9話 家族☆
狐色に炒めた玉ねぎにベーコンを加え、こんがりとなるまでさらに炒める。そこへ茹でた手打ちのパスタを加え絡める。麺に塩加減が均等に絡まったら火から上げて卵黄にチーズを加えたものを掛けて手早く混ぜて出来上がりだ。
「出来たよー」
ノイールの声に反応し、最近見慣れた3人が現れた。
「はぁー久しぶりのノイールちゃんのご飯! 美味しそう!」
「いや、2日しか経ってませんからね?」
「何言ってるのよ! 昨日なんてご飯もまともに喉を通らなかったんだからね! 心配したんだから!」
「それはさっきいっぱい聞きましたって……」
「何回言っても足りないの! それぐらい心配だったの!」
やれやれ、いつの間にか本当の母親のように過保護になったのだろうと喜んでいいのか不思議な気持ちになってしまうノイール。
それは今から二時間ほど前のこと……ノイールが帰宅し溜まった家事をしていたときのこと……
玄関のほうが騒がしいなと思った矢先だった。
「ノイールぢゃぁあ~ん!!!」
顔を泣き腫らしたメレーナが犬のように飛びついてきた。
「うわどうしたんですかメレーナさん!」
「どうじだじゃないわよぉぉ~じんばいじだんだがらぁ~」
涙鼻水涎をノイールのお腹にこすり付けるように擦りつくメレーナ。
なんとなく事情を察し、心配してくれたんだ……と嬉しくなるノイール。と同時に少し悪いことしたなと申し訳なくなる。
「そうでしたか……すいませんでした……まさかここまで想ってくれてたなんて思っていませんでした」
「当だり前じゃないの!! 私はノイールちゃんの母親よ!?」
「いえ、まだ違いますよね?」
「まだってことは脈あり!? ってそういうことじゃなくて~!! ある程度は事情を聞いているんだけどノイールちゃんの顔を見るまで安心出来なかったの!」
「これで安心しましたか?」
「まだ足りないぃ~」
といってノイールのお腹に顔をしばらくの間擦り付けるメレーナだった。
夕食が一段落し、うるさい2人が帰った後、ノイールは父とお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごしていた。
「あ、父さん、メレーナさんから求婚された?」
すると父はブフォッ! とお茶を吹き出してしまった。
「な、なぜ知っている」
「いや、その……何故かその求婚の理由が俺の……母親になりたいらしくて。冗談で、父さんと結婚するのならご勝手にって言っちゃって……なんか迷惑掛けちゃってごめんなさい」
「そうか。母親、か……」
妻と死別してから早10年。何度も母親という存在を早くノイールのために見つけてあげねばと考えた。
だが、いざお見合いとなると亡き妻を思い出し断ってしまってきた。
妻に合わす顔が無くなるんじゃないか。新しい妻はノイールを受け入れられるだろうか。等と不安も重なり、結局これまで女性と交際すること自体一切無かった。
メレーナ。彼女はとてもノイールの事を気に入ってくれている。まぁ男に戻ったらどうなるかわからないが今のとこはとても親密だ。女性としても悪くない。むしろ私には高嶺の花すぎるのではとハンスは考える。
見た目はエルフ族たる美しさで、荒くれ者の多いギルドの受付業務を50年こなしてきた手腕は伊達ではなく話し上手で、自分の身を守れるくらいには腕もたつ。これといった悪い噂もなく、品行方正だ。
そんな彼女が求婚してくれている。若い男だったら飛んで喜んだことだろう。
だがハンスはそれでも悩んでいた。あの世で妻になんと謝罪すればいいのか、と。
けれど先程見たメレーナがノイールを愛おしそうに抱きつく姿。まるで本当の母親のように慈愛に満ちていた。
もうしばらく様子をみて、結果を急がずゆっくり考えていこう。そう前向きに結婚を考えるハンスだった。
「それとさ、あの事件の後、俺のことって誰が発見したの?」
「あぁ、近所の人から通報があっての、女の子を担いだ怪しいやつが歩いてるっていう内容ですぐさま駆けつけたのだが、間に合わなかったようで……男は方まだ暖かくて死後まも」
「もういい、やめて父さん」
「す、すまん……」
「ううん、聞いたのは俺だし……。そっか父さんが助けてくれたんだね。ありがとう」
「最初は血まみれのお前を見て我を忘れて治療所に担いで走っていってな。おかげでまた通報が増えるわけになってしまってのぉガハハ」
「えー! 笑い事じゃないよ父さん!」
「ちゃんと通報をしてくれた人には事情を説明してあるから大丈夫だ」
内心、最初に見つけてくれたのが父で良かったと安心するノイール。
もし他人があの凄惨な場面を見てしまったら目に焼きついてトラウマになっていただろう。
もう2度とそんな事が起こらないためにも父に数時間前に考えていた自衛手段について聞いてみた。
「でさ父さん、事前に防ぐ方法なんてある?」
「事前にか……うーん……例えばだが、お前が1人で出歩かないこと。または人通りが少ない場所を歩かないこと。それと……高価すぎて手が出ないが魔法を1日に1回のみ防いでくれるという魔具がある。」
「おぉー! そんなのあるんだ!」
「ただこれは王族や一部の帰属のみが特別に作らせる品であってそう安安と手に入る代物ではないがの」
「ふぅーん……欲しいなぁそれ」
それさえあれば解決なのだがそう簡単にはいかないのが世の常。
「およそ100億ゼニーはくだらないだろうな」
「ひゃ、ひゃくおく!?」
「まぁあくまで目安だ。ワシはそこら辺の事情は詳しく無いからわからん。もしかしたらそれ以上の桁かもしれんしのぉ」
あまりの値段の高さに絶句するノイール。今の冒険者稼業じゃ到底無理な金額だ。
「だからとりあえずは誰かと常に行動をすること。又は人通りの多い場所のみを歩くこと、だろうな」
「そんなぁ……一応これでもランクBの剣士なのにぃ……」
力なくソファに蹲るノイール。見かねたハンスはあれこれと思案するがなかなかいい案が思いつかない。
そこへひょっこりとハンスの弟のマルスが忘れ物でもしたのか現れた。
「事情は聞かせてもらった! ならば闘気を常に少しだけでも纏ってみてはどうだ!」
「マルス!?いつから聞いてたの!?」
「あぁ、うん、実は帰ってなかったんだ。ごめん。ちょった可愛い姪が心配で……」
「はぁー?なにそれ……。それに? 闘気のことなんで知ってるの?」
「そりゃー家族だから事情を知るぐらいは出来るさ!」
「ふぅーん……もう知ってるなら隠さないけど……闘気を使えるのは事実。だけど1日中っていうのは難しいかな……結構集中力が必要だし集中が切れると使った魔力が四散してなくなっちゃうんだよね、だから今回の事件でも気絶してたわけだし」
「でもよ、この前は闘気を半日ぐらい使って花を探したろ? あれの応用で少しだけ常時使うって難しいのか?」
それは1週間と少し前のこと、ターニルミトラの花を探す依頼を受けた時のこと、どうしても早く花を見つけたかったノイールは闘気を纏い木々よりも高く跳びながら探し回り、半日程掛けて籠いっぱいの花を探し出したのだ。
「あぁー! そういえばそうだっけ!」
その花でエレノさんの息子が助かった喜びですっかりそんなことは忘れていたノイール。
「おいおい、自分のことだろ? で、出来そうか?」
「うーん……とりあえずやってみるよ」
2人がゴクリと息を飲む中、スッと瞬時に闘気を纏うノイール。 だがこのままでは淡く白く輝いており普段は使えない。
極力使う魔力を小さく、少なくしたい……が、女の体になったことで膨大に増えた魔力を小さくするのは骨が折れる。
魔力の出る穴を小さく、細くするイメージで、徐々に抑えていく。
すると、ある所で魔力が闘気へと変えれなくなってきた。
「こ、これが限界かも」
「え?まだ闘気消えてないの? さっきみたいに白くなってないぜ?」
「ああ、普段と変わらぬように見えるぞ」
「そ、そう? これ、以外と、集中力いる、かも……」
普段から慣れてない闘気の薄さを維持するのに集中し、喋ることまであまり気が回らない様子のノイール。
やがてたらたらと汗を流し始め、息が荒くなってきた。
「な、なんていうか、お腹に無理矢理力を入れているような、うーん……おしっこを、我慢しているような、感覚、かな」
「なんだその表現は」
ノイールも自分でも言ってて笑いそうになり、思わず集中が乱れ薄く纏っていた闘気が散ってしまった。
「あっ…………。まぁ、要練習かな……。コツを掴めばなんとかなりそうだよ」
「おぉ、そうか! アドバイス出来て良かった良かった! 俺も役に立つべ?」
「まぁ、偶には、だね」
そう言ってニシシと笑うノイール。
「っ……!た、偶にはってなぁ~」
思わずノイールに見惚れるマルスだが照れを隠すように怒って誤魔化す
(うん、これさえ物にすれば今まで通り出歩けるし……、なにより俺も更に強くなれる気がする……!)
正真正銘中身は男のノイール。やはり男の血が騒ぐのか強くなることへの興味は強かった。
「だからもう帰った帰った」
「そ、そんなぁ」
今すぐ特訓に取り掛かりたいノイールはマルスを押し返し、父へ庭に行くことを伝え部屋を出た。
空は既に暗くなり月明かりのみが庭を照らす中、久しぶりに湧き上がる高揚感を抑え、先ほどの感覚を思い出しながら意識を集中する。
深く息を吸い、吐き出すと同時に魔力を僅かに闘気へと変え、身体に浸透させていく。
徐々に、徐々に、血液から肉、皮膚、髪の毛の先まで闘気へと変えた魔力を纏わせていく。
(ここだ!)
これ以上魔力を薄くすると闘気が消える寸前のポイントを抑え、それの維持に集中する。
僅かにでも魔力の量がブレると闘気が消えてしまうので波立たないように水面をイメージする。
ノイールの感覚で10分経ったか、1時間経ったか分からないほどそこに立っていた。
長時間出来ない事はない。ただまだかなり意識を集中していないと維持できないようだ。
その証拠に尋常じゃない量の汗が体中から吹き出している。
「つかれたぁ~」
これ以上しても頭が集中出来ないと判断し、汗を流しに風呂場へと向かう。
風呂場へ向いながら壁に掛かる時計を見やるとまだ30分程しか経っていないようだ。
それなのにこの量の汗をかいた。全力の魔力でもないのに。
まだまだ改良の余地あるなぁ、と問題点を考えながら長湯をするノイールだった。
翌朝、ノイールが1人で出歩くことを禁止されたことに気を利かせたマルスは、一緒にギルドへ行く為に迎えに来ていた。
「ノイールー、ギルドいくべー」
玄関に顔だけ覗かせたノイール。
「ごめん、しばらく闘気の特訓するから何日かは行かない。」
「えぇ~! そんなぁ……」
しばらく仕事をしなくて済んだのに肩をガックリ落とすマルス。
「ごめんってー。そんなに仕事したかったの?」
「いやいや、可愛い姪と出歩けないのがショックなの……」
「はいはい、じゃーあとで夕飯の買い出し行くから付き合って」
「うん! 行く行く! わーい!」
子供のように腕をパタパタさせながらマルスは何処かへと行ってしまった。
それを呆れたように見ていたノイールはため息一つ吐き、庭へと戻り特訓を開始するのだった。
庭には雪が降り積もり、木々にも掛かる雪は厚く枝がしなり、今尚振り続ける雪は周りの音を掻き消すかのように静かだ。
そこに1人の少女が立っていた。かれこれ半日はそこで立っていただろう。帽子に積もる雪がその証拠だ。
少女は唐突にヨシッと声を出し、降り積もった雪をググッググッと踏み締めながら家の中へと消えて行った。