閑話その三・スズちゃん、山へ行く
「はぁぁっ!」
気合いの声を上げ、スズは迫り来るロック・リザードへ向け、手に持った刀を振り下ろします。
狙いは、首。
振り下ろした刀の刃が、岩のようなロック・リザードの鱗を切り裂き、その下にある、柔らかい肉の中へと潜り込んでいきます。
ずくずくずくっ……、ぶつんっ!
ぶっつりと、肉と骨を断ち切る手応えが、刀から伝わってきます。
首と胴が二つに別れ、斬られた首は地面を転がっていく。
残された胴体がその場に崩れ落ち、断面から吹き出した血が、ざぁ、っと地面を叩きました。
「……よし、今斬ったので全部! サヨリ様! コッチは終わりました!」
辺りに討ち洩らしがいないのを確認し、近くで別の群れを仕留めているサヨリ様に声を掛けます。
確か、向こうにはこちらの倍、八匹ほどいたはずですが……。
「お~! コッチも今終わったよ~」
近くの繁みから、サヨリ様ののんびりとした声が聞こえてきました。
やはり、心配など無用のようです。
程なくして、繁みの中から、サヨリ様がのんびり歩いて来ました。
「いや~、やっぱり森の中だと魔獣がいっぱいだねぇ。今日殺った魔獣の数だけで、既に二十五匹だもん♪」
「はいっ。ですが、その分色んな魔獣と戦えるので、スズとしては大満足です!」
「あら、そう? ならいいか♪ それじゃ先進もうか♪」
「はいっ!」
そう言ってサヨリ様は、更に森の奥へと入って行きます。
スズも後を追い、一緒に歩いて行きます。
現在、スズはサヨリ様と二人、アルバスから南へ少し行った所にある、小さな森の中に来ています。
理由は、香水の材料である、様々な種類の薬草や香草を探すため。
幼なじみで親友でもあるチエのため、沢山の材料を手に入れたいと思います!
「それでサヨリ様、次はどんなのを探すんですか?」
「次はね、川辺に生える香草を中心に探そうと思うんだ♪ マリちゃんに貰った地図によると、そろそろ……おっ! 着いた着いた♪」
サヨリ様に続いて繁みから出ると、目の前に川が流れてました。
川の幅は大体四メルト程と、それなりに大きく、川の周辺には、大小様々な石が、あちこち散らばっています。
ここでスズ達は二手に分かれて、サヨリ様は上流、スズは下流の方へと、それぞれ薬草や香草を集める事にしました。
「それじゃあ自分は向こう岸の方を探すから、スズちゃんはこっち側の方、お願いね♪」
「わかりました! 頑張って沢山集めますね!」
「うん♪ その調子、その調子♪ でも、無理しないでね? 何かあった時は、すぐ自分を呼ぶ事♪ いいね?」
「はいっ!」
「よし♪ それじゃあまた後で♪」
そう言ってサヨリ様は闇魔法を使い、姿を隠しながら上流の方へと向かわれました。
サヨリ様は時折、この様に時間さえあれば鍛錬を積み重ねていらっしゃいます。
常日頃鍛錬を忘れないサヨリ様の姿勢に感服しながら、スズは下流へ向かい、香草を探し始めました。
*
「よし、これだけあれば大丈夫かな?」
サヨリ様と分かれて大分経った頃。
香草の採取は、かなり順調に進みました。
それなりに森の奥だからか、薬草や香草の他に、食べられる野草や果物なんかも大量に生えていて、気がついたら、かなりの量になっていました。
……ちょっとだけ、果物とかの割合が多いけど……大丈夫だよね? スズだけじゃなくて、雷小とかも食べるし、それにーーむっ!。
何か近づいて来る気配を感じ、スズは荷物を置き、腰の刀に手を掛けます。
気配は四つ。
真っ直ぐこちらに向かって来ています。
……小さいのが三つ……大きいのが一つ……大きい方は魔獣……小さい方……これは……人……?
感じられる気配から、向かって来る者の予想をします。
その直後、すぐ横の繁みの中から、三人の女の人が飛び出し、地面に倒れ伏しました。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
「……うっ……ぁっ……」
「はぁっ……くっ……はぁ……」
三人は地面に倒れ伏したまま、起きあがろうとしません。
年齢はスズより六つか七つ上くらいでしょうか。
それぞれ剣や槍、弓などを持ち、武装しています。
おそらく冒険者なのでしょうが、三人共傷だらけで、その内の一人ーー茶髪の人が背負っている栗毛の人は、どうやら気絶しているようです。
「……こっ、子ども!? なんでこんな所にっ……!?」
三人の内、黒髪の人がこちらに気付き、驚いた顔をしました。
と、言うか失礼な! 誰が子供だ!
「はやく逃げてッ!! 此処は危険よっ!!」
「危険? 何がだ?」
「それはっーー」
「リースっ!! 来たっ!!」
リース、と呼ばれた黒髪の後ろにいた、茶髪の人が叫びました。
同時に、三人が出て来た繁みから、額に巨大な一本角を生やした熊ーーホーンベアが現れ、一番近くにいたスズ目掛けて、襲いかかって来ました。
「ーー危ないっ!!」
茶髪の人が、また叫びます。
黒髪の人が、こちらにこようと立ち上がりました。
ですが、向かって来るホーンベアはそれよりも速い。
ホーンベアの角が、間合いに入りました。
ですが、抜きません。
この程度の相手、刀を抜くまでもありません。
間合いに入った角を、片手で掴みます。
手に、向かって来た勢いと重さを感じます。
その勢いを使い、スズはホーンベアを持ち上げ、サヨリ様から習った”イッポンゼオイ“の要領で、背後の岩の上に、思い切り叩きつけました。
ドゴォッ!!!
轟音と、軽い地響きと共に、叩きつけた岩が割れました。
叩きつけたホーンベアから、いくつもの骨の折れる音が聞こえます。
その音を聞きながら、スズは右足を軽く上げ、仰向けになったホーンベアの首を踏みつけ、トドメを刺します。
ごきりっ、
踏みつけた首から、木の棒を折る様な音します。
ホーンベアの首が不自然な方を向き、半開きになった口からは、血が溢れ出しました。
溢れ出た血は首にかけて流れていき、黒い体毛を、赤く濡らしていきます。
「なっ……」
「ーーっ」
引きつった様な声が聞こえ、振り返ります。
見ると、リースと茶髪の人がこちらを見て、唖然としています。
今見たことが信じられない、そんな感じの顔です。
何故そんな顔をするのか、よく分かりませんが、気にせず、二人に声をかけました。
「おい、大丈夫か?」
「ーーはっ!」
「うっ、うん! 私たちは大丈夫……です」
ようやく我に返ったのか、二人がたどたどしく応えます。
……何故でしょう? この場面、どこかで見たような気がしますが……まぁ良いです。
今はそれよりもーー。
「……なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「はっ……はいっ」
「このホーンベア、もらっていってもいいか?」
足元のホーンベアを指さし、聞いてみます。
身なりから察するに、この三人が冒険者なのは明白です。
ここに来た目的も、おそらくはギルドからの依頼のため。
だとすると、もしその依頼がこの【ホーンベアの討伐】だった場合、依頼達成の証拠として、このホーンベアを引き渡さなくてはならなくなります。
別に仕留めたのはスズですし、無視してそのまま持ちかえっても良いんですけど、今後、チエが香水のお店を開く事も考えたら、商売相手にもなるギルドや冒険者相手に波風立てるのは、あまり賢いとは言えないでしょう。
ですが、出来るなら持って帰りたいです……。サヨリ様もお喜びになるでしょうし、何より、これさえあれば、サヨリ様特製”クマ料理“が、食べられるのですから!
「あっ……」
「えっと……」
「ダメなのか!?」
「いやいや! 別に大丈夫! 問題ないよ!!」
「私達がここに来たのは、薬草採取の依頼だから……」
「そうか! なら問題ないな!」
二人の言葉を聞き、思わず笑みがこぼれます。
よし! これでお持ち帰り出来る!
心の中で小躍りしながら、スズは右手でホーンベアを持ち上げ、肩に担ぎます。
そして、空いた左手で持参した回復薬を取り出し、茶髪の人に渡しました。
「これやるから、仲間に使え。それと、この回復薬が欲しくなったら、コボルトの“ポコ”って奴を探せ。他の店では取り扱って無いからな? 間違えるなよ?」
「あっ……うん」
「それと、もう少し武器に気をつかえ。下手な装備じゃ、返って怪我するからな。以上だ。じゃあな」
「あっ……」
それだけ言って、スズは走り出しました。
途中、何か言いたそうな感じでしたが、生憎と頭の中は、この後の事でいっぱいです。
この獲物を持って行けば、きっとサヨリ様が褒めて下さるに違いない。
ひょっとしたらご褒美として、あっ……頭を撫でて貰えるかも……!
サヨリ様からのご褒美と、久々のクマ料理に心踊らせながら、サヨリ様の待つ、待ち合わせ場所へと向かうのでした。
……なお、この事がギルドに広まって、スズに【アルバスのベア殺し】という、あまり可愛くない二つ名が付いたのを知ったのは、割とすぐ後の事です。
ですが気にしません!
何故なら、その時宣伝しといた事もあって、サヨリ様にたくさん、可愛がってもらえましたから!
スズはこれからも、サヨリ様に喜んでもらえる様、頑張って行こうと思います!
……………………
…………
……
「よくやったね~スズちゃ~ん♪ えらい、えら~い♪」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでっ……
「ふっ、ふにゃ~~~♪」
……ちゃんちゃん♪




