…なにこれ、まっ、いっか!
天から、柔らかな光が射し込む。
穏やかな春のような、暖かな優しい光。
その光が自分を包み込み、ふわりと、身体が浮くのを感じた。
まるで、水面を漂うような心地好さに身を任せてみる。
するとどうでしょう。
光の中から、天使達が舞い降りてきたではありませんか。
天使達は、優しく微笑み…そして、
マイクを取り出した。
「みんなぁ~!!」
「「「「「「イィェェェェェッ!!!!!」」」」
……へっ?
「きょぉわ~エンジェルズのぉ~liveにぃ~来ぃてくれてぇ~ありがとうぉ~!!」
「「「「「「フォォォォォッ!!!!」」」」」」
……えっいや、ちょっ、へっ?
「きょぉわ~来てくれたみんなのためにいぃ~いぃっぱい歌うよぉ~!!」
「「「「「「イェェェェェッ!!!!」」」」」
「それじゃぁ~いっくよぉ~まずはぁ~この曲!」
「hell or devil!!!」
「「「「「「ハイッ!!ハイッ!!ハイッ!!ハイッ!!ハイッ!!」」」」」」
激しいギターのサウンドが辺りを駆け巡る。
身体の奥まで響くような力強いドラムと、重厚なベース。
さっきまでの微笑みと、舌ッ足らずな喋りからうって変わり、ドスの効いたデスボイスで白目を剥きながら歌う天使(?)
いつの間にか回りにいた世紀末にいそうなモヒカンの観客達のテンションはMAXで、曲に合わせて狂ったように頭を振っている。
感動から涙を流す者、気絶する者、なかには失禁する者までいた。
あっ、舞台に上がろうとしたモヒカンが、ギターで殴られた。
ベースは禿げた半裸のオッサンを四つん這いにして、ハイヒールで踏みつけてる。
オッサンはブヒブヒうれしそうに鳴いて、大変ご満悦のご様子。
……うん、言いたい事はある。
色々あるよ……。
でも、とりあえずこれは言わせて……
「これはひどい」
◆◇◆◇◆
自分のツッコミで目が覚めた。
目が覚めると、視界には青空が広がっていた。
雲ひとつない、澄みきった綺麗な青空だ。
視界の隅には、深い緑の葉をつけた枝や、黄土色の切り立った崖が見える。
サラサラと流れるような風が顔を撫で、遠くから小鳥の鳴き声が聞こえる。
実に清々しい。
……なんだか、さっきまで変な夢を見ていた気もするけど。
気のせいだね!
うん、そうしとこう。
ところで、何で自分はこんなところで寝てるんだ?
昨日は野宿だったけ? 昨日は、確か……
あっ!
そこまできて意識が完全に覚醒した。
全身のバネを使い、飛び起きる。
全部、思い出した。
そうだ……自分は昨日崖から落ちて……
ん?でも待てよ?
なら、今ここにいる自分は何だ?
助かった? 奇跡的に? 無傷で?
腕を組みながらすぐ側の崖を見上げる。
見上げた崖は、高く切り立った崖だった。
角度は、ほぼ直角。
高さは目測で、200メートル位ほどだろうか?
仰け反るほど見上げてみたが、自分が落ちたであろう場所はわからない。
……と言うか、この崖こんなに高かったけ?
それに昨日落ちる時に見たのと微妙に形が違うような気も…?
まぁ、多分気のせいかな。
昨日は、雨上がりで暗かったし。
どちらにせよ、この崖から落ちて助かるのはまず無理でだろう。
良くて大怪我。
だとすると、今の自分は?
もしかして……幽霊か?
ふと、そんな考えが頭をよぎるが、その考えに対し、すぐに疑問が湧いた。
……でも幽霊ってあれだよね?
実体無いよね?
でも自分、実体あるっぽいんだけど…?
現に今だって、顔に当たる風も感じるし、日射しの眩しさも……んんッ?!
空に浮かぶ太陽を見上げ、日射しに手を翳して、初めて気が付いた。
日射しに翳した手。
自分の手は……、
――骨の手だった。
……んんんッ??
あまりの理解不能な状況に、思わず首をかしげる。
皮も肉もない骨の手。
真っ白い、骨だけの手。
骨だけの手が、そこにある。
……ぬぬぬっ。
試しに手を開いたり閉じたりしてみる。
すると、骨だけの手も、開いたり閉じたりと動いた。
間違いない。
ちゃんと感覚もある。
自分の手だ。
そのまま視線をずらして、手のひら以外も見てみる。
骨だけなのは手だけではない。
手につながる手首も、前腕部も。
全部、骨。
もしかして……?
ここにきて初めて、全身を見てみる。
すると、やはり、というかなんというか。
翳していたのとは反対の手も、骨。
首から下の胴体も足も、骨。
首や頭は?
鏡がないので、手で触って確かめてみる。
すると思ったとおり、頭も骨だけ。
頭蓋骨――ドクロだった。
髪の毛はなく、つるりとしている。
顔も歯が剥き出し、鼻も穴だけ、耳も無い
目もおそるおそる触ってみる。
眼球はなく、穴だけがある。
眼窩にも、触る事が出来る。
でも、視界には指が目の中に入ってきているのがわかるため、凄く気持ち悪い。
全身くまなく確認して、あらためて確信した。
「……マジすか、マジですかぁ……」
思わずそんな言葉が口からこぼれ出る。
あっ、声帯も無いのに声がでた。
それはそれとして、どうやら間違いなさそうだ……。
自分、九罠サヨリは、確かに死んだ。
そして、何がどういうわけか甦った。
ただし、人としてでは無い。
動いて喋る、骸骨として……
「……ジーザァス」
◆◇◆◇◆◇
「ランララララン♪ラン♪ ランラララン♪ラン♪ ランラララン♪ラン♪」
衝撃的な現実から約数時間。
自分は今、森の中を鼻唄混じりにスキップしている。
歌っている曲はアカペラだ。
ん? なんでそんな上機嫌かって?
気付いたからさ!!
そりゃあ、最初はショックだったよ?
何で自分が…とか、どうしてこんな事に…とか。
大いに悩んだよ。
10分位。
でも、思ったんだ。
いや、寧ろラッキーなんじゃない?って。
だってそうでしょう?
普通なら、死んで終わりだけど、なんの因果か自分は生きている!
厳密にいえば生きてるとは言えなくても、こうやって自分で見て、聴いて、感じて、考える事が出来る!
しかも生き返った身体は骨だけで動く代物!!
こんな経験、世界一の大富豪や大統領だって、滅多に出来る事じゃない!!
そう思ったら何だか悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
それに外国のことわざでも、こう言っている。
『こぼしたミルクを嘆くな、残ったミルクを大切にしろ』
とか!
その通りだと思って、とりあえず自分の身体について色々と調べてみた。
全身を触ってみたり、シャドーボクシングしてみたり、間接外れてロケットパンチみたいに出来ないかとか、色々やってみた。
結局、一番期待したロケットパンチは出来なかったけど、それ以上に、凄い発見をした。
疲れないのだ!!
フルスピードフルパワーでパンチやキックを繰り出し続けても、ちっとも疲れない。
息切れも何も、しないのだ。
これは凄い!
今の自分なら、オリンピックで金メダルも夢じゃない!
まぁ、出ないけど。
それよりも、この身体なら休み無しでの旅が可能なのだ。
むしろ、そっちのほうが嬉しい。
その他にも、何かありそうだったけど、ひとまず保留にした。
残りは人里に降りて落ち着いたら、あらためて調べよう。
とりあえず、森を抜けて道に出て、町に向かおう。
話はそれからだ。
そう考えて自分は今、森を抜けようと道がありそうだな~と思う方角に向けて、真っ直ぐに鼻唄混じりにスキップしているわけだ。
なんか気が付いたらテンションが上がっていたのだ。
ちなみに、かれこれ三時間以上スキップしているのだが、 それでもちっとも疲れないので、ますますテンションが上がっていたりする。
……それにしても妙だ。
もうそろそろ何処かしかの道に出ても不思議じゃないんだが……ッ!?
「ぬぉっ!」
突然、何かが脛に当たって思いっきりずっこけた。
完全に不意討ちだったため反応しきれず、結果、モロに顔面から地面にぶつかるはめになったのだが……、
「いっ~た~…くない!?」
予期していた痛みが来なくて、思わず叫んだ。
おかしい。
確かに転んだ。
脛をぶつけた感覚も、顔面から転けた衝撃も感じた。
なのに痛くない。
痛みだけが、まったく感じ無いのだ。
えっ、ウソっ、マジでっ!?
顔面から思いっきりスライディングしたのに!
まさか、疲れないだけじゃなく痛覚も無いのか!?
どんだけチートなん!? この身体っ!!
新たなる発見に感動しながら、身体を起こす。
そして、自分が何に足をぶつけたのか確認してみた。
……斧?
振り返って見てみると、それは斧だった。
太い、一本の木の幹の、地面から50㎝のところに、斧が横向きに刺さっている。
どうやらその斧の持ち手、柄の部分にぶつかったみたいだ。
……何でこんなところに?
業者の忘れ物?でも、今どき斧使うのか?
疑問に思ったので、近づいてよく確かめてみる。
長さは三~四十㎝ほどだろうか。
柄の部分は黒ずんで、汚れている。
刃は十五㎝ほどの片刃で、露出している刃の部分は所々赤錆ていた。
……何だか随分古そうだな。
試しに柄の部分を持って、引っ張ってみる。
すると、思いの外簡単に抜けた。
木に埋もれていた部分は、それほど錆びていない。
まだ充分に使えそうだ。
「ほ~」
普段見慣れない道具を見て、思わずそんな声が上がった。
それと同時に、背後に何かの気配がした。
慌てて振り返る。
次の瞬間、突然物凄い衝撃で、自分の身体は吹き飛ばされていた。