7話 ありがとう☆
「いただきます」「いただきます」「いただきまーす!」「........いただこう」
ここ最近聞きなれた4人の合唱。白くなってきた髭を撫でながらノイールの父ハンスは訝しむ視線を毎日やって来るメレーナへと送るが、目線が重なるとハンスのほうから視線を逸らしてしまった。なんといっても彼女はこう見えて自分よりかなり年上なのだ。それもハンスの母親よりも。
炊事担当であるノイールはメレーナのことは諦めて被害がこちらに向かないようにと何も言わず夕飯を出す。ご飯を作ることを拒否したとき『やだやだやだー!つくってつくってつくってー!』と駄々をこねられた時は心底呆れたが、女性には優しいノイール、仕方ないなとため息一つ吐くだけで許してしまった。
なんでか知らないがマルスもちゃっかり食べに来るようになったし、この夕食をとる時間が一気に騒がしくなった。父と2人でのんびりと食事をしてた頃が懐かしくすら思うノイール。
今日のメニューはフータンという大型の鳥の丸焼きだ。切り分けて焼こうか迷ったがギリギリ釜に入ったのでノイール特製の甘辛いソースを時折かけながら弱火でじっくり焼き込んだとてもボリュームのある品だ。
大人4人で食べても余すかもしれないほどの量だ。余ったら余ったで翌朝にパンとレタスに挟まれて朝食になるので問題ないのだ。
「いやーノイールちゃんの料理って毎度思うけどほんと美味しいわー。その年でこの腕前とはいいお嫁さんになるねー、いろんな面で」
と言いながらネットリとした視線でノイールの体を舐めまわす。
「誰が男と結婚なんかしますか!」
「じゃー私と結婚する?」
「ブフォ!なんでそうなるんですか!俺は男の俺を好きになってくれた人との恋愛結婚を希望です!メレーナさんはどっちかというと同性が好きなんじゃないんですか!」
「えー違うわよー? ただー、ノイールちゃんが可愛くて可愛くてほっとけないのよー」
「ほっといてください !それに可愛いのは当たり前です。なんせ俺の理想の女の体なんですから!」
「いい加減にしなさい。メレーナ殿もあまりうちの子をからかわないでください」
「はーい」「........はい」
「ちなみにノイールは誰にも嫁がせません」
ガーン!とショックを受けたのかフォークを手から滑り落とすメレーナ。それを鼻で笑うノイールだが、隣で更にショックを受けているおっさんには深く呆れるノイールだった。
そこから1週間ほど経ったある日の事。いつものように冒険者ギルドへ割の良い仕事が無いか探しに来たノイールに、仕事中のメレーナから声が掛かった。
「ノイールちゃん、エレノさんから伝言を預かってますよ。詳細はこちらをご参照ください」
と言いながら手紙を差し出された。業務時間中のメレーナはさすがに場をわきまえるのか、ふざけた行動は一切しなかった。はたから見れば美しくお淑やかで優しい仕事も出来る良い女に見えるのだがノイールには猫かぶりの痴女にしか見えないがこれは割愛。
おもむろに封を開け中身を読む。そこにはこう書かれていた。
『ノイールくんへ
この度は息子のためにありがとうございました。
おかげで息子は元気を取り戻し、今は家の中を駆け回っています。
またこの子の笑顔を見ることが出来て心の底から救われました。
この子が亡くなってたら後を追っていたことでしょう。
本当にありがとう。
それと夫が亡くなってからなかなかノイールくんに会えなくて寂しいです。
お礼もしたいのでよかったら家へ来てください。
息子もお礼がしたいそうです。あれからこの子も大きくなったので驚くと思いますよ?
いつでもいいのでお待ちしておりますね。』
エレノの息子が無事であることを知った途端ノイールの涙腺が緩み、視界が濁る。
「よかったぁ。よか........ったぁ。うぅ........」
家族を失うことの辛さを知っているノイール。ノイールのことを気にかけててくれたドワキスが亡くなり、どこかその事実から逃げる様にエレノさんから距離を置いた。逃げた罪悪感からなかなか顔を合わすことが出来ず今日まで来たのだが、エレノさんから会いたいと言われた。
ーーエレノさんに許されたのだーー
そし てエレノさんの大事な家族である唯一の息子を救うことが出来た。そう思うと込み上げる涙を止める術はなく、嗚咽をもらしながら泣きじゃくってしまった。
「よしよし、いいこいいこ」
受付の中から出てきたメレーナに抱きしめられ、それに縋りつくノイール。
「うぅ……ドワキスさん……ごめん、なさ、い……にげて、ごめんな、さい」
「大丈夫大丈夫。ノイールちゃんは何も悪くないわ」
「だって……俺はドワキスさんの死から逃げました!……エレノさんから逃げました……!」
「それでもよ、ノイールちゃんはなーんにも悪くないわ」
「ぐすっ……ほんと?」
「そ、そうよ!ノイールちゃんは世界で1番いい子よ」
(やばいこの子可愛い!はぁはぁ我慢がつらいやばいどうしてなんでチューしたいはぁはぁなんだこの可愛さはもうやばい頭の中がパンパン)
「そっか……うん、ありがと、メレーナさん」
ズキューン!!と聞こえてきそうなくらい撃たれたように胸を抑えるメレーナ。
「決めた」
「ん?なにをです?」
「私、ノイールちゃんの母親になる。」
「ぐすっ……て!? えええぇぇぇ! どうしてそうなるんですか!? え? え? てことはつまり父さんと結婚するってこと!?」
その瞬間、ギルド内は騒然とし、男どもの阿鼻叫喚が木霊した。
「う、そ、それは……とりあえず置いといて、私はノイールちゃんと家族になりたいの!」
「えー置いといてって……本気で言ってるんですか?」
「本気も本気! マジよマジ! 私はノイールちゃんを好きになったの! いつまでも愛でていたいの!」
鼻息を荒くしながら顔を近づけてくるメレーナに戸惑いを隠せないノイール。なんてったって中身は正真正銘のチェリーボーイなのだ。思わず顔がトマトのように赤面し、口をわなわなとふるわせている。
それが更に庇護欲を掻き立てメレーナの鼻息を荒くする一方だ。
「わかった! わかりました! 父さんと結婚するのは父さんとメレーナさんの自由ですから! ご勝手に!」
縋り付くメレーナに根負けし遂に了承してしまった。確かにノイールの母親になる為にはハンスと結婚しなければならないのだが、ハンスと結婚するにはハンスの意志だけが必要なのだ。
だが、当のハンスも今まで再婚の意志も、寄って来る女性も居なかったわけではない。幼きノイールを1人で家で留守番させる度に心を何度も再婚へと向けた。けれどハンス本人が亡き妻の事を忘れられず今も尚愛し続けているためそこから更に1歩進むことが出来ていなかった。
周りの助けも借りて、それこそギルドマスターや近衛騎士団の面々の助力もあってここまでノイールを育てることが出来たのだ。
「わかった!行ってくる!」
言うや否や業務をほっぽり出してギルドから駆け出して行った。
ポカーンと開いた口が塞がらない職員一同と、妙に殺気立っていらっしゃる男性の冒険者達。なぜか皆ハンスめ……と言っている気がするが気のせいだろう、うん。と納得させるノイール。
「ま、どうせ振られるだろうし放っておいてエレノさんのとこに行こっと!」
ノイールも後を追うようにギルドを出ていった。
そこはホコモのとある住宅街の1画。冒険者であったドワキスはここホコモでは少し名の通った冒険者であり、子煩悩な父でも有名だった為、家族を想い将来は大家族が住めるようにと一般家庭より三割り増し程の大きな家を建てていた。
大きな庭も持ち、ノイールはそこでよくエレノさんの息子、バッガスの子守のバイトする為に遊んだ記憶が山のようにある。
もちろんそこには今は亡きドワキスとの思い出も残っていた。
その思い出を振り払うように頬をパシンと叩き、目の前の扉をノックした。
「こんにちはー! ノイールでーす! エレノさんいらっしゃいますかー?」
すると、中からドタバタと子供のはしゃぐ声と共に聞こえてきた。それにノイールはクスっと笑い、あぁ元気にしてるなーと喜んだ。
気が緩んだ瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「あらー! ノイール君! 久しぶりー! あらあらまぁ噂は聞いてるわー、女の子になっちゃったんだって?」
「えぇ、まぁ、カクカク云々で……」
「それにしてもまぁ最初は信じられなかったけど、うちの息子を助けてくれたんだもの、信じるわ。本当にありがとうね」
「い、いえ、その、ドワキスさんへの恩返しを全然してなくて……」
また思い出しただけで涙がこぼれそうになるノイール。けれど涙を流さぬよう目を固く閉じて謝らなければと話すことを辞めない。
「今まで色んな事で助けられてきたのに、全然、全然……返しきれてなくて……ぐすっ……亡くなったことから逃げてばかりいて……俺、エレノさんに会っていいのかわからなくて……ずずっ……本当に、本当にごめんなさい!!」
すると、ふわりと懐かしい花の香りがしたと思うとギュッと抱きしめられた。
「ノイール君が謝ることなんて何も無いわ。私達はいつもノイール君に助けられてきた。今回もそう、ノイール君にまた助けられた。私は感謝の気持ちしかないの。だからほら、泣かないで?ね?」
「……いいんですか?」
「いいもなにも、私はノイール君を家族のように思ってるんだもの。また会えて心から嬉しいわ。だから、ね? 泣かないで、ドワキスに笑われるわよ?」
「うぅ……エレノさん、ありがとう……ありがとう……!」
泣きながら抱き返してきたノイールにエレノは優しく頭を撫で続けた。
ノイールが落ち着いた頃を見計らって、エレノは話しかける。
「さ、うちのボウヤがお待ちかねよ。会ってあげて?」
「はい、喜んで!」
そして案内される家の中を懐かしみながらと茶の間へと向かう。
そこには一桁後半ぐらいの男の子がオモチャの剣を振り回していた。こちらに気が付いた少年はノイールの存在に気付き、首を傾げた。その子はドワキスの面影が残る赤い髪の毛は前はまだ細くて幼児らしい顔立ちだったのだが、今は父親に似て短髪で逆立っており強気そうな子供に育っていた。
「あれー? ノイールにいちゃんがくるんじゃなかったの? ねえちゃんだれー?」
う、と自分の体が変わったことをどう説明しようか忘れていたノイール。伴侶となる彼女が欲しくて神観の夜にお願いした結果、誤ってこの様なことになってしまったなんて、子供には聞かせたくない。
すると、ノイールの心中を察したのか、エレノがフォローする。
「ノイール兄ちゃんはね、魔法に掛かって女の子にされちゃったの! とてもとても強ーーーい魔法使いにね。だからこのお姉ちゃんはノイール兄ちゃんなんだよ? わかるかなー?」
「うーんノイールにいちゃんがノイールねえちゃんになっちゃった? ……やべーな! その魔法使い! つよすぎー!」
「ま、まぁな、そいつを倒さないと元に戻れないんだー。だからバッガスも強くなって倒しに行こうぜ?」
「えー、ノイールにいちゃんはかっこよかったけどノイールねえちゃんはかわいくてすきだよ! もどらないとだめなの?」
「あらあらまぁこの子ったら……」
「グッ……!」
純粋な子供にそう言われるとダメージが大きく、膝をついてしまうノイール。
「ノイールねえちゃんだいじょうぶ!?」
「お願いだから、ノイールにいちゃんって呼んで……」
「なんで? おねえちゃんになったんだからノイールねえちゃんじゃないとへんだよ?」
とどめを刺されたノイールは息も耐えたえに床に伏してしまった。
「ノイールねえちゃん!? まほうつかいめ! ノイールねえちゃんはぼくがずーっとまもる!」
「この子ったら気が早いのね、うふふ」
「それはそうと、エレノさん、なんですかあの依頼の報酬は」
やっと復帰したノイールは件の依頼の報酬内容でエレノさんは体をも差し出してもいいという事について問いただす。
「あのときは必死で……息子が助かるなら私が犠牲になろうと構わないという思いでそうしたのよ。それに今も後悔はしてないわ」
「どうしてですか!? 冒険者という奴らをエレノさんはよく知ってますよね!? もしかしたら本当に酷い目に合っていたのかもしれないんですよ!?」
エレノの返答に思わずテーブルから乗り出し強く抗議するノイール。
「それでもよ」
「っ……!」
だが、エレノの強い眼差しに、たじろいでしまう。
「あの子を失うぐらいなら私は後を追う。それぐらいの覚悟をもってこの依頼を出したの。」
「だからって……」
「ノイール君の言いたいこともわかる。あの世でドワキスに会わす顔もなくなるし、もし万が一私がそれで危険な目に会って息子が1人になってしまうかもしれない。けどね」
そうってからさらにノイールへの眼差しを強くするエレノ。
「私は後悔してない」
「……」
その力強い返答にノイールに返す言葉は見当たらなかった。
「ごめんねノイール君に心配かけちゃって」
「ほんとですよ……」
「それに心のどこかでノイール君なら依頼を受けてくれるかもって思ってたの」
「受けないわけないじゃないですか! エレノさん達は大切な人なんですから」
すると、またもや抱きしめられたノイール。だが今回はエレノの方が涙を流していた。
「ありがとう、ノイール君。ほんとうに……ありがとう」
それに無言で抱き返し、そっと背中を撫でるノイールだった。
それから夕食をごちそうになり、今までの思い出話に花を咲かせる3人は、本当の家族のように楽しいひと時を過ごした。
「じゃーなバッガス、ママの言うこと聞くんだぞ?」
「うん! おれ、つよくなってママもノイールねえちゃんもまもるおとこになるからね!」
「お、おう! たのんだぞ! ではエレノさんまた来ますね」
「えぇ、待ってるわ」
家を出ると、空からシンシンと雪が降ってきていた。息は白くなり、吹く風は肌を刺すように冷たい。
「もう冬か……」
冬。母が居る頃はよく雪だるまを作って遊んだ思い出がある。けれど母が亡くなってからは外で遊んだ記憶はほとんどない。
そんな少ししんみりとした過去を思い出しながら帰路につくノイール。だがそんな浸っている時間は唐突に終りを告げる。
遠くから放たれる魔力の気配。下を向き、考え事をしていたノイールは気づくのが遅れてしまった。
攻撃系の魔法なら咄嗟のガードでも防げたが、襲ってきたのは猛烈な睡魔だった。
コツコツと近づく足音。
ぐらつく視界の中で見たのはローブを深々とかぶり手には杖を持った魔術師の男だった。
「これでも眠らんとは大した奴だ。だが……」
さらに感じる魔力の気配。
そこでノイールの記憶は途絶えた。
下手ですがこれからも毎話ごとに挿絵を入れさせていただきます。