#4
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教室から廊下に出てすぐ横の階段を一階に降りる。
階段の踊り場に面している窓は真夏だと言うのにきっちり施錠されていて、空気の流れは遮断されて日の光だけ入ってくる。
一階に降りると他の階よりどこか薄暗く感じた。
というかここまで大翔以外の生徒や先生にも会っていない。
これは本当にどうしたものか。
廊下途中の職員室の側を通ると人気もないので恐る恐る覗くとカーテンを締め切っておりただ暗いだけだった。
窓辺の水道の上に置いてある観葉植物もどこか元気がない。
それぞれの机の上は案外整理されており教師達の鞄などが置いてある訳でもなく、もしかしたら出勤していないのか。
俺の後ろから覗いていた大翔は『誰もいなさそうだねー』と一言言うとズカズカと入ってしまう。
俺も様子見がてら入る。
横の棚には出席簿や教科名が振られたファイルが並べらているが他に目星いものは無い。
すると教頭の席だと思われる教室前方の方からから大翔が言う。
「体育館の鍵、置きっぱなしだよ 他のとこもそのままだね」
困ったな。現実的でない。
大翔が続ける。
「本当は今日は学校休みってことは無い? 」
「ちょっとそれは考えづらいな」
すぐ近くにあった机を見るに日付が『九月一日』と書いてある行事表の紙が積まれている。
この日付は配布日だろうから学校があることは予定されていることになるだろう。
他の机には『回収箱』や雑巾に何かの筒が置いてある。
今日のための準備はしてあるということだろう。
「しかも学校が休みだからと言って街中に車が放置されている理由にはならないし」
後方の黒板には一ヶ月のカレンダーが書いてありチョークの白い字で『9/1 月 始業式』と書いてある。
本当に困った。
これはますます給食室のおばさんに話を聞かないといけない。
きっと納得いく、遅刻している間にあった、そんな理由があるはずだ。
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給食室には奥に大釜や大きい扉が見え、手前に休憩場所ということかリノリウムの床に直接棚と机が置かれそこにおばさんが座っていた。
おばさんは白衣を着ているということは無く、薄い青のTシャツにジーパンというラフな私服だ。
朝見かけた状態のままぽちぽちと携帯をいじっている。
大翔が『あ、人いた』と言うとおばさんは手元の携帯から目線をずらして
「ん、あら、生徒がいる」
と口をあんぐり開けていた。
ひとまず、人がいたこととまだ帰っていなかったことに胸を撫で下ろす。
そして呼びかける。
「あ、あの、こんに…」
「一体何が起きているのですか」
大翔が割り込む。いきなりで俺もおばさん驚いたが、まあ周りくどい話は無いほうが物は早い。
「まあ、座りなさい」
おばさんはそう言って携帯を閉じ、近くの椅子を引き寄せる。
俺と大翔が腰を下ろすの見計らって口火を切る。
「何が起きているって聞いたわね 私の方よ聞きたいのは 始業式の日から給食があるっていうから『久しぶりに頑張るか』とか意気込んでいたら
出勤したの私だけ 同僚は来ないし給食センターからのトラックもいつまで経っても来ない こっちは雇われの身なんだから帰るに帰れないのよ」
一気に喋られて飲み込みが追いつかなかったが求めていた回答が来なかったらしい。
おばさんから発された内容から、今日は始業式の日だし、給食はある予定だし、他に人はいない。
色々なところから裏打ちされて望みは絶たれていく。
どうやら本当にとんでもない事態に巻き込まれたようだ。
大翔も開いた口が塞がらない。
頭の中をどうしようもないシチュエーションが駆け巡る。
誘拐、神隠し、集団失踪、
なんと馬鹿馬鹿しい。なんて不甲斐ないんだ。
しかし、目の前に貴重な人がいる。もう少し情報が欲しい。
「あの、本当に他に誰かにあったりしていませんか」
「そうね、あなた達以外は誰にも会っていないわ」
ついで大翔が尋ねる。
「ねえ、おばさん。それって学校以外も? 例えば、通勤中とか」
「誰もよ。私が住んでいるのは市内でも農村部だからいつも人っ子ひとり見ないから不審に思わなかったわ。そういえば車もそうそう通らないわね。それとあなたおばさんと言ったわね。いい、次からお姉さんとまで図々しいことは言わないから畑さんと呼びなさい」
どうやらこの女の人は『畑』と言うらしい。
しかも『お姉さんまで言わないから』って言わなくても、そう呼んで欲しいのかな。
「あ、あの、では畑さん。ご家族は? 」
「いないわ 独り身よ」
あれ、失敗したな、ちょっと気まずい。
「ちょっと、ちょっと、あなた達。さっきから事情聴取みたいでまるで私が悪い事したみたいじゃない。私だって少しは不思議に思っているのよ。
さっきも言ったけど帰るわけにはいかないし。今日は誰にも会っていないし見かけたり連絡があったりするわけじゃないの。
じゃあ、聞きますけど君たちはなんかないの? どうなのよ」
俺は『あ、いや、その』と言い淀むことしかできなくなり、大翔も『ぼく達も同じようなもんで』とフォローしてくれたもののそれ以降は閉口してしまう。
完全にお手上げだった。何も進展はなし。前方のおば、畑さんも同じ状況で俺たちとは変わらない。一体全体何が起きているんだ。
少しの沈黙はあと、大翔から
「おば、畑さんはこの後どうするのですか。ずっとここにいるの?」
と尋ね。
畑さんから
「配膳の予定時間を過ぎたら帰るわ。そうね、少し掃除するから今から一時間弱くらい後かしら」
の返答があってそこで畑さんと別れた。
俺と大翔、二人になっても特段することは無く、給食室から教室にとぼとぼ帰ることになる。
太陽はすでに南中の頃合いで校内に直射日光は入ってこない。
「ねえ、樹。これはどういうことかな」
「分からん。何かの事件なのか。はたまたものすごい偶然の賜物なのか」
「あり得そうにないね」
「なあ、大翔。大翔は上月のあたりに住んでいたよな。あそこら辺って駅に近いけど人っ子ひとりいなかったんだよな」
「そうだよ。不思議だよね。近くの駐在所のお巡りさんも、畑で農作業する農家さんも、いつも挨拶するご近所さんもいなかった。」
始業式の日に学校に人がいない。詰まるところ、大翔の話を全て勘定に入れれば街から人が消えたことになる。
今までそんな事件は聞いたことがない。どんなテレビ番組でもこんな事件は取り上げるだろうに。
どんな事件でも納得いく裏の理由があるものだ。なければ、あっても解明されなければ陰謀なりオカルトなりで尾ひれ背びれがついて混沌が増す。
「樹、この後どうする。」
「そうだな、とりあえず昼食食べに帰るかな」
朝食は抜いてきたし、給食室は稼働不可で給食は無し。
お昼時には厳しい。
今にも鳴りそうなお腹をさすりながら階段に足をかけると大翔が俺の袖を引っ張って呼びかけてくる。