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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
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夜襲

(眠い……)

 教会の壁際に座り込んだエリスは、コクリコクリと舟を漕ぎながらも何とか意識を保っていた。


 時刻は既に深夜2時過ぎ。

 殆どの部下達が床に寝そべり、深い眠りについている。


 魔女が近づけない教会は、ダイナの街で唯一の安全地帯だ。

 真っ暗な中で外を出歩くのは危険な為、魔女狩りの敢行は明日からとなった。


 ベネットの話では、怪我をした騎士達も明日の朝には目を覚ますらしい。


 彼らから襲撃当時の詳しい様子を聞き出せれば、魔女の正体を特定するのもさほど難しくないだろう。


「日が昇るまであと四時間と言ったところか。思ったよりも長いな……」

 静かに呟いたエリスは、何とか眠気を覚まそうと自らの頬を軽く叩いた。

 しかし、直後に欠伸が出る。


 祓魔症状の対策として自らの体に魔法を掛けているエリスにとって寝る事は許されない。


 もし、意識を失って魔法が解けたら大変なことになるだろう。


 身体中から血を噴いて苦しむか、突然の死に見舞われるかだ。

 どちらにせよ魔女である事はバレてしまう。

 それを防ぐには徹夜するしかないのだ。


 どこからか風が入り込んでいるのか、教会内を照らす蝋燭の灯りが不規則に揺れている。


 それがまたエリスの眠気を誘った。

 再びコクリコクリと舟を漕ぎ、ハッとする。


(まずい!危うく眠りに落ちるところだった!このまま座っていてはいずれ寝てしまう……)

 そう思ったエリスが床から立ち上がり、大きく伸びをしていると、


「あのぉ、エリス様……少しいいですか?」

 不意に背後から声を掛けられた。

 突然の出来事に驚いて背後を振り返る。


 すると、修道女達の居住区画へと繋がる壁際の扉からベネットが頭を出していた。

 純白の修道服姿で小さく手招きしてくる。


「ベネット様、こんな遅くにどうなさいましたか?」

 エリスからの質問にベネットが、少し恥ずかしそうに答えた。


「そのぉ、お手洗いが近くなってしまったので……エリス様、一緒に付いて来てくれませんか?」


(は?)

 予想外の返答に唖然とする。


「ベネット様、もうすぐ十六歳ですよね?子供じゃないんですからお手洗いくらい一人で行って下さい」


「そんな事言わないで下さいよぉ。途中で敵に襲われたらどうするんですかぁ。ここの教会のトイレ、外付けなんですよ?」


 冷たく突き放すエリスに、ベネットが彼女らしからぬ甘え声で懇願してきた。

 その潤んだ瞳を見て、一つの疑念を抱く。


「ベネット様。もしかして……酔ってますか?」

「ぎくっ!?︎」

 目を細めたエリスが尋ねると、ベネットが分かりやすく肩を震わせた。

 どうやら図星だったようだ。


(信じられん。敵地の真ん中で酒を煽るとは……この女、筋金入りの馬鹿だな)

 呆れを通り越して思わず感心する。


 そもそもトイレが外付けな事くらい就寝前に全員が把握し、必要な者は用を済ませていた筈だ。

 その中には当然ベネットもいた。


「こんな夜中にお酒なんて飲んでるから尿意を催すのですよ?」

「……すみません」

 エリスからの説教に、ベネットが弱弱しく謝罪を口にする。

 その様子を見て深々と溜息を吐いた。


(珍しく素直に謝ったし、付いて行ってやるか……)


 実際、教会の外にベネット一人で行かせるのはかなり危険だ。

 魔女が近づけないとは言え、何があるか分からない。


「仕方ないですね。今回だけ特別に付いて行ってあげましょう」

 エリスの言葉を聞き、ベネットがパッと顔を輝かせた。


「エリス様!ありがとうございます!!!」

 その笑顔に思わずドキッとする。


(な、なんだ?ベネットのやつ、酔ってるとちょっと可愛いな……)


◇◆◇◆


「ベネット様……まだですか?」

「もう少し待ってて下さい!例えエリス様と言えど、この私を急かす事は許しませんよ?」


 厠の外からエリスが声を掛けると、中から偉そうな返答が聞こえてきた。

 真冬の寒さですっかり酔いが覚めたのか、ベネットは完全にいつもの調子を取り戻している。


(やはり、一人で行かせるべきだったか……)

 満天の星空を見上げエリスは、白い息を吐き出した。

 冬の寒さがジワリと身に沁みる。


 ここは教会裏手にある中庭だ。

 伸び放題の草むらの中心にポツリと厠が佇んでおり、奥には薄い森林が広がっている。


(もし、この場で敵が襲ってくるとしたら森林側からだな)

 そう思ったエリスが木々の間を注視していると、


「あのぉ……エリス様。まだそこにいますよね?」

 木小屋の中から不安気なベネットの声が聞こえてきた。

 その小心加減に呆れて溜息を吐く。


(普段の態度はデカイ癖にほんと怖がりだな……)


「ここにいますよ。私が無言で持ち場を離れるような事はありませんから、安心して下さい」

 やれやれと首を振ったエリスが、そう答えた瞬間、


 ガサガサ。

 不意に近くの草むらが動いた。


(何だ!?︎ )

 警戒してそちらを振り向くと、それと同時に真っ黒な大蛇が中から飛び出してくる。


 瞳が金色に輝いており、ただの蛇でない事は一目で分かった。


「こいつは、ブラックスネークか!?︎」


 ブラックスネークは漆黒の鱗を持つ蛇型の魔物だ。

 その牙には致死性の猛毒があり、一噛みで象を殺せると言われている。


(下手に触れると危険か?)

 静かに目を細めたエリスは、素早い抜刀で黒蛇の頭を斬り落とそうとした。


 しかし、


 ブンッ。

 真っ直ぐに蛇の首元へと伸びていた長剣が不思議と空を切る。

 いつの間にか真横の空間を切り裂いていた。


「えっ?」

 唖然としたエリスがバランスを崩してたたらを踏んでいると、その隙を見て黒蛇が襲いかかってきた。


 正面からの噛み付き。

 しかし、その獰猛な牙も不思議とエリスの真横を擦り抜ける。


 その瞬間、何が起こっているのかを悟った。


(そうか。祓魔症状対策で五次元方向に座標をずらしているから互いに触れられないのか……)


 慌てて周囲の様子を確認する。

 現地点から教会の裏口までは、約100メートル。

 完璧に祓魔症状の発動圏内だ。


 魔物は魔女よりも穢れの度合いが低いため、もう少し近づかなければ祓魔症状の影響を受けない。


(どうする?魔法を解かなければ剣で戦えないが、解いてしまったら祓魔症状の影響をモロに受けることになる……)


 互いに攻め手を失ったエリスと黒蛇が厠の前で睨み合っていると、


「外が騒がしいようですけど、何かありました?」

 用を済ませた様子のベネットが扉を開けて出てきた。

 丁度、エリスと黒蛇の中間の位置だ。


 その純白の修道服を見て、黒蛇の目の色が変わる。

 魔物は神聖なものを狙う傾向があるのだ。


「ベネット様!中に戻って下さい!」

 エリスが叫ぶと同時に黒蛇がバネのように縮んだ。

 次の瞬間、物凄い勢いでベネットに襲いかかる。


「きゃぁぁ!!!」

 甲高い悲鳴を上げたベネットが身を翻した。

 慌てて扉を開け、中に戻ろうとするがとても間に合いそうもない。


 身体強化で五感を研ぎ澄ませたエリスの目に、ベネットの背中に喰らいつこうとする黒蛇の姿がスローモーションで映った。


 鋭い毒牙が純白の衣服に突き立てられるという正にその瞬間、


「空間切断……」

 右手で宙空を横一線に凪ぐ。


 ズバッ。

 直後に黒蛇の頭が胴体から切り離された。

 時空魔術で頭と胴体の接続部を空間ごと削り取ったのだ。


 蛇の死体から赤い血飛沫が上がると同時にベネットが後ろ手に扉を閉める。


 その様子を見てホッと胸を撫で下ろした。


(危機一髪。何とか間に合ったか……)


 状況的に魔術の使用をベネットに見られた心配はないだろう。


「一件落着。これ以上、ベネットを危険な目に合わせる前に連れて帰るべきか」

 そう思ったエリスが厠の扉をノックしようとした瞬間、


 ガサガサ。

 再び近くの草むらが動いた。


 今度はそれと同時に森の中で複数の影が立ち上がる。


 シュー!!!

 威嚇するような声と共に周囲の草むらから次々と姿を現す黒蛇達。


 ドシン。ドシン。

 森の奥からは重い足音と共に牛頭人身の筋肉ダルマが現れた。

 体長2メートル超えの怪物、上級魔物のミノタウルスだ。


 その数、約二十体。

 とても一人の聖騎士の手に負える数じゃない。


 気づくと厠の周りが完全に魔物に取り囲まれていた。

 その包囲網がジリジリと狭まってくる。


「な、なんか凄い数の足音がするんですけど……気のせいですかね?」

 不安げなベネットの声を聞いたエリスは、ゆっくりと長剣を鞘に収めた。

 自らの内のドス黒い力を意識しつつ、鋭く呟く。


「ベネット様!命が惜しければ絶対に外に出ないでください!」


 次の瞬間、奇声を上げた魔物達が一斉に襲い掛かってきた。


『グモォォォォ!!!』

 先頭のミノタウルスがエリスの眼前で巨大な鉄の棍棒を振り上げる。


 しかし、その棍棒が振り下ろされることはなかった。


 それよりも早く、エリスが宙空で右手を捻ったのだ。

 それに合わせてミノタウルスの体が渦巻き状に捻じ曲がる。


 ボキボキ。

 骨が折れる音と共に絶命する牛頭の怪物。

 周囲は血肉捲き上がる大惨事だ。


 しかし、その中央で佇むエリスの鎧にはシミ一つ付いていなかった。


「まず、一匹……」


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