2話 ノイール見参☆
「俺はノイールだ!」
大事な事なので二度言ってみた。
周りを見渡せばいつもここをたむろしている見慣れた奴らがいた。
重厚な鎧を着てそれに負けんばかりの筋肉をつけた戦士や、全身を迷彩色に近い柄の防具で覆い露出しているのは目と犬耳だけのシーフ、魔法石らしき装飾をローブにあしらったダークエルフの魔法使いなど、人間に限らず様々な種族がここ、冒険者ギルドを利用している。
そんな、色んな経験を積んでいそうな彼らなのだがこちらを向いてポカーンとしていた。
「ノイールってあの隣にいるハンスの息子だよな?」
「あの子可愛くない?」
「ノイールに遂に女ができたか」
「いやでも小さくね?」
「めっちゃ可愛いやばい可愛い」
ノイールの視線の先の受付カウンターに居たのは肌は若々しく真っ白で、耳は人間より長い、全体的にスラッとしたいつものエルフのお姉さんだ。ちなみに既婚しており今年で100歳を迎えるという。見た目的には人間の二十代前半にしか見えない。
彼女も受付をしてかれこれ50年以上になる。大ベテランだ。ここにいる大半の者は小さい頃から彼女を知っている。
ノイールと視線が合い、ハッとしたのか気を取り直し、業務を再開する。
「えっと、ノイール?…ちゃんは、ハンスさんの息子さんと知り合いかな?」
「いや、だから俺がノイールなんです。その証拠に、ほら、カードが使えるはずです。」
やはり口頭だけじゃ伝わらないよな、とノイールはカウンターの上にある魔方陣の上にギルドカードを置き、その上に手を添えて魔力を込めた。
ちなみに男の時は魔力が少なく放てる魔法も限られていたが、女になったことで魔力値が飛躍的に上がったのだがそれに気づくのはまだ後のお話。
ノイールの魔力に反応して魔方陣は青色を示し、手の上の空間に文字が浮かび上がった。
ノイール 15歳
出身 ホコモ
ランク B
預かり金額 500,000ゼニー
「まじかよカード使えたぜ」
「なんでだ、偽造か?」
「てかノイールのやつかなり貯金あるな!」
「先月よりランク上がってやがるし!」
「やばいドヤ顔も可愛い」
当たり前だ。俺はノイールなのだから。
しかし反面、ハンスはギルドカードが使えることに安堵していた。
彼は最初のうちは反対していたのだ。魔力が反応しなかった場合はノイールを抱えて一目散に逃げるつもりだったらしい。
逆に困ってしまったのは受付のお姉さんのほうだ。
ギルドカードの偽造はまず出来るはずがなく、ましてや赤の他人のギルドカードは使用することは出来ない。
「確かに、確認、でき、ちゃいました」
長寿である彼女は長いこと受付をしているがこんな事案は今まで体験したことがないらしい。
どうしたらいいんだろう……と数秒の間固まっていると受付の奥から声が掛かった。
「どうしたんだこの騒ぎは」
出てきたのは初老の厳つい爺さんだ。鋭い眼光は全てを見透かし、白い口髭は毎日梳かしてあるのか綺麗に放物線を描き、その体は逞しく現役を退いたとは思えない迫力だ。そしてハゲだ。
このギルドホコモ支部のマスターである。
「マスター、彼女が自分はハンスの息子さんのノイールだと言うのです。カードで確認してみると確かにホコモ出身でBランクのノイールであり、彼のもので間違いありませんでした。しかし私の判断ではとても決められるものじゃありません…」
「そんなこと…ありえん」
マスターはノイールを睨み付ける。全てを見透かす様な目線でノイールを抉り真実を探る。
ノイールはこのムカつく睨みがいつも腹立たしく、負けじと睨み返していた。
今回もご多分に漏れず咄嗟の反応で睨み返した。
睨み合いが30秒ほど続いた。火花が飛び火しそうな程睨み合った。
受付のお姉さんが冷や汗を垂れ流し、周りのヤジウマはヤバイヤバイあの子殺されると慌てた。
しかし、予想に反して先に目線を反らしたのはマスターだった。
睨む姿が可愛くて可愛くて微笑んでしまうのを誤魔化すため、つい目線を反らしてしまった。
風貌に似合わずマスターは可愛いものが大好きだ。
そんな事は露知らずノイールはマスターが目線をさきに反らしたことにさらにドヤ顔である。
「してハンス、お前が来たということはお前もこいつがノイールだというのだな?」
「あぁ、間違いない。こいつはノイールだ。」
マスターは大きく溜め息をついた。
ノイールもマスターのことは以前よりよく知っている。
父の友人だ。
母さんが亡くなったこともあり、小さい頃から何かと気に掛けてくれている。
「ではまず、お前がノイールだとしてどうしてそんな姿になった。幻影の魔術が掛かっている様子もない。なぜだ?」
ノイールは昨夜のことを説明した。
今朝、父に説明したときは号泣してしまったが、今回はなぜか他人事のように確りと説明出来た。
説明を聞いているときも周りは更に騒がしくなった。
「神観の願い事って本当だったのか!」
「てかドジすぎでしょ」
「まず神頼みで彼女ってドン引きだわぁ」
「きもっ」
「引くわぁー」
「やばい泣きそうな顔可愛い!!」
「お前の言いたいことはわかった。だがお前の話が本当ならお前がノイールであることの確証が欲しい。カード以外で示せるものはないか?」
俺が俺であることの証拠……。
剣の腕で示そうとしたが大抵訓練すれば俺ぐらい強くなれる。とノイールは勘違いしているが、この町で彼、いや彼女に勝てる者は居ない。
そしてノイールは思い出した。
この場に居る中でノイールとマスターだけがしっている事実を。
「話は変わるけどマスターの娘さんが結婚して引っ越しの手伝いをしているときに聞いたんだけどマスターは娘さんが結婚するまで一緒におふr「わかった!わかった!!おまえはノイールだ!!」
「え、今お風呂って言った?」
「え、結婚したの確か18のときだよね?」
「ドタコンかよ」
「きもっ」
「やばいドヤ顔も可愛い!」
慌てたように言葉を遮られたがマスターはノイールだと認めてくれた。
男に二言は無いよな?と確認すると、マスターは大きな溜め息をついて頷いた。
「で、今後、男の方のノイールが現れた場合、お前を即捕縛するからな。ギルドカードの偽造は重罪だ。禁固刑は免れん。最悪奴隷行きだ。」
俺が元に戻らない限りそれは有り得ないのだが、秘密を漏らされた腹いせからか、マスターは脅しぎみに忠告する。
「問題無い。俺がノイールだからね。」
変な所で自信家で、それが空回りするのがノイールだ。
全く、女になっても変わってないな。と、マスターとハンスは先が思いやられるのであった。
帰り道も好奇の視線に晒されるが、自分がノイールだと認められてルンルン気分なドヤ顔で帰り道を歩く。
この日は念のためギルドの依頼掲示板だけを覗くだけにして帰ることにしたのだ。
やぁ俺はノイールだよ!って知り合いに声を掛けたら苦笑いされて逃げられた。
これは知り合い全員に納得させるのは骨が折れそうだ。
それにしても父は心配性で困る。大抵こういうときにお前は空回りし大失敗するとさっき注意された。
だがそれも事実でいつもフォローしてくれるのは父か叔父のマルスだった。
だが父から今更ながらに考えるのを頭のどこかで逃げて放棄していたことを言われた。
「これからどうするつもりだ。お前は女として生きていけるのか?女として生きるということは男と結婚し子を成すことだ。……言いたいことはわかるよな?まぁ家事のほうは大丈夫そうだが。」
ノイールは絶句した。
それはつまり、男とあれしたりこれしたりあれもするのか。と、妄想が得意なノイールは余計に言葉を失った。
童貞であり、恋人も出来たことがなかったノイールはもう生涯童貞だ。
そして何故か自分が他人の童貞を奪う側に回ってしまった。
むしろ気づくのが遅い。
「な、なななな…なな、ななななななななにー!!!」
終わった……。
心からノイールはそう思った。
もうなにもかもお終いだ。
膝をつき、自分の頭をを抱えてしばらく茫然自失した。
(なんで?……なにが?……どうして?……なんで………もう……やだ……………)
「ノイール、大丈夫か?ノイ………!」
心を閉ざすと言うのはこういうことだろうか。
薄れ行く意識の中、ハンスの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、ノイールは心を閉じた。
ノイールが意識を取り戻したのは窓から見える空は茜色に染まり、魔術による街灯が次第に付きだした頃だった。
重い瞼を開ければ見慣れた天井と父さんがいた。
「とうさん?あれ?俺はたしか……」
そこで自分の声を聞き、自分が女になったことを思い出した。
あぁ、夢じゃなかったのか。腕を瞼に置きそっと閉じた。
深い溜め息が出た。
夢だったらどんなによかったか……。
するとハンスではない聞きなれた声が聞こえてきた。
「おう、ノイール!相変わらずドジやったらしいな!だはっ!俺も神頼みしたがダメだったのになー!」
腕をどけると視界に入った男は父に背格好は似ているが若干髪は黒黒しく顔は嫌みたらしい、空気が読めない叔父のマルスだ。
この空気の読めなさはある種の天才だ。そのせいで女性達から避けられていた。
今一番会いたくない奴かもしれない。
「うるさい黙れ殺すぞ」
「おぉこわっ!」
「頼むからノイールを刺激しないでくれんか」
「それにしてもベッコさんになったなぁー!俺の嫁にならんか!」
「こいつ殺す!!」
「やめんかばかたれ!!」
一波乱あったもののノイールの目に生気が戻っていた。
ハンスから事情を聞いたマルスは彼なりの元気付け方をしたのだ。
ノイールも叔父マルスの性格はわかっている。自分を元気付けようとしたのもわかっている。
ただ、今のこの状態で言われるのは我慢ならなかった。
気付くとノイールの目の端に涙が溜まっていた。
「うわ、ご、ごめん!泣くな!」
「え、?」
ノイールは頬に伝う冷たい感触に驚いた。
自分でも泣いていたことに気づかなかった。
(そうか、俺は心も女々しくなったのか……。
はは、だっせぇな俺。)
ノイールは涙を拭うこともせず、再び布団に潜り込んでしまった。
ハンスは顔を覆い項垂れ、マルスはやり方を間違えたかなと後頭部をポリポリ。
少しの間沈黙が続いたが、布団から声が聞こえた。
「俺が俺であることが証明されたからさ、別に今まで通りじゃんって考えてたんだけどさ、違ったんだな。全く違った。俺を見る目が皆違った。いや、父さんだけかな、前と一緒なのは。けどギルドでも俺がノイールだと明かしても皆俺を気持ち悪がったり、女になったからって色目みたいなので見たり。俺が俺ではなくなった感じでさ。なんかすごく悲しかった。男の俺なんて要らなかったのかななんて…………。悔しいよ。」
ノイールの心からの叫びを静かに語った。
それはノイールの見たことがない弱い部分を曝け出した。曝け出させてくれた。
マルスはこんな弱々しいノイールを見たことがなかった。
しかし、ハンスは今の言葉に黙っていられなかった。
「ノイール、他人なんかどうだっていい。お前の家族はワシとマルスだけだ。ワシとマルスは男の時のお前を愛している。男に戻ってほしいとも思ってる。だがな、お前が女になったとしても変わらないことがある。さっきも言ったがそれはお前がワシとマルスの家族ということだ。家族として愛している。それだけは何があろうと変わらない。」
家族……。俺を愛してくれている……。
「わかってくれんか?」
そうだ、俺の家族は父さんとマルスだけだ。
他人なんかどうだっていい。俺を、ノイールを必要としてくれる人がいる。
それだけで、その言葉だけで彼には充分だった。
「ありがとう、父さん。そうだね、俺には父さん、おまけにマルスがいるもんな」
「俺はおまけかよ」
「そうだ、ワシ達はノイールとの家族だ。絶対にそれは変わらないさ」
「ずっと思ってたんだがよ、来年の秋にまた神にお願いしてみればいいんじゃね?」
ーーそれだ!!!ーー
来年またお願いすれば元に戻れるかもしれない!と、ノイールの顔はみるみる明るくなっていく。
自分でもわかるぐらいニヤついた顔でマルスを見つめると何故か彼は顔を赤くして目を背けた。照れてるのか?だって俺は可愛いもんな。
ただ、確率はそう高くないはずだが、必ずしもゼロではないのだ。
しかも1年に1回はチャンスが巡ってくるのだ。
やるだけの価値はある。
「マルスもたまには役に立つんだね!」
「おう、俺はたまには役に立つ男だぜ!って何だよたまにって!」
でも本当に彼には感謝だ。一気に救われた気がした。
そう思い、サービスしてやろうと満面の笑みで礼を言う。
「本当にありがとう!マルスのおかげで希望が持てたよ」
「ぉ、おう!」
照れてる照れてる。ういやつめ。
でも、これは使えるな。と、味をしめたノイールだった。
絵柄がコロコロ変わりますがご了承ください。練習中なのです。