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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
15/34

タイムリミット

「加速しろぉ……」

 マイクが握る長剣で心臓を穿たれた金髪の魔女が掠れ声で呻いた。

 その驚異的な生命力に目を見張る。


(何だこいつ?不死身か?)

 予想外のしぶとさにマイクが眉をひそめていると、


フシュー。

突然、眼前の魔女の全身から蒸気が上がり始めた。


「時間操作……己身加速……!」

 次の瞬間、その姿が消えてなくなる。

 気付くと、手元の長剣が酷く軽くなっていた。


 刃の表面に血液だけが残っている。


(今、時間操作と言ったか?)

 顔をしかめたマイクが正面を見ながら目を細めていると、不意に頭上の空気が動いた。


 鋭く研ぎ澄まされた五感で周囲の様子を素早く察知する。


(頭上からの飛び蹴りか)

 一瞬で状況を判断したマイクが頭上に左腕を掲げると、


ドスン。

金髪魔女の足裏と激突した。

 全体重を掛けてきた魔女が、跳ね返るようにして後方に宙返りする。


 風で翻ったスカートを抑えると、軽やかに地面に着地した。

 その胸元の刺し傷も、腹部の切り傷も、いつの間にか完治している。


(瞬間回復か。これは厄介だな)

 そう思いつつも、間髪入れず追撃を仕掛けた。

 まだ体勢を立て直し切れていない魔女の懐に霞む程の速さで飛び込む。


 すると、低い姿勢を保ったままの魔女がマイクと同等以上の速さで後方にバックステップを踏んだ。


 直後に右の手で宙空を横一線に凪いでくる。

 けたたましく警告を発する第六感に従ったマイクが素早く体勢を低くすると、頭上の空間が真っ二つに裂けた。


 それを横目に再び強く地面を蹴る。

 先程よりも速く相手の懐に飛び込むと、血濡れの長剣を神速で振り抜いた。


 ズバッ。

 胸の前に右手を掲げ、体を庇おうとした相手の肘から先を吹き飛ばす。

 そのまま、がら空きの下腹部に左の拳を叩き込んだ。


「ぐぁ……!」

 くぐもった声を上げた金髪の魔女が苦しそうに床に膝をつく。

 その顔面に容赦ない膝蹴りを放つと、弾かれた様に上体を反らした魔女がギリギリでそれを躱した。


 しかし、直後に巻き起こった衝撃波で後方に吹き飛んで行く。


(この速さで反応できるのか。凄まじい反射神経だな)

 深く感心したマイクがゆっくりと歩みを進めて行くと、床に転がっていた魔女が素早く立ち上がり、後方に飛び退いた。


 そのまま、一定の距離を保つようにしてぐるりと周囲を回る。

 一切攻め気のない相手の動きに、違和感を覚えて足を止めた。


(なんだ、こいつ……俺の時間切れを狙っているのか?)


 金髪魔女の立ち回りは、訓練生時代の模擬戦でエリスがとっていた行動に似ている。

 不死身の肉体を生かしたヒットアンドアウェイ戦法。

 深く攻め込まず、ひたすら時間稼ぎに徹するのだ。


 経過時間は既に290秒。時間の流れが手に取るように分かる。


(こういう輩は絞め落とすしかないが……こうも逃げ回られると厄介だな)

 エリスと戦う時は周囲の建物ごと破壊して動きを止めていたが、今回に限ってそれはできない。


 マイク自身の指示で部下達が喫茶店を包囲しているのだ。

 もし、ここでマイクが本気を出せば、彼らも巻き込まれて命を落としてしまうだろう。


(部下を配置したのは完全に裏目だな。まさか、エリス以外にここまでしぶとい奴がいるとは……)


『本気の殺し合いなら私の方が絶対に強い!』

 模擬戦で絞め落とされたエリスが、毎回の様に口にしていた言葉だ。


(本気で言ってるから可愛いよなぁ)

 それを思い出して思わず苦笑する。

 実際、マイクにとって不死身の敵はこれ以上ない程に相性が悪い。


「不死身の肉体を使っての時間稼ぎか……お見事だ」


 ジャスト300秒。目安となる時間が経過した。

 マイクの周囲を一定の距離間で回っていた金髪の魔女が、突然その場で身を翻す。


 何もない空間から長剣を引きずり出すと、下段に構えて突っ込んできた。


 これまでの300秒間では見られなかった動きだ。

 確実に正確な経過時間を把握している。


「お前の時間は終わった」

 血に染まったフェイスベールの下で、金髪の魔女が小さく呟いた。

 その直後にマイクの懐に飛び込むと、腹部に向かって長剣を真っ直ぐに突き出してくる。


 明らかに魔術で加速された超光速の一撃だ。

 これを見切るのは同じパラディン達でも難しいだろう。


 しかし、マイクの目はその動きをはっきりと捉えていた。


 左手の人差し指と中指で突き出された相手の刃を受け止め、右手に持った剣の柄で思い切り叩き折る。


「なっ!?︎ 」

 驚愕で目を見開く魔女の腹部に膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐげぇ……」

 くの字に折れ曲がった敵が、派手に吐血する。

 その右腕を掴むと、ハンマー投げの要領で放り投げた。


 ズガガッ。

 そのまま、物凄い勢いでテーブル席に突っ込む。


「何故だ。とっくに300秒は経過している筈なのに……」

 床の上に大の字で横たわった金髪の魔女が苦しそうな嗄れ声を漏らした。

 その鮮やかな碧眼を見下ろし、静かに言い放つ。


「《神の子》の身体強化は300秒か。お前ら一体……何年前の俺と戦っているつもりだ?」


◇◆◇◆


(くっ、体が重い……)

 床の上に大の字で横たわったエリスは、荒く息を吐き出しながら、何とか床から起き上がった。


 その瞬間、急接近したマイクが綺麗な回し蹴りを放ってくる。


「……己身加速!」

 時空魔術で自身の中を流れる時間を極限まで加速させる。

 すると、反比例するかのように周囲の動きが遅く見えた。


 神速で放たれたマイクの回し蹴りを何とか見切り、回避行動に入る。

 両足で地面を踏み切ったエリスは、前方宙返りの要領で空中に飛び上がり、一回捻りを加えてマイクの背後に降り立った。


 それと同時に空間切断を使用し、マイクの右腕を切り落としに掛かる。


 ズパンッ。

 突如、宙空に出現した空間の裂け目がマイクの纏う白金鎧の肩部分を削り取った。


「む……」

 こちらを振り返ったマイクが驚いたように足を止める。

 その周囲を覆う金色の光が明らかに弱くなっていた。


(第六感を持つマイクが敵の技を躱し損ねるとは、奴も既に本調子ではないな?)

 ゆらりと距離を取るエリスの前で、マイクが自らの肩口を見る。


「鎧だけとは言え、この俺にダメージを与えるとは……貴様、生かしておけんな。この国の安全の為にもこの場で確実に排除する」

 そう言ったマイクが右手の長剣を放り捨てた。

 そのまま、静かに腰を落とす。


 次の瞬間、弾かれたようにしてこちらに向かって突進してきた。

 一気に距離を詰めると、渾身の右ストレートを放ってくる。


 それをギリギリで見切ったエリスは、首を傾ける事で何とか躱した。

 直後に逆の拳が下から突き出される。


 顎を狙う鋭いアッパーだ。

 目では捉えられるが、体の反応が間に合わない。


「ズレろ」

 エリスが小さく呟くと、


ブンッ。

マイクの拳が真横を通り過ぎた。


「何!?︎ 」

 驚愕の表情をするマイクを見て、ニヤリと笑みを浮かべる。


(こいつ、五次元方向まで技が届かなくなっているな?)

 その場で足を止めたエリスは、連続して時空魔術を行使した。


 空間切断で四肢を切り落としにいく。

 右手、左手、右足、左足。

 魔術を放つ度にマイクの体に切り傷が増えていった。

 一つ一つは小さな傷だが、確実にダメージが蓄積している。


「終わりだ」

 こちらは安全地帯から一方的に攻撃できるが、相手は触れることすらできない。

 勝ちを確信したエリスが、更に追撃を仕掛けようとしたその時、


「図に乗るなよ」

それまで回避行動に徹していたマイクが、不意に強く地面を蹴った。

 いつの間にか、マイクが纏う光のベールがかつてない程の輝きを放っている。


(なっ!こいつ、まだこれ程の余力があったのか!?︎ )

 目を丸くするエリスの首元にマイクが掴みかかってきた。

 五次元方向のズレなど関係ないというように、背中から床に叩きつけられる。


「貴様!!!」

「一瞬の油断が命取りだったな」

 エリスに馬乗りになったマイクが思い切り首を締め上げてきた。

 その予想以上の強さに視界がチカチカとする。


(まずい、このままでは……)

 地面に押さえつけられたエリスが、連続で空間切断を使用すると、その全てがマイクに直撃した。


 一切、回避行動を取らないマイク。

 その両腕を吹き飛ばすつもりで魔術を行使しているのに、擦り傷を作ることしかできない。


「くそ……離せ……」

 意識を失いかけたエリスがぐったりとしながら呟くと、不意に首元の圧迫感がなくなった。


 突如、解放される気道。

 何度も咳き込んだエリスが、涙目で上体を起こすと、


 何故か、真横の空間でマイクが膝をついていた。

 いつの間にか、その周囲を覆う光のベールが完全に消え去っている。


(遂に、パワー切れか?)


 どうやら、神化の力を失って五次元方向に関与できなくなったようだ。

 それによって、位置座標のズレが効果を成してきた。


「全く。手間取らせてくれたな……」

 床から立ち上がったエリスが、不愉快気に顔を歪めると、マイクが鋭くこちらを睨んできた。


(悪いが、その両手足を貰うぞ。追跡できないくらいには痛めつけさせてもらう)

 胸の内で断りを入れ、胸の前で右手を凪ぐ。


 空間切断。


「まずは、右足からだ」

 両眼を血走らせたエリスがそう呟いた瞬間、


ぐらり。

突然、視界が左右に揺れた。


(あっ……)

 不意に襲って倦怠感に、訳も分からないまま膝をつく。

 湧き上がる吐き気に、止まらない冷や汗。


「な、何だこれは?」

 突如現れた体の異変にエリスが戸惑っていると、


「フハ、フハハハ!!!」

フラフラと床から立ち上がったマイクが愉快そうに笑い出した。


「俺のパワー切れを狙って、自らが魔力切れに陥るとは間抜けな奴だ!」

 その言葉を聞き、顔を引きつらせる。


(魔力切れ?私が?……あり得ない)

 一度、自らの限界を探ろうとして時空魔術を使いまくったことがある。

 しかし、どれだけ空間操作を連発しても魔力切れには陥らなかった。


(それなのに、今回に限って何故こんな……)

 体の震えを必死で抑えようとするエリスの元に、拳を握りしめたマイクが近づいて来た。


「立てよ。ここからは純粋な肉弾戦だ……楽しまなきゃ損だぞ?」

 目をギラつかせて笑うマイクを見て、エリスもぎこちない笑みを浮かべる。


(純粋な肉弾戦か……。それなら私の方が圧倒的に有利だな)


 法術を使用しないでの模擬戦は、訓練生時代に何度も行ったが、エリスは一度も負けたことがない。


 それに、今回に限っては純粋な肉弾戦ですらないのだ。

 エリスにはまだ法術が残っている。

 身体強化を使える者と、使えない者。

 戦えば、どちらが勝つかは火を見るより明らかだ。


「いいだろう。その挑戦、受けてやる」

 わざと声を潰したエリスがガラガラ声で答えると、


「そうでなくては」

 胸の前で拳を構えたマイクが、軽いフットワークで突っ込んできた。


 互いの間の距離は約5メートル。

 身体強化を使用したエリスの目には、マイクの動きがゆっくりと見える。


(遅い。遅すぎるぞ、マイク……)


「真の間抜けはお前だったな!」

 ゆらりと床から立ち上がったエリスが、拳を握りしめて走り出したその瞬間、


ビュン。

物凄い風切り音と共に、エリスとマイクの間の地面に一本の長剣が突き刺さった。


 それを見て二人して足を止める。


「何者だ!」

 エリスが大声で叫ぶと同時に、20人以上の聖騎士達が、店内に駆け込んで来た。


 マイク直属の精鋭部隊。

 その奥にはジャックやベネットの姿も見える。


「マイク様、後は我々にお任せ下さい」

 そう言った聖騎士達が一斉に剣先をこちらに向けてきた。

 その鋭い視線を受け、一歩後退する。


(このタイミングで増援だと?……流石にこの数を敵に回すのはキツいぞ)

 身体強化を使って何とか体勢を保っているが、先程から体の震えが止まらない。

 この状態で精鋭部隊20人を組み伏せるのは至難の技だろう。


(くそ。普段は役に立たないポンコツ部隊の癖にこういう時の到着だけは早いな……)


「マイク・ピアス、今回は特別に見逃してやる!次に会うまで首を洗って待っておけ!」

 大声で叫ぶと、その場で素早く身を翻した。

 背後から掛かる制止の声を振り切って、壁際の窓を蹴破る。


 バリン。

 派手な音を立てて散らばったガラス片。

 勢い良く外に飛び出したエリスは、後ろを振り返らず一目散に走り出した。


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