1 柩の謎と時計兎
BL要素・グロ要素は多少入る可能性がありますので、ご注意下さい。
登場人物
・アリストテレス=ヴェレゼント
孤児院で育ったエルフの少年。本来の相性は「アリスト」なのだが、容姿の可憐さから暫し「アリス」と呼ばれがちである。
ある日シオンとアリシャスの柩を開けた事により、組織に追われてしまう。感情表現が苦手で、落ち着いている。
・シオン=ガイア
アリスの親友。好奇心旺盛でたまに天の邪鬼な少年。猫の獣人だが、猫耳を嫌がっている。興味本位でアリシャスの柩を開く。
・アリシャス=リデル
神聖とされるエルフの少女。ル・ノワール国とル・ブラン国の千年戦争を締結したとされるが、詳細は不明である。
・ルーダム=トウィード=ギルウィン
公爵家の双子の兄。吸血鬼。アリス達に出会い、護衛役になる。アリスを珍しく「アリスト」と呼んでいる。優しい優等生のようだが、怒らせると敵を皆殺しにしかねない。
・ルーディ=トウィード=ギルウィン
公爵家の双子の弟。兄と同じく吸血鬼でアリス達の護衛役だが、兄とは全く違ったタイプで、不良でタラシである。いつもへらへらしているが、何を考えているかは不明。
「アリス、視てみろよ。これがアリシャスだってよ」
そう言って、親友のシオンはふざけながらアリシャスの肖像画を指さし、アリストテレスにそれを見せた。
「アリスって愛称はスペルミスだろ。俺はアリスト……」
「うわっ、視ろよ! あれが柩だぜ!」
「聞けってば」
此処は聖アリシャス堂と名付けられた、言わば教会のような場所である。何故、此処に二人の少年がいるのか──順を追いながら説明していこう。
アリストテレスは幼い頃に両親を失くし、孤児院で育った天涯孤独な少年である。茶髪碧眼で、十五歳とは思えない少女のような可憐な姿とミニハットが印象深いらしい。エルフであるために、耳が尖っている。本名はアリストテレス=ヴェレゼントで、本来の愛称は『アリスト』なのだが、容姿の可憐さから『アリス』と呼ばれがちである。
一方、親友のシオン=ガイアは十七歳で、アリスの兄のような、悪友のような存在だ。無邪気な性格だが、たまに天の邪鬼な部分もある。紫色の短い髪と紅い瞳が特徴的で、獣人であるために、耳は猫のそれと、(本人は嫌がるが)可愛い尻尾を持ち合わせているのだ。孤児院に来たのはアリスよりもずっと後なのだが、人懐っこい性格のため、内気なアリスともすぐに打ち解けたのだった。
此処はル・ノワール国の英雄・アリシャス=リデルが住んでいたステラ村である。そのためにアリシャスは奉られ、村にはエルフや獣人、吸血鬼や人間など、様々な種族が仲良く暮らしているのだ。
アリシャスが美しい女性だったのは、茶髪碧眼のエルフの少女の肖像画を見る限り、誰もが理解できる事柄だ。しかし、千年前に終結させた戦争の中、アリシャスがどんな活躍をしたのか、知らない人の方が断然に多い。何せ、それは歴史上でも明確ではなく、様々な力があるが、少なくとも、アリシャスという少女は千年続いた千年前のル・ブラン国との戦争を、たった一人で終わらせたというのは真実である。だからこそ、ル・ノワール国の偉人で一番人気なのは彼女なのだ。
ほんの一時間前までは、そのアリシャスの奉られた聖堂はそこに立っていた。
事の発端は、悪戯好きなシオンがアリスを誘い、聖アリシャス堂に乗り込み、彼女の魂が眠ると云われるアリシャスの柩の蓋を開けに行こうと言った事である。
「それにしても、アリシャスって何したんだろうなー。あんな美人なのに、千年戦争を終わらせたとか。今じゃ、ル・ブラン国なんて存在さえしてねぇし」
獣人のシオンは無意識に鼻で柩の匂いを嗅ぎながら、そんな事を呟いている。
アリスはあまり歴史には興味がなかった。というより、孤児院で勉強を習った事はあるが、基本的に勉強が好きではないため、アリシャスが何をした少女なのかなど、殆ど他人事に過ぎなかった。
「ル・ブラン国って……架空の世界じゃないのか?」
興味のないアリスは淡々と述べる。
「お前ってば、本当に淡白だなぁ。俺はすごいと思うけどなぁ。女なのにひとつの国を守り抜いて、偉大なる王から勲章を授かったんだぜ!」
「シオンって、よく国や王の事、賛美するよな」
「なっ、当たり前だろ! 生まれた国なんだから」
シオンはムッとしてそう言うと、アリシャスの柩の埃を払い、蓋に手をかける。
彼はあまり勉強が得意でないくせに、よく全てを知っているかのように語り始めるのが悪い癖なのだ。
「さ、これがアリシャスの柩の中身だ!」
感動の瞬間は、呆気ないものだった。
中には何もなかったが、アリスには確かに視えた。
『アリストテレス──私が捜していたのは、あなたなのかも──』
そんな声が聞こえたと同時に、アリスの身体は灼熱の地獄の炎に灼かれるような、ひどく熱い感覚に覆われ、意識が遠のいていったのだ。
「アリス──おい、アリス!」
シオンが名前を呼んでくれるのにかかわらず、意識の遠のいたアリスは、そのまま外に飛び出していった。
村に不満がある訳でも、決して誰かに恨みを持っている訳でもない。ただ、アリスは走り、目に付くものを片っ端から燃やしていった。
燃やしても燃やしても、身体を包む灼熱は冷める事を知らず、燃やし足らずに、アリスは次々と村の建物を破壊していったのだ。
「バカ、アリス、やめろ!」
そう言って立ち向かったシオンと相打ちになり、その場に倒れた頃には、アリスは記憶を失っていたのだった。
*
気が付くと、アリスは村長の家に寝かされ、周りには数十人くらいかの村人が心配そうにこちらを眺めている。
しかし、アリスには何をしたのか全く記憶がなく、不安げに口を開いた。
「俺は……?」
特に誰に訊いた訳でもないが、状況の分からないアリスは救いを求めるかのように、すぐさま問ったのだった。
「アリシャス様の預言は的中した」
村長が答える。
「アリシャスの預言? 何だ、それ……」
すると、きょとんとしたアリスの態度に驚いたのか、村人たちは一斉に顔を見合わせてコソコソと何かを話し始めたのだ。
「アリシャス様の預言とは、今から読み上げる文章にある──『戦争が終結した千年後、再び世界が揺れ始める。しかし、希望はまだある。私の子孫が国を守り、真実の平和へと導くのだ』──これはアリシャス様が書いたもので、最後の二ページの分はなかなか相手にされていなかったんだが、まさか本当になるとはな」
村長は説明を交えて話し始めた。
「それに、この続きにはこうも書いてある。『しかし、子孫の力は不完全である。私の力と交わる事で、一時は暴走するだろう』とな」
村長は読んでいた預言書らしき厚い本を閉じ、アリスを見る。
「現に、アリシャス様の子孫が今、暴走したからな」
どこからともなく怪我を負ったシオンが現れ、村長の話に繋げるように、その話題をさも最初から知っているかのように入ってきたのだ。
どうしたものかアリスには分からなかったが、彼は腕に包帯を巻き、包帯で片目を隠している。やんちゃな彼の事だから、きっと転んでしまったのだろう。
「アリシャスの子孫?」
「お前だよ、アリス……とは言っても、お前がアリシャスの子孫だなんて、さっき知った事だけどな」
「!?」
驚愕してシオンを見る。
だったら、アリスの両親もそうだったのか──思えば、父親はアレクで、母親は──。
アリスはある共通点に気が付いた。しかし、偶然かも知れないし、確信はない。
「いや、アリシャスとは苗字が違う。確かに、母さんの名前はアラスで、俺はアリストテレス……似てるけど、偶然だろ」
証拠もないのに、あんな英雄の子孫だなんて言われても、嬉しくも何ともないのだ。それに、アリシャスとアリストテレスでは、発音も違う。
「いや、それが偶然ではないのだ」村長が云う。「お前の母・アラスは、アリシャス様の預言に書かれた子孫が、アリストテレスだという事を悟ってな。死ぬ前に私や村の者にそう云った──苗字の事だが、アリシャス様の直系の子孫はアリストテレス以外、あまり表立ってはいなかったが、全てその力を引き継ぐ女だった。名が変わるのも無理はなかっただろう」
村長は巻物のようなものをアリスに見えるように、広い台の上に広げ、指で指して説明した。
「家系図? でも、アリシャスはエルフだよな。だったら、千年くらい生きててもおかしくねぇんじゃ……」
それにシオンが口出しするが、何故かとがめられはしなかった。
「それに関してはよく分からないが、アリスの家系は皆、人間の一生と同じくらい短い──ほら、アリシャス様はこの村の男と結婚し、死ぬ前にこの預言書を遺したんだ。それも、見付かったのは十七年前で、アリスが生まれる前。預言にある千年後の子孫が、ちょうどアリストテレスとなる。本当は大人になるまで、黙っているつもりだったんだが……」
「なら、どうして云った?」
「思ったよりも、預言による暴走が早かったからな」
村長が何を云っているのか、アリスには理解出来なかった。シオンとの悪戯の後、よく分からないが眠っていて、気が付いたら此処にいたのだから。
ふと、アリスは気絶する前の、誰かの言葉を思い出す。
あれはアリシャス本人だったのだろうか。炎が身体の中を焼き尽くすような感じも、あの瞬間の全てが。
「暴走って……俺、何もしてない」
しかし、アリスは何も思い出せないのだ。何があったのかも知らないし、覚えてもいない。ただ目が覚めたら此処にいたという事実だけだ。
「本当に覚えてないのか!?」
シオンが顔を覗いてくる。
「お前、先祖の奉られる聖アリシャス堂をぶっ壊したんだぞ!? まぁ、怪我人が俺だけだったのは、幸いだったけどな……」
無関心なアリスに呆れたシオンは、ブツブツと言いながら腕の包帯を弄っていた。
「ふーん。ま、他の人に危害加えたらいけないけど、相手はシオンだったし、俺の先祖のだからいいだろ」
興味なさげにアリスは言った。
これで他の村人に迷惑を掛けていたら、常識的に考えて、アリスの立場は悪い方向に向くだろう。しかし、シオンは原因を作った本人なのだから、それはそれで仕方ないとアリスは思ったのだ。
「無関心だな、本当に……」
シオンがそう呟くのと同時に、時計の針がカチッ、と鳴った。何気なく聞き流したが、もう一度聞こえ、一秒ごとの間隔で聞こえてくる。
しかし、この部屋には確かに時計はあるが、針は一秒ごとの間隔で音を立てるようなものではなく、むしろ一時間経っても、何のメロディーさえ鳴らないシンプルなものだ。
ならば、誰かの持つ時計の針が音を立てたのだろうか。アリスは辺りを見回せる立ち位置にいるが、そんな時計を持っている者がいるのなら、起きた時から聞こえている筈だ。その仮定からすると、今の間に誰も正式な出入り口から部屋を出入りしなかったから、何者かが侵入してきたとも考えられる。
しかし、アリスが音に耳を澄ましていると、それは徐々に心拍数が上がっていくかのように、鮮明な音として聞こえ、更には耳元に時計を置かれているような感覚にも捕らわれるのだ。
「アリス、どうしたんだ?」
音声の硲でシオンの声が聞こえてくるが、アリスはそれに反応する余裕がなく、一秒一秒刻まれる時計の音を精神世界の中で聞いていた。
「時計が……」
「時計?」
「こっちに来る!」
自分でも何を云っているのか、全く解らなかった。
すると、眼の前には白いシルクハットを被り、金時計を持った銀髪紅目の青年がどこからともなく現れたのだ。
白い兎の耳を持っている獣人は、アリスを視るなり微笑んだ。
「やっと繋がったね──愛しいアリス。俺と一緒においで」
細いアリスの腕を掴み、大衆の前で連れ去ろうとする青年は、どこか病んでいるような顔をしている。
どこから現れたのか──そんな事を問う者は誰もおらず、ただ唖然とアリスと兎の青年を見つめていた。
「お前なんか知らないし、愛してもない」
「アリス、何を……俺だよ、ラビ。忘れたのかい?」
「よって、お前に付いて行く義務は、俺にはないという訳だ」
ラビと名乗った青年と、無関心で話の噛み合わないアリスは、掴んでくる手を振り払ってベッドから降りる。
「シオン、アリスを連れて逃げろ!」
村長が急にアリシャスの預言書をシオンに押し付け、ドアに向かって歩いていくアリスを見て勢いよく言った。
急な出来事に混乱するシオンだったが、ふと見上げたラビの表情に、彼は厚い預言書を抱き締めて凍り付く。
「アリスは俺だけのモノ……愛してるから、殺したい」
殺したい、殺シタイ、コロシタイ……その言葉がアリス達の頭の中で何度もリピートされる。
「全てが、アリシャス様の、預言通り……」
そう云った村人達がアリス達の逃げ道を確保しながら、ラビに立ち向かっていった。
しかし──。
「アリス、逃げるぞ!」
茫然と座り込んでその殺戮を視ていると、シオンに手を引かれ、後は無意識のまま走っていた。
何も考えられない。急に現れた獣人の青年に、親しくしていた村人を殺された──アリスの発言のせいで。
ただひとつ解る事は、無関心だった故に、こんな惨事を招いてしまった事だけだ。
アリスとシオンは逃げ続け、気が付いた頃には何もない平原を越え、隣の街に着いていた。