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狐の嫁入り  作者: 東京 澪音
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玄関をくぐると味噌汁のいい匂いがした。

僕らは洗面所で手洗いなどを済ませ、台所に顔を出す。


「おはよう母さん、父さん。」

そう言うと僕はいつもの席に着く。


「おじさん、おばさん、おはようございます。今朝はすみません、何のお手伝いも出来ずに。」

申し訳なさそうに父と母に頭を下げる玉藻さん。


僕は隣の席の椅子を引いて、玉藻さんをそこへ促す。


「二人ともおはよう。玉ちゃん、おじさんおばさんとか他人行儀過ぎるわよ。もっとラフでいいのよ!それと、まだ若いんだから家の手伝い云々よりも、自分がやりたい事をやりたいようにやりなさい。青春の時間って言うのは二度と戻ってこないの。歳をとってから後悔しない為にも、今を楽しむ為に最大限の努力をしなさい。あ、因みに母さんはまだまだ青春真っただ中だからね。」


初めて知った真実。

いや、正直知りたくなかった母の衝撃的な言葉。


「おはよう二人とも。父さんも母さんと同じ意見だ。もっと軽く行こう。玉ちゃん、私の事はパパって呼んでくれて構わないからね。もし呼んでくれたら、お小遣いが某ラーメン店並みに増し増しになるかもしれない。遠慮なく呼んでくれたまえ。」


母が母なら、父も父だ。

ウチの家族は他より少し個性的で天然が入ってるのかもしれない。

まぁ、二人の間に生まれた僕もそれなりに個性的で天然なんだろうけどさ。


「パパ」

僕は頭を抱えてしまった。


「いや~、母さんに言われてもあまり嬉しくないな。それにお小遣いは増し増しされないよ。」

こんな母だ。


「あら、そんな事言っていいのかしら?お財布のひもを握っているのは私ですよ。今月からお父さんのお小遣いを少し勝手にカットして私の方に回しておきますから。」


父は母に頭を下げ、許しを請う。

僕の横でさっきまで困った顔をしていた玉藻さんだったが、そんな二人のやり取りを笑顔で見守る。


「とても暖かく、いいご家族ですね。この様に楽しく食事をしたのは生まれて初めてです。また、家族で一緒に食事をとったのも初めてです。私の村では男性が先に食事を取り、女性はその後に食事をとります。食事中の会話は端たないという事で、固く禁止されておりました。」


少しだけ笑顔が曇る玉藻さん。


「玉藻さん、玉藻さんはもう家の家族同然なんだから、肩ひじ張らずに楽しくいきましょう!郷に入れば郷に従う。人生なんて楽しんだもん勝ちですよ!あ、父さん母さん早くご飯にしようよ!学校遅れちゃうから。ほら、父さんも朝から泣いてないでご飯にしよう。会社遅れるよ!」


そう言うと、僕らは手を合わせ食事を頂く。

今朝は鮭と味噌汁にきゅうりと大根の漬物。


でも今朝は久し振りに家族4人で朝食を摂っているせいか、いつもよりおいしく感じたのは僕だけじゃないはず。父さんも母さんもとても笑顔で、楽しそうに朝食を摂っているようにうかがえたからだ。


僕は食事を終えると部屋に戻り学生服にそでを通す。


「宗人様、どこか行かれるのですか?」


僕の制服姿に少し首を傾げる玉藻さん。

その仕草がとても可愛く見えた。


「あ、学校に行くんだよ。こう見えて一応は受験生だからね。まぁ、将来の夢とかはまだ全然決まってないんだけどさ(笑)玉藻さんは村では学校とかどうしてたの?」


色々と興味がある僕は玉藻さんに聞いてみる。


「私の村では学校と呼べるものは一つしかなくて、15歳になると卒業を迎えます。教育についても人間界とは大きく異なり、女性は裁縫や料理といった言わば花嫁修業がその殆どになります。私達女性は16歳を過ぎると親の決めた者と結婚し、家庭を持ちます。それはそれで仕方のない事かもしれません。少ない種の私達は、子々孫々、後の世に残さなければならない義務がございます。それに男尊女卑の根付いた村です。私達に拒否権はありません。」


少し諦め顔でそう話す玉藻さん。

僕は玉藻さんの言葉に胸を締め付けられ、とても悲しくなった。


いくら村の決め事だからと言って、人ひとりの人生を勝手に決めていいはずがない!

ましてやそれが親ならなおさらの事。


玉藻さんだってまだ遊びたい盛りだろうさ。

自分の父や母の面子を潰さない為にも、自分を犠牲にしようとしている。


そんなのおかしいよ!

僕の常識は彼女の村では通用しないのかもしれない。だけど、好きでもない相手と結婚して、幸せな家庭を築けるなんて僕には到底思えない。


僕は彼女の両手をとると、彼女の瞳を見つめる。

澄んだ綺麗な目の中には、いつもと違って真剣に玉藻さんだけを見つめる僕だけが映っている。


「大丈夫だよ玉藻さん。ここは君の住んでいた村と違って、誰も君を悪く扱う人なんていないから。君はここにいて沢山幸せになっていいんだ。どんな事からも必ず僕が君を守るから。安心して心穏やかに過ごせばいい。」


僕の言葉に瞳を潤ませる玉藻さん。

どこか不安そうで、でも少しだけ嬉しそうな瞳。


僕はその不安を拭ってあげると、その瞳から頬を伝って一粒の涙が流れたのだった。

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