紅蓮の聖騎士
「ありがとうございました。またの御来店をお待ちしております」
爽やかな笑顔を浮かべたエリスは、店を出て行く聖騎士の一団に深々と頭を下げた。
爪先から旋毛まで一直線に芯の通った綺麗なお辞儀だ。
「エリス、しっかり接客できるようになったじゃないか……」
それを横で見ていた店長が感心したように小声で呟く。
しかし、その後ろ姿が見えなくなるや否やガバリと上体を起こした。
そのまま、叩きつけるようにエプロンを店長に押し付けて声高々に宣言する。
「店長、今日はもう上がります!」
「えぇーーー!!!」
驚きの声を上げる店長を横目にスタスタと店を後にした。
先刻、給仕の仕事にかこつけて何度も聖騎士達の会話を盗み聞きしようとしたが、結局上手くいかなかった。
このまま彼らを見失ったら情報ゼロだ。
(ここで奴らを見失う訳は行かない……!)
強く意気込んだエリスが大通りに出ると、今まさに部下を率いた赤髪のパラディン人混みの中に消えて行くところだった。
その後ろ姿から素早く視線を切り、周囲の建物を見回す。
すると、近くに背の高い時計台がそびえ立っているのが見えた。
(あの上からなら街全体を一望できるか?)
駆け足で螺旋階段を登り切り、一気に屋上に出る。
落下防止用のフェンスに足を掛けたエリスが上から下を見下ろすと、大通りを埋め尽くす雑踏の中にパラディンの派手な赤髪を発見できた。
「ふぅ……奴が目立つ髪色をしていて助かったな」
何とか対象を見つけられたことにホッと安堵のため息を吐く。
クロワッツは街の内側に向かうほど栄えていく住宅都市だ。
教会や市政府など人々の生活に関わる重要な機関は全て中央に寄り、その周囲に人口が集中している。
逆に街外れは閑散としたもので、奥には小さな廃墟が広がっていた。
ぼんやりと街を眺めるエリスの眼下で、王城聖騎士達が地方聖騎士の一団と合流する。
そのまま教会の隣に佇む巨大な木造の建物の中に消えて行った。
周囲を鉄柵に囲まれた訓練場付きの軍事施設。
クロワッツの象徴とも言える地方聖騎士の駐屯地だ。
それから日が暮れるまで木造の建物を眺めていたが、赤髪のパラディン達が再び出てくることはなかった。
代わりに険しい顔つきをした地方騎士たちが街中を徘徊しだす。
それは日が落ちてからも続き、あまりの代わり映えのなさに流石のエリスも辟易とした気分になってきた。
(なんだ?まだ魔女を見つけていないのか?)
彼らの動きを見ている限り、魔女はこのクロワッツにいるらしい。
しかし、まだ詳しい位置を特定できていないようだ。
(これだけ時間が経っているんだ。もう街の外に逃げてるんじゃないか?)
数刻前からずっとそう思っているのだが、眼下の聖騎士達に捜査範囲を広げる気配はない。
何故か、魔女がまだクロワッツにいるという確信があるらしい。
実に奇っ怪な捜査状況だ。
ひたすらに街中を駆けずり回る聖騎士達の意図がなんにせよ、分かる事はただ一つ。
「これはしばらく時間がかかりそうだな……」
湧き上がる欠伸を何とか嚙み殺したエリスは、重い瞼を何度も擦りながらクロワッツの穏やかな夜景を静かに見つめた。
◇◆◇◆
「一番隊は引き続き南方の住宅地を捜査。二番隊、三番隊は窃盗被害が多発しているという市場に捜査先を移し、重点的に調べる予定です!」
「そうか。この近辺で目撃されている魔女は《青燕》に《育成者》。どちらも武闘派で有名な魔女だ。とてもお前達の敵う相手じゃない。見つけたらすぐに俺を呼べ。いいな?」
ランプの灯りに照らされた薄暗い会議室の中。
作戦卓一面に巨大な地図を広げたレンは、神妙な面持ちで話を聞く年配の騎士達に気怠げに命じた。
レン・グリードは燃えるような赤髪が特徴のパラディンだ。
右の目元から頬にかけて炎を象った荒々しいタトゥーが入っており、見る者を萎縮させる威圧感がある。
「最後に何か質問はあるか?」
今後の捜査方法を説明し終えたレンがゆっくり地図から顔を上げると、
「あ、あのぉ……一つ気になることが……」
作戦卓を囲む年配の騎士の一人がおずおずと手を挙げた。
彼らはクロワッツ駐屯騎士団を率いる隊長達だ。
「何だ?言ってみろ」
レンに促され、手を挙げた男が覚悟を決めたように口を開く。
「レン様がクロワッツにお越しになり、既に三日が経っております。こちらの動きに気づいた魔女達がとっくに街の外に逃げているという事はないですか?」
その言葉を聞き、静かに目を細めた。
「魔女がとっくに逃げてるだと?お前……俺の言うことを聞いていなかったのか?」
「え?いえ、そう言うわけでは……」
突然慳貪な雰囲気を醸し出すレンに男が口籠る。
「俺がまだ魔女はクロワッツにいると言ったんだ!俺の言う事に間違いはない!分かったらさっさと捜査に戻れ!!!」
理不尽とも言えるレンの恫喝に隊長達が慌てて部屋を飛び出していく。
その後ろ姿を無言で見送ったレンは、溜息を吐くと共に深く椅子に腰かけた。
そのままの格好でゆっくり瞼を閉じる。
この三日間、捜査は全く進展していない。
地方聖騎士を50人以上総動員した大掛かりな捜査だ。
当然この動きには魔女側も気づいているだろう。
地方聖騎士の隊長達が焦りを覚えるのも分かる。
問題はその焦りが原因でレンの捜査手腕に疑いが向き始めているということだ。
「くそ!この俺が地方で燻ってるゴミ共に侮られるなど……我慢ならん!それもこれもあいつがグズグズしているせいだ!」
怒りに任せて机を叩いたレンは、跳ねるようにして席を立った。
そのまま、会議室を出て隣の部屋の扉を蹴り開ける。
「おい、マーラ!まだ魔女は見つからないのか!」
顔を真っ赤にしたレンが怒鳴り込むと、殺風景な部屋の真ん中に手足を鎖に繋がれた一人の女性が力なく座り込んでいた。
まだ顔に幼さが残る赤髪の少女。妹のマーラだ。
その周りを取り囲むようにして真っ白な鳥達が羽を休めている。
「に、兄さん。その……ごめんなさい。まだ見つからないの……」
怒りに彩られたレンの瞳を見てマーラが声を震わせた。
「ふざけんな!お前がグズグズしているせいで俺が下位の聖騎士に舐められるだろうが!あんな歳だけ重ねた無能共に!」
大股でマーラに近づいたレンがその頬を引っ叩くと、
「きゃっ!」
悲鳴を上げたマーラが派手に床に倒れこんだ。
その拍子に彼女のロングスカートが僅かにめくれ上がる。
すると、彼女の右太腿に刻まれた星型の青痣が露わになった。
「俺がなんで魔女になったお前を生かしやっているか忘れるなよ?捜査に役立たなければ、お前なんてなんの価値も無いんだぞ!分かってるのか⁉︎ 」
「分かってる……分かってるけどぉ……」
レンに襟元を掴んで無理やり起こされたマーラがポロポロと涙をこぼす。
その瞳を鋭く睨みつけたレンは突き飛ばすようにしてマーラを放した。
(ほんと使えない!愚鈍で愚図で昔からなんも変わっちゃいない!)
感知魔術。
マーラが使う魔術は捜査系と呼ばれる魔術の中で最も弱いカテゴリーに分類されるものだ。
彼女は自身の周囲20キロ圏内に存在する魔女の数を把握できる。
これによりレンとマーラは未だに五人の魔女がクロワッツ内に留まっていることを把握していた。
「しかし、なぜ今回に限ってこんなに時間がかかるんだ?普段のお前ならとっくに魔女を見つけ出している頃合いだろう?」
「そ、それは……」
レンからの質問にマーラが答えを言い淀む。
実際、マーラの捜査能力は優秀だ。
それは彼女の魔術に起因するものでは無い。
優秀なのは魔物に反映された特性の方で、なんと彼女は自身が使役する魔物と視覚情報を共有できるのだ。
今現在も空に鳥の魔物を大量に放ち、魔女の居場所を探している。
「なんだ?何か理由があるなら隠さずに言ってみろ?」
「で、でも。この前は言い訳は何があってもするなって……」
「うるせぇ!俺の言うことが聞けねぇのか!理由があるならさっさと話せ!」
煮え切らない態度のマーラに激昂したレンが胸元に掴みかかる。
そのまま無理やり立ち上がらせると思い切り頬を張った。
一発、二発、三発。
殴る度にマーラの口元が真っ赤に染まる。
「分かった!言うから!言うからもう殴らないでぇっ!」
号泣しながら許しを請うマーラ。
その目の焦点が合わなくなってきたのを見てようやく手を止めた。
「ま、魔物達が言うことを聞いてくれないの……」
肩で息をしたマーラが絞り出すように呟く。
「わ、私以外にも空に魔物を放っている魔女がいるのよ。それもかなり強力な魔物……私の魔物達はみんな怯えちゃって……」
「何ぃ?お前以外に空に魔物を放ってる魔女がいるだと?」
その言葉を聞き、一瞬考え込むような素振りを見せたレン。
しかし、すぐに元の荒々しい表情に戻ると雄々しく吠えた。
「だったら、そいつを見つけ出せ!今すぐにだ!」
◇◆◇◆
バサリ。
立派な翼を広げた漆黒の鳥が空を大きく旋回し、エリスの肩に止まった。
「よく戻ってきたな。街の様子はどうだった?」
ここはクロワッツ唯一の時計台。その屋上だ。
青と白のエプロンをつけたエリスは、落下防止用フェンスの脇に静かに腰掛けていた。
膝の上では瞼を閉じたエレクトリカルドッグが気持ち良さそうに寝息を立てている。
漆黒の鳥はエリスが『入らずの森』から連れてきた魔物の一体だ。
王城聖騎士との出会いから既に三日。
捜査のあまりの進展のなさに痺れを切らしたエリスは、自身も空に魔物を放って魔女の居場所を探っていた。
「何?私以外にも空に魔物を放ってる魔女がいるだと?」
漆黒の鳥から思念で報告を受け、その内容に眉をひそめる。
(クロワッツの魔女達も聖騎士の動きを探っているのか?一体、何のために……?)
一瞬逡巡したエリスは、投げやりに漆黒の鳥に命じた。
「まあいい。理由が何にせよこれは好機だ。早急にその魔物達の主人を探し出せ。間違ってもこちらの位置を悟られるなよ?」
首を傾げ、漆黒の鳥と目を合わせる。
しかし、鳥の魔物は一向に飛んでいかない。
「おい、早く行け。聞いてるのか?」
頑なに肩から離れない鳥をなんとか引き剥がそうとする。
しかし、魔物の力は強く、ビクリともしなかった。
(なんだ?こいつ……腹でも減ってるのか?)
ここ一年の経験で空腹時の魔物が命令をききにくい事は分かっている。
中でもこの漆黒の鳥は特に言うことをきかない。
魔物の名前は不明だ。図鑑や資料でも見たことがない。相当珍しい魔物なのだろう。
「いい加減離れろ!あとで餌をやるから!」
その後もエリスが必死に鳥の魔物と格闘していると、膝上のエレクトリカルドッグが煩わしそうに目を開けた。
そのまま、二人の顔を交互に見て、短く吠える。
『ワン!』
すると、それまで頑なだった漆黒の鳥があっさり空へ舞って行った。
その後ろ姿を呆然と見送る。
「なんで主人の私の言う事はきかないのに、この犬っころの言う事はきくんだ……」
腑に落ちない様子で呟くエリスの膝上でエレクトリカルドッグが再び気持ち良さそうに目を閉じた。




