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そんな僕らの物語り  作者: 杠 詩月 (キエ)
第1章〜仮初の自由〜
2/5

彼らの何もかもの始まり #1

葉光月はみつき市の中学二年生の一之瀬いちのせいつきは不可思議は一日を迎えた。

 ■


 現代、この社会は数多くの人々によって回っている。

そのことはこの街も例外ではなく、早朝、日の出も待たずに動き始める人もいる。

新聞配達の人はすぐ想像できるだろうし、この街を通る鉄道の初電は早いし学校の先生は予想以上に早起きだ。

今日、九月一日月曜日は特にそうだろうけど今年に限っては先生たちは学校に来なかったのだ。

先生たちの怠業たいぎょうではない。強いて言うなら、人類全体の失踪しっそうである。

この日、いつも通り川ではカワセミが獲物を突き、カラスは森から雑木林へ飛び立ち、畑に植えてあるトウモロコシはその葉を広げている日。

二学期の初めの日。

宿題忘れの言い訳を披露する日。

この一連の体験を記すのにこの日から始めることにする。


 ■


 ピ、ピ、ピピピピ……

くぐもった電子音がゆっくり意識を支配していく。

それに伴って部屋のまとわりつく暑さが体を包む。

しかし、そんな事は大した問題ではない。

なにせ今は夏休み。エアコンのリモコンをほんの一押しして二度寝ができる。

それを咎める人はいない。そう夏休みだから。

寝れる時に寝ておかなければきっと後悔する。

夏休みは素晴らしい。

 ふと右手でリモコンを探しながら思う。

───夏休み─夏休み─夏休み?


「夏休み!」


独り言とは思えない程の声量で叫ぶ。

と同時に何かにおでこをぶつける。

目を開けると目と鼻の先に壁があった。

初めは『はっ』と思ったが横からの光で何かの下であることが分かった。

 体のあちこちをぶつけながらなんとか出るとどうやらベットの下だったようだ。

我ながら近年稀に見る寝相の悪さだ。

ベットから落ちたとか床が硬いとかで気づかないかなぁ。

目覚まし時計を止め、背伸びをしながら部屋を見渡すとシャーペンやマーカーが散らばった勉強机が目に入る。

昨夜の記憶が呼び起こされる。

山のように重なった宿題に頭を抱え、諦めてベットにダイブした景色。

数学のワーク。読書感想文。社会科新聞。日記。

どれも済んでいないか、手付かず。

嗚呼、七月に戻りたい。

月にすすきが上半分に描かれたカレンダーを睨む。

一番左端に赤字で始業式と書いてある。

荒っぽく背後に置いてある目覚まし時計を掴み時間を見る。

その針は八時…からお辞儀をして三十分進んでいるではないか。

なんて残酷な。なぜ母さんは起こしてくれない?

今日はパートは無いはずだろ。

 そこからの行動は素早かった、はず。

ハンガーラックを見るけどそこに制服は無くクローゼットにクリーニング後の姿で丁寧にビニールに包まれていたり、

クリーニング屋の識別用の帯を切るのに手間取り、リュックサックに教科書が詰め込まれていて登校の準備が捗らなかったこと以外

は順調だった。

 部屋で準備が終わり勢いよく部屋を飛び出すと何かに足をぶつける。

またたく間にすっ転んで呻く。

これを今までで何回やったことか。

家のただでさえ狭い廊下に大きく迫り出した本棚。

左下端から右上端までよく分からん文字の背表紙のハードカバーで埋められている。

いつの間にか父親が設置した本棚で、そこにある本を開いているところなんて見たことない。

 痛みが引いてきたところで二、三回吹いて階段を駆け降りる 。

一階はかなり静かでしかもいつもより薄暗い。

どうやら親はシャッターを開けてないようだ。

 母親が居間でうたた寝でもしているのではないかと思い、すりガラスの戸を開けるとしいんと静まりかえっていた。


「買い物でも行ったかな」


独り言もよく通る。

 靴を履きを玄関のドアに手をかける。


『ガチャ』 「あれ」


ドアが開いた。この辺りは特に治安が悪いということではないが念には念をということでゴミ出しの三分間だって鍵をかける。

今日の親はいつにも増して不思議だ。

まあ、今は遅刻の危機という一分一秒惜しい状況にあるから数秒短縮できたということで良しとしよう。

 玄関の鍵を閉めるという行為には目もくれず走り出す。

 始業式早々に担任の相沢に怒鳴られるのはごめんだ。

小学校からの引き継ぎでの報告で悪行が伝わったか、初日から俺に対しての態度が悪かった社会科教師だ。

畑道を大股で駆ける。所々ぬかるんで水が溜まっているところを見るに夜中に雨が降ったようだ。

やっとコンクリートに舗装された市道に出て思いっきり駆け出す。

舗装ほそうされている道路は水捌みずはけが良いのかもうほとんど乾いていた。

ここから当分道なりなので背中で揺れる持ち物のことを考える。

やりっぱなしの宿題は学校でできるだけ仕上げる。

今日は体育はないから体育着はいらない。

筆箱は入れた。

ああ、しまった、上ばきを忘れた。でも取りに戻る時間が惜しい。

 廃校になった高校の校舎を尻目に走っていると少し前に、かたわらの畑の茂みから一匹の黒猫が出てくる。

辺りを見回した後にこっちをじっと見て、小さく喉を鳴らす。

目は透き通っている。

走りながら近づいていくと、猫はあくびをするようにミャーと鳴き反対側の畑に消えていった。

 そういえば、目の前を黒猫が横切ると不吉、という迷信があったような。

まさか、遅刻で叱られることが暗示されたか。

はたまた、別に悪いことが起きるのか。

まあ、詰まるところ迷信だし気にすることない、よね。




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