日課
早く寝すぎたせいか、まだ朝の5時だって言うのに目が覚めてしまった。
今時の小学生でも眠らない時間に寝たんだから当たり前か。
僕は部屋の窓を開けると大きく伸びをした。
朝は窓を開けて空気の入れ替えを必ず行う。
それから少しだけ椅子に座ってボーっと外の通りを眺めるのが毎朝の僕の日課だ。
あまりにも早く起きてしまったから、今日はかなり長い時間ボーっと出来そうだ。
家にはタブーな事が一つだけある。
今玉藻さんが使っている部屋の元の部屋主の事だ。
本来僕には一つ年下の妹がいて、4人家族だった。
だが、幼い頃この家の前の道路で交通事故に遭ってしまい、妹は5歳で亡くなった。
しばらくは父も母も僕もその現実を受け入れられずにいたのだが、あれから12年経ち、元通りとはいかないものの、亡くなった妹の為にも、家族3人仲良く暮らしている。
僕が毎朝この部屋から外の通りを眺めるのは、多分そのせいなんだと思う。
傍からはボーっとしてるように見えるかもしれないが、僕にとっては妹を想う為の大切な時間だ。
もしも妹が生きていたら僕らはどうしていただろうか?
生きていれば玉藻さんと同い年。
毎朝学校に一緒に行って、昔みたいに一緒に出掛けたりしただろうか?
もしかしたら少しシスコン気味な兄貴になっていたかもしれないな。
そんな事を考えていると、部屋のドアを3つノックする音が聞こえた。
時間は6時を少し過ぎたところだ。
「ど~そ。」
そう言うとノブが回りドアが開く。
玉藻さんだった。
「おはようございます。先程窓の開く音がしたので、朝早くに失礼かと思いましたが、お伺いしてしまいました。」
彼女は朝早い時間にも拘らず、身支度もしっかり整っている。
僕はと言えば、Tシャツにトランクスと言ったいで立ちだ。
「あ、おはようございます!こんな格好でスミマセン。とても朝早いですが、昨日はゆっくり休めました?」
すると玉藻さんはとても素敵な笑顔で大きく一つ頷いて。
「はい!とても寝心地の良い布団で、朝までグッスリでした。お恥ずかしい話、昨日は少し疲れていたせいか、22時位には寝てしまったので、今朝は5時頃には目があいてしまいました。」
よかった。
取り敢えず十分に身体を休められたみたいだ。
あの雨の中立ち尽していたから少し心配だったけど、風邪とか大丈夫そうだ。
「玉藻さんお腹空いてる?家はいつも朝7時から朝食なんで、もう少しだけ待っててもらえるかな?」
そう言うと僕は掛けてあったジャージに着替える。
「どこか行かれるのですか?」
そう言うと首を少し傾げる。
「うん!近くの川に朝食の魚取りに!今日からは4人家族だからノルマ4匹。気合いを入れないと!」
可愛い子は揶揄いたくなっちゃうのは男の性なのかな?
僕は小学生並みの冗談で彼女を揶揄ってみた。
「そうだったのですね。でしたらお供いたします!きっと宗人様のお役に立てるかと思います。こう見えて私、魚取りはかなり得意です。村じゃ毎日魚を捕っていましたから!働かざる者食うべからず!さあ、行きましょ!」
そう言うと玉藻さんは腕まくりをして部屋を出て行こうとするので、僕は慌ててそれを止めた。
「じょ、冗談ですから玉藻さん!本当は日課の散歩に出かけるんです。よければ一緒にどうですか?」
若干キョトンとしたものの、僕は彼女を連れて外に出た。
「酷いです~騙すなんて!」
ちょっとご立腹な玉藻さんに平謝りな僕。
そんな構図のまま近くの河原まで歩いてきた。
しかし美人は怒っても美人なんだね。
そんな事を考えながら、僕は河原に生えている花を摘む。
「何をなされているのですか?あら、ベニバナボロギクじゃないですか!という事は茹でてお浸しにでもされるのですか?食べられるのは若い葉だけなんで、気をつけて下さいね。」
そう言うと、それを見てどこか嬉しそうに微笑んだ。
「あ、違うんだ。ちょっと必要でね。それよりも玉藻さんは博識ですね。僕はこの花の名前すら知らなったのに。しかも食べれるとかビックリ!」
僕は花を摘み終えると来た道を戻る。
「私の村では結構食べます。実はこうして歩いていると、結構食べれる草花ってあるんですよ。例えばヨモギ・オオバコ・ヤマフキ・ナズナ・つくしやタンポポなんかは有名ですね!」
流石山奥の村育ちだけあってそう言った事に詳しい。
「へぇ~、凄いんだな玉藻さんは!僕が知ってるのなんて、つくしとタンポポ位だよ。」
そんな話を二人でしながら並んで歩く。
僕は家の前の道路を角に建てられたお地蔵さんにその花を供えると、そっと手を合わせ静かに目を閉じた。
それを見ていた玉藻さんは、僕の隣でそれに倣う。
しばらく黙禱したのち玉藻さんが尋ねる。
「宗人様は信心深いのですね。」
僕の横でそう言って微笑む。
「違うんですよ。ここで小さい頃に妹が事故で亡くなったからさ。散歩がてら僕がここでこうするのは毎朝の日課なんだ。」
そう言って玉藻さんに微笑み返すと、玉藻さんは少し申し訳なさそうに視線を落とした。
「そうとも知らず申し訳ありません。」
僕は少し慌ててしまう。
「あ、気にしないで!随分と昔の事だし、全然気にしてないから。それよりも一緒に手を合わせてくれてありがとう。きっと妹も喜んでる筈さ!さ、そろそろ朝ごはんなんで帰りましょう!」
玉藻さんの腕を掴み玄関から家に入ると、ちょうど7時の鐘が鳴るところだった。