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願い事は正確に  作者: トランスし隊
10/11

10話 おめでとう?☆

「あ、ノイールちゃん、ギルドに来るのは1ヶ月ぶりねー」


 当初の予定では10日以内には"薄く闘気"を纏ったものを日中の常時使用を習得せねばと考えていたが、いざ蓋を開けてみればとても難しく、1時間の闘気使用すら難航した。

 だが20日程経った頃、やり方を変えてみてはどうか、とふらりと現れたマルスに言われ、試しにと魔力を闘気へと変換するイメージを変えてみた。

 今までのように魔力の出口を細くするのではなく、さらにきめ細かい複数の穴から漉すように染み出すイメージでやってみた。

 すると変化が起きた。今までは魔力の消費が少なくても何故か汗だくになるほどの集中力を要していたのに対し、自然に体の隅まで闘気の魔力が浸透することが出来た。

 この劇的な変化にノイールは大喜びし、闘気を纏った状態でマルスの背中をバシバシ叩いてしまい、マルスが悶絶したのはノイールの記憶に新しい。


「そうですね、なんとかアレをものにすることが出来ましたんで散歩がてら来てみました」


 そう言って微笑むノイールに、メレーナは心が暖かくなる。以前メレーナはノイールと心に少し距離があるのを感じていた。だがこの頃はそれが無くなったように感じる。ノイールの心が近くに感じられるようになった。すると自然とメレーナも頬が緩み微笑んでしまう。


「そうね、ハンスさんのお墨付きももらってたしね」


「うん、マルスの魔法を避けまくったのを見せたら驚いてたもんね」


 あの時の父の顔が今思い出しても面白いのかクスリと笑うノイール。


「掲示板見てきたけどどれも冬を感じさせる依頼ばかりであぁやっと冬が来たなって今更ながらに思っちゃったよ」


「うふふ、大量の薪割りに新年祭の手伝いが多いわね。それに幸いにも今年はスノーウルフの大量発生は無くて近隣の村も被害が無いみたいだし今のところは平和ねぇ」


 あぁ、そういえば今年は聞かないなぁと以前に数回ほど参加したことのあるノイールは思い出す。真冬の山に討伐しに行った時は遭難しかけて散々な目にあったのだ。


「だから今日は買い物して帰るね。晩御飯なにがいい?」


「えーとじゃー、んー、あっ久しぶりにお米が食べたいなー、それとあとお肉!」


 ノイールの知識ではエルフ族は肉を食べないはずなのだが、メレーナはそれに当てはまらない例外だとノイールは一緒にご飯を食べるようになって知った。


「了解。んじゃお仕事頑張ってね」


「うん、ありがと」


 そういって微笑み合う2人。そんなやりとりを周りで見ていた冒険者達は何故か「ハンスめ……」と皆一様に囁くのだった。




 ノイールがこの体になって少し良かったかなと思うことが最近増えた。

 それは買い物をしに市場へ出かける時のこと。


「ノイールちゃんいつもありがとね!これサービスだよ!」


「おぉ!ありがとー!」


 これで本日3件目のサービス品を頂くノイール。今のところ3軒寄って全部何かが付随している、

 男の時には絶対にこんなこと有り得なかった。男の時の自分自身が少し不憫でならない。

 だがそれはそれ、これはこれ。笑顔いっぱいにサービスされた品を受け取る。そうすると次回もサービスしてくれる確率が高いのだ。このように女性特有の計算高い所が板に付いてきているが、本人はまだ気づいていない。




 米が流通しだしたのは今から10年ほど前。東の国から段々とその稲作の方法が伝わり、今ではここセントリア王国でも栽培できる土壌と気候が重なる場所が見つかり今年は豊作だという噂をノイールは聞いた。

 なので今年は特に店頭に米が並ぶ確率が高く、米自体も美味さがあがっている。

 メレーナがこれをご所望ということなので麻袋一つ分購入。研いで炊くだけなのでパンを買うより安上がりだ。

 サービスとしてこれまた東の国から流れてきたタクアンという食べ物を頂いたノイールは、その異様な匂いに困惑しながら匂いで周囲に変な顔をされる前に帰路についた。




「「「「いただきます」」」」


 最近剣士としてより主夫としてのレベルが上がっているノイールの料理に舌鼓を打つ3人。


「ノイールちゃんなにこれ美味しい!」


「ん? あぁ、それはね……


 そんな他愛もない会話が、ノイールは最近特に幸せな時間へと変わってきている。

 母が生存の頃は母が同じように料理の説明や食べ方なんかを教えてくれていた、優しい母さん。

 普段はそんなことないのだが、母の姿が脳裏を過ぎってしまい自然と涙が浮かび始めてしまった。




「これが、家族……なんだね」


「ど、どどどどうしたのノイールちゃん!?」


「ううん、なんでもないんだ……ぐすっ……幸せなんだ。とても幸せなんだよ……? ただね、そこに、母さんがいなくて……俺だけ、幸せになっていいのかなって……ふぐっ」


 その言葉にそれは間違っているとハンスは優しく語りかける。


「ノイール。お前が悲しい顔をしてた時、母さんはどんな顔だった? 泣いていた時どんな言葉をかけてくれた? いつもお前のことを抱きしめ一緒に悲しみ、一緒に泣いていただろ」


 ノイールはハッと顔を上げ何かを思い出したようだ。


「母さんは……何かある度にいっぱい抱きしめてくれていた。一緒に泣いてくれもした」


「そうだ。ノイールが悲しむと母さんも悲しむ。お前が辛そうな顔をすると母さんも辛いんだ。ではお前が幸せそうなときはどうだったか?」


「……母さんはいつも笑顔だった」


「母さんはな、お前が幸せになれるなら私はどんなことだってするわとよく言っていた。それ程お前の幸せを特に願っていた。」


 母の愛情の深さを今更ながら知り、涙がどっと流れてしまうノイール。


「母さんと、ワシのために幸せになってくれ、ノイール」


「と、うさん……どうざぁぁあんん!!!」


 抱擁しあう父と息子。ノイールは両親の愛と初めて向き合い、ご飯が冷めるまで泣き止むことはなかった。




「あのね、私のことはママって呼んでいいのよ?」


 ガクッと3人の肩が落ちる。


「メレーナさん……」


 ノイールは何かを言いかけるがキラキラした瞳で言われると言い返しづらい。


「ハンスさんもメレーナ殿じゃなくて呼び捨てでいいのよ?」


「いや、年上の方に呼び捨ては……」


 するとメレーナは少々不貞腐れたように


「もう、皆頭でっかちなんだからぁ……」


 その言葉に今まで空気だったマルスも呆れたのか苦言を漏らす。


「さすがの俺でも空気を読むのに、あなたって人は……」


「うっ……マルスさんに言われるなんて……。家族の愛を深めようとしただけなのにぃ!」


 その姿にノイールは思わず吹き出して笑ってしまう。


「あははっそうですね。うん、メレーナさんも俺にとっては既にもう大事な家族ですよ」


 不意にそんなことを言われるとは思ってなかったメレーナは、目を丸くし顔が赤くなっていく。


「ノイールちゃんだいすき!!」


「うわっと飛びつくの危ないですからっもう……」


 しがみついてくるメレーナにノイールは仕方ないなと子供をあやすように頭を撫でる。

 あれ?ママになりたいんじゃなかったっけ?と男達3人は苦笑いするしかなかった。






 明くる日、ノイールは朝起きると体に異変を感じた。

 だるさが全身を支配し、なにもやる気が起きない。

 だが毎朝の習慣はノイールにとって義務のようなものなので頬を叩き気合いを入れて朝の鍛錬の為に庭へと向かった。




「ノイール、どうした。調子悪いのか?」


 二人揃って朝食を食べ始めようと席に着いた時、ハンスはノイールの顔を見てすぐに具合が悪いのを見抜いた。


「少しね、でも大丈夫。」


「熱は…………ないようだな。だが無理はするな。今日は家にいた方がいい。」


「……わかった。」


 この体になってからの初めての不調なので大事を取ってノイールは素直に頷いた。


「なるべく早く帰ってくるからな」


「町を守る騎士様がそんなんでどーするの! 俺は大丈夫だからきちんと仕事をしてきて下さい!」


 正論を言われたじろぐハンス。ノイールの言っていることは正しいのだが心中では居てやりたい気持ちでいっぱいだ。


「う、うぅむ……。そうだな。確かにそうなのだが…… 」


「大丈夫だってばー、もう心配症なんだから」


(まぁ確かに最近心配かけさせるようなことばかりな事件に合ってる気がするからしょうがないのかな)


 とノイールは反省する。体が男から少女になり、泣くことがとても増えたり強姦にあいかけたりと振り返ってみれば自分が悪いなと思うふちがありまくる。

 今日は本当に家で大人しくしようと意気込んで片付けも早々にノイールは布団に潜り込んだ。





 ズキッ!と鈍い痛み。突然襲いかかってきた痛みにノイールは飛び起きた。

 今まで感じたことのない重い痛み。腹の奥底から全身へと響いて思わず涙目になってしまう。

 ほんと最近泣くことが多すぎだなとボヤきながら痛みを抑え込もうと前のめりになったときだった。


 ヌチャっと音がした。


(えっ?)


 音のした方を見ると白い布団が鮮血に染まっていた。


 蘇る光景。つい1ヶ月と少し前、知らない男に穢されそうになり、そして自身の手で、ーー殺したーー


(な、んでなんでなんでなんで!?!?)


 思考が定まらずよく考えてみれば思い浮かぶことがあったのかもしれない。だがノイールの頭の中はかつての事件がフラッシュバックし、パニックを起こしまともに物事を考える余裕など無かった。


(……ーーっ!!!)


 遂に頭が耐えきれず悲鳴に鳴らない声をあげ、プツリと意識が途絶えた。






「おかあさーん、なにつつってるのー?」


「ふふ、今ね、ノイ君の新しい服を作っているの」


「えぇー! ぼく、けんがほしい! けん!」


「あらあら、ノイ君はお父さんのように強くなりたいんだもんねぇ、欲しいわよねぇ、でもね、剣はとても危ないものだからもう少し大きくなってからにしようね?」


「やだー! やだー! けーんー!」


「うーん、困ったわねぇ。あっそうだ、お母さんが木で剣を作って上げるから、それでお父さんに勝てたら考えてあげる」


「ほんと!? よーしおとさんにかつぞー!!」


「お父さんは負けず嫌いだから手加減しないから頑張るのよ?」


「うん、おかさん!」




「おかぁ……さん」


「ノイール。目が覚めたか。全く……家に居ても心配かけさせおって」


「お父さん……?」


「メレーナ殿に仕事を一時抜けてもらって、その……処理、をお願いしたからまだ暫く横になっとれ」


 父の言葉に寝ぼけ眼のノイールはピンとこず、首をかしげてしまう。


「処理ってなに?」


 するとハンスはとても言いにくそうに顔を顰める。


「う、うぅむ、お前の月のモノ、の処理だ」


(ん? 月のモノ? ってたしか……)


 そこで漸く先程の痴態を思い出してしまった。

 そしてつまり、自分自身が本当に女の体になったのだと改めて胸に釘を打たれるノイール。

 その表情は絶望に染まり、瞳から生気が抜けていた。


「まさか、噂程度にしか聞いたことがない月のモノが来るなんて……最悪……」


 現実から逃避するように膝を抱え顔を隠す。


「それにメレーナさんに処理をお願いしちゃったなんて……いやでも父さんも嫌だけど……はぁぁ……」


 塞ぎ込むノイールにハンスは掛ける言葉が見当たらない。

 普通、娘に月のモノが来たら喜ぶものなのだが、ノイールは元は息子だ。喜んでいいわけがない。


「ノイール、ワシでは相談相手になってやれん。すまんがメレーナ殿に聞きたいことがあれば聞いてくれ。本当にすまん。」


 ノイール自身の不注意で女の子になってしまったので父は全く悪くない。

 それを伝えようとするが、口から出た言葉にトゲが孕んでしまう。


「べつにいいよ、父さんは男なんだし」


 言ってから後悔するが、腹の痛みと何故か怒りがこみ上げてしまう精神状態にノイールは更に酷いことを言ってしまいそうで怖くなり、それ以上喋ることをやめてしまう。


(ごめんなさい父さん)


 父が部屋を出たことを確認してからパンツの中を覗き込む。するとそこはやはりノイールの望みは叶わず赤く染まっていた。

 噂で聞いたことがある月のモノ。友人達から今日彼女がアノ日でさぁとよく聞かされた。ノイールがチェリーボーイなのを知ってて。

 そして月のモノが来るということは子供を宿すことが出来るということ。ノイールにはその程度しか知識にない。


 はぁっと深いため息を吐き、顔を背けると、枕元に書き置きがあるのをノイールは見つけた。

 読んでみるとどうやらメレーナからの手紙らしく、数時間おきにパンツの中の専用の紙を取り替えろだとか、余りに痛みがひどいようだったらテーブルにある薬を飲めなどなど、、1通りの注意を細かく書いてくれていた。


 その書き置きが今のノイールにはとても頼もしく思え、必死に覚えようと頭に叩き込んだ。


「ありがとう、メレーナさん……」





 夜、メレーナが家に来て開口一番に小声で


『ノイールちゃんって毛がない子が理想だったのね、うふふ』


 と囁かれた。

 するとノイールはピシッと氷漬けにされたように固まってしまった。


「誰にも言わないから安心して(はぁと)」


 ぶるぷる震え出すノイールにメレーナはかっわいい~と囃し立てる。が、みるみる赤く染まるノイールの顔に段々焦り出す。


「あ、と、えっと、ごめんね、怒らないでね? あ、そうだ! 月のモノ、おめでとー!」


 焦ったように機嫌をとろうとするが、元から女の子ではないノイールには逆効果だ。

 メレーナも自身の失言に気付いたらしく慌てて口を抑えるが時既に遅し。

「メレーナさんの……メレーナさんの……バカーーーーー!!!」


 ノイールは部屋を飛び出してしまった。

 メレーナは怒らせてしまったこと、そしてバカと言われたことにショックを受け、ぶわっと涙を流し出した。


「ノイールちゃんに嫌われたノイールちゃんに嫌われたノイールちゃんに嫌われたー!!」


 そして突然立ち上がり、ノイールちゃんごめんねー!と泣き叫びながらノイールの後を追いかけて行った。


 部屋に残ったのは頭を抱えるハンスと、やりとりを笑って見守っていたマルス。

 父は今後を憂い、叔父は反対に今後を楽しみにするのだった。












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