暖色の幕開き
「エリス。お前は一緒に遊ばないのか?」
訓練生としての最終日。
全ての課程を修了したマイク達同期は、引率の講師に連れられてとある孤児院を訪れていた。
ここで暮らしているのは魔女や魔物被害によって両親を失った子供達ばかりだ。
周囲では厳しい訓練を終えたばかりの聖騎士の卵達に興味津々と言った様子で幼い子供達が群がっている。
例に漏れず元気一杯の子供達に揉みくちゃにされていたマイクは、ふと近くの壁際にエリスが一人で佇んでいることに気づいた。
全身に纏わりつく子供達をなんとか引き離してエリスの元に近づく。
マイクからの質問にエリスがムスッとした表情で答えた。
「遊ばんよ。昔から子供は苦手なんだ。無駄に声がデカいし、行動の予測がつかん」
吐き捨てるように放たれたその言葉に苦笑する。
「相変わらず、つっけんどんな奴だな。まあ、実にお前らしいと言えるが……」
肩を並べるようにして壁にもたれたマイクを見てエリスが不思議そうな顔をした。
「何だ。いつもみたいに偉そうに説教しないのか……」
続けて、口の中でモゴモゴと呟く。
その様子を眺め、更に笑みを深めた。
目を閉じたマイクがそのままの体勢でしばらく黙っていると、
「良いよな。ここの子供達は……魔女や魔物に両親を殺されてもまた心から笑えるんだから」
不意にエリスがポツリと呟いた。
その言葉に反応したマイクがゆっくりと瞼を開け、横顔を見つめると、
「べ、別に当てつけで言ってる訳じゃないぞ?本心から羨ましいと思ってるんだ」
マイクに怒られると思ったのか、エリスが言い訳がましく言った。
そのまま、頬を赤らめて言葉を続ける。
「でも、私にはそれができないから、こいつらの分まで戦ってやるんだ……どうだ?高尚だろう?」
明らかに照れ隠しで付けられた最後の一文に思わず笑みをこぼす。
「あんま無茶するなよ」
それに釣られるように笑ったエリスが肯定とも否定とも取れる角度で小首を傾げた。
そんな彼女の元に複数の子供達が勢いよく駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん遊ぼー!」
その低い背丈に目線を合わせたエリスが爽やかな笑顔を崩さずに答えた。
「うるさいガキ。あっちへ行け」
◇◆◇◆
「起きて下さい!起きて下さい!」
その日、肩を強く揺すられたマイクがゆっくりと瞼を開けると、上から覗き込む女性の顔が霞んで見えた。
「……エリス?」
目を細めたマイクが静かに呟くと、
「もう!大変な時なんだからしっかりしてください!」
一層肩を強く揺すられる。
ハッと目を覚ましたマイクが上体を起こすと、疲れ顔のレイがソファの脇に立っていた。
窓の外を眺め、差し込む陽光に目を細める。
どうやら仕事中に仮眠を取ろうとして朝まで寝過ごしてしまったらしい。
気づけば、外はもうすっかり朝だ。
(エリスの夢を見るとは珍しいな。最近奴の事ばかり考えていたからか……?)
ここはプルート地方領事館の最上階。
既にカイトナッツから帰還して二週間が経過している。
その間にリーン王国の情勢は大きく変化していた。
マイク達が王都に帰還した直後、王城に一通の文が届いたのだ。
その内容はカイトナッツでトーワ達が見つけた書類と一言一句違わないものだった。
ー 魔女平和教会、ゼブラル教、極東魔女連合はここに確固たる同盟を結ぶと共に全世界への開戦を宣言する ー
それから数日と経たない内に、各地で魔女被害が出始め、聖騎士達は対応に追われた。
しかし、現地に派遣された聖騎士達は予想外の事態に直面することとなる。
なんと、現場周辺の女性ほぼ全てから星型の青痣が見つかったのだ。
後の調査で、『魔女信奉者』達が国内の女性に片っ端から焼印を押して回っている事が分かった。
魔女信奉者とは、魔術を奇跡の力として崇める人々のことで、どの時代にも一定数存在する。
今回、彼らが焼印で施した人工的な星痣と、魔女が元々持つ天然の星痣は全く区別がつかず、対応に当たった聖騎士達は途方にくれる事となった。
未だに星痣の明確な見分け方は確立されていない。
『今後聖騎士達は確信を持って魔女を殺すことが一切出来なくなる!』
カイトナッツの街で《人形使い》が口にした悪夢が現実となったのだ。
現状、聖騎士達は完全に魔女達の後手に回る形となっている。
(魔女達も教会の周辺での行動は意図的に避けているようだし、いよいよ打つ手がないな……)
ソファから立ち上がったマイクは、ゆっくりと窓辺に立った。
現在、マイクが治めるプルート地方でも魔女による被害が多発している。
マイク自身も魔女達の暴走を止めようと、何度も現場に足を運んだが、魔女の討伐には至らなかった。
カイトナッツでは祓魔症状を利用して《人形使い》を撃退することができたが、あれはかなり特殊な状況下ゆえに成功した偶然の産物だ。
そもそも、実際にかの魔女にトドメを刺したのはマイク達ではない。
首元を一刀で両断した鋭利な斬り口に、ヤンガルが目撃したという不死身のエレクトリカルドッグ。
犯人として思い当たる人物は一人しかいない。
(エリスだ。間違いなくあの場にエリスがいた。しかし、なぜ奴がカイトナッツに……?)
荒れる国内情勢とは裏腹に、眼下に広がる長閑な風景を眺めて眉をひそめる。
エリスといえば、思い出されるのは少し前にジャックと交わした会話だ。
『なあ、マイク。お前、エリスについてぶっちゃけどう思ってる?』
カイトナッツでの顛末をリーン昇王に報告したマイクが、その足でジャックの部屋を訪れると出会い頭に彼がそう尋ねてきた。
『いや、どう思ってるって……正直、よく分からないというのが本音だな。あいつが魔女になるなんて絶対にないと思っていたし……』
難しい顔で話すマイクに向かってジャックが草臥れた笑みを浮かべる。
『俺はなぁ。もしかしたら、あいつは望んで魔女になったんじゃないんじゃないかと思ってるぜ』
『ジャック……お前、何を言ってるんだ?』
突然、突拍子も無い事を言い出すジャックに困惑の視線を送る。
『ははっ。まあ、そんな怖い目で見るなよマイク。自分でも随分と荒唐無稽な事を言ってるのは分かっているんだ。それでもさ、思い返してみる一つ気になる点があるんだよ』
そう言ってジャックが遠い目をした。
『マイク。お前、エリスが五つ目の平和勲章受賞パーティの時に高熱で倒れたのを覚えているか?』
『ああ、あの時は大騒ぎだったからな』
『実はな、その翌日にエリスが図書館で調べ物をしていたんだ。普通の人が悪魔降臨の儀式を行わずに魔女になる方法をな』
『なに?また何故そんな事を……?』
訝し気に尋ねるマイクと目を合わせてジャックが肩をすくめる。
『さあな。ただ、俺が悪魔惚れの話をして、お前のドレス姿なら悪魔でも惚れるって言ったらエリスの奴、血相変えて部屋を出て行っちまった』
そこまで言ったところでジャックが当時を思い出したように吹き出す。
『ありゃ、今思い返しても尋常じゃなかったなぁ』
そう言って更に笑みを深めた。
その様子を眺めながら静かに眉をひそめる。
『何故……今その話を俺に?』
不思議な表情を浮かべるマイクに、背を向けたジャックが戯けるように答えた。
『さて、何でかねぇ。俺は友情なんかに対しては薄情な人間だと思っていたのだが……案外、お前たち二人と過ごした時間が楽しかったのかもしれない。それが全部嘘じゃ悲しいだろ?』
心底楽しそうに笑うジャックの顔を思い出して額に皺を寄せた。
(だから、エリスを信じているというのか?本当にらしくないな……)
窓辺から離れたマイクが書類が山積みにされたデスクの上を整理していると、不意に一枚の封筒が床に落ちる。
「ん?なんだこれ?」
丁寧に包装された一枚の手紙。
見慣れない封筒をマイクが拾い上げていると、
「あっ!そう言えば、領主様が留守の間に一人訪問者がいたのでした!すっかり忘れてました!」
それを見たレイが思い出したように叫んだ。
何やら焦った様子の彼女を横目にゆっくりと封を切る。
そのまま、綺麗に二つ折りにされた手紙を開いて文面に目を通した。
「いや、なんか怪しい風貌の人だったんですけどね!深くフードを被った金髪の女性で!突然、領主様の名前を出すから私焦って隠密任務の事を口にしちゃったんです!いや、でもほんの少しだけですよ?カイトナッツに魔女退治に行ってるって!そうしたらあの人、急に雰囲気が変わって!その手紙を押し付けて帰っちゃったんです!本当に変な人ですよね!」
自身の犯したミスが余程後ろめたいのか、言い訳するようにレイが捲し立てる。
しかし、マイクの耳は既にその言葉を聞いていなかった。
ー 森で待つ ー
ただ一文。真っ白な用紙に記されただだ一文に意識が吸い込まれそうになる。
それと同時に別れ際のジャックの言葉が頭の中で反芻された。
『ああ、あと……もしエリスが頼ってくるとしたら俺じゃなくてお前だから。その時はよろしくな』
◇◆◇◆
背の高い木々が鬱蒼と生い茂る森の中。
何度も地面に張り巡らされた木の根に躓きそうになりながらもただ一つの道しるべである川沿いを進んだ。
ここは王都南部、プルート地方北部に広がる『入らずの森』だ。
高い木々の影響で光は遮られ、足元の土壌には湿り気がある。
(森で待つって……範囲広すぎだろ)
周囲には何処も彼処も代わり映えのしない景色が続いていた。
『入らずの森』は強力な魔物が多く巣食う魔境だと聞いていたが、生き物の息遣い一つ感じられない。
まるで、水を打ったように静かだ。
震える体を引きずったマイクが一度諦めて帰ろうかと思案し始めたその時、突然、目の前の木々が開けた。
「何だ⁉︎ 」
驚くマイクの瞳の中に野花の咲き乱れる小さな陽だまりが飛び込んでくる。
それと同時にその中央で佇むスラリとした肢体の女性が目に入った。
「やれやれ、やっと来たか……」
マイクの姿を見て億劫そうに呟く。
その憂いを含んだ淡い碧瞳に思わず目を奪われた。
特徴的な金の三つ編みに、血を吸ったように真っ赤な唇。
そこには、二年前と変わらない姿のエリスが立っていた。




