魔女として
「何!? また魔物が出たのか?」
部下から報告書を受け取ったエリスは、その内容に目を通して頭を抱えた。
王城内でまた魔物被害だ。
巨大な蜘蛛が出現し、王直属の楽器隊を襲った。
被害は甚大で死傷者も多数。
巨大な蜘蛛は不死の特性を持っており、殺せなかった為、最終的に地下牢に閉じ込められたらしい。
同様の被害はこれで四件目だ。
厄介なことにエリスの穢れから生まれる魔物は必ずと言っていいほど超回復の特性を受け継いでいた。
「私が魔女だとバレるのも時間の問題か……」
自室のデスクに腰掛け、目頭を押さえる。
これだけ狭い範囲で連続して魔物被害が発生しているのだ。
皆、王城内に魔女がいる事に気付き始めている。
勘のいい者は既にエリスを疑っているかもしれない。
エリス・ナナトスが驚異的な回復力を持っているのは有名な話だ。
(よりにも寄ってエイル側の力が魔物に受け継がれるとはな……)
悪魔側の力ならば誰もエリスを疑ったりはしなかっただろう。
(これ以上疑いの目が私に集まる前にこの問題を解決しなければ)
目を閉じて集中すれば、自分の中で二つの力が共存している事が分かる。
聖騎士としての力と魔女としての力。
どちらも強く絶大だ。
『お前みたいなクズの力は死んでも借りん』
夢の中でそう言った手前、悪魔の力に頼るのは癪だが、この問題を解決するには必要不可欠だろう。
時空の魔女、エリス・ナナトス。
(……魔女としての私の力を知らなければ)
胸の内で決意を固めたエリスは、ゆっくりとした足取りでベッドに向かった。
◇◆◇◆
森の中心で両手を広げ、静かに目を開く。すると、全身にドス黒い力が広がった。
まるで、神にでもなったかの様な全能感に支配される。
『いいかい?君は時空の魔女だ。時間や空間に関することなら何でもできる』
思い出されるのは数時間前に会話を交わした悪魔の言葉だ。
「捻じれろ」
エリスが宙空で右手を捻ると、目の前の巨木が渦巻き状にひしゃげた。
続けて左手を横一線に凪ぐと、半ばから真っ二つに切断される。
(なるほど。これは凄いな……)
『空間操作は本当に便利だよ。空間を捻じ曲げたり切断したり思いのままさ』
青肌の悪魔が言っていたことは正しかった。
深く集中すれば、自分に何が出来るのかが分かる。
空間操作は本当に恐ろしい力だ。
エリスの魔術にはもう一つ、時間操作があるのだが、そちらの使用は止められていた。
『時間操作の使用はオススメできないよ。あまりにも危険すぎる』
悪魔が危険と言うくらいなのだから、実際相当危険なのだろう。
魔物被害の件は空間操作のみで何とかするしかない。
「問題は……その方法を全く思いつかないことだな」
◇◆◇◆
魔女は傲慢で自分勝手な生き物だ。
自分が力を手に入れれば周囲で多数の死者が出ることを承知で、悪魔降臨の儀式を行ったのだから。
《魔女殺し》の異名で名を馳せたエリスは彼女達を問答無用で殺してきた。
それはそうされて然るべき存在だと思ったからだ。
その価値観は今でも変わらない。
一人殺して十人助かるなら殺すべきだ。
(私自身を除いては……)
「今日、お前達に集まってもらったのは他でもない。最近、王城で多発している魔物被害についてだ」
純白のマントを纏った白髪の紳士が野太い声で言った。
彼は聖騎士長、デイビッド・ゾイ。
王様に全ての聖騎士の指揮を任された偉大な人物だ。
今現在、彼の立派な書斎には王城に住まう全てのパラディンが招集されている。その数はエリスを含めて五人だ。
全員が胸元に勲章バッジを光らせており、その中には先日共闘したアランや同期のマイクも含まれている。
聖騎士は魔女殺しのエキスパート集団だが、その中でもパラディンの強さは別格だ。
全員が一度に招集されることはかなり珍しい。
「皆も既に気づいていると思うが、城内に魔女が紛れ込んでいる。魔物の出現範囲を考えれば、これはほぼ間違いない」
聖騎士長の言葉を聞き、静かに眉をひそめる。
(遂に来たか……)
「お前達はこれより魔女の特定に全力で取り組め。部下を総動員しても構わん。一刻も早く奴の正体を突きとめろ」
「「ハッ」」
エリスを含め、全員の騎士が敬礼した。
それを見て聖騎士長が足早に書斎を去って行く。
「今回の魔物は全員不死身なんでしょう?だったら、犯人はエリスのババアに決まってんじゃない」
上司が居なくなった瞬間、隣に立っていた桃髪縦ロールの女性がエリスに絡んで来た。
彼女はラナ・ティーン。
真紅の口紅と塗りすぎなチークが特徴の面長な少女だ。
彼女はパラディンの中でも最年少で今年18歳になったばかり。性格は非常に攻撃的でエリスとは全く反りが合わない。
「ふざけるな。私が魔女な訳ないだろう。それと……次ババアと呼んだら殺すぞ?」
エリスが顔色ひとつ変えずに答えると、
「うっせぇババア。返り討ちだ」
歯をむき出しにしたラナが至近距離で睨んで来た。
そのまま、踵を返して書斎を出て行く。
(全く……いちいち勘に触るヤツだ)
その後ろ姿を見送ったエリスは、そっと額の汗を拭った。
彼女が敵意剥き出しなのはいつもの事だが、今の発言で他のパラディン達も少なからずエリスが魔女である可能性を意識したはずだ。
魔術の試用から三日。
エリスは既に魔術による魔物被害に対する解決策を実施していた。
忍者のように口元をピタリと覆うマスクを身につけ、その内側に別空間へのゲートを忍ばせている。
空間操作は想像以上に自由が効き、別空間へ繋がるゲートを生み出すのも、そのサイズを調整するのも思いのままだった。
ゲートは王城の裏手にある『入らずの森』に繋がっており、その入口は直径5センチにも満たない。
この状態で鼻から息を吸い、口から吐き出せば、エリスの吐息は別空間へと吸い込まれ、魔素による城内の汚染を防げる。
エリスの対策は完璧で、空間魔術も正常に作用した。
しかし、対策を打つのが少し遅かったらしい。
これだけ大掛かりの捜査が始まってしまった以上、犯人が見つかるまで終わらない。
(身代わりが必要だ。私の代わりに殺される身代わりが……)
聖騎士長の書斎を後にしたエリスが、自室に向かって歩いていると、反対側から三人の女性が歩いてきた。
全員メイド服を着た使用人だ。
その内の一人と目が合いハッとする。
すれ違い様に向こうも驚いた様に目を見張った。
魔女の瞳は同類を見分けられるという話を聞いた事がある。
これに関してはずっと半信半疑だったが、今正に真実だと確信した。
彼女は魔女だ。
まるで、真紅のベールを纏っているかの様に光って見える。
(まさか、自分以外にも城内に魔女が紛れ込んでいるとは……)
何事も無かったかの様に女性達とすれ違ったエリスは、マスクの下で獰猛な笑みを浮かべた。
(どうやら、天はまだ私を見放していないようだ)