新しい家族
僕はその美しさに見惚れていたんだ。
白い肌と透き通った瞳。
彼女の美しさは完璧だった。
「あの~、あまりジッと見つめられると恥ずかしいのですが・・・。」
その声で我に返る。
「あ、失礼しました!あまりに美しかったのでつい・・・。ところでお名前を尋ねてもよろしいですか?僕は宗人。この近くの高校に通う18歳。」
やはりまずは自分から名乗るのが筋だろう。
彼女は狐の面を膝に置きこちらに向き三つ指を立てる。
「申し送れました宗人様。私は玉藻と申します。歳は今年17歳になります。宗人様は、伏見稲荷大社に祀られております九尾の狐はご存知でしょうか?私はその九尾の狐で有名な玉藻の前様から名前を頂きました。どうぞお見知りおき下さいませ。」
そう言うと深々と頭を下げた。
さっきから気になっている事がある。それは彼女がとても古風だという事だ。
育ちが良いのか、ご両親のしつけが厳しかったのか。
その辺の理由はわからないが、彼女は最近の若い子達とは全く雰囲気が違うのだ。
それにさっき村と言っていたが、この辺には村なんて存在しないはずなんだ。
僕が暮らすこの町は、結構山の方に位置していて、これ以上先には、民家はあっても村なんて存在しないんだ。
そうなると彼女の色んな所が気になってくる。纏った純白の花嫁衣装も、狐の面も。
「ねえ玉藻さん、さっき村と言っていたけど、どこの村の事なの?」
僕がそう尋ねると、玉藻はしばらく黙っていたが、意を決したかのように、ポツポツと話し出した。
「ここから北西へ行くと山が見えるのがわかりますか?足柄山、あそこの山の奥に私の村はあります。」
足柄山って言えば金太郎で有名で、ここからもそんなに遠くない。
でもそんな山の中に村があるなんて初めて知った。
彼女が嘘をついているとも思えないし・・・。
「宗人様も薄々は感ずいていらっしゃるかと思いますが、私は人ではありません。人の姿かたちはしておりますが、私は狐。妖狐なのです。故に、人里離れた場所に村があり、人には見つからない様に結界を張って村と私たちの存在を隠しております。人の中にも私たちの存在を知っているものもおりますが、それはごく少数です。また、人に素顔を見られる事はご法度となっております。」
だから狐の面なんだ。
そして妖狐と言ったら白のイメージ。
まぁ、祝言って言ってたから花嫁衣裳なのは当たり前だが・・・。玉藻さんに聞くと、やはりその辺が由来するらしかった。
「そっか、玉藻さんは妖狐なんだね。でも僕なんかに素顔を晒しちゃってよかったの?元はと言えば面を外すよう促した僕の責任でもあるけどさ、嫌な事は嫌と言っていいんだよ。ここには男尊女卑は存在しないんだから。」
そう言うと玉藻さんはにっこりとほほ笑んだ。
「本来、素顔を知られた場合には、いくつかの選択肢の中からその後の処遇を決めるのですが、特例もあります。信頼に値するものであればその限りではないのです。私は、宗人様にそれを感じました。ですので、どうかお気になさらず。反対に私からも一ついいですか?私は妖狐です。そんな私を宗人さんは信じてくださるのですか?あなたからは私を疑うと言った発想が伺えないのですが・・・。」
さっきとはうって変わって真剣な眼差しを僕に向ける。
「うーん、妖狐だとか人だとかって、あまり関係なくないかな?僕はそう言った事を気にする質じゃないし、正直そこは重要じゃないんです。大切なのはお互いに信頼し合い助け合う事なんじゃないのかな?玉藻さんは僕の質問に真剣に答えてくれた。それは信頼に値する事です。だから玉藻さんもあんまり気にしないでさ、肩ひじ張らずにいこうよ!あ、それと敬語とか使わなくていいから。同年代なんだし。なんか背中がこそばゆくなっちゃうしね。」
僕の答えに、急にポカーンとしちゃったけど大丈夫かな?
「宗人様は、お人よしといいますか、なんと言いますか、変わってらっしゃいますね。」
何だろう?ひょっとして呆れられてるのかな?
「よく言われるけど、全然気にしてないよ。取り敢えず自己紹介も事情も聞いたし、そろそろお昼ご飯にしよう!母さんがお昼作ってくれてたから、そろそろ出来るころだと思うよ。」
そう言うと僕は彼女に手を差し出し、二人で台所へと向かった。
「あら、ちょうどよかった!いまご飯出来たから、温かいうちに食べちゃいなさい。」
僕と彼女はテーブルに座ると、目の前に出されたお昼に目をやった。
お稲荷さんときつねうどん・・・。
出来過ぎだろ!思わず突っ込みたくなったが、ぐっと堪える。
「ほら、さっき狐の面してたじゃない!それ見たら母さんなんだか急にビビっ!と来ちゃってね、お稲荷さん作りたくなっちゃた!で、余った油揚げをうどんに入れて、きつねうどんにしちゃったって訳。」
流石は僕の母さんだ。考えがあまりにも安直すぎる!
「ところで貴女凄い美人ね!ひょっとして芸能人とかなの?ちょっとこれにサインしてくれない?房恵さん江って書いてね!」
ミーハーな母である。
取り敢えず玉藻さんが困ってるので、止めに入る。
「母さん、玉藻さん困ってるでしょ!?止めなって!それに彼女は芸能人じゃないから!」
そう言うと母さんを玉藻さんから引き離した。
「あらそうなの?あまりにも美人だったんで勘違いしちゃったわよ。で、玉藻ちゃんて言うのね!息子ともどもよろしくね!」
取り敢えずご飯が冷めちゃうので、僕らはご飯を食べ始める。
そんな中、一つ疑問が浮かんだので玉藻さんに聞いてみた。
「やっぱりさ、油揚げとかって好きだったりするの?」
そう言うと玉藻さんは少し笑いながら答えてくれた。
「好きですよ!特に甘めのお稲荷さんとかには目がありませんね。」
そう言うと美味しそうにお稲荷さんを食べていた。
狐が油揚げが好きだというのはどうやら本当の事らしい。
僕らは食事を終えると、食後のお茶を飲んでいた。
そうだ!母さんに玉藻さんの事を話さなきゃ。
この家に住んでも構わないか聞かないといけなかった。
さて、どう言ったらいいものか。
まぁ、考えても仕方ない、兎に角話してみよう。
「ねえ、母さん。娘欲しくない?実はさ、色々深い訳があってさ、玉藻さん行く当てがなくて困ってるんだ。家に住まわせてあげてくれないかな。」
とか言ってみた。
僕の急な発言に、玉藻さんはビクッとしたが、黙って母の答えを待つ。
「あらいいじゃない!母さんね、今だから言うけど、息子より娘が欲しかったのよ!って言うか母さんはウエルカムよ!玉ちゃん、この子の隣の部屋が空いてるから好きに使っていいわよ「」
その答えに玉藻さんはまたもやポカーンとしている。
「ほらね、大丈夫でしょ!因みに母さんがOKって事は、父さんもOKだから安心して。」
そう言うと、僕は台所に食器を洗いに入る。
玉藻さんが手伝うと言ってくれたが、今日はお客様って事で、テーブルでくつろいでもらった。
玉藻さんは母さんに何度も何度もお礼を言っていた。
片づけが終わると、僕は空き部屋に玉藻さんを案内する。
二階の角部屋で、日当たり良好。
取り敢えずベットしかないので、母さんに言って布団を出してもらう。
ベットメイキングを済ますと母さんが何か思いついたようだ。
どうやら玉藻さんのカッコを見て着替えが必要だと判断し、急遽近くのショッピングセンターへ3人で買い物に出かけた。
いつまでもジャージって訳にもいかないしね。
ついでに玉藻さんの着ていた花嫁衣裳をクリーニングに出した。
ショッピングセンターでは玉藻さんは洋服を買ってもらう事に大層遠慮したが、今日からうちの娘になったのだから、遠慮しない!と言われ、まるで着せ替え人形の如く洋服を試着させられていた。
荷物は僕が担当。
僕らは買い物を済ますと、家に戻る。
夕飯は母さんと玉藻さんが二人で作る事となった。
僕はその様子を台所のテーブルに腰かけ見ていた。
彼女は料理が得意みたいで、ジャガイモやニンジン、玉ねぎなんかもそつなく剝いていく。
で、食材からもわかる通り、今夜のメニューは肉じゃが。後は魚を焼いて、豆腐と油揚げの味噌汁。
夕飯の支度が終わると、僕らは買ってきた洋服なんかを荷解きし、部屋の洋服ダンスにしまっていく。
18時を過ぎたあたりで父さんが帰宅した。
僕は玉藻さんを連れ父さんに引き合わせると、父さんも母さんと同じで大賛成。実は息子より娘が欲しかったとの事。
4人揃ったところで夕飯をみんなで食べる。
玉藻さんが作ってくれた肉じゃがはとてもおいしかった。
僕は食事のあと片づけを済ませ、お風呂に入って疲れを癒す。
なんか今日一日色々あったけど、これから素敵な日々が始まるんじゃないかと思うと、心がワクワクしてくる。
21時30分。
僕は眠り落ちた。