魔女平和協会
「それで?まだマイクを許してないのか?」
「……当然だ」
図書館の隅で本を読んでいたエリスは、ジャックの質問に無表情で答えた。
マイクは同僚であるエリスを背後から刺し、絞め落としたのだ。
大勢の聖騎士の前で恥をかかせた。
(あれでは、まるで私がマイクより弱いみたいじゃないか……。私を襲ったマイクも許せないが、何よりも許せないのは、不意打ちであっさり意識を奪われた自分自身だ!王国最強の聖騎士と言われていて、あのザマとは情けない!)
エリスが目を覚ますと胸元のざっくり破れた軍服姿で、ベッドに横たわっていた。
あんなフシダラな格好を部下達の前で晒していたと考えるだけで、顔から火が出そうになる。
「あいつとは金輪際、口を聞く気は無い」
意固地になるエリスに、ジャックがやれやれと肩をすくめた。
エリスがマイクに刺されてから三日。
魔女ミミ・キューティは既に処刑されていた。背中に魔女の印があったらしい。
今現在、検死官達が彼女の遺品を調査している最中だ。
「しかし……エリスも魔女だという疑いが晴れて良かったな」
「なんだジャック?私を疑っていたのか?」
エリスが本から目線を上げなから尋ねると、
「まっ、少しはな」
ジャックが包み隠さず答えた。
(肝心な時に信用してくれないとは、友達甲斐の無いやつだ……)
深くため息を吐いたエリスが、再び本の上に視線を落としていると、遠くから一人の少女が近づいてきた。
「ジャック師匠!聖騎士長様からの出動要請がありました!すぐに来てください!」
そう言って床に座っているジャックの手を引っ張る。
「師匠だと?ジャック、弟子をとったのか?」
「ま、まぁな……」
エリスの質問にジャックがバツが悪そうに答えた。
聖騎士の階級は上からパラディン、ルビウスナイト、ルーンナイト、ナイトと分かれる。
その中でも高位のパラディンとルビウスナイトが、低位の聖騎士から弟子を取ることはよくある事だ。
ジャックの位はルビウスナイト。
高位の聖騎士である彼が弟子を取ること自体は、何の問題もない。
しかし、常日頃から『他人に拘束されるのは嫌だから弟子は絶対取らない』と言っていた彼が弟子を取るのはかなり意外だ。
「彼女は俺の従兄妹なんだ。親に頼まれて仕方なく受け入れたんだよ……」
不思議そうに眺めるエリスに、ジャックが言い訳がましく説明する。
続けて、弟子の方がエリスに向かって自己紹介をして来た。
「ナタリー・クロックです!パラディン様、以後お見知り置きを!」
エリスの虎型の記章を見て、綺麗な敬礼をする。
まだ二十歳前に見える若い少女だ。
適度な日焼けが健康的で、ハツラツとした雰囲気を纏っていた。
彼女の動きに合わせて、茶髪のポニーテールが揺れる。
「さっ、師匠!早く行きましょう」
「分かった。分かったよ……」
ナタリーに引きずられるようにして、ジャックが図書館を出て行った。
(あのジャックが弟子を取るとは、人生何がある分からないな……)
その後ろ姿を見送ったエリスの元に、入れ違いで部下が近づいてくる。
「エリス様。ミミ・キューティの遺品調査が終わりましたが、特に何も出なかったそうです」
敬礼と共に報告してくる部下の言葉を聞き、ゆっくりと立ち上がった。
「そうか。それでは、私が直々に調べてみよう」
◇◆◇◆
(ここがヤツの部屋か……)
ミミ・キューティの部屋は、使用人宿舎の二階にあった。
一畳一間の狭い空間に古びたデスクと草臥れた布団が置いてある。
「ヤツが魔女平和協会のスパイなら、何らかの方法で外と連絡を取っていたはずだ」
土足で室内に踏み込んだエリスが、デスクの上をあさっていると、引き出しの奥から厳重に布紐で縛られた缶箱が出てきた。
(何だこれは?随分と軽いな……)
怪しく思い、蓋を開けてみる。
すると、箱の中いっぱいに大量の便箋が詰まっていた。
その全てに日付入りの消印が押されている。
消印はこれらの便箋が郵便物としてやり取りされた証拠だ。
送り主は決まってリズ・キューティ。
内容を読む限り、彼女はミミの母親らしい。
娘を心配する類の文章が永遠と書き連ねられていた。
(田舎に住む母親からの手紙か。別段、怪しむところはないな……)
そう思ったエリスが、缶箱の蓋を閉じかけた時、不意に頭の中で一つの記憶が蘇った。
『煩い!お父さんとお母さんを殺した癖に!どうせ私も殺す気でしょ!』
生前のミミ・キューティが、エリスに向けて言い放った言葉だ。
その瞳に宿る憎悪の色を鮮明に覚えている。
もし、彼女の言葉が真実なら彼女の母親は既にこの世にいないだろう。
最後の手紙が届いたのが一週間前。
そして、エリスが《紅姫》を殺したのが二週間前だ。
それ以降、エリスは一人たりとも魔女を殺していない。
つまり、ミミ・キューティが嘘を付いていない限り、手紙の送り主と彼女の母親は別人という事になる。
(あの土壇場でヤツが嘘を付いたとはとても思えない。となると、送り主の名義は騙りか……)
そう思ったエリスが、改めて文面を注視してみると、先程と見え方が全く違った。
数秒前まで余白だった部分に真紅の光で書かれた文字が現れている。
見覚えのあるその光に、思わず眉をひそめた。
(これは……廊下ですれ違った際にミミ・キューティの周りに見えた光のベールと同じものか?)
文字の上を指先でゆっくりとなぞる。すると、ヒリヒリと痺れるような感触がした。
(まさか、魔女にしか見えない光で文字が書けるとは……。これまで魔女同士のやり取りが明るみに出なかったのも納得だな)
初めて知る事実に目を丸くしながらも、赤文字で書かれた内容を読む。
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ミミ・キューティに伝達。
先日、廊下ですれ違ったというパラディンの正体を確認し、仲間に引き入れよ。接触は呉々も慎重に行うように。
魔女平和協会 ダイナ支部
コゼット・アークウェイドより
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「ククク、はっはっは!」
文章を読んだエリスは、思わず声を出して笑ってしまった。
(これはいい。まさか、懇切丁寧に居場所と名前を書いてくれているとは)
驚きと呆れで何とも言えない気持ちになる。
どうやら魔女平和協会の情報管理は想像以上にガバガバらしい。
「真紅の光に頼り過ぎて、危機意識が薄れたか?その名の通り平和な連中だ」
嘲るように笑ったエリスが、便箋を懐にしまい込んでいると、突然、一人の部下が部屋に駆け込んできた。
「エリス様!緊急事態です!」
デスクに向かい合うエリスの背後に立ち、大声で言い放つ。
「魔女の討伐に出向いていたジャック隊長の部隊が壊滅しました!隊長は意識不明の重体で、多くの死者が出ています!」
部下からの報告を聞き、思わず耳を疑った。
(ジャックの部隊が壊滅?そんな馬鹿な……)
ジャックはルビウスナイトの中でもかなり強い騎士だ。
そう簡単に敗けるとは思えない。
「奴との連絡が途絶えた場所は何処だ?」
背後を振り返ったエリスが険しい顔で尋ねると、部下の男が真剣な眼差しで答えた。
「王都近郊の街……ダイナです!」