ー第1話3
機内食が運ばれて、久しぶりにまともな食べ物にありつけた。
「そう言えば…書いてるのか小説?」
「あぁもうずいぶん書いてません。小説の事覚えてたんですね」
山際さんは横目で見て、チキンを口に運んだ。
「覚えてるよ。アフガニスタンでゲリラに包囲された時に夢の話をした。もうダメって夜に…お前の子供の頃からの夢なんだろ?あれ…船はまだ浮いているか…だったっけ?ネットで読んだけど、結構楽しめたけどな?」
「6年前の小説家になろうのヤツですね。読んでもらえたんですね」
「小説って大変か?続けるの…」
「ビジュアルに慣れてる人が、文章を読み解くのは難しいみたいで。僕らは読み解くのが楽しいんですけど、ワズラワシイとかメンドクサイとか…らしくて」
山際さんは頷きながら微笑んだ。
「土岐。お前の戦場写真もレポートも同じだろ。戦場の匂い。耳元で唸りを上げてカスめる銃弾。泥と汗にまみれた不快感。武器を持った連中に囲まれる恐怖。何も伝わらない。それでも戦場をレポートする意味は何だ?」
「その場所に居た人達と、その記憶を無かった事にしないためです」
「小説も同じだろ?その時のお前を無かった事にしないためさ。読み解ける人になら判るように」
胸の辺りが和らぐように暖かさが拡がった。
「山際さんは、いつも安らぐ言葉をくれる。そう考えると、また書けそうです」
山際さんはしばらく間を置いて言った。
「お前は戦場カメラマンの適性が有る」
「何ですか?適性って」
「撃たれた時。カメラも荷物も捨てて逃げた。射撃手の目標になる物を捨てた。イギリス人のジョニーは捨てずに死んだ」
「失格でしょ?命より大切なカメラを捨てたら?」
「カメラは、また買える。画像もまた撮りにこれば良い。だが、お前の記憶と想いも、また撮りに来る事も死んだら失われて戻って来ない」
「死んだら戦場カメラマンとして失格ですか?」
「そうじゃない。失格じゃないさ。適性が無かったと言うだけさ。向き不向きってヤツだな。向かないなら、戦場カメラマンになるなと言う事じゃない」
僕は山際さんを見つめた。
「何故そんな話を?」
「小説ってのは、書けない時に書いちゃいけないんだ。テクニックだけで書いた物は、人の魂を震わす事が出来ない。向かないヤツはテクニックでしか書けない。お前は向いてる。俺の魂は震えたからな。新作を楽しみにしてるぜ」
僕は驚いた。
リアルな生き死にの中に、身を置いている。
その山際さんが、自分の読者さんだったとは、思いもしなかった。