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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
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師弟の目覚め

「これをエリスが一人でやったのですか?」

 ダイナ到着の翌日。

 朝早くに教会の裏庭を訪れたマイクは、その異様な光景に目を疑った。


 草むらの上に足の踏み場も無いほどに大量の魔物の死体が散乱している。


 黒い鱗を持つ大蛇と牛頭の巨人が50体以上だ。


「はい!あっという間の出来事でした!」

 マイクの問いに背後のベネットが明るく答える。


(これは、ブラックスネークとミノタウルスだな)

 魔物の正体を一瞬で見破ったマイクが近くの死体に歩み寄ると、その凄惨さがよりはっきりと分かった。


 ブラックスネークは決まって首元を一刀両断。

 ミノタウルスはぐちゃぐちゃになった唯一つの死体を除けば、必ず上半身と下半身を真っ二つにされている。


「これだけの数のミノタウルスを一刀両断か……凄まじいな」


 ミノタウルスは筋繊維が多く、鋼のように硬い肉体をしているのだ。

 その為、剣で切り裂くには相当な技術を要する。


「エリスの奴、対魔物戦は苦手だと言っていたが……嘘をついていたな?」

 ミノタウルスの死体の横に膝をつき、その鮮やかな断面をなぞったマイクは思い切り顔をしかめた。


 エリス・ナナトスはパラディン五人の中で最も非力だ。

 それは訓練時代を共に過ごしたマイクも分かっている。


 彼女の身体強化は五感の働きと俊敏性の向上に特化しており、力面には然程影響が出ないのだ。


 その為、硬化な魔物が現れたら斬り倒せない。

 本人もそう言っていたし、マイクも当然そうだと思っていた。


 だから、今日まで彼女が魔物討伐依頼を受けないのを見逃してきたのだ。


 しかし、この裏庭に広がる惨状を見る限り、そうとも言えないらしい。


 最高硬度のミノタウルスをこれだけの数斬り倒せるのだ。他の魔物だって楽勝だろう。


(これは聖騎士長に報告だな。これからはエリスにも魔物討伐の依頼を回してもらおう)

 腕を組んだマイクが大きく頷いていると、


「マイク様、ジャック・ラインが目覚めました」

 背後から部下のルビウスナイトが報告してきた。


「分かった。今すぐ会おう」


◇◆◇◆


「おお、エリス!お前も救援に来てくれたのか!?︎ 」

 部下に呼ばれたエリスが、ジャックの元に向かうとそこには既にマイクがいた。

 長椅子に腰掛けたジャックを見下ろすようにして立っている。


「別にお前を助けに来た訳じゃない。魔女を殺しに来たんだ」

 エリスの返答を聞き、ジャックとマイクが同時に肩をすくめた。

 呆れ顔の二人にエリスが顔を引きつらせていると、


「わぁ、パラディン様が二人も!ジャック師匠って意外と人望あったんですね!」

 ジャックの真横に座った少女が感嘆の声を上げた。


 10代後半に見える茶髪ポニーテールの女騎士だ。

 健康的に日焼けした顔に、弾けるような笑顔を浮かべている。


「おい、ナタリー。その発言は師匠に対して失礼だろう」

「あはは、ごめんなさーい」

 仲良さげに話す二人を見て、マイクがエリスに耳打ちしてきた。


「エリス、あの少女はいったい誰だ……?」

 その質問に簡潔に答える。


「彼女はナタリー・クロック。ジャックの弟子だ」

「何ぃ!?︎ ジャックの弟子だと? 」

 エリスの言葉を聞き、マイクが酷く驚いた顔をした。


「あのジャックが弟子を取るなんて、信じられん……」

 虚ろな目で呟く彼を無視して、ジャックの方に向き直る。


「ジャック、早速で悪いが魔女達に襲われた時の状況を説明してくれないか?」

「ああ。いいぜ」

 こちらを振り向いたジャックが深く頷いた。

 そのまま、ゆっくりと話し出す。


「俺たちはメープル・サンという女性が魔女だという通報を受け、昨日の昼前にダイナの南門に到着したんだ。そうしたら、いきなり五人組の魔女に襲われて……あっという間に全滅した」


「……」

「……」

 予想以上に短く終わった話に思わずマイクと顔を見合わせる。


「ん?何だ?それだけか?」

「もっと、こう……魔女の特定につながるような有益な情報は無いのか?」


 首を傾げるエリスに続いて、マイクが言葉を選ぶようにしてジャックに尋ねた。

 その質問にジャックが歯切れ悪く答える。


「うーむ。氷の剣を使う魔女と鳥のような翼が生えた魔女がいたのは覚えているんだけどなぁ。如何せん全員がフードを被っていたからなぁ。顔は見えなかったんだよなぁ……」


「何だ?結局の所、魔女の正体を暴けるような情報はないのか?」

 エリスからの問いにジャックが視線をそらす。


「ナタリー、何か思いつく事あるか?」

 そのまま、隣に座る弟子に話を振った。


「うーん、そうですねぇ。一つ思い当たる事があるとすれば……乱戦時に彼女達全員から独特な香りがした事くらいですかね」


「「独特な香り???」」

 予想外のナタリーの主張に、マイクと声が被ってしまう。

 顔をしかめるエリス達に、


「ナタリーの身体強化は嗅覚の性能向上に特化しているんだ。だから、彼女の言っている事は信頼に値するよ」

 ジャックが補足の説明を加えてきた。


「それで?独特な香りというのは?」

「なんかこう甘ったるい感じの香りでした。でも、香水っぽくはなかったんですよねぇ。なんというか……ナチュラルな香り?生活の一部で付いてしまったような」

 マイクの質問にナタリーが前髪をいじりながら答える。

 その要領を得ない説明にジト目を送った。


(いや、ナチュラルな甘い香りって……犬じゃあるまいし、そんな情報で魔女を特定できるわけないだろう)

 深く溜息を吐くエリスの横で、一瞬沈黙したマイクが気を取りなおすように言った。


「そ、そうか。まあ……お前達を襲った魔女達は俺とエリスが見つけ出すから安心しろ。幸いな事に今回は魔女二人の名前が分かっているからな」

 そして、こちらに向かって視線を送ってきた。


「エリス、俺は今から部下達を引き連れてメープル・サンとレイナ・スピカの住居に向かうつもりだが……お前も一緒に来るか?」

 その質問に逡巡したエリスは、一拍置いてゆっくりと首を横に振った。


「いや、遠慮しておこう。私は私で独自に調べさせてもらう。互いに普段通りの調査をした方が早く魔女を特定できそうだからな」


◇◆◇◆


 コツリ、コツリ。

 足元の石畳がエリスの歩みに合わせて音を立てる。

 ここはダイナの街の大通りだ。


 教会でマイク達と別れたエリスは、情報収集をする為に単身で街中に繰り出していた。


 時刻は朝の9時過ぎ。

 昼間だからか、昨夜よりも人通りが多い。

 道端では何人もの商人達が露店を開き、買い物中の主婦達を呼び込んでいた。

 その様子を横目に道行く人々に片っ端から声を掛ける。


「コゼット・アークウェイドという人物を捜しているのですが、心当たりありませんか?」


『コゼット・アークウェイド』は、魔女平和教会からミミ・キューティへの手紙に記されていた送り主の名前だ。


 これで同じ質問をするのは三十人目になる。

 杖をついた老婆が足を止め、顔を上げた。


 エリスがパラディンの記章を付けていたからか、一瞬驚いたような顔をする。

 しかし、すぐに優しい顔に戻り、深く頷いた。


「はい。知ってますよ」

 その回答に今度はエリスが驚く。


「え?知っているのですか?」


 これまでの二十九人も私がパラディンだからか、一応足は止めてくれたが、全員が全員聞いたこともないと即答していた。

 余りにも良い反応が返ってこない為、偽名ではないかと疑い始めていたのだ。


 それがここに来ての当たり。


(ツいてるな……)


「コゼットさんは街はずれの喫茶店の女主人さんですよ。私が最後に訪れたのが十年ほど前でしたから、まだ営業しているかは分かりませんが」


 自信なさげに話す老婆に詳しく道順を聞き、お礼を言った。


「親切にありがとうございます」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

 そう言った老婆が足早に去っていく。


(南門の近くの喫茶店か。まだ営業していればいいが……)

 その後ろ姿を見送ったエリスが、歩き出そうとした瞬間、ふと近くの店のショーウィンドウに映った自分の姿が目に入った。


 漆黒の鎧を纏い、白銀の長剣を腰にさしている。

 遠目からでも一目で聖騎士だと分かる格好だ。


(これから魔女の巣窟に乗り込むかもしれないというのにこれは流石にマズイか?)


 一瞬思考を巡らし、決意する。


「変装するか」

 静かに呟いたエリスは、通り沿いの服屋に足を踏み入れた。


 それと同時に店の奥から男の店主が出てくる。

 ゴツい顔に派手なアイシャドウと口紅を塗った典型的なオカマだ。


「せ、聖騎士様がうちに何の用でしょう?」

 明らかに緊張した面持ちで尋ねてくる店主。

 その不安げな表情を眺めながら、歯切れ悪く答えた。


「えっ、その……服を選びに来たんだが……」


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