11話 お買い物☆
ノイールは体調がすっかり良くなり、今日も今日とて朝から家事に精を出していた。
しかし、月のモノによる体のダルさは無くなったものの、やはり元男であるノイールにとっては心に大きな傷が残ったようで、顔から覇気が消えた。
意気消沈しているノイールに気を利かせたメレーナが今日は仕事が休みだからと服を買いに行く約束をノイールと取りつけてある。だが当の本人は買い物にあまり乗り気ではない。決まってメレーナと服を買いに行くと着せ替え人形の如くあれやこれやと服を着せられるハメに会うからだ。
しかし、事実としてノイールのタンスに女物の冬服が少ないのも本当の話。服を干しても乾きずらいこの季節、ましてや厚手の物は余計に乾きずらく毎日の洗濯でも追いつけないのだ。
(あ、そうだ新年にむけて食材も貯めとかないとなぁ…………そういえば今年は4人で新年を迎えるのかな?)
雑巾で床をせっせと拭きながらそんなことを考えていると、ふいに玄関から声が聞こえた。
「ノイールちゃん、準備はいいー?」
どこか落ち着いた雰囲気を感じさせる優しい声の持ち主メレーナだ。
「はーい、今行きますねー」
ノイールはどっこらしょと親父臭く起き上がり腰に巻いてあるエプロンを剥ぎ、厚手のフードを着直して玄関へと向かう。
玄関で待っていたメレーナはノイールを下から上まで品定めするかの如く眺める。そして腕を組み片手で顎を撫でながら声を唸らせた。
「な、なんですか」
「……この前買った服はどうしたの?」
「あ、えっと……着るのが面倒で……」
まだ女性用の服の着方に慣れないことと自分を着飾ることになんの意味があるのか理解しきれていないノイールはどう返答したらいいのかわからず可愛らしい眉を寄せて戸惑ってしまう。
「ノイールちゃん! 今は女の子なんだから面倒がらないでもっと興味を持ってちょうだい! 家事は細かくする所は女子力高いくせに装飾に関してはてんで駄目ね」
「なんていうか可愛い女の子を見るのは楽しいけど、可愛くなった所を見られるのは……なんか恥ずかしいというか、イヤだ?」
それを聞いたメレーナは腕を腰に当て仁王立ちになり怒りを全身で表現する。なのだがその様はエルフ族の彼女は容姿が美しいためノイールには全然伝わらなかった。
「まったくもう……いいですかノイールちゃん! 今日だけ私があなたのママとしてノイールちゃんに色々お勉強してもらいます!」
「ええ~別に「い い で す ね ! 」
「……はぃ」
物凄い形相で睨まれ、女性には強く出れないイールは尻すぼみながらも頷かざるを得なかった。
「よろしい、さぁ早速ノイールちゃん、一緒に着替えてきましょ? ね?」
「……はい」
逆らうことを諦め、トボトボと部屋へと踵を返した。
「やっぱりノイールちゃん可愛いわぁ」
着替えさせられたノイールは姿見で改めて自分を見るがやはり理想の女の子がそこに立っており、自分でも可愛いなぁと思わず見惚れてしまう。
「ね? 可愛いほうがいいでしょ?」
「う、うん。可愛い。誰にも見せたくない。見るのは俺だけでいい」
なにせこんな可愛い彼女が欲しくて神観の夜にお願いをしたんだがらこれは自分だけの特権であると主張するノイール。
「またそんなこと言って……いいですかノイールちゃん」
それをメレーナが許すはずもなくここからかれこれ1時間程、女子力アップ講座を延々と聞かされるハメになったノイールなのであった。
セントラル王国の首都であるここホコモは冬であっても関係無しに街は賑わいをみせる。
特に新年祭を1週間前と控えた今日からは特にその賑わいは頂点を迎え、踏み責められた雪はとうに溶けて舗装された石畳の道を濡らし、そこだけ気温が高く感じるほど人で溢れかえっていた。
そもそも新年祭というのは家族間のみで新年を喜び、祝い、飲み明かすという家の中での行事であり、お祭りと言うには少し違った祭りなのだ。なので特に商店街の中でも酒屋と食料品店に客がせめぎあい、店同士は価格競争に目を光らせている。
そんなどこか浮ついた気分を孕んでいる商店街の一角に女性向けの服屋があった。特に若くて流行に目敏い少女達をターゲットにしているこの店は冬物大処分セールと銘打って行き交う若い娘達を引き込んでいた。
店名は『ミレラミラネ』 店長マーサの娘達、ミレラちゃんミラネちゃんからとった店名らしい。
「こ、ここ……ですか」
「そうよ、若い子、特にノイールちゃん世代には超人気らしいのよ、何より安いしね」
頬を引き攣らせながらノイールは問いかけるが、メレーナは意に介さず冒険者の若い子から聞いたミレラミラネの情報を答えた。
「1度入って見たかったんだけど私みたいな年上には入りずらくてね」
テへっと笑うその表情はとても年上には見えず、美しく若い女性としかノイールの目には映らず思わず「可愛い」と口からこぼしてしまった。慌てて口を塞ぐもメレーナの顔は真っ赤に染まり視線が右往左往していた。
「さ、ノイールちゃん行こ!」
照れを隠すように先に歩きだしたメレーナ。ぷいっと差し出された手をノイールはまたも可愛いと囁き、うん、行こうと手を握りしめた。
店内は冬物大処分セールと銘打ってるだけありワゴンにこれでもかと冬服が積まされていた。それをキャッキャキャッキャと若い娘達があれがいいこれがいいと吟味していた。
店内の平均年齢はとても低く、ノイールからしてみれば桃源郷のように見えるのだが、そこに分け入っていくのは別の話。女性経験の無いノイールにとってはハードルが高すぎた。
「さ、ノイールちゃんの気に入った服があればどんどん選んでいこ」
「う、うん、がんばる」
手を引かれては逃げる訳にもいかず、諦めて歯を食いしばり負けないようにと気合を入れノイールは桃源郷ならぬ戦場へと足を踏み入れたのだった。
数時間後、メレーナと家路を別れ帰宅したノイールは真っ白になるほど疲れ果て椅子に死人のように持たれかけていた。
「づがれだぁ……」
親父臭く言った台詞も今のノイールからは小鳥のさえずりのようにも聞こえるほど甲高い。
買ってきた服はきちんと洗濯してからしまうようにとメレーナに言いつけられているがそんな気力も湧かないノイール。
精神的に物凄いエネルギーを使い疲れきっているため、一刻も早く元凶でもあるフリフリなスカートを脱ぎ、そして安楽の地という布団の中へ潜り込んでしまおうと居間で着替えているその時だった。
「おーっすノイール!割のいい依頼受けてきたから、行……」
「…………」
時が止まったかのようにマルスは身動きすることが出来ず固まってしまった。目の前には息が止まりそうなほど美しい少女が生着替え中であり、細くて艶やかな片足を持ち上げて短パンへと足を通す最中だ。
ただ、その体勢ががに股であるため色っぽさは欠片もない。
ヤバイ、とマルスは心中で警笛を鳴らす。
けれどその美しい少女を魅入ってしまいなかなか目を外すことが出来ない。
扉を閉め謝って暴力という制裁を回避するか、又は暴力を受けようがこの光景を見続けることを天秤に掛けた結果、マルスはこの光景を目に焼き付けることを選んでしまった。
それにやはり空気の読めないマルスは視線を外すこともせず顎に手を当てノイールに声を掛ける。
「……そこはキャーとか言うべきだばぁがは!」
ノイールは着替えを続行させ間髪入れずに足刀蹴りを戯言を言うマルスの腹に叩き込んだ。体が宙を舞い飛んだ勢いで壁に激突しピクピク痙攣しているマルス。それに目もくれずにノイールは部屋へと踵を返した。
(なんか複雑な気分。 着替えを見られたからってなんで怒ってしまったんだろう。 この体を独占したいから? というのも少し違う気がするし……むぅ)
きっと疲れてるからかと早々と結論を出し良し寝ようとやっとたどり着いた布団の中で最近お気に入りの抱き枕を抱き、眠りにつくノイールなのであった。