朝はおはようございます、で。
「アレク、ディーを起こしてきてくれる?」
「…喜んで。キスのひとつでもしてきましょうか、ソフィママ」
「あら、出来るならしてもいいわよ?」
「ぐぅ……」
「ふふ、あの子昨日寝るの遅かったからまだ熟睡してると思うの。寝ぼけて甘えてくれるかもよ?ふふふ」
「…ソフィさんには敵わないわ。行ってくるねー」
「よろしくね」
2階の階段を左に曲がって3つめの部屋。慣れたもんだな、この部屋にくるのも。なんの警戒もしないで部屋にあげる無自覚なあいつに、何度苛立った事か……。
「ふぅ」
理性を総動員だぞ、アレクサンダー。寝顔と香りに負けるな。
小さめにノックをしてから部屋に入る。
ガチャ
白くて大きなわんちゃんがいる。
触りたいな。絶対ふわふわもふもふだぞ、あれ。近くに寄ってみるか。
「こんにちは、わんちゃん、あの、触らせてくれるかな?」
ちら、とこちらを見る夕焼け空のような瞳。
「綺麗な瞳」
ゆっくりと右手を伸ばすと、鼻先を擦り付けてくれた。
「かわゆす、もふもふしてもいい?」
ひとつ瞬きをするわんわん。してもいいってことかな?ありがとう甘えます。良いように解釈します。うぃっす。よし。
…もふもふ。もふもふ。もふもふパラダイスやぁあああ!癒されるぅうう!かわいい!!かわゆす!はわぁあ!
「抱きしめていい?むしろ顔うずめていい?いや、します。もう、します。失礼します」
ぎゅーっと抱きしめつつ、顔をもふもふにうずめる。くんかくんか、はぁ、お日様の香りや。ふぁ。もふもふ天国。かわいいなぁ。
『ディーのほうが可愛いよ』
「へ?」
『可愛い』
「あ、ありがとう」
ちゅ、っとおでこに何かが当たる。おっと…これは、…でこちゅー、された……。
『私の可愛い天使、早く目覚めて下さいな』
「ん?」
なんだか落ち着く声だと思っていたが、この声はアレクサンダーの声に似ている気がする。
「アレク?」
『っ!』
「じゃないか、もふもふ天使だもんねぇ」
『……』
「また会いに来てもいいかな?もふもふ天使さん」
『…いいよ』
「ありがとう」
最後にぎゅっと抱きしめて、鼻の頭にキスを落とす。すると、急に力が抜け、ぼんやーりしだした。あぁ、なんだこれ……。
ぱち。っと目が覚める。
「…ん〜、夢かぁ。あぁ、もふもふ天使ぃ…」
「なに?私の可愛い天使。やっとお目覚めかい?」
もふもふ天使に似た声が右側から聞こえる。ばっとそちらを向くとアレクサンダーくんがいました。髪の毛ボサボサだな、アレクサンダーくんや。どうした。
「お目覚めのキスはいかがかな?」
「朝はおはようございます、でお願いします」
「なぁーんだ残念、早く下来な?遅刻するぞー」
「げ。わかった、ありがとう」
「先行ってる」
「はーい」
って、なんてナチュラルな会話!
なんであいつ私の部屋にいるんだ、おかしい。なに普通に会話をしているんだ自分。…4流されまくったな。落ち着け自分。……とりあえず、着替えよ。遅刻してしまう。
バタンとしまる扉。
「…はぁーーーーぁぁっ…っふぅーー…よく耐えた、偉いぞ自分。危うくハゲるとこだったな…朝から疲れた」
ディーの部屋からでると扉に寄りかかり、ずるずるとしゃがみながら頭を抱える。
「寝ぼけるディー可愛すぎるだろ…」
もふもふとか言ってたから動物とじゃれてる夢でも見ていたんだろうな。寝顔を見てすでに陥落しそうになったが耐えた。そりゃあもう理性を総動員だ。それなのに伸ばされるあいつの右手。なんだこれ。悪魔のいたずらか…。その悪魔との勝負をかって、じっと手を待つ。左の頬に触れたディーの白くて細い手。やべぇ。鼻血出そう。
様子を伺うと小さく口が開き何かを言っている。聞き取れなかったが頷く。ディーの頼みは、断らない。頼みかどうかもわからないがな。すると、右手が髪の毛に差し込まれる。
ぞわわっと立つ鳥肌。なんだこの拷問。なんの試練。
それだけでは終わらず、くいっと引かれる頭。えっ、おっと、どした、心臓が、やばいぞぉ。そのままディーに抱きしめられる。どゆこと、ねぇ何が起きてるの神様。何この状況。あぁ、僕の両手をどうすればいいのか教えてください神様。わきわきが止まりません。なにやら、頭頂部あたりをくんくんされているしな。思ったこと、朝シャンで良かった。
「かわいいなぁ」
ボソッと聞こえた声。どんな夢なの。ねぇディーさん。今、現実の世界では1人の男の子が萌え死にされそうなんですよ?良い加減起きてくれませんか?……いや、ディーが起きたらこの地獄のような天国が終わってしまう…。このままでは男がすたる。
「ディーのほうが可愛いよ」
「へ?」
返ってきた反応におもわず、にやりとする。
「可愛い」
「あ、ありがとう」
起きてんじゃないかってくらいの会話できてますよね。少し体を離し顔をチラ見。瞳は閉ざされたままだな。…あぁ、可愛いな、くそ。ぴょんとはねた前髪からのぞくおでこが俺を誘う。……ふむ。誘われたからな。仕方あるまい。
軽く触れるようなキスをゆっくり落とす。
「私の可愛い天使、早く目覚めて下さいな」
おちゃらけるのは照れ隠しな。
「ん?」
少し首を傾げるディー。どうした?
「アレク?」
「っ!」
急に名前を呼ぶなバカ!なんか知らんが焦った。どうした急に。夢に俺が出てきたとか?ん?ん?
「じゃないか、もふもふ天使だもんねぇ」
おい。
「また会いに来てもいいかな?もふもふ天使さん」
まだ会ってるのか?何かと。
「…いいよ」
「ありがとう」
なんだそのふにゃっとした笑顔は。そしてギュッとされて鼻の頭にキスをされる。
俺の中の時がとまった。一瞬だったけど確実にとまった。…ほう。最後の最後にとどめか。そうかそうか。なるほどな。俺のこと木っ端微塵にしたいんだな。理解したわ。行き場のない萌えと萌えと悶えは、とりあえず近くにあったクッションを、3回殴り発散させといた。
そうだな、もう、起こしに来ない。あれ以上耐えられない自信がある。キスしてベットに押し倒し、いやもう寝てたからな、あのままキスして滅茶苦茶にしてやりたい……やだ、なに興奮してんの自分。落ち着こう。深呼吸して。すーはー。すーはー。…ちなみにディーが目覚めた後の会話は覚えていないが、外面の良いアレクサンダーくんはきっちり幼馴染みっぽい対応をしていたと信じている。きっとな。
「…はぁ」
どっと疲れが残った体と心で、良い香りが漂うリビングへと足を進めた。