ある日~森の中~♪
突然、物凄い衝撃で吹き飛ばされた。
体が宙を舞う。
吹き飛ばされ、宙を舞ったその先に生えていた木にぶつかり、地面に倒れこんだ。
「……がッ!?」
痛みは、無い。
が、いきなり、訳もわからず吹き飛ばされたのと、木にぶつかり、地面に倒れこんだ時の衝撃で、思考が混乱した。
何だ?
何が起こった?!
何が起きたかわからず、混乱する頭を抱えながら、自分が吹き飛ばされ方向を見る。
すると、すぐ先の木の根元ーー自分が立っていた場所の、少し前に、ソレはいた。
何だ? アレは!?
目の前のソレを見て、唖然とした。
最初、ソレは熊だと思った。
ずんぐりとした、大きな体。
太く短い足に、分厚い毛皮。
山の中では絶対に逢ってはいけない猛獣ーー熊。
そう、思った。
だが 、目の前にいるソレは、自分の知っている熊とは、明らかに違う。
自分の知る熊の体毛は、茶色や白や 黒、または白黒の斑だが、目の前のソレは、そのどれでもない。
緑だ。
全身が深みのある緑色をしている。
全身緑色の熊が、2本の後ろ足で立って、こちらを睨みつけていた。
ゴウッ!!
緑の熊が、吠えた。
吠えながら、四つん這いでこちらに向け、突っ込んで来る。
ヤバい‼
急いで立ち上がり、避けようとした。
だが、それよりも速く、緑の熊が、自分の腹目掛けてぶつかってきた。
「ぐぉっ!?」
先ほどに負けない衝撃で、吹き飛ばされ、地面を転がった。
それでも今度は、転がった反動を使い、急いで立ち上がった。
だが、立ち上がった時、すでに目の前に緑色の熊は立っていた。
後ろ肢で立ち、右の前肢を振りかぶっている。
ガァッ!!
熊が、右の前肢を大きく振りぬいてきた。
上体を伏せ、それを避ける。
避けるのと同時に熊の背後に回り込み、距離をとった。
グルゥゥッ……
熊がこちらを見て、唸り声をあげた。
今度は追ってこない。
その場で立ち上がったまま、こちらを睨みつけている。
ヤバい、どうするか?
逃げるか?
……いや、駄目だ。
このまま走って逃げようと思ったが、やめた。
先ほどの突進の速さからいって、追いつかれる事が目にみえている。
いくら走っても疲れない体とはいえ、追いつかれるのでは意味がない。
ならば、どうする?
右手に握ったままの斧を見る。
先ほど吹き飛ばされた時から、ずっと握りしめたままだったのだ。
――闘う……のか?
――熊と、自分が?
――勝算はあるのか?
握りしめた斧を見つめ、考えこんだ。
悩み、迷った。
だが、その迷いがいけなかった。
気がつくと、熊が目の前にに立って、左手を大きく振りかぶってきた。
避けようとしたが、間に合わない。
横凪ぎに殴り込まれた。
「がぁッ!!」
殴られ、また木に叩きつけられた。
その瞬間――
ベキリッ
音がした。
殴られた衝撃と、木に叩きつけた衝撃で、右側の肋骨数本に、ヒビが入ったのだ。
疲れない、痛みも感じない無敵の体だと思った体に、今初めて傷がついた。
地面に倒れ込むのと同時に、ここにきて初めて、身体が震えた。
……自分は、死ぬのか?
昨日の記憶が頭を過る。
……また、死ぬのか?
切り立った崖、濡れた地面の感触、転がり落ちてゆく体。
そして――徐々に失われていく、自分の意識。
……せっかく……せっかく、何の偶然か、甦ったのに?
もう、二度目は無いかも知れない。
……せっかく、面白い身体を……手に入れた……のに?
もう、これで、終わり。
これから……
これから…… これから!!
面白くなりそうなのに!!
そう考えた瞬間、体の奥底から、全身を焼き尽くすような激しい怒りが湧いてきた。
無いはずの血や肉がぐつぐつと煮え、空っぽの頭の頭蓋骨の中が怒りで沸騰するのを感じた。
「~~ッ!!」
声にならない声が、喉から響いた。
その場に立ち上がり、眼前の熊を見据える。
熊は、こちらに追撃しようと向かってきている。
それを見た時、自分の頭の中で、
ブチリッ
と、何かが引き切れる音がした。
――殺す。
――ブチ殺す!
ぐっちゃぐちゃにして、 ブチ殺す!!
握っていた斧を、あらためて握り直す。
向かって来る熊モドキに、意識を集中する。
より速く、より残酷に。
確実に。
殺せる様に。
目前の、ソレに、全神経の意識を集中した。
その時だった。
『スキル[自由]により、全神経の集中力、反射神経の限界・拘束を解除します』
頭の中に、声が響いた。
それと同時に、世界が、変わった。
*
……何だ、これは?
訳がわからなかった。
あまりにも唐突過ぎて、混乱した。
突然、頭の中に声が聞こえた。
それと同時に、目の前の景色が変わっていた。
景色が変わった、といっても、別に見えてる物が変わった訳じゃない。
辺りの木も、草も、こちらに向かって来る熊野郎も、みんな同じだ。
特に、変わってはいない。
変わってはいない……のだが、
ただ、遅いのだ。
動きが、恐ろしく遅い。
とてつもなく、ゆっくりに見える。
まるで、テレビのスローモーション映像を見ているようだ。
ゆっくりと目の前に来た熊が、立ち上がった。
あらためて見ると、大きい。
少なく見積もっても、優に2メートルは超えている。
横幅も、大人二人分位は、余裕で有りそうだ。
熊がゆっくりと。右の前肢を上に上げ、振り抜いてきた。
それを、頭を振り、必要最小限の動きで避ける。
避けた先、頭のあった位置を、振り抜かれた前肢が、ゆっくりと通り過ぎていく。
振り抜いた際、巻き起こった風が、ゆっくりと頬を撫でた。
遅い……遅過ぎる。
あまりの遅さに、唖然とする。
今度は、左の前足を振り回してくるが、それも避けた。
その後も、今度は右、今度は左と、矢継ぎ早に殴りかかってくるが、その全てが、あくびが出るほど遅い。
避けきるのは簡単だった。
ごうっ!
熊が、咆哮した。
自身の攻撃が当たらない事に対し、苛立ったようだ。
また、右の前足で殴りかかってきた。
それを避けて、今度は熊の右側、死角に回り込む。
熊の右の前足が、空振る。
その空振った前足に、斧を叩き込む。
ぐしゃっ、
という肉を叩き割る音と、
ゴツンッ、
という太く、堅い骨を、斧が切断する感触が、右手に伝わってきた。
さすがに両断とまではいかず、半分ほどで止まってしまった。
斧を引き抜くと、噴水の様に血が噴き出す。
噴き出した血が、自分の顔や腕に降りかかり、全身を濡らしていく。
――ッ!!
熊がおおいかぶさりながら、残った左の前足を振り回してきた。
が、それも避ける。
避けて、左の前足にも斧を叩き込む。
右の前足を切った時と、同じ感触を感じた。
今度は、両断できた。
切り飛ばした前足が、その勢いのまま宙を飛び、ボトリッ、と地面に落ちた。
がぁっ!!
熊が、呻く様に吠えた。
吠えながら、またおおいかぶさってくる。
それをかいくぐりながら、顔面に斧を叩き込む。
ズグンッ、と、熊の眉間から下顎を、斧が断ち割った。
熊が、地面に仰向けに倒れ込んだ。
倒れ込んだ頭に、もう一度、斧を叩き込む。
今度はぐしゃりっ、と、頭の骨の砕ける音と、感触を感じた。
その後、熊は二、三度、小刻みに痙攣した後、動かなくなり、完全に息の根を止めた。
……勝った 。
やった!勝った!!
自分は勝った!!生き延びたんだ!!!
生き延びた喜びと、熊?に勝った余韻に胸が踊った。
その時だった。
『ぱんぱかぱ~ん♪』
「!?」
頭の中に、また声が響いた。
「誰!?誰かいるの?!」
辺りを見回したが、誰もいない。
隠れている気配もない。
なら、一体何処から……?
『条件を達成しました♪スキルを獲得します♪』
まただ!?
『アンデッド固有スキル[魔力吸収]を獲得しました♪おめでとうございます♪』
えっ、何っ? どういう事?何なのこの声は?
気のせいじゃければ、何だか、頭の中、というか、心の中?に、響いてくるというか……?
しかも何だかこの声、某人気ソーシャルゲームの、重巡の癒し系巨乳のお姉さんの声に、似ているような気が……するような……しないような……?
というか、スキル?何それどゆ事?訳わからん。
聞こえているなら教えてください、○宕さん!!
心の中で念じてみた。
が、反応は無し。
……何なのだ、一体……。
せっかくの勝利の余韻に浸っていたところを邪魔された気がしなくもないが、まぁいいや。
とりあえず今は他の事を調べよう。
気持ちを切り替え、熊?の死体を見てみる。
……あらためて見ると、やっぱり大きい。
そしてやっぱり緑だ。
光りの加減で……とか、見間違いで……とかではなかった。
確かに緑色だ。
試しに、直に触って、確かめてみる。
……何かの拍子で誤ってペンキを被った、とかでもなさそうだ。
毛の生え際、根元の部分も、緑色。
何より驚いたのは、この熊の毛、さわり心地が毛というより、草に近い。
地面に生えている草と比べてみても、何の遜色もなかった。
……ますます、訳がわからん。
一体何なの、この生き物は?
新種の生物か?または地球外生物?
はっ!?
もしかして……某悪の組織の生物兵器っ!?
念のためもう一度、辺りを見回してみるが、やっぱり誰もいない。
……大丈夫、特にイッー!とか言ってる黒スーツの集団や、日曜のテレ朝8時にいそうな怪人もいない。
だとするとやっぱり何だ? この生き物……?
……殺しちゃ不味かったかな……?
いや、でも、こっちだって危うく死にかけたし!
!
本気で必死だったし!!!
正当防衛……うん! 正当防衛だよッ! うん!!
だから仕方ないねっ!!
それに、こっちは肋骨にヒビが……あっ!!
色々考えていて忘れていた。
自分、骨折していたんだ。
痛みが無いから忘れていた。
急いで治療なり何かしらしないと……。
慌てて肋骨部分を見る。
しかし、肋骨部分にはヒビどころか、傷一つついていなかった。
……あれぇ?おかしいな、確かにヒビが入っていたはずなのに……?
触って確かめてみても、特に異常はない。
では勘違いか……?いや、それも無い。
だって、自分はそれで怒ったんだ。勘違いする訳がない。
怒って、それで……そうだ!
わからないといえばあのスローモーション!
あれも何なんだ?
いきなり全部が凄いゆっくりになって……。
そういえばあの時も何か聞こえたような気が……?
謎の生き物……謎のスローモーション世界……謎の声に、いつの間にか治っていた肋骨……謎だらけだ。
……う~ん……うん!!
さっぱりわからん!!!
でも、まっいいか!!!
無事だった事だし!!!
まぁ、そのうちわかるでしょ!!!
とりあえず、いつまでも此処にいてもしょうがないし、移動しますか。
一応、斧は持っていこう。
また、何かに襲われるかもしれないし。
護身用ってことで。
方角は……多分あっちだな。
早く人里に着くといいな~。
その後、3日さまよった。