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願い事は正確に  作者: トランスし隊
1/11

始まり☆

 もしもあのとき、ああしていれば……

 そう思ったときにはもう遅く。事態は深刻で手が付けられない状態だったりすることが多い。


 俺の場合もそうだ。

 誰かに騙されたわけでもなく、命に関わる怪我をしたわけでもないが、少し前の自分の体はもう手の届かない存在になってしまった。

 今一度やり直せるなら昨夜の自分をぶん殴ってでも止めたい。心からそう思った。





 ここセントリア王国の首都ホコモに剣の腕がたつ一人の青年がいた。

 名はノイール。母は小さい頃に死別しており、家族と呼べるのは父のハンスのみ。

 父ハンスはホコモの近衛騎士をしており、いつも皆に信頼され頼られていた。ノイールはそんな父が大好きだった。

 父に倣い、ノイールは幼少の頃から剣をひたすら振っていた。大好きな父だけど、大好きな父だからこそ、父に勝って認めてもらいたくて毎日休みなく剣を振った。


 努力か才能のおかげかノイールは12才のときに父ハンスに勝った。

 仕事で忙しい父に久しぶりに稽古をつてもらおうとしたらあっさりと父に勝ってしまったのだ。


 それから自信を持ったノイールは小遣い稼ぎのために冒険者ギルドにて冒険者登録をし、町の皆のあらゆる依頼をこなしていった。

 臨時の皿洗いや、荷運び、町の外に大量発生したスライムや小鬼の退治、収穫祭では大量の焼き菓子等を作ったりもした。

 町の人々はそんなノイールを自然と気に入り、家族のように可愛がった。




 それから三年、充実した日々を送り、ノイールも15歳になり成人となった。

 体つきも逞しくなり剣の腕がたち、おまけに顔も悪くなく将来はどこぞの騎士様になるのではないかと言われるぐらいには将来は有望だった。

 が、小さな、いや本人にとってはとても大きな悩みがあった。


 それは恋人が出来ないことだ。


 町の数少ない同年代の男友達はいつの間にか恋人を作っていた。ノイールがひたすらに剣を振るいギルドにて仕事をこなし泥に塗れている間に友人たちは恋に花を咲かせていた。

 気づいたら同年代のフリーの女子は居なく、皆ノイールの友人達と恋仲になったか結婚した者もいた。

 町の若い女の子はみな男が居るため、気安く近づけなくなってしまったのだ。


 周りに取り残された残り者は、ノイールと、同じく冒険稼業であり叔父のマルスだ。

 叔父マルスもしばらく恋人がいなく、そろそろ30を迎えるマルス本人も焦りはするが相手が居なくてはどうしようもなく、そろそろ別の町へ伴侶を探す旅に出ようかと真剣に考えているらしい。


 そんなマルスと毎日のように一緒に仕事をしていたノイールは、俺はこうはならないようにしないと!とマルス本人には失礼かもしれないがノイールはノイールで真剣に考えていた。





 そんな中、事件が起こったのは季節が夏を過ぎ、冬に向けて町中が薪や保存食をこしらえているこの時期の風物詩、秋の神観(しんかん)の夜に起きた。

 この世界、ガースは秋にだけ流星群が観れる。

 大小様々な光が流れていく景色はまるで神が世界を回りながら見下ろしていると伝えられ、神が通りすぎる瞬間に願い事を三回唱えると願いが叶うと言われている。

 実際叶ったという噂をノイールも耳にしたことがあるぐらいだ。


 ノイールは出来れば自分の力で恋人を作りたかったが、いつも目にしている悪い例(叔父)の様にはなりたくないという思いも強まり、いよいよ神頼みしてみようかと自宅の屋根の上に寝転んで夜空を見上げていた。


「でも神が通るのなんて一瞬だよなぁ。なんてお願いすれば一瞬で3回も唱えられるんだ?」


 ノイールの理想はまだ恋人が出来たことがなく近くに母親という身近な女性がいなかった故に高い。

 可愛くて自分の3歩後ろを歩いて、料理が自分よりも上手で、胸も大きくて、髪はキラキラした金髪で、全体的に毛が薄くて、いい匂いがして、守ってあげたくなるような、そんな女の子を夢見ていた。


 それを全部約1秒の間に3回も唱えるなんて無理難題であり、神にこんなお願いするなんて失礼にあたるかもしれない。


 だが、恋人が出来たことがない故に妄想は尽きず、次から次へと理想が高くなっていってる。

 現にノイールの頭の中の彼女は雌豹のポーズを取りながら恥ずかしげに「に、にゃー」と鳴いている。全裸で。

 こうなっては手のつけようもなく、時刻はもういつ神が観に来てもおかしくない時間に差し掛かっているが彼の下品な方向へ延び始めた妄想は止められない。


 その時、空を見上げていたノイールの視界の隅に何か光るものが見えた。

 その瞬間、彼は一生見ることのできないであろう真面目な顔をして瞬時に何かの詠唱魔法を唱えるような早口で願い事を唱えた。彼も無意識のうちに唱えたそれは一級魔術師もびっくりな早口であり、彼も自分で何を言ったか解らないぐらい早かった。


 多分ノイールは「理想の女の子理想の女の子理想の女の子」と言った。彼自信何を言ったかわからないので、あとはそれを聞き届ける神のさじ加減一つである。


 が、それが彼の一番の間違いであり、取り返しのつかない元凶だった。






 翌朝、ノイールは寒さに身震いを起こし、目が覚めた。どうやらそのまま屋根の上で寝てしまったようだ。

 薄く目を明けると眩しいということはなく、薄暗い朝の空が優しくノイールを起こす。

 しかし、秋の夜中に冷たい屋根の上で寝ていたので体はキンキンに冷えてしまった。


「さ、さむいぃぃ……」


 声が変だ、やけに高い。

 風邪を引いてしまったのか?と溜め息をつきたくなるが、体の熱を奪いたくなくそれすらも出来ない。

 寝ぼけ眼で屋根を危なげに降り、ハンスを起こさぬようにソロリと家に忍び込み即布団に潜り込んだ。





 体の異変を感じたのは体も暖まり、そろそろ自分と父ハンスの朝食を作る時間かと起きたそのときだった。


 やけに頭が重く、体が軽い。

 風邪を引いたにしては頭痛もなく、だるさがない。

 体の冷えもとうに吹き飛び布団が温い。


 釈然としないまま起き上がり、頭に何か付いているのかと窓を鏡に見立てて覗いたときだった。


 ノイールは時が止まったかの様に息が出来なかなった。

 何故なら理想の女の子が窓の反射越しに彼を見ていた。

 少し寝癖がついているがそれでもわかるぐらいサラサラな金の髪、大きな瞳はこちらを見開き、小さな鼻は可愛らしい顔を引き立たせ、小さな口はあんぐりと開けられているがそれでもまだ小さく、その少し下には小さな体に不釣り合いな胸が可愛らしさの中で妖艶さを醸し出している。

 慌てて振り返ったノイールは更に驚いた。


「だ、誰もいない!?」


 まさか幽霊の類いかと思ったがもう一度窓を見るとまたノイールと目が合う。理想の女の子と見つめ合うといくら幽霊でも照れるようで頬が赤く染まってしまう。なんせノイールのドストライクなのだから。

 するとその女の子も照れているのか困り顔でこちらを見つめる。

 困った顔もノイールのドツボだった。


 しばらく見つめあっていると、ん?なんか変だな。と、幽霊であることは差し置いて異変に気づいた。


「俺が写っていない」


 すると鏡の女の子も喋った。


 嫌な予感が頂点に達し、冷や汗がだくだく流れ出る。

 嫌な予感の正体を確認する行動を脳が拒否するが、体の感触があまりにいつもと違い不自然なのだ。

 もしかして、と恐る恐る下を向き自分の体を確かめてみると、まず目についたのは金色で細く腰ほどまである髪、続いて胸には乳らしきものがあり、脚が細く、直立していたにしては地面が近く感じる。


 もしかして……


 そこで彼は自分が仕出かした昨夜の忌々しい願い事を思いだし顔を青ざめていく。

 理想の女の子が欲しかったのに……理想の女の子に……なっちゃった……?


「あ、ぁぁぁ…あぁぁあぁあ……………………っっっぎゃーーーーーーー!!!」


 あまりの事態に頭がパニックを起こし、拒否反応として叫んでしまった。





 その叫び声は隣の部屋で寝ていた父ハンスを叩き起こし、近衛騎士としての彼は隣室から聞こえる悲鳴に剣を片手に急いだ。


 彼が部屋に駆け込むと、部屋の隅で尻餅をついた女の子が絶望の表情でハンスの方へ振り向いた。

 その子は何故かノイールの服を着ている。


ーーノイールめ、何かやらかしたなーー


「大丈夫かいお嬢さん」


 酷いめに合わされたのか、虫がいて驚いたのかは分からないが、こういう時の女性は下手に近づいて刺激してはいけないとハンスは若い頃に実体験で習っていた。

 それを思い出したのか彼はドアから一歩だけ近づき、膝を付いて落ち着かせようとする。


「と、父さん」


 しかし、女の子は自分のことを父さんと呼んだ。


ーーノイールめ、妊娠までさせたかーー

 と、早とちりするが彼女の震えて爪を噛む仕草が何処と無くノイールと被った。

 大きな瞳は生気を失いそうに薄く、小刻みに震える体は折れてしまいそうに儚く、片腕でその細い脚を抱えながら反対の腕の親指を噛む仕草。


ーー妻ミールが亡くなったときと一緒だーー


 この女の子はノイールだ。と何故か分からないが、彼はそう確信した。

 普通ならば絶対にありえないが、それは神の配慮なのか、父の愛故に気づいたのか解らない。


「ノイール」


 そう呼び掛けたとき、女の子はハッとして表情を強張らせ一瞬止まったが、父の優しげな微笑みに安心したのか大きな声で泣き出した。


「父さん!ごめんなさい!っ…ぅぅごめんなさぃい!」

 父に腰に抱きつき泣きべそをかくその姿はごく普通の父と娘だった。






 ノイールも泣き止み、落ち着いてきた頃合いを見計らい、彼は優しく問いかける。


「なにがあった?」


 その問いかけにノイールは昨夜のことを全て話した。

 話したことでまた罪悪感が沸き上がり泣き出してしまった。

 だが父は黙って頷きながら、ノイールの頭を撫でた。


「そうか、お前はノイールなんだな?」


「はい、そうです……ずぴっ」


 鼻を啜る音がやけに可愛くて吹き出しそうになるがなんとか堪えるハンス。


「ならいいお前が無事ならいい」


 ノイールとハンスは大事な家族が亡くなる悲しみを知っている。父のお前が無事ならいいというその言葉にノイールは父に家族を失わせてしまう心配をかけてしまったのかと、謝りながらまた泣き出してしまった。


「父さんごめんなさぃ!とうさぁあん!」


 こうしてノイールは女の子になってしまったのだった。






「さて、どうしたもんか……」


 父は困り果ててしまっていた。

 息子が娘になってしまった。

 しかも自分とも亡くなった妻とも似ていない。

 息子ノイールの理想の女の子になってしまったのだから。


 そんな溜め息混じりの独り言はノイールには届かなかった。

 当の本人は落ち着きを取り戻したのか呑気に朝食を得意の鼻歌混じりに作っている。

 いつもの使いなれた包丁の音。漂う香りはメニューがわかるぐらい嗅ぎなれたものだ。


 しかし、違うとすれば、踏み台を用いて台所との高さ調整をした彼、いや今は彼女か。

 包丁の音に連動している髪はその機嫌の良さがわかるぐらいリズム良く揺れている。

 奏でる鼻唄は聴きなれたものだが可愛い歌声で聴くとまるで別の歌のようだ。



並べられた朝飯は彼の予想通りの食べなれた野菜のスープとパンにノイールが狩ったイノシシの燻製肉だ。


 ちゃんと父のスープには父が好きな玉ねぎを多め、自分のには芋を多めにしている。

 パンは父のには塩が軽く振られて、ノイールのには砂糖が掛けられている。

 パンの横には燻製肉の脂身が少ない方が父の。脂身が多い方が添えられているのはノイールのだ。

 間違いなくこの子はノイールだと、彼は更に確信する。

 朝から量が多いかもしれないが、それも我が家では当たり前だった。


「いただきます」「いただきます」


 いつもの食卓にいつもの朝食なのだが、彼は目の前にいる息子、いや娘をどう皆に説明しようか悩んでいた。

 たった一人の溺愛していた息子が居なくなったからにはそれ相応の理由も必要だ。

 ノイールを養子に出し、新しく娘を養子に取ったなんて馬鹿げた話はない。

 やはり、納得してくれなかろうが息子が娘になったと事実をありのままに言うしかないのだろうか。と思いに耽っている時にお腹を両手で摩っているノイールに話しかけられた。


「父さん、今日ギルドに行ってギルドカードが使えるか試してこようと思う」


 この世界のギルドカードとはギルドに登録した者の身元を判別し、受けた依頼の履歴を閲覧出来たりする。依頼の報酬は受付にカードを出せば受け取れる優れものだ。

 だからノイールの中に流れる血がノイールのものであればギルドカードはノイールであることを証明する。


 確かに一番手っ取り早い手段かもしれない。


「だが、体が変わったことによりお前だと証明出来なかった場合どうする。他人のギルドカードを使うのは犯罪だ。お前がどう説明しようが誰もお前の事を知らないのだ、最悪牢へぶちこまれるだろう。」


 ハンスは娘になってしまったノイールが心配なのだ。

 剣の腕は確かだったが今はわからない。

 女の子の腕では捕まってしまえば逃げようもないだろう。


「うーん、どうしたらいいんだろう。………他に方法が思い付かないしなぁ。そういえば父さんはなんですぐ信じてくれたんだ?」


「何故かはワシもわからん。ただお前の怯える姿が昔のお前と重なって見えた。それにこの朝飯を出されては信じるしかあるまい。」


 そんなんで信じるなら意外と町の皆にも説明すればわかってくれるんじゃないか?と、当事者であるノイールは父がすぐに信じてくれたことにより、他の人にも当てはまるんじゃないかと錯覚してしまった。


「じゃーさ……父さんが一緒に着いてきて?」


 座高が低いことやご飯を食べてることもあり、自然と上目遣いになっていた。

 ノイールは理想が高い。高いが故に可愛すぎる今のノイール必殺の上目遣いは、娘を持った経験が無いハンスには効果覿面だった。


「そ、そうだな。よし、行く前に体の調子を確かめるために裏庭に行くぞ。一度剣が振れるか見よう」


 流されはするが、まだ心配は拭いきれないので今のノイールの実力を確かめるべく朝食を片付けた後に庭へ向かう。




 ノイールは父の剣を越えてから既に3年経っている。もう父では相手に不足してしまうぐらい彼の剣の腕は高かった。

 だが"彼"は"彼女"になってしまった。

 どうなるかわからない。


 二人は庭に立て掛けられた木剣と木盾を取り、構えた。

 長い金髪に大きな瞳、肩幅は狭く、胸には人並みかそれ以上の膨らみがあるが、体型は全体的に小さい。おおよそ13歳前後だろうか。

 大の男用の木剣と盾は今のノイールとはバランスが悪く、子供がチャンバラゴッコでもしているかのような印象を与える。


 だがハンスはノイールの実力を知っているだけにその姿に油断することなく呼吸を整える。


「本気で来い」


「行くよ」


 ノイールが深く、深く深呼吸をし、カッと目を見開いた瞬間がらりと空気が変わった。


 ノイールの深く踏み込んだ脚は地面を抉り、小さな体は踏み込みを強くするため屈んだことにより更に小さくなり、流れる金髪はまるで地に流れる星の様だ。


(速い、男のときより速いっ)


 深く考える余裕もなくノイールの一太刀目がハンスの盾ではなく剣を持つ防御が甘い側の首を狙う。

 ハンスはそれをギリギリの所で体を反らせ後ろに避ける。


(リーチは短くなったか、危なかった)


 直ぐ様反撃にと、がら空きの腹をハンスも狙う。

 その瞬間ノイールの小さく屈んだ体は地面に吸い込まれる様に更に小さく屈みこれを難なく躱す。

 ノイールの次の一手が喉元に刺さる!と思った。

 が、寸前でピタリと止まった。ハンスの完敗だ。


 息子の剣は全く衰えていなかった。

 むしろ体が軽くなったからなのかスピードが見違えるほど速くなっていた。


「まいった」


 ふぅ、と息を止めていたのかノイールは汗を拭う仕草をしながら息を吐く。


「やっぱ父さんは強いな」


「勝っておいて何を言うか」


 負けておいてハンスは確信した。やはりこの町ではノイールに敵うものは居ないと。

 ならギルドへ行ってカードが使えるか試してみるかと切り出そうとしたときだった。

 内股を閉じて悶えているノイールの言葉に遮られた。


「で、さ、父さん、聞きにくいんだけど………小便ってどうやるの?結構ギリギリなんだ」


 女家族の居ないハンス・バジール家では手本となり女性のトイレの仕方を教えれる者は居ない。

 もちろんノイールは女性のトイレを覗く趣味はないので、知識がなかった。


「大をするように座ってやるはずだ。したあとは拭くんだぞ」


「わからなかったら呼ぶから近くに居てね。」




 この世界ガースのトイレ事情を説明しよう。

 トイレは地面から高い所に設けられ、生活魔術でこれを流し清潔に行う。

 流れた先には更に合流地点があり、そこから更に町の外へ流れ首都の遥か下流へと流れていくのだが、ノイールはそんなこと知らない。

 ちなみに水を出現する生活魔術は成人した大人なら誰でも行使できる。この世に魔力が無い種族は無い。ただそれを魔術や魔法として使えるかは別問題。


 ノイールは急いで便座に座り押し込めていた尿意を解放していた。

 すると意外と勢いよく出るそれに自分が出したものなのに苦笑いした。


 出し終えた解放感の余韻に浸りつつノイールはハッと思い出す。


「今の俺は女だ。ここも…………」


 恐る恐る股を開く。

 そこには男のときには有ったものがなく、ぷっくりと肉付きが良いだけで棒らしき物など何もなかった。

 更にその奥に女性の大事な部分があるのだが、ノイールは見たことが無かった。

 拭き取り用の干し草を握りしめ、覚悟を決め一気に拭きとった。


「いっったぁ!!」


 デリケートな女性な部分をカサカサの干し草で強めに拭き取った為に激痛が走った。

 拭く前はどんな感触か、どんな快感かと若干期待していたノイールだが今の激痛にそれは消し飛び、夢見ていたものがこんな痛みしかない行為だった為、すごく冷めた。

 それはもうドン引きした。百年の恋が冷める様な感覚だった。


「水の神よ精霊よ、我の魔力を糧に我に水を与えたまえ」


 唱えなれた魔術は、いつもよりトゲがあり力が込められていたのか、いつもより強く流れていった。


トイレから出ると父にからかわれた。


「ちゃんと出来たか?漏らさなかったか?」


 それをギロリと睨み付けた。

 今まで見たことがないその強い恨みと殺気が込められた睨みに父の体はビクッとなった。


(ワシが漏らすところだっだぞ…………)


 だが、ふんっ、とプリプリしながら踵を返す姿はとても可愛かった。




「さて、どうしたもんだ……」


 ノイールは自室に戻り、着替える段階で初めて気が付いた。

 女性用の衣類が一つもない。

 というかまず、昨夜そのまま着ていた寝間着は何故かサイズが小さくなり、今の体にフィットしていた。不思議だ。

 まぁ女体になったことに比べればどうってことないかとノイールは考えを振り切りタンスを漁った。


「着れそうなのはー、えっとー、んーこれかな?」


 取り出したのは昔着ていたが小さくなった為に、タンスの肥やしになっていたシャツと短パンだ。

 シャツは素材が薄めで所々汚れている。

 短パンは小遣い稼ぎするようになってから脚を擦り切ったりすることが多かったため最近は買っていなかった。


 さぁ着替えようかと徐に寝間着を脱いだときだった。


「いっ!」


 厚手の寝間着が胸に引っ掛かり、強引に脱いだ際に胸の先端部を摩擦させてしまったのだ。

 涙目で胸を押さえて踞る仕草は端から見ればそそるものがあるが、当の本人は初めての痛みに戸惑っていた。

 痛みだけではない。不思議な感覚だった。


 視線を胸にやると、体と不釣り合いに大きな胸の先端に小さな突起があり、桃色の可愛らしいそれは擦ったからか若干赤色も混じっていた。

 無意識かその感覚がなんのか知りたく自然とその突起部を手で摘まむと、今まで感じたことがない電撃のようなものが体を走った。


「ぅっ……!くっ……!」


 ノイールはその感覚がなんなのか、なんとなく解った。

 性の経験は全く無いに等しいが知識だけは豊富なのだ。

 その感覚が解ったから恐くなった。


 このまま女になりたくない!と頭を振り、体は行為を続けたがっているが頬をパンっ!と叩き活を入れて着替えを続行した。

 もしこのまま自慰にふけっていたら、何かを失う気がしたのだ。


「俺は……男なんだ……男だ……」


 と、自嘲気味に小さく嘆きながら次へと手を掛ける。


 大きく息を吸って落ち着きながら寝間着のズボンを脱いでいく。


ーー俺は男、俺は男俺は男!!ーー


 そう自分に言い聞かせながら鏡をみる。


 「か、可愛い」


 自然とその言葉が出てしまった。

 端から見れば裸の女が姿見を見ながら自分を褒めているのだ。変態のナルシストだ。


ーーこ、ここは、やるしかない!ーー


 と、数ある妄想の中で夢にまで見た、あれを見たかった。

 たとえそれが鏡越しに写ったノイール自身なんだとしてもだ。


 まず鏡のまえで細く柔らかそうな四肢で四つんばいになり、小さくモチッとしたお尻を若干横へ反らし、上半身はやや下ろし気味で、片腕を猫の手で頬の横へ。

 そしてあの台詞だ。

 凄く恥ずかしい。が凄く見たいという欲求にかられ意を決して鏡に向かって言った、その時だった。


「に、にゃー「おい遅いぞノイール」ぁ」


 時が止まった。


 理解が出来なかった。


 事態は複雑だ。

 男から女になったやつが裸の格好で鏡の前で雌豹のポーズをとりながら猫の鳴き声をしている所を呼びに来た父に見られた。複雑すぎだ。


 もう終わりだ。


 なんせこのあられもない姿を鏡の向こうの父に見られてしまった。

 つまり、前からも後ろからも見られたのだ。当然アソコも。


「す、すまん、取り込み中か」


 そう言って父は戸を閉めた。


「えっあ、ちょ!な、」


 自分でも何を言っているかわからない。

 とりあえず今のことを無かったことに出来ないか。フル思考した。

 だが妙案が思い浮かばない。事件は難解だ。


 仕方ないので最終手段に出る。

 

「父さん!!!!今の無しね!!!!!」


 そう、無かったことにしたのだ。

 実力行使による記憶喪失も一瞬考えたが、不確定な上に失敗した場合は良いことが無さそうなので却下した。

 それに自分と父の信頼関係なら大丈夫だ。と、何故か根拠もないことで納得していた。


 その後は真面目に着替えをし、出掛ける支度をした。




 なんとか身支度を終えたので早速ノイールがノイールであることを証明するためにギルドへ向かう。

 若干父の頬が赤いが無かったことなので何も無かったのだ。うん。


 何かあっては困るのでノイールとハンスも使いなれた武具を持っていく。

 ノイールは使い潰せる鉄製の剣を腰に、背に盾を背負う。ハンスは騎士用の少し飾り気のある剣を腰に差している。


 家を出て、少し歩いたときだった。

 町の面々からノイールは突き刺さる様な視線を浴びた。

 大体が好奇な目線だった。こちらを見た男達はへらついた笑顔になったり品定めするかのような目で見てきた。すごく気持ちが悪かった。

 なので父の後ろに隠れるように歩くと女性達からは、あら可愛いねぇ、と子供を相手にするような目で見てきた。憤慨だ。俺はもう大人だ。

 だが矢面に立ちたくないのでそのままハンスの後ろを着いていく。


 実際ノイールは13歳前後の平均身長ぐらいに小さくなっていた。

 しかも可愛らしい顔立ちに珍しく綺麗な金の髪。身長のわりに大きな胸。父の後ろを隠れるように着いていく姿。それだけで庇護欲を掻き立てられる。

 しかもここホコモでは有名な騎士ハンスが、見かけたことがない可愛い女の子を連れているため視線は自然と集まる。




 見慣れた道をしばらく歩くと冒険者ギルドに着いた。

 見慣れたはずのそこも女体化したノイールから見ると別の空間に来たかのような空気が漂った。

 だがノイールがノイールであることを証明しなくてはならない。

 ハンスがどう切り出そうか受付カウンターに肘を置いたその時だった。




「俺はノイールだ!!!」




 ドン!!!!!と効果音が聞こえてきそうなノイールの言葉にその場にいる全員が固まった。


 いや、ハンスだけは顔面を手で覆って溜め息をついていた。




不躾ながら挿絵を描きました。精進します。

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