7.適性の問題
さて、ハダカでフェルメランの貴婦人の目の前に着陸というか落下というか……した私、リュナです。
幸い、乗り込んだ船は海賊船とかではなかったんだけど。……いや、もしその手の船だったら私いろいろな意味で人生終了のお知らせだったわ。ハダカだし。
フェルメラン王国からハベルス国への使節団の、帰りの船でした。私にマントを貸してくださった貴婦人は、フェルメランの六つの大領のひとつ、白狼領のご領主の姉上、ヴィオーラ様。領主代理というか実質上の領主のような仕事をしている方で、王国の重鎮のおひとりなのだとか。
ご領地の白狼領がフェルメラン・ハベルスの国境地帯だという理由もあって、何度も使節団のトップを務めていらっしゃるとのこと。
そんなレディの中のレディであるヴィオーラ様は私の訴えを聞き入れてくださって、船を操るバンデリカ騎士団(騎士団と言っても前世のヨーロッパの騎士団とは違うようだ。フェルメラン王国の軍隊の一部のような組織なのだけど、歴史的経緯から騎士団と呼ばれてちょっと特別な立ち位置にあるらしい)に、フェドーラ号の生き残りを救出するよう命令してくださった。一安心……かと思いきや、その後が結構手間でした。
何しろ私、ホントに必死にここまで飛んできただけだったので、互いの正確な位置が不明瞭だったのだ。服だけじゃなくて、魔法の杖も置いてきてしまっていたものだからもう一度飛んで探すこともできず。結局私の飛んできた方向やなんやから推測して、狼煙を上げて合図して……と、騎士団の人にはかなり余計な仕事をさせてしまった……。外国人の命を助けるために不満も言わずに動いてくれて感謝に耐えない。
そうして多少の時間のロスはあったものの、無事フェドーラ号のボートは発見され、みんな無事で船に乗せてもらうことができた。ポーリンさんにはどんな顔したらいいかわかんないって顔されたけど。
「『我が身は変ずる』、使えたのね……」
「実際に使えたのは、さっきのがはじめてですよ」
ゲーム的な処理で言えば、前回のセッション分の経験値を消費して習得した呪文を、今回のセッションで使ったということになるのだろう。
ゲームなら習得した呪文はすぐに使えるのが普通だが、現実ではもちろんそこまでシンプルではない。練習したり、実戦で失敗したり成功したりを繰り返しているうちにコツをつかんで、安定して成功できるようになっていく。地球と同じだね。
「呪文は以前から丸覚えしてましたけどね。今回いきなり使えたのは、やっぱり必死だったからじゃないかなあ。カモメが飛んでいるのを見て、あれと同じようにできないとって、ものすごく切羽詰って思ったから」
「……ねえリュナちゃん、あのね」
「積もるお話はあるかと思いますが……」
会話に遠慮がちに割って入ったのは騎士さんのひとり。私が飛んできたときヴィオーラ様の傍に控えていた人、アレクさんだ。
あ、今は私ちゃんと服は着てますよ、とりあえず作業服みたいなのをお借りしてる。
「甲板は冷えますので、一度お部屋にご案内いたします。ひとまず落ち着かれてはいかがかと」
「何から何まで、ありがとう存じます。フェドーラ号の乗員乗客一同、御礼申し上げます」
みんなを代表して口上を述べているのは例の番頭さん。船のチャーター主の商会の人で、全員の中では一番立場が上だからね。アレクさんは生真面目な表情で答える。
「お礼は領主代行におっしゃっていただきますよう。皆様と、夕食をともにしたいとのことです。……皆様が遭遇された怪物のこともお尋ねしなければなりません」
案内してもらった部屋は、二日前まで詰め込まれていた大部屋とは比べ物にならない、というか比べちゃいけない部屋だった。フェドーラ号の生き残りのうち女性は私とポーリンさんだけだったので二人部屋、男性陣も二人か三人ずつグループ分けして部屋を割り振られる。どの部屋にも人数分のベッドがあり、空いたスペースにはテーブルと椅子。騎士団の船ということで豪華ではないけれど、おそらく、騎士さんか中級以上の船員さん用の部屋だ。
救命ボートに残してきた荷物は持ってきてもらったので、借り物の服からさっさと自分の服に着替えることにした。
夕食によばれているし、長年着なれた商家のお嬢さんスタイル(今の手持ちアイテムじゃせいぜい三パターンくらいしかコーディネイト作れないけど)に戻ろうかとベッドの上でトランクを開いた、ところで私は一瞬硬直した。叫ばなかった自分をほめたい。
GMうぅぅぅ!
何であの黒歴史ノートがリュナのトランクに入ってるんですかあああぁ!!
絶叫は心の中だけにとどめておき、何食わぬ顔で私はノートを服の中に隠す。
中身の確認は一人になってからにしよう……誰かに見られたらヤバ過ぎる。あらゆる意味で。
気を取り直して私服を取り出す。ブラウスに袖を通し、くるぶし丈のふんわりしたスカートをはく。スカートの中には防寒も兼ねて何枚かのペチコートを重ねてある。髪をいったんほどいて梳かしてまとめ直し、ブラウスの襟の中央にカメオのブローチをつけ、ウールの上着を羽織った。
「ねえリュナちゃん……」
「はーい?」
ベッドに借りた服を広げてきちんとたたんでいると、ポーリンさんが話しかけてきた。顔を上げると、彼女はやっぱり表情の選択に困っているみたいだった。付き合いが長いので、何となくどういう心情でいるのかはわかる。服をたたみ終わると私はきちんと彼女に向き直った。
「何でしょう、ポーリンさん」
「うう……ええと」
私に頼みたいことがあるが、ちょっと恥ずかしいとか思ってる。昔、うちのお店の化粧品を買いたがったときもこんな顔だった。
お金持ちの出入りするようなお店に買いに行くのは恥ずかしいから私に持ってきてもらって裏で売ってほしい、でもその程度のことを自分でこなせないで年下の女の子に頼んじゃう自分が情けないとか。
今もそんなしょうもない感じで心が千々に乱れちゃってるときの顔だ。とはいえ、具体的に何を頼みたいのかはさすがに言ってくれなきゃわかんない。
「えーと、私にできることですよね?」
「あ、うん。あのね……ええと、さっきの呪文」
「『我が身は変ずる』?」
「――お、教えてほしいの、私に」
私がどうにか話の流れを察して水を向けると、ようやく彼女はそう口にした。教えてほしい、くらい素直に聞いてくれればいいのに。付き合いも十年くらいになるけどポーリンさん、こういうところがあんまり変わってないな。リーダーのベニートさんがしっかりし過ぎてるのも一因なんだろうなあ。
「ポーリンさんなら構いませんけど……知らなかったんですか? 『我が身は変ずる』」
「師匠がね……『お前には適性がない』って、教えてくれなかったの」
ポーリンさんは心なしかしょんぼりして言った。
適性ねえ。
『我が身は変ずる』は物質変換の呪文で、ポーリンさんのよく使う『炎の矢』と同じだ。彼女の上限レベルがどれくらいかはわからないけど、適性の問題はない。
そもそも、この世界の人にルールでいうところの「適性」の知識はない(はずだ)。もちろん、人によって呪文に得意不得意があることは経験的に知られているので「コイツはこの呪文は教えても使えないだろう」と師匠が判断することはありえる。でもこの場合はたぶん……。
「……それって、そのヒトが知らなかっただけじゃないですか、呪文」
ってところではなかろうか。
私は前世で例のノートに書きつけた呪文なら、使えるかどうかは別にして全部知っている(GM神様ありがとう)が、現実のこの世界では「知る機会に恵まれるかどうか」の問題が結構大きいのだ。
上ハベルスやフェルメランの学校ではかなり多くの呪文を習える。ただ、その学校ごとの知識に偏りがある。ある地域の学校なら初歩で教える呪文を、他の地域の学校では教授クラスの魔術師が知らなかったりするケースもある、らしい。基本的に呪文って師匠が弟子にだけ教えるものという時代が長かったし、今でも身内というか仲間内だけで知識を独占したがる傾向は残っているからねえ。
そして、私たちの故郷のナジェド国はというと、魔法を体系立てて学べる組織がない。なので、個人的に師匠について教えてもらうしかないのだ。
もちろん指導者になるための審査なんかもないので、師匠の質もピンキリだ。どうもポーリンさんの師匠はピンに近い方だったみたいね……。
「今考えてみればそうだと思う。リュナちゃんはどうして知ってたの?」
「どうしてっていうか、普通に? 先生に。大陸の人だったんですけど」
流れるように『リュナというキャラクターの設定』が口から出てきた。
「…………私のノート、見ます?」
「いいのっ?」
彼女の表情があまりにも雄弁だったので提案したら、身を乗り出してきた。近いです。
「もちろん」
ノートと言ってもさっきの黒歴史ノートではない。リュナが魔法を習ったときのノートから、いくつかの呪文を書き出した携帯用のものだ。次に覚えたい呪文を暗記したり、すでに覚えている呪文でも復習のためにこういった書付けを持ち歩く魔法使いは少なくはない。
枕元のベルトポーチを開けた。保存食やナイフなどの小道具、お金その他を携帯するためのもので、冒険者の必需品だ。私のは前世の大学ノートを横にしたくらいの大きさで、中で部屋が二つに分かれたつくりになっている。身体に近い側の薄いポケットに、厳重に包んだ商業権の証書と、紙を束ねて糸で綴じた手製のノートが入れてあった。ノートの方を取り出して差し出す。
「どーぞ」
「ありがとっ」
ポーリンさんはほとんどひったくるような勢いで私の手からノートを受け取るとむさぼるように読み始めた。
携帯用に作った写しだし、人目に触れることも考えて、限られた呪文しか書いてない。今のポーリンさんくらいのレベルまでで、ナジェドとディバン、ハベルス南部くらいの一帯でならまあ知ってる人も結構いるだろう、という呪文だけだ。
それでも彼女には欲しくて欲しくて仕方ない知識だったんだろう。適性の問題で覚えられる種類が少ないのは間違いないんだろうけど、それ以前の問題だったかあ……。
「わ、これ『爆熱弾』!」
あるページを開いたポーリンさんが上ずった声を上げた。え、ちょい待ち。
「それから覚えるんですか?」
「全部覚える! けど、これ使いたかったの、『炎の矢』は単体だし威力弱いから。同じ火の攻撃魔法だからちょうどいいし」
…………あ、まずい。私は内心焦った。
『炎の矢』は物質変換で『爆熱弾』は創造の呪文。必要な適性が別なのだ。火の攻撃魔法だから同じ調子で覚えられると思ったのだろうけど、たぶん苦労する、というか習得できないかも。
「海上に試し撃ちさせてもらえないかなあ……あ、リュナちゃんもうちょっとこれ貸して? お願い!」
「構いませんよ」
うーむ。いきなり適性とか魔法の分類とか言ったら怪しいしな……どうしよ。何とかしてポーリンさんが覚えやすい呪文にそれとなく誘導しないと……。




