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2 双子の思案

 アリスは一緒に逃げてくれたシオンと共に、遙か地平線の彼方に佇むステラ村が、真っ赤に燃えていく景色をただ眺めていた。

 着いた街は知らない隣街・デネブで、今まで村から出たことがないため、ル・ノワール国の首都でもないのに、かなり都会のように感じてしまう。

 傷心したアリスは、シオンの後をとぼとぼと付いて行く。またラビとかいう獣人は襲ってくるかも知れないし、今度はシオンさえも殺されてしまうかも知れない。

 生まれ育った場所は、突然現れた兎に滅ぼされた。こうなった以上はもう、アリスの戻る場所などない。

「アリス、元気出せよ……お前のせいじゃないんだしさ」

 シオンは話し掛けてはくれるものの、村長に預けられた預言書ばかりに集中し、アリスの方は疎かになっているのは間違いなかった。

 街に入る事もせず、彼は街に入る手前の木に背中を当て、黙々と分厚い本を読んでいるのだ。

「アリシャスは千年後の今まで預言して、こうして書物にしてんだな。アリスの暴走は、最後から二ページ目に出てきたぜ……でも、一番最後の文字列だけ、意味解んねぇ」

 シオンは街中で本を読みながらブツブツと云った。

「『黒の王子が紅に寝返る時、白と黒は紅によって滅ぼされるだろう。黒の王子の鍵を奪い、倒す時、真の平和が訪れる』って……あぁ、何を意味してんだろ」

 シオンは村人があんなに殺されたにも関わらず、木に縋って本の謎を解こうとしているのだ。

 アリスにはそれが許せなかった。

「村人が死んだのに、何してるんだ。大体、お前がアリシャスの柩を開けなければ、こんな事には……」

 苛々したアリスはシオンに当たる。確かに、アリスも悪かった。だが、シオンがあんな事に誘い出さなければ、こんな事にはならなかったのだ。

「申し訳ないよ……だからこそ、託してくれた本の謎を解くんだ──村長達は、村が滅びるのを知っていたみたいだし」

 いつもは感情的なシオンと、冷静で無関心なアリス。しかし、今は違ったのだった。

「……俺、晩飯捜してくる」

 苛々した果てに、アリスはシオンから離れてやろうとさえ考えた。アリスがいなくなれば、きっと責任を感じて、追いかけて来るに違いない。

 そう思った瞬間に口に出し、シオンの返答も聞かずに飛び出して行ったのだった。



 アリスはと云うと、都会の街・デネブで迷い込んでいた。

 可愛い容姿に釣られた男たちが声をかけてくる。可憐な容姿への自覚はないが、幼く見えるのは十分に自覚していたので、忌まわしいペドフィリアに違いない事は分かっていた。アリスはそういう嗜好を持った男が大嫌いで、見るだけでも鳥肌が立つのに、シオンは追いかけても来なかった。

 やがて行き先の分からなくなったアリスは、疲れ果てて誰もいない森の方へと足を運んでいた。田舎育ちだから、都会のような人混みはどうしても苦手なのだ。

 大きなキノコや小さなキノコがある不思議な森に足を踏み入れると、奥の方から男同士の言い争う声が聞こえてくる。

「ルーディ? 貴方が僕の大切な腕輪を壊したのでしょう。素直に謝りなさい」

「あーあー、相変わらず偉そうなんだから。食べちゃうぞ」

「喧嘩、売っているのですか?」

「そうだよ、優等生さん?」

 大きなキノコの陰から覗くと、金髪碧眼の美しい青年が、同じ顔をした黒髪紅眼の青年に殴りかかろうとしているのだ。違うものといえば髪型だけで、金髪の方はセンター分けで格好よく整えていて、黒髪の方はシックにウェーブがかかっている。

 どうすればいいのか分からないアリスは、ひやひやしながら眺めていると、黒髪の方の青年と眼が合ってしまう。

「おや。可愛い見学者が、ひとり」

 殴り掛かられていたのに関わらず、アリスを視てにっこりと笑った彼は、怒らずに手招きしてくれた。

「見掛けない子だね。俺と付き合わない?」

 一方で、金髪の青年はアリスを見るなり、ニヤニヤ笑いながらそんな事を云ってきた。

 怖くなったアリスは、再びキノコの陰に隠れる。

「ルーディ。そんな事を云っては、人道に反しますよ」厳しい口調で金髪のルーディに言い付け、黒髪の青年は再びアリスを視て微笑んだ。「怖くないから、おいで。此処は迷いの森ですよ。慣れていなければ、迷ってしまう──」

 罠かも知れないのに、何故か彼の云うことには信憑性がある。

 アリスは恐る恐る、一歩を踏み出し、またもう片方の足を前に出し、二人のいる場所に歩いて行く。

 よく見てみると、二人は色違いのマントを羽織っているのだ。

「僕はルーダム。此方は、双子の弟のルーディです」

 黒髪のルーダムは黒が基調だが、ところどころにハートとダイヤのマークが散らされている。金髪のルーディは逆で、紅が基調なのだが、クローバーやスペードが飾りとなっているのだ。

「俺はアリストテレス……助けてくれ。ステラ村が滅ぼされた」

 何故だか、彼らには頼れるような気がして、ぺたりと地面に座り込んで救済を求めたのだ。

 すると、口調の優しいルーダムは、アリスと目線を合わせてくれた。

「それは本当ですか? なら、アリストテレス。落ち着いて、説明して下さい」

 アリスは頭の中を整理した。

「大丈夫だ。これでも、俺と此のガリ勉君は、ギルウィン公爵の息子だからな。童顔美人がどうしてもって云うなら、助けになってやるぜ?」

 ルーディはまたもニヤリと笑い、アリスの顎を持ち上げるが、ルーダムによってそれが抑制されていた。

 ギルウィン公爵──名前だけは聞いた事がある。何でも、デネブの貴族で、千年戦争でアリシャスの右腕だった一族の末裔だそうだ。よくステラ村を援助してくれていたから、アリスでも名前を覚えていたのだ。

「俺達、アリシャスの柩を開けて……そしたら俺、暴走して……眼が醒めたら、あいつが出て来て、みんなを殺したんだ」

 混乱しているアリスは、頭の中で云うべき事を整理しないまま、地面を視ながら茫然と、頭に浮かぶ言葉のみを口にしていた。

「おいおい、それじゃあ分かんねぇぞ? 大体、『あいつ』って誰だ?」

 ルーディが顔を覗いてくる。

「ラビ……白い兎の獣人で……時計、持ってた」

 ラビの事を思い出したアリスは、怖くなって身震いをした。

「ラビ、と云いましたか?」

「あぁ、そうだ。知ってるのか……?」

「詳しくは云えませんが……ギルウィン家の云い伝えでね」

 アリスの肩を支えたルーダムは、一緒に立ち上がってくれた。

「云い伝え? あんなモン信じねぇよ、俺は」

 ムッとしたようにルーディも立ち上がり、双子の兄に刃向かうように投げやりに云った。

「信じる信じないは貴方の勝手ですが、ギルウィン家に伝わるものですよ。大体、いつも不良の友達とばかり連んで、本当に……」

「そんなのも、俺の勝手だろ。毎日勉強とか、しなくても出来ちゃうし、退屈だし、モテないって」

「おやおや。僕は美形で勤勉な貴族ですから、女性からは人気がありますよ? 不良の貴方と違って」

「ふーん、そう?」

 再び兄弟喧嘩が始まったかと思えば、精神的に大人な兄の方が優位に立っていた。

 変てこで美形な双子の喧嘩が一時的に終わって、辺りが静まる頃。ちょうどその時、遠くからアリスを呼ぶ声がした。

「アリス! こんなトコにいたのかよ……」

 駆けつけてきたのは、置き去りにしたシオンだった。

「シオン……ごめん」

 背の低いアリスはシオンを見上げるが、悪いと思っているのに、反省したような素振りは出来なかった。表情に自然と滲ます事を知らないのだ。

「お前、アリスちゃんの仲間か? アリスちゃん、ボーイッシュで可愛いからって、イタズラしてんじゃないだろうな」

 ルーディがシオンをまじまじと視て呟く。

「は?」

 シオンはアリスの身体を眺め、ルーディを見上げた。

 確かに、この男は背も高く、美形である。馬鹿にされているのだろうか、とシオンは腹を立てたのだ。

「ボーイッシュってか、アリスは男だ! そりゃ、アリスは可愛いかも知んないけど、手出すなよ?」

「んー、でも、可愛いシオンちゃんの方が好みだから、大丈夫」

「やーめーろ! 気持ち悪いんだよ、くっつくな! 俺は可愛くない!」

 抱きつくルーディに、シオンはじたばたと抵抗しながらそう主張するのだが、周りから見るとそういう訳でもないようだ。シオンはやんちゃだから、ただでさえ獣人であるが故の猫耳を嫌がっているので、それをからかったら即喧嘩。だから、村の同級生は敢えて云わなかったのだが、シオンは女顔とまではいかないが美形で、男から見てもアリスとは違った魅力がある(と、誰かが云っていた)。

「あぁ、マジ可愛い」

 ルーディの方はシオンを離さない。

「ルーディ。その態度は失礼ですよ。シオンは嫌がっているのだから、離しなさい」

 ルーダムは最初から二人には興味がないと、断定させるようにそう云った。

「だってよぉ、あんな事とかこんな事、期待するじゃん?」

 ちぇっ、と云いながら弟の方は頭の後ろで腕を組み、前を歩いて行った。

 ルーディが何を期待していたのかは分からないが、少なくともシオンは、この時ルーダムがいてくれた事にしみじみと感謝する。

「シオンは兎も角、アリストテレスは男性の名前なのに、全く……」

 呆れたルーダムはアリスとシオンの前でそう呟くと、気を取り直して後ろの二人を振り返った。

「アリストテレス、シオン。君達を救済します。僕らに付いて来て下さいね」

 にっこりと微笑んだルーダムは、路頭に迷う二人を救ってくれたのだった。



 豪勢な家に招待され、見た事もないようなすごく広い部屋に、すごく大きなテーブルが置かれ、純白のテーブルクロスの上に大量のご馳走が置かれている。

 アリスもシオンも、その光景に眼が回りそうだった。

 上座にはギルウィン公爵が座っている。公爵夫人はその隣に、そして、向かい側に双子の兄弟と、アリスとシオンが座らされたのだ。

 食欲旺盛ではないアリスは兎も角、人一倍食べ物に貪欲なシオンは、まだ全てが並べられる前から食べ物を見て我慢していた。

「食べていいのだよ、お二人共」

 公爵にそう云われ、

「はい! ありがとうございます!」

 と、元気よく云ったシオンは、そのまま料理にがっつき始めた。

 此処に来てようやく解ったのは、双子の兄弟も、ギルウィン公爵も夫人も、みんな揃って吸血鬼(ヴァンパイア)だと云うことだ。

「アリストテレス、と云ったかな」

 公爵はアリスを見て、不思議そうに云った。

「はい」

 こんな時の愛想笑いの仕方も分からないアリスは、つい無表情で返答してしまう。

「アリシャス様は私の父を助けて下さった方でね。その頃、吸血鬼の地位は低く、虐殺されていたんだ。血を糧にしているから、仕方なかったのだが──それを変えて下さったのが、アリシャス様なんだ」

「アリシャスが……?」

「そう。血を吸わなくても良い身体にしてくれ、同時に右腕として戦わせて下さった。それから戦争は終わり、ギルウィン家はこうして、栄える事が出来たのだよ」

 公爵はそう語りながら、アリシャスへの感謝を言い切れないばかりに表現していた。

 自分の先祖の事なのに、アリスは何も知らない。

「じゃあ、ルーダムさんも、ルーディさんも、二人共吸血鬼……ですか?」

 敬語が苦手なアリスは、片言にそう効いた。

「そうですわよ。因みに、私も吸血鬼ですわ……」公爵夫人はそれからアリスをまじまじと見て、こう続けた。「それにしても、私、アリスのような可愛らしい子が欲しかったですわ。ルーダムもルーディも、それはそれは女の子のように可愛かったのですが、今はもう、跡形も在りませんし」

 今も姿は若いままだが、彼女の実年齢が若かった頃は、もっと乙女チックな性格をしていたに違いない、とアリスは思った。


「母さん」

 幻想に浸る母親に、双子の兄は呆れた様子で咎める。

「はいはい。ルーダムちゃんったら、しっかりし過ぎちゃって」

 あまりに似つかない四人の家族を見つめ、アリスとシオンは顔を見合わせる。

「おいおい。早く本題に入らねぇと、シオンちゃん攫って部屋に逃げるぞ」

 すると、イライラしたルーディがテーブルの上に長い脚を載せ、威張ったように腕を組んで、父親を睨み付ける。

「ルーディ、馬鹿を云うもんじゃない、シオンはお客様だ」

 暴言を吐く息子を軽く注意をするが、公爵はそれ以上咎める事はしない。

 育て方が悪いのだろうか。だとしても、兄のルーダムの方は品行方正なおぼっちゃまと言えるのに、どうしてこうも違ったのだろうか。

 結局は、本人次第のようだった。

「アリストテレス、それにシオン。二人はル・ノワール?世陛下に、一度お会いした方がいいだろう」

 公爵はワイングラスに手を掛け、そう助言してくれた。

 その上、思いもよらぬ発言をするのだが──。

「君達が安全になるまで、うちの息子達を護衛に付けよう」

 これには、公爵と夫人を覗く四人が、同時に目を見開いたのだった。

 それに一番反発したのが、云うまでもなくルーディの方だ。

「ルーダムもだと!?」

 思わずテーブルに両手を付いて立ち上がり、身を乗り出して父親に抗議を始める。

「僕は構いませんよ。アリストテレスもシオンも、二人では無理でしょうし。それに、陛下に直接お会い出来るのは、ギルウィン家の名誉でもあるのですから」

 ルーダムの方も優しいようで利己的な考え方だが、頭の良さは窺える。確かに、貴族家の跡継ぎなのもあり、国王陛下と交流するのは貴重なものだろう。

 普通なら、一般民衆であるアリス達は、国王に謁見する事さえ難しいのだから。

「俺はゴメンだぜ。シオンちゃん達とならいいが、こんなクソ野郎と一緒に旅なんて、腐っちまうだろ」

 しかし、ルーディは出世にも興味はなく、そっぽを向いて再び椅子に腰掛けた。

「ルーディ、私の云う事を聞かないと、あの縁談の話を──」

「そ、それだけは死んでも嫌だぜ! それなら、まだクソ野郎と一緒にいた方が千倍マシだろうが!」

「なら、成立だな」

 ルーディと公爵だけの内輪で解決したようだったが、それに納得出来ないシオンは公爵を目の前にして、公爵子息に向かってタメ口でこう訊いたのだった。

「なぁ、縁談の話って何だ?」

 それでも、無邪気なシオンは咎められる事はない。

「貴族の変な女が俺に惚れたとかで、親父通して結婚させられそうになっちゃったんだ。もう、嫌になっちゃうわ」

 ルーディは苦い思い出を嫌そうに語った。

「まぁ、それはどちらでもいいのです。問題は、襲われたら落とされる可能性がある為、航空機や船が使えないという事ですね」

 シオンの感想も聞かないまま、どうでもよさそうにルーダムは話を本題に戻し、呆れたように腕を組む。

「さすがルーダムは頭がいいな。だが、それは想定済みだ。だからこそ、お前達に任せるのだ」

 公爵はきっぱりとそう決定させた。

「解っています──今こそ、ギルウィン家がアリシャス様に恩返しをする時なのですね」

 ルーダムはアリス達を助けるためのリスクはあまり気にしておらず、むしろ首都ベガまでの道はスムーズに行けるという考えのようだった。

 容認せざるを得ないルーダムは、何も言わずに煙草を吸い始める。

「アリスちゃんもシオンちゃんも、今夜はゆっくりしていって下さいませ。ルーダムちゃんはせっかちですから、明日には旅立つのでしょうし」

 公爵夫人はにっこりと笑ってそう云ったが、寂しそうだった。

 アリスとシオンは孤児院にいた頃からは考えもつかなかった、とんでもない貴族と交流し、ましてやその子息に守られようとしているのだ。

 旅の行方は、未だに解らないままで、ラビが誰なのかも、謎は解けることはなかったのだが──。



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