わんわんパラダイス!(地獄編)
話は今から五百年以上前になる。
当時、世界を二つに分ける大規模な戦争があり、世界は混沌としていた。
片や、人間・エルフ・ドワーフによる連合軍。
もう一方は魔族・魔獣より構成された通称 " 魔人軍 "
二つの勢力は敵対し、その力は互いに拮抗していた。
だが、そのバランスは、突如として現れた " 魔王 " により、跡形もなく崩さった。
魔族の中でも特に力の強かった魔王はその力とカリスマ性により、バラバラだった魔族を一つに纏めあげ、その頂点に君臨した。
これにより、それまで烏合の衆に過ぎなかった魔族は、魔王を頂点とした " 魔王軍 " へと変貌を遂げる。
団結した魔王軍の力は凄まじく、戦況は一気に傾き、魔王軍の圧倒的優勢となった。
誰もが、魔王軍の勝利を確信した。
そんな時、事件は起きた。
魔王が、倒されたのである。
連合軍側に突如 " 勇者 "なる者が現れ、魔王を倒したのである。
魔王の突然の死に、魔王軍に動揺が走った。
その隙を突いて、それまで防戦一方だった連合軍は一気に攻勢に躍り出た。
支柱を失った魔王軍は脆く、形勢は逆転し、連合軍側の勝利となった。
敗北に伴い、各地の有力魔族はほとんど滅ぼされ、魔族側は一気に衰退した。
だが、それだけでは終わらなかった。
何と、勇者は全ての魔族・魔獣に " 呪い " をかけ、全ての魔族・魔獣は、スキルや魔法の習得、進化を、全て封印されてしまったのである。
これにより更なる弱体化を余儀なくされた魔族は、戦争の事もあり、差別され、苦しい生活を強いられるようになった。
そして現在、いまだにそれら差別は続いており、魔王軍の本拠地であった " 魔大陸 " 以外に住むほとんどの魔族は、隠れ潜むように暮らしているのだそうだ。
「そして、これが 勇者の " 呪い " の証です……]
そう言って全てスズちゃんは自分の着ている服の襟を、下に引っ張った。
白い、小さな胸元が露になる。
そのなだらかな胸元の中心辺りに、小さな、赤い刺青のような丸がある。
良く見てみるとそれは、複雑な模様をした、魔法陣のようであった。
「この呪いがある限り、スズ達はどんなに頑張っても、どんなに勉強しても、決してスキルや魔法を習得する事は出来ないのです……」
スズちゃんは、悔しそうに唇を噛んでいた。
「呪いを解く方法は、何か無いの?」
自分の問いかけに、スズちゃんは小さく首を横に振る。
「基本的にはありません。強い魔力があれば解く事も出来るそうなのですが……」
「なら、それで……」
「ですが、それにはあまりにも膨大な魔力が必要なのです。なんでも、宮廷魔術師くらいの魔術師が、何十人も必要なほど……ですから、スズ達のような者達では、到底、夢のまた夢なのです……」
そう言ってスズちゃんは項垂れてしまった。
……呪いか、また厄介なモノを。
スズちゃん達の話によれば、スキルや魔法があるのと無いのとでは、天と地ほどの差があるらしい。
この世界では、全ての生活や物事に魔法が関係してくるし、持っているスキルが重要視されるからだそうだ。
例えば、料理をするにも火や水の魔法または、それらに準ずる魔導具が関係してくる。
自分がキリモミ式で火を起こした時、二人が驚いたのもそれに由来する。
本来使われる火の魔法や、火を起こす魔導具を使っていなかったからだ。
スキルにしたってそうだ。
スキルとは、何らかの成長を世界が認めた際、獲得出来る [ 能力 ] なのだそうだ。
種族特有の能力だったり、長年の努力と経験で身に付く物だったり、色々あるらしいが、それにより就ける仕事も変わってくる。
荒事向きのスキルなら戦士や兵士に、物作りに関わるスキルなら職人へといった具合だ。
よく分からないが、恐らく才能みたいな物だろう。
スキルを獲得出来るかどうかは、才能が芽吹くか芽吹かないに近い。
どんなに努力したり勉強したりしても、芽吹かない。
いや、芽吹く機会すら与えられない。
スキルの獲得を封印されるというのは、どうもそういう事のようだ。
多分、勇者は魔族や魔獣が、二度と自分達に戦争にを仕掛けてこないよう、武器を奪う意味で封印をしたのだと思う。
だがそれは、殺さないかわりに、両手両足を奪うようなものだ。
未来永劫に続く不自由を、強いられる。
考えただけでゾッとする。
しかも、その不自由を、実質戦争とは何の関係ないスズちゃんやチエちゃん達子供にまで強要するなど、絶対に許されない。
そんな風に考えていた時、何かの気配を感じた。
*
気配を感じ、後ろを振り向く。
振り向いた先、正面の茂みの中から、ゆったりとソレは姿を現した。
現れたソレは、狼だった。
体長は二メートルほどだろうか。
自分の知る狼より、遥かに大きい。
そして、その身体には体毛は無く、代わりに、黄緑色の苔が全身から生えていた。
全身に苔を纏った狼……苔狼(仮名)だ。
ごるるるぅぅぅっ……
苔狼は低い唸り声をあげながら、こちらをじっと睨み付けている。
だが、それだけではなかった。
苔狼が出てきた茂み、その中から、更に数匹、苔狼が出てきた。
全部で、五匹。
ぞろぞろと出てきた苔狼は、ゆっくりと、こちらを囲むように拡がっていく。
いずれの苔狼も、低く唸りながら、こちらをじっと睨みつけていた。
「そんな……」
「モスウルフが……こんなに……」
二人が小さく呟く。
見ると二人共、顔色が真っ青だった。
……まぁ、普通は怖いよね、こんなデカイの。
この三日間で、すっかり慣れてしまった自分に、少し笑えてくる。
それにしても、今日はもう無いと思っていたんだけどな……てっいうかモス(苔)ウルフ(狼)って、名前、半分正解だったんだな……
そんな事を考えながら、ゆっくりと立ち上がる。 立ち上がり、モスウルフに向かい合う。
「二人はそこでじっとしててね」
「っ!!そんな!無茶です!!」
「危険過ぎます!やめて下さい!!」
二人が悲痛な声で叫ぶ。
それを自分は、いいから、いいから、と軽く受け流す。
受け流しながら、蔦で腰に結わい付けた斧を取りだし、右手に持つ。
斧の端を、軽く握る。
握りながら、モスウルフの囲みの中央へと歩み寄る。
ごるるるぅぅぅっ!!
五匹のモスウルフの唸りが強くなる。
苔むした眉間に皺が寄り、牙が剥き出しになった口の端に泡が溜まっていた。
囲いの、中央に到達する。
ごうっ!!
五匹の中央ー正面のモスウルフが
吠えた。
それと同時に、五匹のモスウルフが、弾け飛ぶように向かってきた。
……あいかわず、見事なものだな。
向かってくる五匹のモスウルフを見て、改めてそう思った。
目の前の五匹のうち、二匹が今、同時に自分へ向かって来ている。
一匹は左から上、自分の左の首筋を狙って。
もう一匹は、右から下、右の下半身を狙って。
その後ろにはそれぞれ一匹づつ、自分に向かって来ている。
そして、最後に正面から一匹、こちらに向かい、まっすぐに向かって来ていた。
最初の二匹のうち、例えば左上の一匹だけに集中する。すると、対角線上の死角・右下から、もう一匹が襲いかかる。
その逆も同じ。
それを退けても、今度は逆のパターン、右上と左下から同時に襲って来る。
そして最後に、正面から向かって来る一匹に、体当たり気味に押し倒され、止めを刺される。
どれか一匹でも食らい付けば、後の仲間が更に食いつき、止めを刺す。
常に死角から多段的に、かつ効率良く獲物を狩る、完成されたコンビネーション 。
それがこのモスウルフ達の強さだ。
最初に闘った時は面食らった。
まさか、動物が格闘技で言う『対角線コンビネーション』を使ってくるなんて……と。
最初の二匹、左上の一匹が、飛び掛かって来た。
その攻撃を、左足を斜め後ろに引き、避ける。
避けながら、右手に持った斧を左上の、今は正面の一匹の顔面へと振り抜く。
ぐじっ、
湿った肉を、断ち切る音がした。
最初の一匹の、下顎から上が両断され、宙を舞い、残された体が、どうっ、と地面に落ちた。
今度は右下から、二匹目が迫って来た。
右足を引き、二匹目の左側に踏み込む。
踏み込みながら、返す刀で、二匹目の首に、斧を打ち込む。
ずくっ、と、言う音と共に、二匹目の首と胴が、切り落とされた。
切り落とされた二匹目の首が、飛び掛かった勢いのまま滑空し、地面に転がり落ちた。
それと同時に、宙を舞った、一匹目の下顎から上が、湿った音をたて、地面に落ちてきた。
その後に、左斜め後ろから、三匹目が、地面を這う様に向かって来た。
身体を捻り、三匹目の右側に、左足で踏み込む。
身体を、捻った勢いのまま、首の真下から斧を切り上げ、首をはねる。
柔らかい、首の下の肉を切る感触が右手に感じた。
両断出来なかった首が、首の皮一枚だけで、胴からぶら下がっている。
ぶしゃっ、
傷口から血が吹き出し、吹き出した血がざあぁっと地面に降り注いだ。
三匹目が、地面に血を撒き散らしながら倒れ伏す。
その三匹目を飛び越える勢いで四匹目が、右斜め後ろから襲いかかって来る。
右足を踏み込み、切り上げた勢いのまま、四匹目の顔面に斧を振り抜く。
ずくずくずくっ!、と、いう、堅い骨と肉を連続して断つ感触が伝わって来る。
四匹目の、下顎から首付け根、左の前足までが断ち切られた。
切られた四匹目が、血と臓物をぶちまけながら、宙を舞う。
その切られた四匹目の死体の裏ーー自分の左側目掛けて、最後の五匹目が突っ込んで来た。
左足に体重を掛け、五匹目に向かい合う。
振りかぶった斧を、地面に叩きつけるように振り下ろす。
振り下ろされた斧が、五匹目の眉間に叩き込まれる。
ごぢゅんっ!!
堅い、頭蓋を砕く感触と、柔らかい脳味噌や肉を断ち切る感触が、右手に響き渡る。
五匹目は口から血を吐き、衝撃で左の眼球が眼窩から溢れ出た。
舌をだらんっと出しながら最後の五匹目は地面に叩きつけられるようになって死んでいた。