてみ?」


暖は、沙織の手元の地図を覗き込んだ。


「…沙織ちゃん、地図の見方が90゜違うよ…」


そう言って、暖は沙織の地図を右に回転させた。


「…あぁ!なんか変だと思ってたんだよねぇ…右に曲がる所なのに、左にしか曲がれなかったりして…」


「その時点で気付こうよ…」


暖は沙織から地図を取り上げ、両手で広げ持った。


「きりんねぇ…よし!オレも一緒に行くよ、迷子にならないように」


「えぇ!大丈夫だよ私、迷子になんか…」


「いやいや、オレが迷子にならないようにだよ」


暖はそう言って笑い、それを見た沙織もつられて笑った。


「じゃ、行こうか!沙織ちゃん?」


「うん、行こうか!」


二人は地図を見ながら歩き出した。


「…暖君、それ…上下さかさまだよ?」


「…」


二人は地図の向きを直し、改めて…歩き出した。







「…」


「♪」


手を繋ぎながら無言で歩く二人は途中、猿とすれ違った。


「…なぁ、梨紅?」


「♪…ん?何?」


ようやく話し始めた二人は、猿に続きカバとすれ違った。


「…アライグマの場所って…お前、知ってんの?」


「ううん、知らな~い」


さらに、呆然とする一真の横を、鹿と係員が通り過ぎた。


「…どこに向かってんの?」


「さぁ♪」


頭を抱えてため息をつく一真の横を、ゴリラが通り過ぎた。


「…まぁ、どこに向かっているかはこの際どうでも良いよ…でもさ、梨紅?」


「?」


一真は立ち止まり、梨紅の手を引いて梨紅も止まらせた。


…その横を、シマウマが走り抜ける。


「…さっきから、何かすれ違う度に物凄い違和感があるのは、オレの気のせいか?」


二人の横を、珍しい鳥が数匹飛んでいった。


「…実は私も…」


梨紅が何か言おうとした瞬間、園内のスピーカーから係員の声が響いてきた。


『え~…皆様、本日は当動物園にご来場いただき、誠にありがとうございます。お客様にお知らせがございます。ただいま、飼育係員の不注意のため、複数の動物が脱走いたしました。脱走した動物の中には、危険な動物も含まれております…速やかに、園外へお逃げ下さいますよう、よろしくお願いします。』


「…」


「…」


「…マジ?」


「…マジでしょ…」


園内は、瞬時にパニックに陥った。


あちこちで悲鳴が絶えず、動物園の出口は逃げ惑う人々で溢れ還り、まさに地獄画図だった…


「…」


「…」


瞬く間に、一真と梨紅の周りにいた人々はいなくなった。


「…貸し切りデート?」


「やかましいわ!」



どうした物かと立ち尽くす一真達…二人に巨大な蛇が迫って来ると同時に係員も走って来た。


「君達!早く逃げなさ…」


「あ~…大丈夫ですんで、心配しないで下さい」


係員の言葉を遮り、一真はそう言って、蛇の顔に右手をかざした。


「…"サスペンド"」


一真が呪文を唱えると、さっきまで舌を出し入れしていた蛇が、ピクリとも動かなくなった。


催眠魔法、サスペンド…対象の動きを一時的に止める魔法である。


「係員さん、今のうちにこいつをケージに…」


「今のうちにって…え?」


係員が蛇に触れるが、蛇は全く動く気配が無い。


「君…え?いったい…」


「魔法を使って、一時的に蛇の動きを止めたんです。一時的と言っても、オレが解除魔法を使わないと動きませんので、安心して下さい。」


一真がそう言うと、係員は心底嬉しそうな顔をし、突然泣き始め、その場に膝をつき、頭を下げた。いわゆる、土下座だ。


「お願いです!!逃げ出した動物達の捕獲を手伝ってくださいぃ!!!」


「…はい?」


係員の話はこうだ。

この人は猿の飼育係員さんで、猿山の掃除の為、猿達を裏の檻に入れようとしたそうだ。


ところが、二匹の猿が突然喧嘩を始めたらしく、係員さんはその対処に追われていたそうだ。


猿の喧嘩が収まり、全ての猿を檻に入れ、鍵をしめようとした時に気付いた。


猿が一匹足りない…しかも鍵束が無い!!


その鍵束には複数の動物の檻の鍵がついていて、最悪の場合、その鍵を使う檻に入っている動物は、全て脱走してしまう…


「…つまり、この脱走事件の犯人は、一匹の猿だと?」


「そうなんです…」


「…んな、馬鹿な話が…」


一真が「あるわけない」と言おうとすると、一真達の脇をさっきのシマウマが走って行った。その背中には、最初に一真達とすれ違った猿の姿…その手には、しっかり鍵束が握られていた。


「「…あいつかぁ!」」


一真と梨紅は同時にそう言った。


「仕方ない…手伝いますから、指示をお願いします」


一真は係員に向かって言った。


「ありがとぉぉ…とりあえず、危険な動物の捕獲と、猿の捕獲が最優先です…」


係員は泣きながら答えた。


「それで?逃げたのは何匹で、種類は?」


今度は梨紅が聞いた。


「えっと…猿、カバ、鹿、ゴリラ、鳥が三羽、パンダ、蛇、シマウマ、あと…」


数秒、間を空け、係員は言った。

「ライオン」


「…」


「…」


(…えぇぇ…)


あまりの衝撃に声が出ず、二人は心の中で落胆した。


それからはひたすら、一真の仕事だった。





カバを見つけりゃ…

「"サスペンド"」


鹿を見つけりゃ…

「"サスペンド"」


ゴリラを見つけりゃ…

「"サスペンド"」


パンダを見つけりゃ…

「"サスペンド"」


三羽の鳥だけ…

「焼き鳥"ファイ…"」


「こらぁぁぁ!!!」


…梨紅に止められ…

「"サスペンド"」


シマウマを見つけりゃ

「"サスペンド"」




「…マジで疲れるわ…これ」


飛翔魔法フライを使い、上空からライオンを探す一真。


ちなみに、梨紅は係員が動物を運ぶのを手伝っている。


「…いないなぁライオン…」


一真がライオンを探し始めてから、30分が経過しようとしている。


「"フライ"の効果もそろそろ切れるし…一回下に降り…!!!」


降下しようとした一真の目に、今にも人間…獲物に飛びかかろうとしているライオンの姿が映った。


「…嘘だろ…"スカイ"!!!」


一真は顔を真っ青にして飛んだ…


ライオンが飛びかかろうとしている人間は、二人…


…暖と沙織だったのだ。





「…あれって、着ぐるみかな?」


「本物でしょ…」


ライオンを前にした二人は、思いの外冷静だった。


「…暖君が右だって言うから来たのに…」


「だってきりんはこっちだから…」


…百獣の王を目の前にしてこの余裕…肝が座っていると言うか、なんと言うか…


「…オレ達、ここで食われて人生終了?」


…実は、かなりびびっていた暖…


暖がそう言った瞬間、ライオンが飛びかかって来た。


「!!!」


恐怖で固まる暖に、ライオンの爪と牙が迫る。






「…くそぉ!!」


あと少し…あと少しで届くのに、間に合わない…


「暖!!山中ぁぁぁ!!!!」


一真の悲痛な叫びが、辺りにこだまする…



…何かが砕ける音がした。


「え…沙織…ちゃん?」


暖が切り裂かれる直前、沙織がライオンの顎に蹴りを入れたのだ。もちろん、砕けたのはライオンの顎である。


「さ…"サスペンド"!」


一真はライオンの顔に右手をかざし、急いでサスペンドを唱えた。

ライオンは白目を向いたまま、動かなくなった。


「「…気持ち悪!!」」


白目を向いて、顎が歪んだライオンを見て、一真と暖が同時に叫んだ。


「…てか山中!すげぇなオイ!!」


一真が興奮しながら言った。


「え…そうかな?だって私、半魔だよ?」


「…あぁ!そうだった…そりゃライオンなんて一撃だわなぁ」


一真は納得し、何度か頷いた。ライオンを見ていた暖は、沙織に言った。


「…ありがとう、沙織ちゃん…沙織ちゃんがいなかったら、マジでヤバかった…」


「そう言ってもらえると嬉しいよ♪」


沙織は笑顔でそう答えた。


「…さて、じゃあ残りは犯人の猿を捕まえるだけか」


「手伝おうか?一真」


「私も、何かすること無いかな?」


「ん~…じゃ、ちょっとお願いしようかな」




…数分後。


「…ふぅ!蛇って意外と重いのねぇ…」


蛇を引きずってケージに入れ、梨紅は額の汗を拭った。


「後はライオンと猿を待つばかりね…ん?」


梨紅が右方向を見ると、飼育員達が全力で逃げている最中だった。


「え?いったい何?…!!!」


「…あ!梨紅~!」


「お~い!今城、手伝ってくれ~」


梨紅に向かって手を振る沙織と、ライオンを引っ張る暖の姿がそこにはあった。


「ちょっと二人とも!!何やってん…うわ!気持ち悪!」


二人に駆け寄った梨紅は、ライオンの顔を見て叫んだ。


「一真に言われてさ、今城の所にライオンを持って行けって」


「いや、まぁそれは良いとして…この顔はまずいでしょ…モザイク入れてモザイク!」


梨紅の一言で、ライオンの顔にモザイクがかかった。


「危なかったわ…」


「何が?」


「色々よ…ところで一真は?」


「猿を探しに行ったわ。この子を檻に入れたら、私達も探しましょ?」


「そうね、じゃあ運びましょ!」


梨紅と沙織ははライオンの前足を引っ張り、暖は後ろからライオンを押した。


「…でも一真、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃない?」


梨紅はライオンのモザイクを見て言った。


「…あ、それやったの私よ?」


沙織は即答した。


「…マジ?」


「マジよ」


「大マジだよ…」


沙織と暖の返答を聞いて、梨紅は顔をひきつらせ…それ以降、この話題には決して触れなかった。




~1時間後~


猿山の前にいる梨紅達の元に、空から一真が降りて来た。


「…一真、いた?」


「見りゃわかるだろ…そっちは?」


「見ればわかるでしょ?」


そして、深い溜め息を吐く4人…


「動物園の外に逃げたんじゃねぇの?」


「そうなるともうアウトよね…」


「オレが飛んで探すにも、限界あるしなぁ…」


そして、深い溜め息を吐く3人…唯一、2度目の溜め息を吐かなかった梨紅が言った。


「あ、それは大丈夫なんだってよ?」


「何でだよ…」


「だって、動物園の全ての動物には、脱走して園外に逃げた時の為に、発信機付きのタグが付いてるんだって、飼育員さんが言ってたから」


「へぇ…発信機が…ねぇ」


「そう言えば、ライオンの尻尾にもそれっぽいのが付いてたような…」


「最近の動物園って、お金かかってるんだね…」


そして、数秒の沈黙が訪れる。


「…つまり」


沈黙を破ったのは一真だった。


「発信機が映るレーダーがあるんだな?」


「うん、そんな感じの事を飼育員さんが…」


「それって何処にあんの?」


「何処にって言うか…これ」


そう言って、梨紅はポケットから小型の機械を取り出し、一真に渡した。液晶画面の真ん中に、赤い点が2つ点滅している。


「…これがレーダー?」


「うん」


「お前、いつからこれ持ってた?」


「1時間ぐらい前かな…沙織達がライオンを連れて来る前」


「…」


一真は思い切り息を吸い込み…言った。


「なんで直ぐに言わねぇんだよ!!まるっきり時間の無駄だったじゃねぇか!!」


「だってライオンに驚いて忘れちゃったんだからしょうがないでしょ!?好きで言わなかったわけじゃないわよ!」


「普段ライオンなんかより遥かに危険な魔物と戦ってるくせに、なんでライオンに驚くんだよ!!」


「だって華颶夜持ってないし!沙織達が連れて来るなんて思わなかったの!!」


「それが一真の狙いだったからなぁ…今城を驚かそうって…なぁ?」


「あ!馬鹿…」


「確信犯!?悪いのは一真じゃない!!」


「…よし、とにかくレーダーを見てみよう!」


「話はまだ終わって無いわよ!!」


暖と沙織に押さえられた梨紅を一瞥して苦笑いし、一真は梨紅から受け取ったレーダーに視線を向けた。


「…ん?おい梨紅、この真ん中で点滅してる2つ、何?」


「ちょっと離して…って!もぉ!え!?そんなの、レーダーの位置と発信機の位置に決まってるじゃない!」


「…じゃあ、2つが重なってんのは…なんでだ?」


「そんなの………え?」


4人は、一真の手元の液晶画面を覗き込んだ。確かに、真ん中で点滅している点は2つだ。


「…」


一真が液晶から顔を上げ、3人に視線を向けた。


「…」


「…」


「…」


「…キ?」


「…」


それは、暖の肩に掴まっていた。右手に鍵束を掴み、暖の肩から身を乗り出して液晶画面を見つめる猿…


「…」


顔をひきつらせながら、一真は梨紅にテレパシーを送った。


(梨紅…暖の肩)


(え?…あ…)


それだけのやり取りで、テレパシーは終了した。


梨紅は素早く猿の両腕を掴み、暖の肩から引き離した。


「"サスペンド"!」


瞬間…猿は暖の肩に噛みつこうとしたまま、動きを止めた。


「え?………うわ!怖ぁ!!」


振り向いた暖は、猿の凶暴な表情を見て恐怖した。


「…まさに(野生)だね!」


「山中…ここ動物園だぞ?」


全く野生では無いのだが…その猿の表情は、野生そのものだった。


「ふぅ…これで終わりよね?」


「あぁ…終わりだな…」


最後に、今日一番長い溜め息を4人一緒に吐き、本日の捕り物劇は幕を下ろした。



「ありがとう…本ッ当にありがとう!ぅう…」


一真の両手を握り、涙を流しながら飼育員は礼を言った。


「いえいえ、大したこ

とは…」


「いやもう!本当に助かりました!私の首が飛ぶ所でしたから…」


「そんなオーバーな…」


「君達もありがとう!これはほんの気持ちです、受け取って下さい」


そう言って、飼育員は4人に金箔のカードを渡した。


「何ですか?これ…」


「ここの無料入園、無料お食事カードです。一生涯使えますんで…」


「「無料お食事!?」」


「「一生涯!?」」


4人は、思い思いに驚きをあらわにした。


「ちょっとちょっと…飼育員さんがこんな物扱ってて良いんですか?」


「本当にクビになるんじゃ…」


「いやぁ、このぐらい全然平気ですよ?」


飼育員は咳払いをし、満面の笑みで言った。


「実は私、飼育員兼、園長でして…」


「「…」」


「「…」」


「「「「えぇぇぇぇ!!!!!!!」」」」


4人の叫びは園内に響き渡り、それに呼応するように、動物達がいっせいに鳴いた。











「…いやぁ、マジでびびったね…あれは」

動物園からの帰り道…と言っても、一真達の地元に戻って来て、梨紅と二人での帰り道だ。


「うん…びびったね…あれは…」


結局、あの飼育員さんは本当に園長だったのだ。見た目は20代後半だが、既に50を越えているという事実に4人はさらに驚愕した。


「園長ってのはこう…もっと顔がしわしわな爺さんじゃなきゃいけないと思うよ?オレは…」


「あと、歯が一本無くて、笑うといい感じに無い部分が際立って…ね?」


「そうそう、サバンナの探検隊が被るような帽子被ってさ!」


「服装もサバンナ探検隊なら完璧だよね!」


二人のイメージする動物園の園長は、サバンナ探検隊の隊員に酷似しているようだ…


「…まぁ、食事無料はありがたいよな?」


「そうだね…」


「でも…なぁ?」


「うん…」


((きっと…そう何度も行かないよね…動物園))


2人は、脳内で見事なハモりを見せ、苦笑いした。


「…てか、動物園までの交通費が往復1000円じゃなぁ…」


「ファミレス行ってもお釣りが来るよね、それだと」


後日…暖と沙織はそれに気づかず動物園に行くのだが…それはまた、別の話だ。


「…明日って休みだっけ?」


「いやいや、学校あるから…」

「…なんで木曜日を校外学習にしたんだろうね…」


「翌日にレポート提出させる為だろ?金曜日忘れたら、月曜日まで時間あるし」


「あぁ、なるほど…レポートね、レポート…レポート…」


梨紅の顔が、徐々に青ざめて行く。


「…一真?」


「ん?」


「レポートって…何?」


「…………はぁぁ!?お前、今更何言ってんだ?校外学習のレポートだろ!?」


「…知らにゃい」


「知らねぇじゃねぇよ…あ~あ、梨紅バカだ」


「…たしゅけて」


「やかましいわ…とりあえず、そのアホっぽいしゃべり方やめろ」


「手伝ってくれりゅならやめりゅ~♪」


「うわ~…キモいわお前」


「ひど!キモいは酷くない!?手伝ってくれても良いじゃん!一真だって書くんでしょ?」


「いや、動物園行っただけで何を書けと?」


「…え?」


一真の予想外の言葉に、梨紅は呆けた顔をする。


「…だから動物園行くの嫌だったんだ…何書けってんだよ…」


「…とか言いながら、しっかり色々調べてたりは…」


「無い。ずっと動物探しててそれ所じゃなかった。」


「…」


「…でっち上げ以外に手は無いな。」

「!!!まさか、一真の口から(でっち上げ)なんて言葉が出るなんて!!!」


「嫌なら、梨紅は真面目にやったら良いじゃん」


一真の言葉を受け、梨紅は即答した。


「親分、お供します!」


「うむ…今日は徹夜だぞ?」


「覚悟の上です!」


「嘘つけやぁ!!どうせ寝るだろうがよぉお前はぁ!!」


「例によって例の如く、よろしくお願いします♪」


「せめて寝ない努力はしろよ!」


「無駄な努力はしない派なの、私」


「てめぇぇぇ!!!!!」


一真の叫びが、夕方の住宅街に響き渡る…それに応えたのは、一匹のカラスだけだった。








結局一真のでっち上げで、梨紅と一真はちゃんとレポートを提出できた。


沙織は自力でレポートをやって来た。流石は沙織だ。


…暖については、ご想像にお任せするしか無い…



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ