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狐の嫁入り  作者: 東京 澪音
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狐の面と花嫁衣裳

空は晴れているのに、雨が降っていたんだ。


傘もささずに歩き出した道で、僕は昔祖母が話してくれた狐の嫁入りの事を思い出していた。


地方によっては様々な呼び合で呼ばれている。


狐の嫁取り、狐雨、狐の祝言、狐の嫁取り雨など。


天気雨をこう呼ぶのは、晴れているのに雨が降っている嘘の様な状況を、何かに化かされているような感覚を感じて呼んだものと考えられており、かつては狐に妖怪の様な不思議な力があると言われていた事から、狐の仕業とみなし、狐の嫁入りと呼んだという。


山のふもとは晴れていても、山の上ばかり雨が降るのは、山の上に行く狐の行列を人目につかせないようにするため、狐が雨を降らすとも考えられていたとも、めでたい日にも関わらず、涙をこぼす嫁もいたであろうことから、妙な天気である天気雨をこう呼んだとも言われている。


「まぁ、そんなめでたい日に涙を流す嫁さんなんてさ・・・ここにいるし!」


僕の目の前に、花嫁衣装に身を包んだ女性が顔を両手で覆い隠して立ち尽している。


まじかよ!?


なんか訳ありそうだし、厄介な事に巻き込まれても嫌だから、知らんぷりして通り過ぎようとも考えたが、この雨の中傘もささずにびしょ濡れな姿を見てしまうとさすがに見過ごせない。


僕は彼女に近づくと、思い切って声をかけてみる事にした。


「大丈夫ですか?」


そう尋ねると、彼女は一瞬ピクっと肩を震わせたものの、しばらくすると恐る恐る覆い隠した顔から両手の離しこちらを見た。


え!?


狐の面をしたその女性は僕にこう呟いた。


「このような姿、驚かれた事でしょう。往来で大変申し訳ありません。訳あって今はこの面、外すことが出来ませんが、私の様な素性の分からぬものに声をかけて頂きありがとうございます。私の事はご心配なさらずとも大丈夫でございますので、どうぞ気にせず、このままお通りください。」


今時の女性にしては何とも丁寧な口調だけれど、気にせずお通りくださいって、気になっちゃったんだから仕方ない。そう言われてこのまま通り過ぎれるかってーの。


「このままこの雨の中に立っていたら風邪をひきますよ。僕の家この近くですから、雨宿りがてら寄って行きませんか?」


そう言うと彼女は少し考えてから答える。


「お気遣い、痛み入ります。しかし、私の様な素性のしれないものが、貴方様のご自宅にお招きいただいてよろしいはずがありません。それにきっとご迷惑をかけてしまう。お気持ちだけ頂いておきます。」


まぁ、狐の面なんかつけてれば、人の目には怪しくも映るんだろうけど、さすがにそのカッコでこの雨の中ほっとくなんて、人として僕にはできない。


「気にしなくていいよ。困った時はお互いさま。せめてさ、今着ている服を乾かして、雨が上がるまで家においでよ。」


この雨の中お互いにびしょ濡れで押し問答するのもどうかと思い、彼女の答えを聞かぬまま、彼女の手を取ると家まで引っ張って行った。


そこから家はとても近かった。

角を曲がってすぐの一軒家に、父・母・僕の三人で暮らしていた。


玄関の前までくると、僕は大声で母にタオルとお風呂の準備をお願いする。

まもなくして母がバスタオルをもって玄関に現れた。


「あれま!あんた彼女連れてきたのかい!?しかしどう見ても花嫁衣裳を身に着けてるけど、なんかあったのかい?まさか!あんた浚ってきたんじゃないでしょうね!」


さらうって・・・。

そりゃ~こんなカッコだ、怪しまれてとうぜんだよな。

取り敢えず僕は適当に誤魔化した。


「あ、実はすぐそこの神社で演劇部の練習してたんだけど、急に雨降っちゃったじゃない。仕方なく練習が急遽終わりになったんだけど、彼女だけ取り残されちゃって困ってたって訳。だから連れてきちゃった。悪いんだけどこの子をお風呂に入れてあげてくれないか?あと、この衣装も乾かさなければならないから母さんお願い!」


そう言うと納得したのか、彼女を連れてお風呂場に入って行った。

僕はその間に身体を拭いて着替えをすませ、彼女用にジャージを出す。


お風呂場から母さんが花嫁衣裳をもって出てきた。

取り敢えずクリーニングに出さないと、そのままではダメらしい。

クリーニング屋には後で僕が行く事を告げ、母にジャージを手渡しお風呂場に持って行ってもらう。


母はその後お昼の支度にとりかかる。


僕はと言えば、コーヒー片手にこの状況を考えてみるものの全くもって理解できないでいた。

と言うか、この状況を理解しろってのも難しい。


狐の面に花嫁衣裳。

まさに狐の嫁入り。


僕は彼女がお風呂から出るのを待って事情を聴く事にした。

30分ほどすると、ジャージ姿で狐の面を被った彼女がお風呂から出てきた。


取り敢えず落ち着いて話した方が良いと思い、彼女を僕の部屋に通す。

ついでにコーヒーを淹れなおすと、ティーカップをもう一つ用意した。


「無理やり連れてくる形になっちゃってごめんね。でもあのまま君をほっとくことがどうしても出来なかったんだ。」


そう言いながら、僕は彼女の前にコーヒーと砂糖、ミルクを差し出す。


彼女はこう答えた。


「いいえ、お心遣い感謝しております。私の様なものに優しくしてくださり、本当に嬉しかった。驚かれましたよね?あのような姿であの雨の中。言わずともわかると思いますが、わけあって立ち尽しておりました。」


それだけ言うと、彼女は黙ってしまった。

きっとよっぽどの事情があったに違いない。


僕は一瞬事情を聴くのを躊躇ったが、彼女の力になってあげられたらと思い、尋ねる事にした。


「ごめんね、きっと話ずらい事とか沢山あるかと思うんだけど、よかったら聞かせてくれないかな?勿論誰にも言わないし、無理にとは言わないけど、一人で抱え込むよりも誰かに話した方が楽になる事だってあるからさ。」


僕はそう言うと、彼女の言葉を待った。


「・・・私、逃げて来たんです。あのカッコからもご想像がつくかと思いますが、今日は私の祝言の日でした。でも、それは私が望んだ結婚ではありません。親同士が勝手に決めた事。私は好きでもない方に嫁ぐのは嫌だったのですが、父や母の面子を保つためにも、仕方なくお受け致しました。ですが、やはり自分の気持ちには嘘が付けなくて、気が付けば逃げ出しておりました。そんな途方に暮れた私に、優しく手を差し出してくれたのがあなた。私の村では男尊女卑がいまだ根深く残っており、例え嫌だと言ったところで女である私の意見なんて通りません。でもあなたは違った。とても嬉しかった。」


そんな村で過ごしてきたんだったら、今まで相当辛い思いをしてきたんだろうな。

僕は少し胸が痛くなった。


「もしさ、もしなんだけど、君さえ良ければ、しばらくここにいていいよ。家はさ、どっちかって言うと女が強くてね。父と母、そして僕の三人暮らしだし、部屋も空いてる。それに二人とも困った人をほおっとくような冷たい人間じゃないから、OKしてくれると思うよ!だから安心していいよ。」


そう言うと彼女は声をあげて泣き出してしまった。

僕は彼女が泣き止むのを待つと、お昼ご飯を一緒に食べようと提案する。


しかし、狐の仮面のままでは食事もままならないと思い、彼女に尋ねてみた。


「あ、そのさ、お面外さないとさすがにご飯食べれないよ、ね?」


彼女は、あっ!と一つ呟くと、被っていた狐の面を外した。


狐の面を外した彼女の顔は、あまりにも美しく、僕は言葉をなくしてしまった。






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