図書館の女神。
その噂が俺の耳に入ってきたのはある秋口の日のことだった。
「なぁ。知ってるか?」
「なに?」
「図書館の女神って」
「図書館の女神?知らないな」
「知らないのかよ、最近の一番の話題だぜ?」
「知らんものは知らん」
「そ、そうか」
クラスに戻る途中の廊下で話す同級生たちの会話がふと耳に入ってきた。
「…図書館の、女神……」
最近の一番の話題らしいが、俺も今知ったから安心しろジョン。
なんでも、その同級生いわく。
紅の長髪を靡かせ、輝くブラウンの瞳には見える精霊に、友好の証の歌をうたう女神が図書館にはいるらしい。
ふむ。
「紅の長髪と茶色の瞳、ね。」
耳に入る情報を分析した結果、「何やってるんだ、あいつは…」という感情が爆発しそうになりました。アレクサンダーくん困っちゃう、何、女神とか呼ばれてるのあいつ。…ちっ。と、心の中でやさぐれましたが、ここは大人な僕ですから、ひとまず弁解釈明をしっかり聞きに行ってやりましょう、えぇ、大人ですから。
『アリーズ家の二の姫や』
「はい、なんでしょうかねウンディーネ様」
『あの唄を歌ってくれまいか』
「昨日も一昨日も歌いましたね」
『む』
「いえいえ、喜んで」
『うむ、よろしゅう頼む』
「…はい」
それは、私が図書館で本の整理をしている時だった。
自分の右上からなにやら視線を感じたのである。
ちらりと、本を棚に入れる流れでそちらを見る、と。
「……」
思わず動作が止まった。
いる。いるぞ。私には見える。
「…最近寒くなってきて空気が乾燥するなぁ」
『そうかの?うむ、言われてみれば乾燥しているやもしれん』
…お返事返ってきたぜ。あぁ、やはり見間違えではない。あれは。
「…精霊様。こんなところになにか御用でしょうか?」
『おぉ、お主。やはり見えておるな?』
「…まぁ、一応」
『ふむ。そうかお主、司であろう、その色は』
「まぁ、一応…」
『そうかそうか、わらわはウンディーネ。水を司る、よろしゅう』
「……ディアナ・アリーズです」
『なんと!アリーズ家の者か!』
「まぁ、一応…」
『そうかそうか、ふむふむ』
精霊みつけた。しかも水の上位精霊だった。何故いる。びびった。しかも、なにやら嬉しそうにしているんだが…。何故だ。何故にこにこしている。説明を求む。
初めてそれをみつけたのは、5歳の時。兄姉と庭で遊んでいる時だった。
「お兄様お姉様、あの子が呼んでいる!行ってみようよ!」
「ん?どの子だいディー」
「何もいないわ、ディー」
「え?いるよ?ここだよ?ほらこの緑の服の子!」
「…ディー」
「…お兄様、私、お父様に伝えてきます」
「あぁ、アメリアお願いするよ」
「お兄様?お姉様?どうしたの?」
「…ディー。その緑の服の子が話しかけてくれたのかい?」
「えぇ!そうよ!一緒に遊ぼうって!」
「そうか。…ちゃんと挨拶はしたのかい?」
「あっ!まだだった!」
「一緒に遊ぶのだからしっかり挨拶しなきゃだよ?」
「そうね!はい!」
自分の目の前に浮かんでいる緑の服を着た小さな男の子に視線を向ける。
「えぇと、挨拶が遅くなってごめんなさい。私はディアナ・アリーズ!ディーって呼んでね!それで、えぇと、あなたのお名前、聞いてもいい?」
『もちろんだよディー!俺っちシルフ!よろしくなー』
「シルフ、ね!うん、うん!よろしく!」
そう言ってシルフの小さな手と、私の右の人差し指で握手をした。
お父様を連れてお姉様が返ってくると、お父様はシルフに騎士の最敬礼を行った。そして「アリーズ家次女ディアナ・レイディアント・アリーズ。与えられし華はジャスミン。どうぞ、シルフ様、この幼き子の友として、いつまでも在られますようお願いいたします。」とおっしゃっていたそうな。ちなみに私はあまり覚えていません。てへ。
その日を境に、私の周りは色とりどりの小さな友達に溢れた。そして、7歳の誕生日に、精霊の司だと父から説明があり、なるほど、カラフルな友達は精霊だったのか、と納得したのである。ちなみに父母も精霊の司である。兄姉は見ることはできないが感じる事はできるそうな。なんでも、先祖代々、我が家は精霊の司を出しているらしい。話をきちんと聞いていなかったのでここら辺はあやふや。あはは、ごめんなさい。
そんなこんなで、精霊との結びつきが深いアリーズ家は“精霊の住まう家”とか“精霊の友”と呼ばれているらしい。
そんな我が家には、ある歌が先祖代々受け継がれている。ちなみに私は父から教わった。なんでも精霊の長とアリーズ家の先祖が友好の証として共に作りだしたらしい。ちょっと詳しい話は忘れた。うふふ。
でも、これを聴いた精霊達はなんだか、ほわわーんとした顔になるのを私はこれまでに何度も見ているので、精霊にとって心地の良い歌なのだと思っている。
「それでは歌いますよ、ウンディーネ様」
『うむ!うむ!』
なんかテンション上がってるなー、これ3日前に出会った時から毎日歌わされているのによく飽きないなー…と思いつつ、喉を湿らせるために唾をのむ。
「天より与えられし命の源よ。
冷たく凝り固まった友たちを解きほぐし、混ぜ合わせたまえ。
柔いその手で包みたまえ。
咲き誇る香りをその身にのせ運びたまえ。
進む未来の標を刻みたまえ。
共に手を取り支えたまえ。
共に生き行く友を想いその源を輝かせよ。」
祈るように、願うように、想うように。
手を胸の前に握り言葉を紡ぐ。この歌うたうと地味に疲れるんだよな…。
『……あぁ、良いのぉ』
「ありがとうございます」
『アリーズ家の二の姫よ。そなたの色はとても心地よいのぉ。この3日間とても良い思い出となったぞ』
「…お気に召していただき嬉しく思います。…その言い回し、ウンディーネ様はどちらかに行かれるのですか?」
『うむ、ちょいと昔の友人に会いに行こうと思うてな』
「なるほど」
『ところで二の姫。そなたの真華を教えてはもらえんだろうか』
「…真華ですか…わかりました。その、近くに来てもらえますか?」
『うむ、ついでに結界もはろうぞ』
「…ありがたいです」
『うむ。我儘を言うのはこちらだからの』
そう言ってウンディーネ様は小さく何かを口ずさむ。すると私たちのまわりにうすい水の膜ができたように感じた。
『さぁ良いぞ』
「はい」
ウンディーネ様を見上げるように最敬礼をとる。
「アリーズ家次女。ディアナ・レイディアント・アリーズ。与えられし華はジャスミン。どうぞお見知りおきを」
『…ほう。光り輝く主からの贈り物、とな。とても良い名じゃ。そなたに合った名である』
「…ありがとうございます」
『またそなたの歌をききに来てもよいか?』
「…待っております。水あめをご用意して」
『うむ!楽しみじゃ!』
「はい」
『それでは、またの』
「はい、お気をつけて」
『ふふ、精霊にお気をつけてなどと、全く面白い子じゃ』
すーっと優しい声と笑みを残して水の精霊消は消えた。
それにしても、私の名前ってそんな意味があったのか…。知らなんだ。そうね、家に帰ったら父母に聞いてみよう。と、考えていると。ぽふっと何かが背中にあたり、お腹をぎゅっと締め付けられた。
届く香りはあいつのもので。お腹の締め付けをみると、私のものより大きく太い手と腕が見えた。
「なーにやってるの、女神様?」
「……お腹痛い」
「え!?ごめん!」
ぱっと離れた締め付けにすこし寂しいと思いつつ振り返ると案の定、いる。
「え?大丈夫か?ディー?泣いてるけど…」
「え」
「え、って…何があった?」
「…友達とお別れしただけだ」
「…ふーん。それで泣いちゃうとか、かわいいとこあるね」
「自分でも驚いてる。泣いてるって気づいてなかったし」
「…そっか。おいで」
「………ねぇ、なに勝手に引き寄せてるの?」
「んー?ツンデレ猫はなかなか素直になれないからねー…ぐふっ」
「調子乗んなよ」
「……ちぇー」
「それと、女神って何」
「…気のせいだよ」
「ふーーーん」
自分でも気づかないうちに涙がこぼれていたらしい。だが、なぜ抱き寄せて頭をなでる。慰められている。…気に入らない。いい香りなのも、大きな手のひらも、包み込まれる安心感も。ムカついたから、みぞおち殴っときました。
それにしても、女神ってなに。じーっとアレクサンダーを見つめ続けると、目を左右に彷徨わせるという怪しさ満点の反応が返ってきた。
見つめ合う事数十秒。小さなため息とともに相手が観念したようだ。
「…はぁ……図書館の女神って呼ばれてるぞ、お前」
「は!?私!?」
「そう。噂になってる。精霊と話す図書館の女神って」
「…ほう」
たしかに図書館で精霊と話す、というところは間違えていない。が、女神ってなに。どうした。
「なぜ女神」
「紅の長髪を靡かせ、輝くブラウンの瞳には見える精霊に友好の証の歌をうたう女神が図書館にはいるらしい。ってゆー噂がまわってる。女神ってのはディーの見た目からじゃん?」
「ちょっと混乱している。状況を整理しよう」
「うん、落ち着け?」
見た目?見た目…。たしかに紅色の長い髪。ここはよし。茶色の瞳。ここもよし。精霊が見えるところも友好の証の歌をうたっていたのも、よし。問題はここからだ。なぜこれらが女神という単語につながるのか、である。
「ディー、混乱しているところ悪いが、もう女神ってゆーのは語呂合わせ的な感じだと思っておこうぜ。それより、俺が聞きたいのは」
そう言ってアレクは私に一歩近づいてきた。
「なんで噂になってんの?ディーは俺だけの女神でしょ?」
「おぇ」
「おい、こら」
「何言ってんの?熱あるの?お腹痛いの?大丈夫?」
「俺は心が痛い」
「もう一回殴っとく?」
「よろしくお願いします」
「じゃあ」
「待って、嘘だから。待って構えないでごめんなさい。嘘ですから」
「よろしい」
それにしても。
「ねぇ、近い」
「ん?」
「距離。なに近づいて来てるの」
「んー?」
「……急に精霊が現れたから旨い事隠せなかっただけだ、次からは噂にならないようにする」
「よろしい」
「…なに頭撫でてるの」
「ツンデレ猫が可愛いから…ぐふっ」
「調子のんな」
「あ、やっぱり?いけると思ったんだけどね」
「ばーか…でも…ありがとう。心配してくれたんでしょ」
「ん?秘密、ふふ」
「なぜ秘密にする」
「ふふふ、いいじゃん。もう帰れる?一緒にかえろうぜ」
「…しかたない、一緒に帰ってやろう」
「ありがたき幸せ」
そう言って左頬だけ上げ騎士の最敬礼をしながら微笑むアレクに、かっこいいじゃんって思ったのは秘密にしとく。
とある場所にいる精霊たちの会話
『久しぶりに友好の証を聴いたのじゃ。一緒にいて心地よい娘であった。今度、共に行ってはみぬか?』
『友好の証か。これまた懐かしい。今では歌う者も少なくなってきているからな』
『えぇーどこの誰~』
『…娘』
『アリーズ家の二の姫じゃ』
『なるほど』
『えっ!?ディー!?ディーに会ったのか?』
『…アリーズ家』
『なんじゃ、シルフは知っておるのか?』
『あれだろ?友達』
『そうだ!俺っちディーの友達!一緒に遊んだ!』
『…友達』
『なんと!そうか、そうか。話で聞いた、あの小さき者があないに大きくなっておったのか。ふむ』
『俺も会ったことあるぞ』
『サラマンダーも一緒に遊んでたもんな!そっかー久しぶりに会いたいなぁ』
『…僕も会ってみたい』
『おぉ、ノームの興味を引くとは、本当に面白い娘じゃ。では、皆で遊びに行くのも良いな』
『あぁ』
『行こう!行こうぜ!早くディーに会いたいっ!』
『…うん』
『では決まりだな。明日にでも行くかの』
四大精霊がアリーズ家の庭に集ったことで、アリーズ家は精霊の友の家という噂が広まるのはすぐそこの未来である。