表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
16/34

魔女の憂鬱

(ここは……どこだ?)

 喫茶店・realで金髪の魔女と戦っていた筈のノアは、気づくと冷たい地面に横たわっていた。


 頭痛を抑えながら、ゆっくりと上体を起こす。

 周囲には頂上が見えない程に高い木々が乱立しており、陽の光が殆ど射し込んでいない。


 先が見えない程に暗く深い森。

 どうやら、敵の魔術によって別空間へ飛ばされてしまったようだ。


「くそ!あの金髪女!次に会ったら絶対殺してやる!!!」

 大声で叫んだノアがその場から苛だたしげに立ち上がると、それに合わせて近くの暗がりが動いた。


(何だ!?︎ )

 途轍もない寒気を感じて、そちらを振り返る。

 すると、木々の間で巨大な影が立ち上がった。


 体調5メートルは有るだろう人型のシルエット。

 闇の中で真っ赤な双眸が不気味に光る。


『そなたの名を問おう』

 森の中に重々しい声が響き渡った。

 その瞬間、相手の正体を悟る。


(こいつ、まさか……アビスマルオーガか?)


 アビスマルオーガとは、数々の物語に出てくる伝説上の生き物だ。


- 不用意に森に近づくな。アビスマルオーガに喰われるぞ。


 子供の躾にも使われるほど有名な怪物で、死の速達人とも呼ばれている。

 出会い頭に相手の名前を尋ね、主人以外の名前を答えたら喰い殺す。

 非常に残忍な習性を持った黒肌の巨人だ。


「伝説上の怪物。まさか本当に実在するとは……」

 驚きで目を見張りつつ、思考を巡らす。


 状況から見て魔物の主人は喫茶店にいた金髪の魔女で間違いないだろう。

 しかし、ノアは彼女の名前を知らない。


(斯くなる上は……戦うしかなさそうだな)

 覚悟を決めたノアが、闇に浮かぶ巨大な影を睨み付けると、真紅の双眸がまっすぐに見返してきた。

 そのまま、間髪入れずに名を名乗る。


「私の名はノア・ダイヤフォース。これから貴様を屠る者なり!」


 その直後、背後から重々しい声が聞こえてきた。


『氏からば、死あるのみだ』


(え?)

 不意に反転する天地。

 気づくと、巨大な黒腕によって逆さに吊り下げられていた。


 ズラリと牙の生えた口が、いつの間にか目の前にある。


(私としたことが……油断したか……) 

 魔術を使おうにも時間がない。

 飲み込まれる瞬間、周囲を見回したノアは、口元に諦めの笑みを浮かべた。


 四方八方で光る真紅の双眸。


(ああ、ここは……死の森だ……)

 深い闇の中には、幾つもの巨大な影が鎮座していた。


◇◆◇◆


「正体不明の魔女《金髪の女》は逃亡後行方不明か……」

 ダイナでの死闘から3日後、王城に帰還したエリスは、自室で一連の事件に関する報告書に目を通していた。

 デスク脇の窓からシトシトと降り続ける雨が見える。


 マイクとの戦闘後、喫茶店から逃げ出したエリスは、何食わぬ顔で部隊に合流し、王都に戻ってきた。

 未だに魔女の正体がエリスであることに気づいている者はいない。


(それにしても、マイクのネーミングセンスは壊滅的だな。幾ら何でも《金髪の女》はないだろう)

 呆れて溜息を吐きつつ、自らの肩をゆっくりと揉む。

 魔力切れによる倦怠感は未だに消えず、全身が筋肉痛のような状態だ。


 青肌の悪魔曰く、

『一度空になった魔力は暫く戻らない』との事だ。


 そのせいで、魔素汚染対策のゲートを開く事すらできない。


(もし、魔力が戻る前に魔物被害が出たらお終いだな……)

 再び城内に不死身の魔物が現れたら、一連の騒動の犯人がミミ・キューティでなかった事がバレてしまう。

 そうなれば、捜査の再開は免れないだろう。


『僕の忠告を無視して時間操作なんて使うから魔力切れを起こすんだよ!』

『そもそも法術があれば、魔術なんて使う必要ないでしょ!エリスの馬鹿!』

 精神世界で悪魔と精霊に物凄い剣幕で怒られた事を思い出す。


「何も考えず、魔女狩りをしていた頃が懐かしいな……」

 力なく呟いたエリスが、デスク上に突っ伏していると、不意に誰かから見られているような視線を感じて上体を起こした。


 そのまま、恐る恐る背後を振り返る。

 すると、部屋の隅にあるベッドの脇に巨大な犬型のシルエットが座っているのが見えた。


 艶のある毛並みをした金色の大型犬。

 不気味に輝く深蒼の瞳が真っ直ぐにこちらを凝視している。


 エレクトリカルドッグと呼ばれる凡庸な魔物だ。


(こいつまさか……今ここで生まれたのか?)

 無言で座り込む金毛犬の元に片膝をつき、その前に右手を突き出す。


「……お手」

 エリスが小さく呟くと、エレクトリカルドッグがゆっくり左手を重ねてきた。

 その瞬間、全てを悟る。


 魔物は主人の命令に絶対服従。


(こいつ……やはり、私の子供か)

 深く溜息を吐きつつ、窓の外を眺める。

 すると、中庭を見張る衛兵の姿が目に入った。


 どうやら、人目に付かずこの部屋から魔物を連れ出すのは不可能なようだ。


(よりにも寄って自室で生まれるとは……勘弁してくれ)

 頭を抱えつつ、金毛の犬を睨みつける。


「いいか?絶対、この部屋から出るなよ?」

 エリスが鋭い声で命じると、


『ワン!』

エレクトリカルドッグが元気に答えた。


「……大声も出すな」


◇◆◇◆


『ワンワンワンワン!!!』

 翌朝、自室のベッドで寝ていたエリスは、室内に響くけたたましい鳴き声で目を覚ました。


(何だもう……煩いなぁ)

 ボーッした頭で上体を起こす。

 寝ぼけ眼のエリスがベッド脇を見ると、エレクトリカルドッグがこちらを見上げていた。


『ワン!』

 エリスの瞳を真っ直ぐ覗き込み、金毛の犬が再び吠える。

 その姿を見て眠気が吹き飛んだ。


「おい、静かにしろ!使用人に気づかれたらどうするんだ?」

 慌てて注意するが、金毛の犬は全く鳴き止まない。


(どうなっている?魔物は主人に絶対服従じゃないのか?)

 半分パニックに陥ったエリスが急いで口を抑えつけようとすると、その足元のカーペットに涎溜まりが出来ているのが見えた。


 それを見て、眉間に皺を寄せる。


「ん?もしかして、腹が減っているのか?」

 エリスが首を傾げながら尋ねると、犬の鳴き声がピタリと止んだ。

 そのまま、こくこくと頷く。


(空腹だと主人の命令を無視するのか。魔物の扱いはよく分からんな……)

 深く溜息を吐いたエリスが、僅かに扉を開けると、入口横に黒髪のメイドが立っていた。


「悪いが、軽食を用意してくれ。肉料理中心で頼む」

 エリスからの頼みを受け、足早に去っていく。


 20分後、給仕用のワゴンに複数の料理を載せたメイドが戻ってきた。

 それらを扉の前で受け取り、部屋の中へ戻ろうとするが、その前に声を掛けられる。


「あのぉ、エリス様……もしかして、犬飼ってます?」

 その言葉にギクリと体を強張らせた。


「な、何故そう思った?」

「いや、その……中から明らかな犬の鳴き声がしたので……」


 城内はペットの持ち込みが禁止されている。

 これは王族の衛生面に対する配慮からだ。


「実は先日、城の中庭で傷付いた子犬を拾ったんだ。怪我が治ったら城外に放つから見逃してくれ」

 白を切り通すのは不可能だと悟ったエリスが、落ち着いた声で説明すると、


「そうですか。そういう事であればエリス様にお任せします」

笑顔で頷いたメイドが深々と頭を下げた。

 小さく頷き返して扉を閉める。


(室内の清掃も暫くは断らないとダメだな……)

 そう思ったエリスが犬の足元に肉料理の載った皿を置くと、エレクトリカルドッグが勢いよく食べ出した。


 それを横目に寝巻きから軍服に着替える。

 今日はエリスが若手の訓練官を務める日だ。


「しかし、部屋に魔物を一匹だけで残して行くのは心配だな」

 薄く化粧をし、素早く身支度を整えたエリスが、再びエレクトリカルドッグの元に戻ると、


『クゥーン』

甘えるような声を出した金毛の犬が足元に擦り寄ってきた。

 左手を出すと、ペロペロと掌を舐めてくる。


 エリスを主人と認識しているからか、随分と懐いているようだ。


(こう見ると、普通の犬と変わらないな。見た目も以外と可愛いし……)

 寧ろ命令に従順な分、扱い易くも感じる。


「私が帰ってくるまで大人しくしていろよ?」

 エリスの言葉を聞き、エレクトリカルドッグがコクリと頷いた。

 それを確認し、ゆっくりと入口へ向かう。


(これだけ従順なら大丈夫か)

 すっかり安心しきったエリスの後ろ姿を、闇に潜んだ金毛犬が真っ直ぐ見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ