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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
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表裏の鏡像

「ここが、メープル・サンの家か」

 手元の地図を見たマイクは、今にも潰れそうなあばら家の前で足を止めた。


 それに合わせて背後の部下達も動きを止める。


 ここはダイナ北端の街はずれ。

 地図には町民から聞き出したメープル・サンとレイナ・スピカの家へのルートが記されている。


「これよりメープル・サンの家宅捜査を始める。罠がないか十分に注意して行動せよ」

 マイクの号令で部下達があばら家に踏み込んで行った。


 修復跡のある壁に天井。

 窓格子は意外にもしっかりしており、隙間風一つない。

 綺麗に磨かれた床から数日前までここに人が住んでいたことが容易に想像できた。


 しかし、家具の類は一つも見当たらない。


「……これは、完全に証拠隠滅済みですね」

 部下の一人がポツリと呟いた。


 床の一部に残る引きずり跡から、誰かが急いで家具を運び出したのが分かる。


(他の魔女に繋がる証拠を残さない為か?賢明な判断だな)


 メープル・サンを始末するためにジャック達がダイナを訪れたのが昨日の昼前。

 それを待ち伏せしていた魔女達は、メープル・サンが襲撃されることを事前に知っていた事になる。


 つまり、

(……証拠隠滅の時間は十分にあったということか?)

 静かに首を傾げたマイクが、深く溜息を吐いた瞬間、足元の床板の間に何かが挟まっているのが見えた。


 小さく折られた厚紙だ。

 拾い上げて、書かれた文字を読む。


------------------------------

ー カフェ・real ー

次回、入店時は2割引。

------------------------------


「喫茶店の割引券ですね」

 不意に手元を覗き込んできた部下が、興味無さげに呟いた。


(流石にこれでは、他の魔女に繋がらないか)

 その言葉を聞き、無造作に厚紙を懐にしまい込んだ。

 そのまま、部下達を見回して鋭く命令する。


「この家の捜査はここで一旦打ち切りだ。先にレイナ・スピカの家を調べに行く。向こうはまだ片付けられていない可能性が高いからな」


◇◆◇◆


「これで完成よ!どうかしら?出来の方は?」

 オカマの店主に促されたエリスは、重い足を引きずって姿見の前に立った。


 体にピタリと張り付くタイトなセーターに、足首まで届くルーズなスカートを合わせている。


 コーディネートは完全に店主任せだ。

 別人のように仕上げて欲しいと言ったら何故か化粧まで施されてしまった。


(別にここまでしろとは言っていないんだがな……)

 真っ青なアイシャドウの塗られた顔を見て、深々と溜息を吐く。


 口元はマスクの代わりに真っ黒なフェイスベールで覆い隠されていた。

 まるで、怪しい占い師だ。


「どう?これなら例え知り合いに会ったとしてもバレないんじゃない?」

 砕けた口調で言うオカマの店主を横目に、三つ編みをほどいた。

 解放された後ろ髪がフワリと肩に覆い被さる。


「ああ、完璧だ。全て購入しよう」

 服の会計を済ませたエリスは、お礼を言って店を後にした。


 そのまま足で街はずれにあるという喫茶店を目指す。


 大通りからだいぶ離れ、明らかに周囲の家数が減ってきた時、遂に目的の喫茶店が見えてきた。


 閑散とした住宅街にポツリと佇んでいる。

 その外観は喫茶店というよりは小綺麗なバーといった感じだ。


 煉瓦造りの建物の正面に木製の看板が掲げられている。


ー 喫茶店・real ー


 エリスがその入口に近づいて行くと、扉の真横に背中を預けた一人の女性と目が合った。


 銀髪隻眼で左目に大きな刀傷のあるアラサー。

 ダークブラウンのロングコートを纏うその佇まいは歴戦のヒットマンのようだ。


 互いに僅かに視線を合わせただけで、目をそらす。

 興味無さげにタバコを蒸す彼女の周囲には真紅のベールが浮かび上がっていた。


(早速、魔女に会えるとは幸先が良いな)

 満足気に目を細め、扉を開ける。

 若干の緊張を覚えながら中に踏み込むと、そこは至って普通の喫茶店だった。


 正面にカウンター席があり、奥の仕切りの向こうに一つだけテーブル席がある。


 店内はほぼ満席で、茶色を基調とした落ち着いた雰囲気のインテリアが並んでいた。


「あら?新顔さんかしら?」

 扉の前で立ち尽くすエリスを見てカウンターの奥からマスターらしき女性が声を掛けてくる。


 まだ二十歳前後に見える茶髪ロングヘアーの若い女性だ。


 次の瞬間、店内にいた全員が動きを止めてこちらに視線を向けてきた。

 その数、全部で8人。


(これは……壮観だな)

 真紅のベールを纏う全ての客達を見て、空いてる席に着く。


「オススメをもらおうか」

「かしこまりました」

 エリスの言葉に頷いたマスターが豆の焙煎を始めた。

 それを横目に周囲の様子を見回そうとして動きを止める。


「……何だ?」

 驚いた事に店内の客全員の視線がまだエリスに集まっていた。


「ウフフ、ごめんなさいね。今は非常時でみんな気が立っていまして」

 こちらに背を向けたマスターが、戯けるようにして謝罪を口にする。


 その後ろ姿を凝視して、眉を顰めた。

 喫茶店・realの女主人。


(こいつがコゼット・アークウェイドか?それにしては随分と若い気がするが)


 目の前にいる女性が本当にコゼット・アークウェイドだとしたら、十年前に老婆の接客をした時は十歳前後という事になる。


(流石にそれはないか……)

 エリスがそう思った瞬間、


「おい、コゼット。おかわりをくれ」

 エリスとは逆端に座った短髪の女性がコーヒーカップを掲げていった。


「はいはい。ナゼッタ、少し待っててね」

 それに柔らかに微笑んだマスターが応じる。


 その光景を見てエリスも口元に小さな笑みを浮かべた。


(危ない。危うく誤った判断をするところだった。やはり、こいつがコゼット・アークウェイドか。それならここに集まっている魔女達は魔女平和教会の一員だと考えて良さそうだな)

 瞼を閉じてカウンターに肘をつくエリスが思考を巡らせていると、やがて一つのコーヒーカップが目の前に置かれる。


「こちらが当店オススメのナツメグコーヒーです」

 ブワリと広がる甘い香りに思わず顔をしかめた。


(コーヒーにナツメグとは珍しいな……)

 カップを両手で覆い、冷えた指先を温める。


「緊急時と言ったが、何かあったのか?」

「ええ。実は昨日、私達の仲間の一人が殺されたんです。晒し首にされて」

 エリスからの質問にコゼットが悲しそうに目尻を下げる。


「晒し首か。それは酷いな……犯人は分かっているのか?」

「仲間からの情報で《魔女殺し》と《神の子》の二人のパラディンがダイナに来ているのは分かっています。手口からしてレイナを殺ったのは《魔女殺し》のほうでしょう……」


《神の子》はマイクの異名だ。


「《魔女殺し》と《神の子》か。パラディンの中でも特に厄介な二人だな」

「はい」

 周囲の様子を伺ったエリスが、コゼットと短く言葉を交わしていると、


「《神の子》は何とかなるとしても、《魔女殺し》は手に負えないよなぁ」

 突然、逆端に座る短髪女、ナゼッタが会話に加わってきた。


「ん?《神の子》は何とかなるのか?」

 その言葉に引っかかりを覚え、聞き返す。


「ああ。奴の身体強化が300秒しか続かないのは有名な話だからな。それくらいの間なら、全員で押さえ込めば何とかなるさ」

「ツッ」

 自信満々に言い切るナゼッタを見て、思わず噴き出しそうになった。


(これだけの人数でマイクを押さえ込む?本気で言っているのか?)


 ナゼッタの言う通り、マイクの身体強化は300秒しか続かない。

 しかし、その300秒で殺せなかった魔女がいないから彼は今パラディンなのだ。


 マイク・ピアスの身体強化は神に化けるのに等しい。


(奴が《神の子》と呼ばれる所以を全く理解していないな。人の手に負えなから神だというのに……)

呆れたエリスが大袈裟に肩を竦めていると、


「ねぇねぇ。あなたは何でここに来たの?もしかして入会希望???」

 隣の席に座る童顔の少女が話しかけてきた。


 その鳶色の瞳を見返して一瞬黙り込む。


「そのつもりだったが……今はタイミングが悪そうだから出直そうと考えている」

 未だにコーヒーカップに一度も口をつけていないエリスが言葉を選びながらゆっくり答えると、


「フフッ、別にそんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。魔女平和教会はどんな時でも誰に対してもオープンですから」

カウンターの奥で豆を焙煎していたコゼットが優しい声音で言った。


「魔女平和協会は入会前にね、魔女になった経緯を聞くのが恒例なの。お姉さんは何で魔女になったの?」

 エリスの隣に座る少女が興味津々といった様子で尋ねてきた。


「別に……ただの悪魔惚れだ」

 エリスがそれに素っ気なく答えると、


「ええええ!お姉さん、悪魔惚れされたのぉぉぉ!凄ぉぉぉい!!!」

大声を上げた少女が豪快にひっくり返った。

 それに続いてナゼッタも大声を上げる。


「ま、マジかよ……!?︎ そんな奴、ノア以外に初めて見たぜ」


「ノア?」

 エリスが聞き慣れない名前に眉を潜めていると、


「ほら、店の外に隻眼の綺麗な女性がいましたよね?彼女がノアです」

 正面に立ったコゼットが教えてくれた。


(ああ。あの銀髪の女か……)

 エリスが記憶を辿っていると、


「いいなぁ。羨ましいなぁ。私も悪魔惚れされたかったぁ」

 童顔の少女がむくりと起き上がった。

 その言葉に疑問を覚え、静かに尋ねる。


「何が羨ましいんだ?別に降臨の儀も悪魔惚れも一緒だろう」


 すると、カウンターの奥のコゼットが顔を引きつらせて笑った。


「い、いいえ。全然違いますよ。降臨の儀よりも悪魔惚れで得られる力の方が圧倒的強いのです」

 そのまま、自虐的に笑う。


「私の力なんて不老魔術ですよ?弱すぎて笑っちゃいますよね」

 エリスがその言葉に大きく肩を竦めていると、


「ねぇねぇ。お姉さんに憑いてる悪魔を私に見せてよ!」

 童顔の少女が興味津々といった感じでエリスの肩を揺すってきた。


(ん?悪魔を見せる?)

 少女の言葉の意味が分からず、エリスが固まっていると


「ほらほら。こっちに来て」

 少女が強く手を引いてくる。

 席を立ったエリスが少女に引きずられるようにしてカウンター横に移動すると、そこには黒い縁取りの全身鏡があった。


 少女に促されるまま、その正面に立つ。

 すると、驚いた事にそこに映ったのはエリスの姿ではなく青肌の悪魔だった。


 薄気味悪い笑みを浮かべてこちらを凝視している。


(何だこの鏡は?魔女の代わりに悪魔が見えるのか?)

 不思議に思ったエリスが鏡に触れようとした瞬間、


「あれ?お姉さん……何で悪魔が二人も憑いてるの!?︎」

 真横から覗き込んできた童顔の少女が驚嘆の声を上げた。

 その視線の先を見て、言葉を失う。


 青肌の悪魔の背後に隠れるようにして銀髪のおかっぱ少女がこちらの様子を伺っていたのだ。


(エ、エイル?マズい……この鏡、精霊の姿も見えるのか!?︎ )

 驚いたエリスが真横を振り返ると同時に、少女の顔からサッと血の気が引くのが分かった。


 どうやら、エイルが精霊だという事に気付いたらしい。

 精霊を使役する者は聖騎士しかいない。


「助け……て……」

 少女が叫ぼうとした瞬間に、身体強化を使ってその首元を絞め上げた。


 バキリ。

 骨が折れる嫌な音が辺りに響く。

 一瞬、沈黙に包まれた店内。


 全ての視線がエリスの元に集まった。

 直後にナゼッタが悲痛の叫びを上げる。


「メープルゥゥゥ!!!」


 支えを失い、ゆっくりと地面に倒れこむ少女。

 それを見下ろし、冷たく呟いた。


「なんだ。こいつがメープル・サンだったのか」


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