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キスの罠

作者: 蒼威月


楽しんでいただけると嬉しいです

「いーおっ」

「ぎゃあっ!…っ陽平!」



するっと肩に回された腕と頬に触れたものに悲鳴が上がった。

「衣緒かわいい〜」

「…っふざけんなこのキス魔!」

私はあははっと笑いながら去っていく彼の背中を睨みつけた。



私の名前は磯崎衣緒いそさき いお。24歳。社会人2年生。

そして先程去っていったチャラいのは私の幼馴染である山下陽平。同じく24歳で社会人2年生。

そしてその幼馴染の彼が私の悩みのタネだった。



「…磯崎さんと山下くんってつきあってるの?」

「違います。ただの幼馴染です」

またか。

もうこう聞かれるのは慣れっこだけれどいい加減めんどくさい。

彼、陽平は昔からモテるのだ。そのせいで幼馴染の私は昔から彼を好きな女の子達から勝手に敵視されたり、嫌がらせされたりは日常茶飯事だった。加えて彼の癖というか。そういったものが私の悩みのタネであり、彼女達の嫉妬を煽ってしまうタネでもあった。



陽平はいわゆる帰国子女である。

私と彼は幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いだったのだが、私達が小学校4年生の頃、彼の父親の仕事の関係で彼はアメリカへ引っ越すことになり、小4から中学3年生になる直前までを彼はアメリカで過ごした。

彼と再会した私はそれはそれは驚いた。

アメリカ帰りの彼は私の記憶の中の彼と全く別人で、再会した直後彼は私にハグとほっぺちゅーをお見舞いしたのである。それも公衆の面前で。



再会した時のことは今でもはっきり覚えている。

中3の春、陽平は転校生として私のクラスにやってきた。

まあ幼馴染といっても何年も前だしなぁ、昔のようには接してこないだろうと考えていた当時の私の甘さを呪いたい。



朝のいつものSHR。転校生が来るということは既に知れ渡っていて、クラスメイト達はどんな人が来るのかと噂をしていた。男子だということは分かっていたので特に女子達はイケメンだといいねなどと言っていた。

母親から転校生が陽平だと知らされていた私は噂するクラスメイト達を横目に、記憶の中と同じ引っ込み思案の陽平が現れるものだと思っていた。

「おーい、SHR始めるぞー」

いつものように教室に入ってきた担任の後ろから現れた男子を見て、主に女子生徒がさわついた。

数年ぶりに見る陽平は、もともと顔立ちは整っていたのに加えて記憶の中の彼より背が遥かに伸びていて、文句なしのイケメンに成長していた。

彼の紹介をする担任にもかかわらず、陽平は教室をきょろきょろと見回していたが、その視線が私で止まった。

仮にも幼馴染だ。目が合ってしまった以上とりあえず、へらりとした笑みを向けた。すると彼の目がきらきらと輝き出した。

あ、なんかまずい。

そう感じた私の本能は正しかった。が、遅かった。

「衣緒!」

「は?おい山下!」

陽平は担任の声を無視して私に突進してくると、私が逃げる暇もないほど勢いよく抱きついてきたのだ。

キャー!!という女子生徒達の悲鳴が聞こえたが私には見えなかった。何故なら私の顔は完全に彼の胸に埋まっていたから。

「衣緒〜!久しぶりだな〜!俺だよ陽平だよ〜!覚えてるか〜?」

件の彼は私を抱き締めて頬ずりしながらそんなことを言っていたが、一方の私はそれどころではない。息ができない。抱きついている彼の背中を必死に叩いてそれを伝えると、彼は少し身を離してくれた。

やっと肺に流れ込んだ酸素に噎せながら、なおもホールド頬ずりを続ける彼を引き剥がそうと彼の背中を叩きながらなんとか返事を返した。

「覚えてる!覚えてるから陽平!離してってば!」

「ん〜衣緒〜久しぶり〜」

けど彼はそんな私の言葉など聞いちゃいなかった。というより後半を聞いてなかった。ホールドがキツくなっただけだった。

クラスメイト達はといえば、担任含め全員が彼の突然の行動に呆気にとられていた。誰か止めろよ。

「衣緒〜」

そしてパニックの私の耳に届いた可愛らしいリップ音。と同時に盛大な女子生徒達の悲鳴。

一瞬何が起きたか分からなかった。しかしパニック状態の私の脳がなんとか頬にキスされたということを認識すると同時に、私の拳は綺麗なアッパーをきめていた。



その後は大変だった。思い出したくもないけど。



それ以来陽平はことあるごとに私の頬にキスをしようとしてくる。

それは高校生になっても大学生になっても社会人になっても変わらず、そのせいで私には彼氏も一度も出来ず、私は彼に恋する女子達からの嫉妬や敵視、嫌がらせの対象となり続けている。つーかなんで同じ職場なんだよ。



「お疲れ様でしたー」

その日の仕事を終え、オフィスを出た私は廊下を足早に歩いていた。

すると、

「ねぇ磯崎さん」

突然目の前に数人の女子社員が立ち塞がった。

「…なんですか」

経験上この後のことは分かっている。逃げられないことも分かっている。

「ちょっと来てほしいの」

平和的に解決したいが、有無を言わさぬ口調に無理だという判断を下し、私は大人しく彼女達についていった。…今日は見たいテレビがあったんだけどなぁ…。



「だからさぁ、山下くんに近づかないでほしいっつってんの」

「目障りなのよ」

「幼馴染だからって調子乗らないでよね」

近づいてるの私じゃないし調子乗ってなんかないしむしろ迷惑してるんですけど。

いい加減こういうことを言われるのには慣れたけど、上手い切り抜け方は分からずにいる。こういう人達は言い返せばヒステリックになるが、言い返さなくてもヒステリックになる。…どうしたらいいのやら。

いつもは陽平が察してくれて守ってくれたり助けてくれたりするのだけど、今日は陽平は午後から出張のはずだ。彼女達もそれを分かって今日仕掛けてきたのだろうし。

だんまりの私に痺れを切らした1人が手を振り上げた。

あーまた叩かれるなーなんて呑気なことを思いつつ、私は次にくる痛みを覚悟して目を瞑った。



「何してるんですか」

覚悟した痛みはやってこず、代わりに聞き覚えのない声が聞こえた。

やばっ、という小さな声が聞こえて、ぱたぱたと遠ざかる複数の足音が聞こえて。そっと目を開けると1人の男性がいて、彼越しに遠ざかっていく彼女達の背中が見えた。

「大丈夫ですか?磯崎さん」

「え、あ、はい…。ありがとうございます」

えーっと…この人…確か、

「浅井さん」

「ああ、覚えていてくれたんですね」

「はい、一応」

浅井さん。確か隣の課の課長さん。年は私より少し上だが仕事のできる人で、落ち着いた柔和な雰囲気の人だ。

「…女性の嫉妬とは怖いものですね」

「…ええ、まあ。でも慣れてますから。それにそういうことは女性の前では口にしない方がいいですよ。特にああいった女性の前では」

「…肝に命じておきます」

ふふふと笑いながらそう答えた浅井さんは、私に向き直った。

「お帰りですか」

「はい」

「ではお送りしましょう」

「え?いや、申し訳ないので大丈夫ですよ」

「いえ、夜ももう遅いですから」

でも、と言い募ろうとした私に、浅井さんは茶目っ気たっぷりの笑みを向けた。

「大丈夫ですよ。送り狼になるつもりはありませんから」

その言葉と笑顔になんとなく毒気の抜かれてしまった私は、ではお言葉に甘えて、と答えた。



それ以来、浅井さんは何かと私を気にかけてくれるようになった。昼休みの休憩所で遭遇したりもするのでその時は話しかけてくるようにもなった。



そんなある日。

昼休みの休憩所で浅井さんと遭遇し少し話した後、オフィスに戻ろうとした私の目の前に陽平が立ち塞がった。

「衣緒」

「あ、陽平。どうしたの不機嫌そうだけど」

「別に」

「そう?」

「うん。…あいつ誰」

「あいつって…ああ、浅井さん?隣の課の課長さん」

「なんで仲良くなってるの」

「なんでって…」

いつになく不機嫌そうな陽平に首を傾げつつ、ことの事情を説明すると、

「そっか。…ごめん」

いつも私が絡まれた時に見せる顔と言葉をくれた。

「陽平が謝ることじゃないっていつも言ってるでしょ」

私の返しもいつもと同じ。

「うん…」

こういう時の陽平は本当に悲しそうな顔をする。私はいつもどうしていいか分からない。



「衣緒」

「ん?」

「ちょっと…」

「どうし…え?何?」

陽平の長い腕がするりと伸びて私の目を覆った。

「ちょ、陽平?」

「ん、おっけ」

そう言って陽平の腕はあっさり離れた。

「何?」

「なんでもないよ」

そう言って陽平はいつもの調子で私の頬にキスを落とした。

「‼︎陽平‼︎」

「怒んないでよ〜。ほらほら、もうお昼休み終わっちゃうよ」

陽平はそう言って私の背中を押した。



「…彼女のことに関してはさといのですね」

そう呟いた浅井は先程自分を睨みつけ、牽制のように彼女にキスをした男を見送った。



「お疲れ様でしたー」

いつものように仕事を終えオフィスを出ると陽平が追いかけてきた。

「衣緒」

「陽平。どうしたの?」

「ん、一緒帰っていい?」

これも女性社員に知られたら嫉妬のタネになりそうだが、私と陽平は住んでいるマンションが同じで部屋も隣だ。だから一緒に帰ることは珍しくない。

「ああ、いいよ」

「ありがと」

お礼と共に可愛らしいリップ音。

「‼︎…っこの…‼︎もう‼︎」

「んふふ〜」

いつものように怒る私を陽平は嬉しそうに見ると、私の隣に並んだ。

「帰ろ」

「…うん」

柄にもないけど私は彼の嬉しそうな笑顔に弱い。こうやって笑顔を向けられると怒る気が失せてしまう。きっと彼もそれを分かっていてやっているのだろうけれど。



「磯崎さん」

突然呼ばれた自分の名前に振り返ると、浅井さんが立っていた。

「おや、お邪魔してしまいましたか」

「え?あ、いえ、彼はそういうのではないので…。浅井さん私に何か御用ですか?」

「ああ、はい。明日の夜はお暇ですか?」

「明日の夜ですか?ええと…はい、空いてますが」

「ではお食事にお誘いしても?」

「え?え、ええ、まあ」

「ありがとうございます。では明日の夜」

そう言うと浅井さんは陽平に軽く会釈して去って行った。



「浅井さんなんだろうね?お食事だなんて…」

「…」

「…陽平?」

「…行くの?」

「え、まあ、うん。一応上司だし断れないよ」

「…」

「陽平?どうしたの?」

「なんでもないよ」

「そう?」

「うん。早く帰ろ」



そうして次の日の夜。

浅井さんが連れてきてくれたのは趣味のよい小洒落たレストランだった。

美味しい料理を食べて、楽しくおしゃべりして。時間は過ぎていった。

「時に磯崎さん」

「はい?」

「今お付き合いされている方はいらっしゃいますか?」

「え、あ、いえ…お恥ずかしい話そういったことには縁がなくて…いないんです」

「そうですか。なら、」

「?」

「私と、お付き合いしていただけませんか?」

「……え?」

「よろしければ、私とお付き合いしていただけませんか、と」

「え、えっと、え、あの、」

「…その反応だと私の好意には気づいておられなかったようですね。これでも結構アピールしていたつもりだったのですが…」

くすくすと笑いながら言う浅井さんを見れず俯いた。だって私は今まで告白されたことも彼氏がいたこともないのだ。こういったことには慣れてない。

「先程縁がない、とおっしゃっていましたが…貴女はいつも優秀な『番犬』に守られていましたから。並の男は近づけなかったのでしょうね。…お返事はよく考えてからで結構ですよ。出ましょうか」



「お帰り〜」

「…なんでいるの」

帰ると私の部屋のドアの前に陽平が座り込んでいた。

「待ってた」

「待つなら自分の部屋で待ってればよかったじゃない…。帰ってきたのくらい分かるでしょ」

「入れて〜」

「人の話聞いて…まあいっか…」

ドアを開けて中に入ると、勝手知ったるといった感じの陽平がついてきた。彼をリビングに残して寝室に入り、部屋着に着替えて戻ると、彼はソファーに座ってテレビを見ていた。くるり、と首から上だけでこちらを見た彼は神妙な顔で口を開いた。

「あいつ、何の話だったの」

「…えっと…」

あいつは浅井さんのことだろう。なんて答えていいものか。考えながら陽平の隣に座る。横から彼の視線を感じる。

「…まあ、告られたんでしょ」

「⁉︎なんで…!」

「分かるでしょ普通。衣緒鈍すぎ」

「…しょうがないじゃん、慣れてないんだから…」

思わず膨れる。

…陽平には言えない。お付き合いしている人がいるか、と聞かれて陽平の顔が脳裏をよぎったなんてこと。それが何故なのか分からないなんてこと。



「…ああいうやつ、いつかは現れるとは思ってたけどなぁ…」

「え?」

呟きのような陽平の言葉に首を傾げる。横目で私を見た彼は盛大な溜息をついた。

「…衣緒さぁ」

ぐいっと陽平の顔が近づく。近い近い。

「…俺がいつもなんで衣緒にキスしてたか分かる?」

「え…?えっと、幼馴染だから…?」

返事は盛大な溜息だった。

「…俺が、衣緒にいつもキスしてたのは、衣緒に悪い虫がつかないようにだったの」

「は?」

「ほんっと衣緒鈍いよね。俺ずーっと衣緒に悪い虫がつかないようにガードしてたんだけど」

「は?え?ガードってなんの…」

「俺がキスしとけば男は下手に衣緒に近づかないでしょ。そうやってさ、俺の衣緒に彼氏とかできないようにしてたのにさ、衣緒は全然俺のこと意識してくれないし…」

「は?え?」

「その上、あいつが衣緒のこと好きなの全然気づいてないし食事にものこのこ行っちゃうし…」

…これはなんだ。分からない。分かるのは陽平が何か拗ねていることだけ。しかもなんかこの体勢は…ちょっと。陽平がぐいぐい近づいてくるから半分押し倒されてるみたいだ。

「俺もー限界」

「は?何が…」

言いかけた言葉は言えなかった。軽く、触れるだけ。それだけのキス。それもいつものように頬じゃない。唇に。

「な、な、な…」

真っ赤になって震える私を陽平は満足げに見るとひどく艶っぽい笑みを浮かべた。

「俺は衣緒が好きなの」

突然告げられた言葉に頬が紅潮する。

「俺は、衣緒を、ずーっと、俺のものにしたかったの」

言い聞かせるように告げられた言葉。それが愛の告白だと分からないほど私も鈍くない。



…なんとなく、あの時彼の顔が脳裏をよぎった理由が分かったような気がした。そして浅井さんが言っていた『番犬』の意味も。

だって私は知らず知らずのうちにその『番犬』に捕まっていたのだから。



再び唇に落とされたキスを、私は拒まなかった。




楽しんでいただけたでしょうか?


帰国子女ってちょっとカッコイイ感じがして憧れますが私はもうなれませんね

日本生まれ日本育ち日本を出たことなんて一度もございませんね、はい


次も頑張りますのでよろしくお願いします

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