英雄
(星痣は、星痣はどこだ⁉︎ )
10人以上の女性達が入り乱れる教会。
その真ん中でミライザは必死に目を凝らしていた。
鬼のような形相で掴み掛かってくる女性達の手を片っ端からか振り払っては、その全身を素早く観察していく。
すると、一人の女性の首元に魔女の証を見つけた。
しかし、直後に別の女性の足首にも星型の痣がある事に気づく。
続けて、さらに別の女性の胸元にも星痣があるのが見えた。
「馬鹿な!全員に魔女の証があるだと⁉︎ こいつら、精神魔術で操られている訳ではないのか⁉︎ 」
驚くミライザの眼前で眼鏡の聖女がダラリと星痣のある舌ベロを出した。
「アハハッ!《聖騎士殺し》、あの女は天才だよ!普段は偉そうでいけ好かない奴だが、『魔女の焼印』を思いついた事だけは褒めてやってもいい!」
そう言った眼鏡の聖女が懐から一本の鉄棒を取り出す。
その先には星型の彫刻が施された鉄板が取り付けられていた。
「まさか……!」
「そうさ!そのまさかさ!この焼印を女達全員の体に押したのさぁ!」
顔を引きつらせるミライザの前で狂ったように笑った聖女が全員の痣を指し示した。
「そうしたらほら!……本物と全く見分けがつかないだろう?ハハハッ!」
その言葉に釣られ、全員の証を見比べる。
そして、その寸分違わぬ造形に言葉を失った。
(なんて事だ……⁉︎ こんな……こんなことがあっていいのか⁉︎ )
現状、只人と魔女を確実に見分ける方法はただ一つ。
星痣を確認する事だけだ。
「この技術が世界に広まれば、今後聖騎士達は確信を持って魔女を殺すことが一切出来なくなる!魔女が聖騎士を恐れて歴史の影を生きる時代はその瞬間をもって終わりを迎えるのさぁぁぁ!」
「ダメだ。それだけは阻止しなくては……」
深い絶望を覚えるミライザ。
不意にその横っ面を敵に操られたジアン帝国の騎士が真後ろから思いっきり引っ叩く。
ズパン。
通常時なら難なく躱せる一撃だが、完全に思考が停止していたミライザはその掌底をモロに受けてしまった。
「ぐっ!」
バランスを崩し、たたらを踏む。
その左目を正面に立っていた別の女性が右の人差し指で鋭く突いた。
「ぐきゃぁぁぁ!!!」
噴き上がる鮮血と共に金切り声に近い悲鳴が教会内にこだます。
片目を抑えて蹌踉めくミライザの眼前で、滑り込むようにして身を乗り出してきた眼鏡の聖女がトドメとばかりに渾身の蹴りを放った。
片目を潰されたミライザに回避行動を取る余裕はない。
強力な回し蹴りを胸元に食らうと、そのまま後方に吹っ飛んだ。
「カハッ……」
背中から思い切り地面に叩きつけられ、乾いた息を漏らす。
「これで終わりだよ!」
眼鏡の聖女を始めとした女性達が群がるようにしてミライザに向かって走りだした。
この期に乗じて完全に息の根を止めようと迫ってくる。
ミライザの胸の内を支配するのは深い絶望だけだ。
既に星痣から魔女を特定することはできない。
刻一刻とミライザの元に迫る女性達の顔に勝利を確信した嗜虐的な笑みが見えた。
しかし、
(……こんな事で心を折られ、易々とくたばるような男なら、私はハナからライクライになど成れていない!)
不意に力なく地面に横たわっていたミライザが、近くの長椅子の足元から一冊の厚本を拾い上げた。
「なんだ?私が破った聖書じゃないか?」
それを見て訝しげな表情を浮かべた聖女。
しかし、次の瞬間、驚きで目を見張った。
言葉を失う彼女の目の前でビリビリに破られた聖書の表紙が、ミライザの身体強化によって蠢く真っ白な髪によって精密に縫い合わされていく。
「勘違いするなよ魔女!確かに我々は星痣がなければ魔女を見分けられない。しかし、それは教会外での話だ!ここは神の力が満ちる本流のど真ん中!掲げられた聖物は破邪の力を持って貴様を滅ぼすだろう!」
力強く言い放ったミライザが頭上に継ぎ接ぎの聖書を掲げる。
その直後、
「ぐげぇぇぇ!!!」
眼鏡の聖女の横に立っていた黒髪の女性が顔面を両手で覆い、天井を仰いだ。
その喉元から擦り切れた悲鳴が飛び出すと同時に彼女の周りの女性達が一人残らず地面に倒れる。
まるで、糸の切られた操り人形のように。
ミライザの背後にいたジアン帝国の騎士も膝から床に崩れ落ちた。
「顔がぁぁぁ!私の顔がァァァ!!!」
それを確認したミライザが顔を上げた瞬間、長い黒髪を掻きむしった魔女が思い切り地面を蹴った。
そのまま、袖の下から黒光りする鉈を取り出すと、弾丸のような速度で突っ込んでくる。
「なっ!」
驚いたミライザが超高速で抜剣し、長剣を横一線に振るうが魔女の体を捉えることはできない。
空中で半回転して体を反らすという人間離れした動きでミライザの握る長剣の真下をすり抜けた魔女は、ガラ空きの懐に飛び込むと、深い踏み込みで聖書を叩き斬った。
「きひっ!」
続けて不気味な笑い声を漏らすと、流れるような動作でミライザの持つ長剣を根本から叩き折る。
その顔面は祓魔症状のせいか酷く焼けただれており、既に元の顔が分からなかった。
「よくもやってくれたねぇ。あんたはただでは殺さないよ。私の顔をこんなにした事を後悔するまでじっくり痛ぶってやる」
そう言った魔女がミライザの鳩尾に左拳をねじ込む。
苦悶の表情を浮かべたミライザが咄嗟に殴り返すが、四足獣のような機敏な動きをする魔女には全く当たらない。
それどころか、カウンターの拳を三発も喰らってしまった。
その後も立て続けに顔面を殴打される。
(は、速い!なんだこのスピードは⁉︎ )
「くひっ、私の本体さえ特定すれば勝てると思っただろう?逆だよ逆ぅぅ!私は酷く臆病者でね。普段は他人を操って戦っているが、本来は自分で戦った方が強いんだ!無闇に正体を暴いたせいでお前はこれから死ぬんだヨォォォ!!!」
とても人間のものとは思えない歪んだ表情を浮かべた《人形使い》が、眼前で鉈を振り上げる。
「させるか!」
それを見たミライザが渾身の力を込めて魔女の顔を殴るが、
「ぐをぉぉぉ!!!」
鉄板を殴りつけたような固い感触と共に自身の指先の骨が砕け散った。
その直線上に並ぶ二つの双眸は、色褪せたビー玉のようにくすんでいる。
(こいつ、自分自身に精神魔術をかけているのか⁉︎ )
言うなれば、自己催眠。
自身に精神支配を施し、肉体限界以上の力を引き出す荒技だ。
これを切り札として使う精神系の魔女は非常に多い。
しかし、
(……こいつは流石にレベルが違い過ぎる!)
《人形使い》の自己支配は明らかに精神支配の域を逸脱していた。
筋肉が内側から盛り上がり、全身に太い血管が浮き出ている。
まるで、身体強化だ。
ぱっと見は既に人間でも獣でもない。
人型の魔物だった。
「おら!死ね゛ぇぇぇ!」
ミライザの右肩に向かって重々しく振り下ろされる大鉈。
その手首を骨の砕けた右手と左手で掴みとろうとするが、
(と、止まらない!!!)
ゆっくりと振り下ろされる鉈の進行を止めることはできなかった。
遂に右肩に食い込む刃。
直後に右腕から先がバッサリと切断される。
「あがぁぁぁ!!!」
声にならない声を上げ、ミライザが地面にうずくまった。
その下にトドメを刺そうと魔女が迫る。
しかし、
「ミライザ様!」
「助太刀します!」
その間に二つのシルエットが割って入った。
先刻の複数の魔女との戦いで怪我を負い、治療を受けたばかりのジアン帝国の騎士とリーン王国の騎士。
「やめろ……!お前らが敵うような相手じゃない!」
ミライザの悲痛の叫びも虚しく、一刀の下に斬り捨てられた。
二人とも腹部に重傷を負い、地面に倒れこむ。
(くそ、こんな怪物誰が……誰が止められるというのだ!!!)
自身の無力さと遣る瀬無さでギリギリと唇を噛むミライザ。
その眼前で鉈を逆手に持ち替えた魔女が再び大きく振りかぶった。
「終わりだよ」
そのまま、首元目掛けて一気に振り下ろす。
「ミライザ様……」
「避けてください……!」
地面に横たわった騎士達が血を吐きながら叫ぶ。
しかし、長時間の戦闘と大量の出血で限界を迎えたミライザの体はピクリとも動かなかった。
(最後の最後で自分の死に部下を二人も巻き込んでしまうとは。我ながら情け無いことだ……)
自嘲気味に笑ったミライザが諦めと共に目を閉じた瞬間、不意に耳元で低い声がする。
「ここまで一人で戦わせて悪かったな。自身の力を制御するのに少々時間を要した」
予想外の乱入者に驚いて目を開けるミライザ。
その眼前にフルフェイスの鎧騎士が躍り出た。
「……身体強化」
口元で短く呟くと、仁王立ちで魔女の一撃を受ける。
鋭く振り下ろされた鉈が鎧騎士の鉄兜を吹き飛ばした。
直後にその下から獣のように鋭い眼光と漆黒の長髪を持った若い男の顔が現れる。
(誰だこいつは……⁉︎ )
見知らぬ顔に眉をひそめるミライザの前で、壊れた筈の『道の天窓』から金色の光が降り注き、男の周囲で渦巻いた。
まるで、彼の登場を天が祝福しているかのようだ。
言葉を失うミライザや《人形使い》達の中で、弱々しく地面に横たわったリーン王国の騎士だけが大粒の涙を流し、縋るように声を絞り出す。
「マ、マイク様ぁ……」
その言葉に答えるようにして黒髪の男が呟いた。
「俺の前では全てが平等だ。そこに強者も弱者もない」
この世で最も有名な口上の謳い文句だ。
味方の聖騎士には希望を与え、相対する魔女には深い絶望をもたらす。
「なんだァァァお前ぇぇぇ?今更出てきて英雄気取ってんじゃないよぉぉ……!」
それを聞いた魔女が明らかに気押された様子で黒髪の男に向かって鉈を振るう。
しかし、体の位置を僅かにズラすことであっさり躱された。
次の瞬間、
ブワリ。
教会中の空気が動くような気配と共に男の拳が魔女の腹部に突き刺さる。
ズパン。
直後に派手な炸裂音と共に魔女の体が後方に吹っ飛んだ。
そのまま、教会の壁を突き破り、道の向こうへと消えていく。
実に呆気ない勝負の結末に驚きを禁じ得ない。
(ここまで……ここまで圧倒的なものなのか……歴代最強の聖騎士と呼ばれた男は……)
教会内に巻き上がる砂煙と強く差し込む日差しを一身に浴びた黒髪の男が静かに呟いた。
「人呼んで《神の子》。リーン王国、“元”第四パラディン、マイク・ピアス……ここに推参」




