露見
「魔物被害が始まって既に3日が経過しておる。犯人の魔女はまだ見つからんのか!」
金の玉座に腰掛けた七十過ぎの国王、タイタン・リーンが青筋を立てて叫んだ。
ここは王座の間。
赤絨毯の敷かれた広間内には、今現在、彼を除いて二人のパラディンしかいない。
護衛役として玉座脇に配置されたエリスと王族血縁者のアラン・ロラードだ。
「陛下、申しございません。只今、人員を総動員して調査中ですので、もうしばらくお待ち下さい」
怒り心頭の国王を宥めるようにアランが謝罪する。
エリスの部屋でエレクトリカルドッグが発見されてからというもの、毎日のように不死身の魔物が城内で確認されていた。
既に王城内に安全な場所はない。
(まだ、魔力は戻らないのか……)
震える指先で額の汗を拭ったエリスは、霞む目を凝らして広間内を見回した。
今日は何故か朝から体調が非常に悪い。
全身が熱っぽく、強力な目眩に何度も襲われている。
ボーッとした頭のエリスが玉座の横でフラフラしていると、
「ナナトス、大丈夫か?顔色が悪いようだが?」
いつの間にか真横まで移動していたアランが支えてくれた。
エリスの顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめる。
「心配ない。少し寝不足なだけだ」
その高貴な顔立ちを眺め、ゆっくりと視線を逸らした。
「そうか。それなら安心だ」
柔らかい笑みを浮かべたアランが自らの立ち位置に戻る。
それと同時に広間の巨大な扉が開け放たれた。
その向こうから聖騎士長のデイビッド・ゾイと鎧姿のマイクが静かに入ってくる。
「陛下、定期連絡に伺いました」
広間の中央で跪いたゾイ聖騎士長が、重々しい声で告げた。
「うむ。報告を始めよ」
それを受けて国王が、玉座に深く座り直す。
その様子を確認した聖騎士長がゆっくりと口を開いた。
「先程、一階の食堂内で不死身特性を持ったアイスゴブリンが確認されました。この個体との戦闘で出た死傷者の数は20人以上。アイスゴブリンは、今現在、意識を奪って地下牢に監禁しております」
聖騎士長からの報告を黙って聞いていた国王が、不機嫌そうに尋ねる。
「それで?魔女に繋がる証拠は見つかったのか?」
「いえ。残念ながら、未だ何の手掛かりも得られておりません……」
聖騎士長がそう口にすると同時に、リーン国王がカッと目を見開いた。
そのまま、内容が聞き取れないほどの早口でまくし立てる。
「貴様ら!それでも、王国を代表する聖騎士か!魔女の一人くらいさっさと処刑してみせろ!!!」
「面目ございません」
その後も、国王の叱咤と聖騎士長の謝罪が交互に続いた。
(あー、煩い……)
両者の発する大声が頭の中を強く揺さぶる。
ズキリと痛む頭を押さえたエリスが広間内をゆっくり見回すと、ゾイ聖騎士長の背後に控えたマイクが真っ直ぐにこちらを見ている事に気づいた。
エリスが鋭く睨み返すが、一向に視線を逸らさない。
(マイクのやつ、人の顔をジロジロと……一体、何のつもりだ?)
その執拗な視線にエリスが苛立ちを募らせていると、
「ナナトス君。君なら早急に魔女を始末できるだろう?」
不意に隣に座るリーン国王に声を掛けられた。
話の流れが分からず、返す言葉に詰まる。
「何だ?できないのか?」
目に見えて不機嫌になる国王。
その質問に何とか答えようとするが、
「カァ……」
エリスの口元から漏れたのは声にならない吐息だけだった。
(何だ?)
不思議に思い、首をかしげる。
その直後に首元が締め付けられるような感覚に襲われた。
(く、苦しい……)
息ができないエリスが必死で首元を掻きむしっていると、その異変に聖騎士長がいち早く気付いた。
「おい、ナナトス!大丈夫か!?︎ 」
驚いたように大声を上げる。
しかし、その声がエリスの耳に届く事はなかった。
全身を包む気怠さに任せ、意識を手放す。
(寒い……)
静かに身を震わせたエリスは、力の入らない膝からゆっくりと地面に倒れ込んだ。
◇◆◇◆
意識を失ったエリスを自室に運ぶように指示されたマイクは、聖騎士長の命令に従い、彼女の部屋を訪れていた。
意識のないエリスをベッドに寝かせ、静かに見下ろす。
汗で濡れた前髪に、赤く上気した頬。
肌に触れなくても、彼女が酷い高熱に苦しんでいる事が分かった。
(エリスが体調を崩すなんて珍しいな……)
これほど弱った姿を見るのは、勲章授与式で酒を飲みすぎて倒れた時以来だ。
「一先ず、治療してもらう為の聖女様を呼んでくるか」
そう思ったマイクが部屋を後にしようとしたその時、足元のカーペットに残る血溜まりの跡が目の中に飛び込んできた。
数日前、エレクトリカルドッグに襲われたメイドのものだ。
未だに鉄のような匂いが部屋中に立ち込めていた。
その場で踵を返し、改めてベッドの方を見る。
黒い軍服を纏ったエリスは、無防備で全く意識が戻る気配がない。
(今なら疑念の真偽を確かめられるな……)
ゆっくりとした足取りのマイクがベッド横に立つと、エリスが苦しげに唸った。
ここ3日、マイクの頭から離れなかった疑念。
エリスが魔女なのではないかと疑い始めたら、そうとしか思えなくなってきた。
ダイナの街で戦った《金髪の女》と共通点が多すぎるのだ。
意識がない仲間を疑うような行動には若干の抵抗があるが仕方がない。
「エリス、悪く思うなよ。手段を選ばないのはお前の十八番だからな……」
小声で断りを入れつつ、静かに軍服の下腹部を捲り上げる。
すると、インナーの下に包帯を巻いていることが分かった。
へそ周りを覆うように幾重にも重ねられている。
その結び目に手を伸ばし、ゆっくりと解いてゆく。
《金髪の女》の星痣が左の脇腹に有るのは、ダイナでの戦闘中に確認している。
瞬間回復を持つエリスに包帯。
これほど似合わないものはない。
手を動かす度にズキリと胸が痛むのを感じた。
複雑に絡まった布紐を数分掛けて取り除いていく。
やがて、全ての包帯が取り払われ、エリスのスッキリと引き締まった下腹部が露わになった。
色白の肌が汗で濡れており酷く扇情的だ。
蒸れたような甘い香りに頭の奥が熱くなるのを感じる。
しかし、それと同時に心の温度が急速に冷えていくのを感じた。
「エリス。お前、何してるんだよ……」
下唇を噛み締め、力なく呟く。
露わになったエリスの左脇腹には、鮮やかな青で星型の痣が刻まれていた。
◇◆◇◆
王座の間で意識を失ったエリスは、気づくと薄暗い部屋の中に立っていた。
『よくもノアを殺してくれたな!』
精神世界の中心で何故か銀色の肌をした悪魔に首を絞めあげられている。
その手を青肌の悪魔とエイルが懸命に引き剥がそうとしていた。
その様子をぼーっとした頭で眺める。
(誰だ……こいつは……)
静かに瞼を閉じたエリスが、再び意識を失いかけたその時、不意に呼吸が楽になった。
首元の圧迫感が消え、膝から床に崩れ落ちる。
悪魔の手から解放されたエリスは、ゲホゲホと咳き込み、床に膝をついた。
その眼前では青肌の悪魔と銀肌の悪魔が激しく攻撃しあっている。
荒れ狂う氷吹雪に歪む空間。
悪魔同士の本気の殺し合いだ。
「一体、何が起こっている……?」
状況を飲み込めないエリスの元にエイルが駆け寄って来てそっと額に触れた。
『エリス。ここは危険だから向こうに戻っていて』
そう言いながら法術を使う。
(眠い……)
その手元から放たれた優しい緑光に包まれたエリスは、再び意識を失い、穏やかな眠りの中に沈んだ。