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そんな僕らの物語り  作者: 杠 詩月 (キエ)
第1章〜仮初の自由〜
3/5

#2

 ■


 家から一途に走ってきたがその努力は無駄だったようだ。

市道から大きな建物を目印に住宅街をって走ったが、曲がるたびの減速で時間のロスが発生したらしい。

学校の校門は薄汚く黒い重そうな柵で閉じられている。

ここから見るに人影が全くない様子から登校時間からかなり経ってしまったようだ。

今からいくら急いでも遅刻という罪は立証済みだ。

柵の前で突っ立ていても仕方がないのでリュックサックを先に柵の向こうに投げ置いて、柵に手をかける。

校庭の砂が飛んで来たかザラザラとした感触と塗装とそうげて鋭利えいりになった部分がかけた手に伝わる。

あまり体重がかからないように慎重に体を滑らす。

柵を動かすことも出来たが音が響いて、それを聞きつけた教師に捕まると面倒なのでやめといた。

 足音を立てないように着地して上着を少し払い、リュックサックを拾って昇降口に向かう。

昇降口の扉を開ける時に横の給食室が目に入る。

周囲の物音一つに警戒していたので給食室の中の人影に少し驚いた。

まるで夜中に空き巣に入るコソ泥のような格好で近づいて行き、給食室の窓辺から覗くとおばさんが一人で今時珍しく折り畳み携帯をいじっている。

 かなり夢中なようで机に左手で頬杖をつきながら右手を忙しく動かしていて、ほとんど目の前の俺に気づかない。

鼻歌が聞こえてきそうなほど暇そうである。今日の給食はコッペパンとか調理が簡単なものだったろうか。

でも、中のおばさんはエプロンやマスクをしているわけではないので調理が終わっている様子ではない。

もしかしたら、まだ業者が来ていなくてすることがないのかも。

 『もしもし』と尋ねて入っていく訳にもいかないのでこれまた慎重に昇降口に戻り入っていく。

上ばきは家のどこかにあるので履いてきた靴をロッカーに入れて靴下のまま校舎内に入っていく。

 怒鳴られる種が増えてしまった。今日は角を立てないよう大人しくしておこう。

できるだけ穏便おんびんに、担任の相沢の視界に入らないよう。

そういえば、校舎内は心底静かだ。今の時間だと体育館で始業式の真っ最中のはずだ。

今のうちに教室で宿題を片付けよう。


 ■


 万が一にも担任の相沢に出くわさなよう、職員室の前を回避して教室に到着する。

ドアを開けた時のカビとほこりの匂いに最初は鼻を曲げたがもう慣れた。

机にほとんど触れていない宿題を並べ、今は最終手段として答えを写せる数学のワークから取り組んでいた。


切片せっぺんってなんだっけか」


独り言もよく通る。それぐらい静かだった。

聞こえるのは姿の見えない蝉の時雨しぐれと鳥の鳴き声ぐらいだった。


「マイクの放送の音ぐらい聞こえてきてもいいのにな」


この言葉もこだまして蝉時雨に消えていく。

初めは静かで周りにゲーム、漫画といった誘惑が少ないことから宿題が進むに進んだが、直に静謐せいひつが気になってくる。

 何かがおかしい。この学校はこんなに淀んでいただろうか。

物音一つ無い。聞こえるのは自然音のみ。

 スピーカー横の時計の秒針の音が耳につく。

はっ、と時計を見上げると十時手前。宿題を始めて一時間弱。思ったより経っていた。

それにして始業式にしては長いし静寂せいじゃくは深い。

いや、この街もこんなに静かだったか。ここは生活音が届かないほどの田舎だったか。

そういえば、今日は動く車を見たか。家の前も学校の近くも路線バスは運行している。

 嫌な汗が背中を伝い不快な感触が広がる。

あれ、今日人に会ったけ? 家には父親はともかく母親もおらず登校中に見かけたのは黒の野良猫。

まさか迷信は的中したか。

 これらの状況から考えられる事柄はどうしようもなく突拍子もない。笑止千万。


集団失踪しゅうだんしっそう


こんな妄想が出るくらい辺りは静かだったし教師と生徒は帰ってくる気配はなかった。

取り巻く教室の陰湿いんしつな雰囲気と物音の無さに少し不安になるだけ。

夜中に目を覚まして眠れなくなる感じ。

 しかし、すぐに不安を取り除く要素を思い出した。


「給食室におばさんがいたな」


思いがけない思い出しにまた声が漏れる。

人がいた。そう、とても暇そうで無頓着むとんちゃくそうな。

 そうこうしているうちに数学のワークにかたが付いたので、試しに校舎内を見回ろうと席を立つと廊下に響いて近づく足音に気づく。

どうやら走っているようだ。

みるみる近づき教室のドアに手がかけられ勢いよく開けられる。

 ほらね、とんだ妄想だったでしょ。


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