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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第二章 墜落の神王編
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胎動する伝説

「あは!あははは!」

 赤と青。二色の燐光が絡み合うようにしてヤンガルに襲いかかった。

 部屋中に魔女の甲高い笑い声が響く。


「くそ!ちょこまかと動き回りおって!」

 苛立たしげに毒突いたヤンガルが自身の体よりも大きな鉄斧を力任せに振り回した。

 その刃がことごとく空を切る。


 その周囲では、床、壁、天井を足場にして二人の魔女がゴムボールのように跳ね回っていた。

 彼女達の手元には黒水晶のナイフが握られており、ヤンガルの鉄斧を何度も潜り抜けては、その体の表面を薄く斬りつけている。


(完全に遊ばれてますねぇ……)


 ヤンガルの一撃の威力は凄まじく、その風圧と斬撃だけで円形のテーブルと椅子がズタズタに引き裂かれていた。

 しかし、肝心な魔女達には掠りもせず、ノーダメージだ。


 まさに神速。

 身体強化を使用しているトーワの目を持ってしても魔女二人の姿をはっきりと捉えることはできない。


「史上最恐の魔女ジェミニ……その看板に偽りなしですか」

 狭い部屋の隅に位置取ったトーワが冷静に戦況を分析していると、


「おい!小僧!ボサッと突っ立ってないで手を貸せ!」

巨大な鉄斧に身を隠したヤンガルがこちらに向かって大声で叫んだ。

 それにあくび混じりで答える。


「嫌ですよ」

「な、なにぃ⁉︎ 」


「最初に助けは要らないと言ったのは自分なんですから最後まで一人で頑張ってください」

「貴様ぁ……貴様にはこいつら二人の強さが見えないのか!今俺たち二人で協力してこいつらを止めねば、後々大変なことになるぞ!」


 焦ったように声を荒げるヤンガルを無視して両手で耳を抑える。


(あ〜、煩い)


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。死んでも骨くらいは拾ってあげますから」

 ヒラヒラと手を振ったトーワが踵を返し、戦いから目を背けかけたそのとき、


「ナニ余所見してるの?」

突然、真横から一人の魔女が突っ込んできた。

 はち切れんばかりに見開かれた両の眼に、全身を覆う真紅の燐光。

 その姿を視認すると同時に一切の躊躇なく懐に飛び込んで来る。

 低い体勢から抉るようにして喉元を狙う下段突き。

 僅か50センチほど離れた位置から漆黒の刃が繰り出された。


「あ゛あ?」

 その切っ先を上体を反らすことで難なく躱す。

 突然の不意打ちに不機嫌な声を上げたトーワは、左手の甲で素早く相手のナイフを叩いた。


 横からの衝撃を受け、魔女が黒結晶のナイフを取り落す。

 しかし、そんなの御構い無しといった様子で両の手を叩きつけてきた。


 全身のバネを上手く使い、深く体重を乗せた鋭くもしなやかな手刀。

 そのまま、流れるような動作で乱打してくる。


「どうやら話を聞いていなかったようですね。僕は戦う気は無かったのですが……」

 その動きを完璧に見切ったトーワは、全ての手刀を左手一本で軽くいなし、勢い余ってたたらを踏んだ魔女の足元を思い切り払った。


「なっ⁉︎」

 バランスを崩し、前のめりに地面に転がる魔女。

 そのうつ伏せの背中を見下ろし、超高速で抜剣する。


「嫌いなんですよね。格下に噛み付かれるの」

 冷たく言い捨てたトーワが逆手に持った鈍銀のレイピアを振り下ろそうとした次の瞬間、突然、魔女の纏っていた燐光の色が赤から青に変わった。


 そのまま、地面を滑るようにして後方へ飛んでいく。

 まるで、何か見えない力に引っ張られるかのように。


 ズガン。

 直後に先程まで魔女の頭があった位置をレイピアの切っ先が真っ直ぐに貫いた。

 地面に直径2センチ程の綺麗な穴が開く。


「……おかしいですね。確実に殺ったと思ったのですが」

 僅かに眉を動かしたトーワがゆっくりと前に向き直ると、


「驚きました。よもや私の動きに付いてこれるとは。どうやら、先にこちらを始末するべきのようですね」

「……ですね」

アメンボのように床を滑った魔女が静かに立ち上がるところだった。

 それを後ろから抱き抱えたもう一人がコクリと頷く。


「やれやれ、結局僕が戦うのですか……。これも強い者の宿命ですかねぇ」

 深くため息を吐いたトーワが一気に前髪を搔き上げると、


「強い者?自惚れると痛い目を見ますよ、只人。……頭が高い」

弛緩しきっていた双子の姉妹の纏う雰囲気がガラリと変わった。

 その殺気に満ちた瞳を見据え、胸の前でレイピアを構え直す。

 ギリギリと歯ぎしりをしたトーワは、引きつった頬を緩め、口元に薄い笑みを浮かべた。


「自惚れるな、ですか。これでも頑張って謙虚に振る舞っているんですけどねぇ」


◇◆◇◆


 ドスン。

 右脇腹に強い衝撃を受けたミライザは、笑顔でこちらを見つめる男を横目に自らの体から短剣を引き抜いた。


 血の噴き出す傷口を片手で押さえ、法術を行使する。


「来い、身体強化」

 ミライザが口元で呟くと同時に、彼の長い髪が生き物のように動き出した。

 直後に針金の如き硬さを会得し、まつり縫いの要領で傷口を縫い合わせる。


 自身の髪の長さと、その硬度を自在に操れるのがミライザの身体強化の特徴だ。

 その様子を遠目から眺めていた眼鏡の聖女が嘲るように片眉をあげた。


「あらあら、髪で傷を縫い合わせるなんて小賢しい真似をしますね。久しぶりに内臓損傷による悶絶躄地の死に様を拝めると思ったのですが……こんな事なら最初から心臓を一突きにするべきでした」

 残念そうに紡がれるその言葉に、僅かな引っかかりを感じる。


(心臓を一突きにするべきだっただと?まるで、自分自信がナイフを握っていたような言い草だな)

 耳聡く相手の言葉尻の言い回しを捉えたミライザが周囲を見回すと、左右から危険な香りを漂わせた二人が近づいて来るところだった。


 突然豹変した部下の男に、離れた位置で起こった事象を主観で話す聖女。

 その瞳に共通して宿る毒々しい狂気と緩く開いた口元を目にし、自身の周りで起こっている出来事の原因を確信する。


「なるほど、精神支配されているのか……」


 精神支配とは他人の精神に干渉する『精神魔術』の中でも最上位の力として位置付けられる凶悪な魔術だ。

 精神魔術は言うならば、魔力を用いた催眠術。

 一度掛かってしまえば効果は絶大だが、相手の体を乗っ取るにはそれなりの手順と時間が必要になる。


(部下の男が精神魔術を掛けられたのは恐らく治療を行っていた間……法術を使うフリをして魔術を発動していたのか?となると、やはり聖女の正体は魔女!早急に首をはねる必要がある!)

 精神支配を行う魔女とはミライザ自身何度も相対した事があるが、例外なく厄介な敵だった。


「これ以上のアクションを起こさせる前に終わらせる!」

 素早く長剣を抜き放ったミライザがあっという間に聖女との距離を詰め、大きく振りかぶった瞬間、


「……待て」

不意に後ろから手首を掴まれた。

 気づくと、ずっと入口付近で傍観していたフルフェイスの鎧騎士が背後に立っている。


(なっ!こいつ、いつの間に⁉︎ )

 驚くミライザを横目に、眼鏡の聖女を真っ直ぐに見据えた鎧騎士が落ち着いた雰囲気で口を開いた。


「判断を急ぐな。そいつも操られているだけの可能性が高い。誤って殺してからでは取り返しがつかないぞ」

 既に敬語をやめ、圧するような低い声音で話してくる。


「精神魔術で複数の人間が操られる?そんな事はあり得ません」


 精神魔術、特に精神支配は術者に掛かる負担が大きく、基本一度に一人しか操れない。

 これはこれまで処刑されてきた多くの魔女達が公言しており、聖騎士の間では常識だ。

 きっぱりと言い切るミライザに、鎧騎士が無言のまま周囲を指し示した。


「今回ばかりは例外だ。敵が敵なのでな……」

 その指先の動きに従い、改めて顔を上げる。

 すると、ミライザ達から五メートルほど離れた位置に十を超える多くのシルエットが肩を並べて立っていた。

 今朝方、魔女の襲撃から教会に逃げてきたという若い女性達。

 その全てが寒気を覚えるほど引きつった顔でこちらを睨みつけている。


 癖のある挙動に嫌悪感を刺激する寒々しい顔つき。

 明らかに同じ意思によって統率されている。


(馬鹿な、これだけの人数を同時に操るなど……⁉︎ )

 驚くミライザ。

 その脳裏に突如、国を出る直前に聞かされた情報が蘇った。


 今回、カイトナッツで怪し気な取り決めを行っていたとされる魔女は三人。

《ジェミニ》、《人形使い》、《聖騎士殺し》。

 この中に一人、精神支配の最高峰と言われる魔女がいる。


「まさか、極悪非道の女王《人形使い》……奴が近くにいるのか?」

 ミライザの小さな呟きを拾った鎧の騎士が鋭く周囲を睨みつけて忠告した。


「気をつけろ。今から俺達が相手にしようとしているのはたった一度の魔術で国一つを破壊した女だぞ」


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