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そんな僕らの物語り  作者: 杠 詩月 (キエ)
第1章〜仮初の自由〜
4/5

#3


「すみません 遅刻しました! 」


ものすごい形相ぎょうそうで入ってきて、大声で言い放つ。

その頭の角度は謝罪に関しては素晴らしいものだった。

これなら相当なミスを犯しても放免だ。

肩を激しく上下させている具合からさっきの俺と同様、相当急いで走ってきたことが分かる。

彼は教室の様子に気づいていないようで誰かの返答を待って体勢をピクリとも変えない。

俺は自分の席にまた座り、ゴホンと咳払いして声をかける。


大翔だいと、おはよ」


彼はすっと頭を上げると目線が合い、キョトンとした顔でこう言う。


「おはよう、ございます」


その実に間抜けな表情はまぎれもない彼だった。

 杜ヶ谷瀬とがやせ大翔だいと。小学校の入学前から親交があり、小中学校を通じてずっと同じクラスのすごい確率の具現化をした奴である。名前のイメージに反してその年齢にしては背が小さいことがコンプレックスだといつも言っており、今日も着て一年は優に超える制服のスラックスの裾を引きずっている。


「突っ立てないで、座んなよ」


大翔ははっと気づいてそそくさと移動して教卓前の席に腰を下ろす。

座高が低いことを理由に前の席を指定しているのだ。

重そうなカバンから教科書類を取り出しながら、こう切り出してきた。


「ひょっとしてセーフ」


それに答えて


「知らん たぶん、セーフ」

「それなら良し」


二、三言後に静かになる。窓辺から見える校庭は地面とそれを囲う樹木しか見えない。

太陽は燦々(さんさん)として照り付けて地面はジリジリと焦げている。

まあ、こんな猛暑じゃあ長い始業式は窓や扉を全開にして体育館でやるのが関の山だろう。

ほんの少しの日陰でもかなり違う。熱中症は案外怖い。

 そうやって窓の外を見て黄昏ていると『しゃあ、しゃ』と心地良い紙に物を書く音がする。


いつきは、何しとるん」


突然よく分からん言葉で尋ねられた。

打ち見もせずに答える。


「言い訳考えてる」


「ぼくもおんなじようなもん。どのくらい終わったの」


「二割五分」


「それって二パーセントぐらい? 」


「四分の1」


「なるほどね」


そうやってまた聞こえるのは蝉の声だけになる。

 ついにぼーとすることにも飽きたので視線を教室内に戻す。

大翔は積み上がった宿題を前に忙しく手を動かしている。

あの量は今日一日かけても終わらないだろう。まあ、人のことは言えないか。

さて、我が机の上にはタイトルだけ書いた社会科新聞と最初の一週間だけ書いた日記がある。

問題は各一点ずつ。

社会科新聞は取り上げる題材に関する資料云々を手元に持ち合わせていないからペンが進まない。

よって完成させることは不可能。

日記については、そんな毎日の出来事をいちいち覚えていないし決定的なのが天気を書く欄があるのだ。

そんなの誤魔化せばいいじゃないかと思うだろうが、我々の担任である相沢は三つ目の目を持っているのだ。

異変にはすぐ気づく。たぶん入国検査官をやらせると一日に何百人と正確に裁く。

よって提出しても突き返される。よって現状では提出不可能。

加えて、読書感想文は作文用紙を家に忘れました。詰みです。

 打つ手なしで頭を抱えていると座ってる席も日光が気になってきたためカーテンを閉めようと思い、立ち上がる。

教室端でカーテンに手をかけると大翔が話しかけてくる。


「ねえ」


「何? 」


「朝から不思議なことがあったんだけど」


「何ぞい」


「朝、起きたらさ、兄ちゃんも父さんもいなかったんだよね。 しかも、作業場前の大通りにさ誰も乗っていない車が何台も置きっぱなしでさ。

 車通りもなければ人通りも全く無くてさ。 みんなどこ行っちゃたんだろうね」


 絶句した。ラジオを聞き流すように大翔の言葉を受け止めていたが、準備していた『それで』も出てこなかった。

再度、通学路を走っていた情景が蘇る。誰か街中ですれ違っただろうか。車を見ただろうか。

いつもは早朝から畑作業をするお爺さんお婆さんは、今日は見かけていないような。

大翔は続ける。


「車の中とか覗いていたら結構時間経っちゃって。 遅刻寸前だよ。 でもさ、どの車も鍵が開いたままで変だよな。樹はなんか変なことなかった? 」


『へっ』と素っ頓狂な声が出る。

俺の朝の状況は確かに変だが、家に親がいないことも通学路中誰も会わなかったこともよくよく考えると偶然で済ませられる。

しかし、大翔の話からさっきの妄想が妙に現実味を帯びてきて、この時に俺の状況を説明するに二の句が継げなかった。

でも、どう理由を考えても大翔が言う状況には苦しいこじつけになる。

返答に困った。『まさかなぁ』と言って否定するも『そうそう俺も』と肯定するもどっちを取るか、単純に迷った。

日のあまり当たらない薄暗い教室には男子二人しかいないのは事実だし、時計は十一時をとっくに過ぎている。

始業式にしては異常な長さだ。例年ならすでに教室に戻って、決め事も後半戦といった頃合いだ。

ここは一つ突飛とっぴな妄想の反例に会いに行くことにする。


「大翔、ちょっといいか」


そういって廊下に出る。

初めは大翔も訳が分からない様子だったがそそくさと廊下に出てついて来た。

小走りに近づいてきて肩を並べて大翔は聞いてくる。


「どこ行くの? トイレ?」


「俺も今朝は通学路では誰も見かけなくてだな。 でも二人だけ会ったというか見たというか。」


「そのうち一人はぼくだね。 もう一人はだれなの」


「今から行けば分かる。 時間が時間だから帰っていなければいいけれど」



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