6話 おかえり☆
長いこと放置しててすみません。頑張って完結させていこうと思います。
山を越え、谷を超え。さらにまた山を越えた頃、ノイール達の野営も3日目に突入していた。
5日で着く予定の所を早くエレノさんに薬を渡したいがために急ぎ足でここまで来た。おかげで4日目にあたる明日の昼頃には湖に着く予定だ。
目の前に居るマルスは簡単な結界術を野営をする場所に施すため直径6メートル程の幾学模様を地面に刻み込んでいる。魔術にからっきしのノイールにはさっぱりわからないので周囲の警戒をしながら武具の手入れをする。野営先なので簡単な手入れしか出来ないが、これがすごく大事で手入れを怠った翌日に剣が錆び付いて鞘から抜けなかったり、状態の良い時に切れたものが刃の切れ味が落ちて切れなくなったりしてしまう。当然戦闘中にそのような事態に陥ると命に関わるため、ノイールは毎日欠かさず武具の手入れを行っている。
不意にマルスが立ち上がり魔力を結界陣に流し込む。すると地面に刻み込まれた陣が淡く青く輝きだした。
「いつみても綺麗だよなーこの結界陣の光。」
「光の魔術に分類されるからね、太陽神の加護があるから人には美しく見えるし、心を落ち着かせる効果もあるんだ。逆に魔物には禍々しく見えるし心が不安にかられる効果があるのさ。」
ノイールは結界術の光に魅入られており、得意げに語るマルスの話は聞こえてこない。
光が儚げに消え、結界の力が安定したことを確認した2人はいつものようにノイールは道中で獲れた獲物で料理を、マルスは先に睡眠を取り始める。2人だけしか交代で番をする者が居ない彼らは当然睡眠時間も少なくなる。効率良く睡眠時間を取ろうとした結果、このようにノイールは前半起きて料理や魔獣の討伐証明部位を整理し、マルスはその間に眠りにつく。後半は逆にノイールが眠り、マルスは食事とその片付け等を行う。
二日前の野営初日には当然マルスは隣に眠る美少女の格好をした甥の寝顔を覗きこもうとするが、やけに視線に敏感になっているノイールにすぐに感づかれ返り討ちにあっている。なので今夜も隣が気になるもののマルスにそんな勇敢な心意気も無く何も事件は起こることなく夜は更けてゆくのだった。
夜が明け、太陽が完全に顔を出さぬうちに2人は湖に向けて出立した。
木々に覆われた秋の山肌を歩くため朝露に濡れた枝や葉が2人の体温を奪おうとするがマーサが手掛けたこの厚手の服には撥水効果でもあるのか何の問題もなく歩を進めるノイールとマルス。
時折食べられる水分の多い果実をもぎ、喉を潤し腹を満たし足を止めることなく更に2人は目的の場所へと向かう。
そして谷を降りきり、少し進んだ時だった。木々の切れ間からきらきらと輝く水面が顔を表し出した。太陽がちょうど天辺に登り、より一層輝きが増しているため思わず2人は目を細め、顔が綻びる。ようやく湖に着いたのだ。
ただ、湖が目的ではなく、このグルッタ湖近辺に咲くターニルミトラという花が目当てでここまで来たのだ。
ノイールが見渡す限りの場所にはターニルミトラが咲く紫色の花弁は見えないが、このグルッタ湖自体が大きく単に1周するだけで1日はかかる。それを花を探しながらとなると2日どころの騒ぎではない。
けれどそれでもその花を探さなければならない。探し出してエレノさんに早く差し出してあげたいという思いがこの広い湖に対してノイールの心を挫くことなく行動に移させる。
「マルス、手分けして探そう。俺は左からマルスは右側から行って湖の端で合流しよう。幸いここら辺の魔物もランクの高いのが居ないから1人で行動できそうだし。」
「了解。あまり無理するなよ。っていっても聞かないだろうから、まぁ精々頑張ろうぜ!」
「言われなくてもそのつもりだ。10房もあればいいらしいけど多いに越したことはないなら見つけたら出来るだけ集めて持ち帰ろう。息子さんの病気は感染はしないらしいけど一応予備としてね。」
「そうだな、保存も効くみたいだし。あるだけ持って帰ろうぜ」
そうしてノイールはマルスに背を向け歩き出した。
まともに歩いて探すだけで時間が掛かるので移動速度を上げるべく意識を集中し闘気を体に纏わせる。
今回はターニルミトラの花を探しながらの行動なので少しだけの魔力を使う。それでも女の体になり魔力が相当上がったため男の時の10倍以上の強化なのだが。
(そういえば魔力があがってから闘気を使って体を動かすのは初めてだな)
そう思いつつ走りながら探そうと1歩目を踏み出した時だった。
ダンッ!という音とともにノイールの体は宙を舞った。木々の上を行き、湖を一望できるほどに。
「のわー!」
2歩目を踏もうと出した片足は宙を掻き、体勢を崩してしまった。そのままゆっくり回転を描きながらノイールの体は落下する。
頭を庇おうと両手で頭を抱え、両足を折りたたみ衝撃に備えた。
ズンっという耳の奥に響く音のわりに、お尻にほんの軽い衝撃だけが走った。
「あぁ~びびったぁ~........んでも探すには手っ取り早いかも?」
そう言いながら起き上がったノイールは今度は体勢を崩すまいとまた1歩踏み出した。
強化されたノイールの足が地を踏み、また宙を舞う。
「おぉー!いいぞー!たのしいー!」
ピョンピョン跳ねるように見えるものの、実際にはダンッ!ダンッ!と物凄い音が湖の畔に響き渡り、野生の小動物達は一目散に逃げ惑う。
けれど、移動速度、探索効果は飛躍的に上がり順調に依頼をこなし始めるのだった。
反対側を進むマルスはそれを見ていたのか、
「ノイールも張り切ってるなぁ、よぅし!俺も頑張らねば!」
と地道にマルスも行動を開始した。
山々に囲まれた湖はとっくに太陽は見えなくなり、空も茜色から青黒い色へと変わり始めた頃、マルスの耳に断続的に何かの音が聞こえ始めた。
「ん?なんの音だ?」
それは段々と近づいてくる。
「ノイールの跳ねる音、だよな?」
木々に覆われ闇夜に響く重い足音。それだけで足が竦みそうになり持っている杖に力を込める。
意を決して足音の方へ声を掛けた。
「ノイールかー!」
だが声を掛けるのが遅かったのか、ノイールは最後の1歩を踏み出していた。
「えっ」
すぐ近くでノイールの声が聞こえたなと、ふと声の方へと上を見上げたときだった。
そこにはノイールのスカートから覗かせる小さな小ぶりのお尻が見えた。
「しろい」
『』 そう言い終えるか終えないかの刹那、顔面へ柔らかい感触の後に後頭部に衝撃が走りマルスの意識は途切れた。
「ごめんってばー!」
「あぁいてー、首が折れるとおもったぞー。」
「だからごめんってー、今度何か奢るからさー」
「........脱ぎたてパンツで手を打とう」
「死にたいか?」
「ヒィッ」
焚き火を囲みながら先ほどの事故について言い合う2人。もちろん結界陣は既に起動してあり今は夕食の調理中である。
幸か不幸か少女の体だったため体重が軽かったことと、お尻が柔らかかったことがマルスへのダメージを少なくすませる要員となり地面にぶつけた後頭部のみ大きなコブが出来た程度で済んだ。
これが体が男の時だったなら本当に命に関わる怪我を負ったであろう。少女の体で良かったとノイールがほんの少しだけ思った出来事だった。
「それにしても良かったー、目的の花がこんなに集まって」
ノイールはそう言いながら籠いっぱいに詰まったターニルミトラの花にを顔が綻びる。
探索を開始すること数時間、ターニルミトラの群生地を宙を舞うノイールが上空から発見し、育ちきっている物のみを集めただけでこの量になったのだ。大収穫である。
その満足げなノイールの顔を見たマルスは、あぁ可愛いなぁと妹か娘を見るように微笑ましく見守り続けた。
その後は順調に帰路を進める2人。
行きは4日掛けた道程だったが無理はしまいと急ぐことなく歩を進めた。目的の花が見つかったことが心に余裕を持たせ、確実に持ち帰れるようにと安全第一と心掛けた。
5日後、無事にホコモに帰ってくることが出来たノイールは荷物をマルスに預けターニルミトラが詰まった籠だけを持ち、一目散に冒険者ギルドへと駆け込んだ。:
バタンッ!と勢いよく開かれた扉に周囲の人間は何事かと振り向くも、それが一躍噂が多くなった件のノイールだと気付き周囲がざわつき始めた。
それを気にせずズカズカと受付のお姉さんの元へと一直線に進むノイール。
それに気づいたエルフの受付のお姉さんは無事に帰ってきてよかった、と安堵しつつ業務を開始する。
「おかえりなさいノイールちゃ、くん」
「たっだいまー!見てみて、ターニルミトラの花いっぱい採れたんだ!」
ちゃん付けされそうになったことは意に介さず、籠いっぱいに詰まった紫色の花を差し出すノイール。
はたから見ればお花がいっぱい採れたよと、姉に妹が甘えるように見えたのか、どの人間も頬が緩まってしまう。
エルフのお姉さんはうっとりしながら差し出されたその紫色の花達を愛のこもった贈り物のように抱き締めて受け取った。
「ありがとうノイールちゃん!大事にするね!」
「おう!さぁさぁエレノさんに早く連絡してあげて!あと、報酬については息子さんの出世払いでいいよって伝えておいて。」
大事にする、をノイールは残った花をギルドで保管して次にターニル病が発症したときに役立てるよというふうに受け取った。
「そうね、1秒でも早く良くなった方がいいし、そうするわ。お疲れ様ですノイールちゃん」
「うん、どうも。あと男だから『くん』ね」
こうしてエレノの夫ドワキスが亡くなったあの事件以降、なかなか顔を合わせづらかったノイールだが今回の1件でまた昔のように顔を合わせて話が出来たらいいなと、期待を胸に早足でギルドを後にした。
「で?こうなったわけか?」
「うん、俺にもよくわかんない」
「まぁまぁ細かい事はあとにして、ノイールちゃんがこの男と2人っきり!で一緒に何日も!何も無い野山で!初めての夜を明かしたなんて........お姉さん悔しくて悔しくて........」
「こいつとは何もありませんってば!!メレーナさんいい加減帰ってください。晩御飯も作らないといけないんだし。」
帰還したことを詰所にいる父ハンスに報告したあと、装備の手入れや湯浴みを済ませたノイールを待っていたのは、仕事帰りのギルドの受付嬢だった。名前はメレーナというらしい。
普段は出来る女なのだが、いかんせん年齢は断トツで高いため先輩風を吹かしまくるのだ。
「あら!いいわねー、じゃーあたしも頂いていこうかしら!」
「この人は........」
「ま、まぁ俺としてはこんな綺麗なお姉さんと晩飯食べれるなら願ったり叶ったりなんだけど」
「誰がマルスの分も作るって言った?」
「お、おぃぃぃい!食べさせてくださいよノイールさーん!」
「しょうがないなぁ。まぁ、今日は機嫌がいいから作ってあげてしんぜようぞ」
「は、ハハァ!有り難き幸せ!」
ふと、冷たい視線をメレーナから感じたノイールは、目線を合わせるとジトーっとこちらを見やるメレーナがいた。
「な、なんですか」
「いえ、べつに。仲がいいのねーって思っただけよ。」
「妬いてるんですか?」
「そうよ妬いてるのよ!私も仲良くなりたいぃ!」
「ちょ、抱きつかないで下さい!こら!どさくさに紛れてお尻揉むな!」
これぐらい乱暴にほどけない事もないが、女性には暴力を振れないノイールなのだ。
「あぁんもうノイールちゃんかっわいい!」
「眼福や........」
「こら!マルス助けないと晩飯抜き!」
「ぬ、ぬぬぅ、目の保養を取るか、飯を取るか........」
「もう!みんなかえれーー!!!」
ノイールの叫びは誰にも届く事はなく、早く男に戻りたいと切に願うノイールだった。
「あいつが帰ってきたか........」
暗い路地の裏、真っ黒のローブを羽織った怪しげな男は、1人、ある男の、いや、女の帰りを待ちわびていた。
「ククク........待っていろよ」
歪に顔を歪ませ、口が裂けるかのように妖しく笑い、消え去るように闇夜に溶けていくのだった。