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6.変身

G M:というわけで、リュナの乗った船はあえなく海の藻屑になったわけですが……。

リュナ:いや、のっけからハード過ぎない?

G M:物語冒頭のインパクトって大事だよ?

リュナ:大事だけどさあ! で?

G M:ひとまず、経験点支給します。パーティ全員無事に船を脱出できたんで、成功扱いで。

リュナ:あ、やっぱりあれイベント戦闘だったのね。

G M:倒してくれてもよかったのよ?

リュナ:無茶言うな! ええと成長は……はい、これ。

G M:オーケー。じゃあ続き始めるよ。――さて、どうにかボートで脱出したものの、捜索隊には会えないまま、えーと(ころころ)二日が立ちました。

リュナ:…………GM、水とか食料って何日分積んであったの?

G M:そうだねえ。三日分くらいじゃない?

リュナ:あと一日分しかないじゃないですか!

G M:頑張ってみんなで協力して節約したんで、あと一日半は保つってことにしていいよ。

リュナ:焼け石に水う! とにかく周囲に船影がないかどうか必死で見てます!

G M:じゃあ判定しよう。ええと……「感覚」を使って振ってみて。

リュナ:知力じゃなくて感覚?

G M:船とか島とかあるとしてもすごく遠いから、ほとんど勘で見分ける世界だと思うよ。

リュナ:なんか、昔の戦闘機乗り並みの眼力を求められているような…………(ころころ)。

G M:お。それならリュナは、水平線がほんの少し出っ張っているような気がした。



    ◆◆◆



「――あ!」

 思わず漏れた声に、船長さんが反応した。

「どうした、嬢ちゃん」

「何かある……島? 船かも……」

「何だと!?」

 船長さんは隣の船員さんから遠眼鏡をひったくるようにして受け取ると、必死の形相で私が指さす方向に目を凝らした。そして叫ぶ。

「船だ!」

「本当か!」

「おい、呼びかけろ、大声だ!」

 ボートの人々が色めき立つ。船長さんの指示を待つまでもなく、全員が船の方へと声を限りに叫び、上着や手ぬぐいを振り回した。

「おおおおおおおおおおおおおおい! 助けてくれーーーーー!」

「助けてくれよ! ここにいるんだ! 頼む!!」

 どうにか自分たちの存在に気づいてもらおうと必死だった。しかし、船がこちらに気づいた様子はない。考えてみれば当たり前のことで、こちらからあちらを見て水平線上の点でしかないほどの距離があり、こちらは手漕ぎボートの大きさだ。

「お願い、気づいて……!」

 ポーリンさんは上空に『炎の矢(フレイム・アロー)』を打ち上げた。MP切れを起こす寸前まで何度も発射した。けれどあちらの目には移らなかったようだ。

 水平線上の点が、点ですらなくなっていく。遠ざかっていくのだ。

「待ってくれ! いかないでくれ! 見捨てないでくれよお!」

「うわあああああぁぁ! 酷ぇよ! 何で気付いてくれねえんだよおおおぉぉぉ……!」

 先ほどまでは気丈に振る舞っていた人たちが一気にパニックを起こした。わずかに希望をちらつかされたばかりに、それが消えるのを目の当たりにして心が折れたんだ。

 私も泣きわめきたい気持ちになった。焦りが頭の中を埋め尽くす。

 そんな私たちには気にも留めない様子で上空をカモメが滑空していった。

 ――カモメ。

「畜生! どうすりゃいいんだ!」

 どうしよう。

 ――カモメが飛んでいく。

「い、いやだ……せっかく助かったのに……こんな海のど真ん中で……」

 いっそ飛んでいけたら。

 ――カモメが。

「神様あ……」

 飛んでいけたら。

 ――カモメ。

 飛んで――――……

 私は立ち上がる。

「『この世に生あるもの、いかなるものも我が内にあり』」

 唇が自然に、知識にある文言の形に動いた。

「『我は解き放つ、秘められし絵図面、二重螺旋の中の秘密を』」

 力ある言葉が、私の肉体を構成する細胞のひとつひとつに呼びかける。

「『血よ、肉よ、生命の階梯を逆廻しに辿れ。我はすべて、すべては我。肉体の奥底に刻まれし記憶のままに』」

「リュナちゃんっ!?」

「『我が身は変ずる(メタモルポーゼース)』」

 余計な布が滑り落ちていく。

 私は自分の体の使い方を知っていた。肩から下に力を込めて動かせば、視線がぐん、と高くなった。

 そして上昇気流に乗る。ポーリンさんの声が、ずっと後ろから追いかけてくる。

 それに構わず、私は目標に向かって飛んで行った。



    ◆◆◆



「こちらにおいででしたか」

 冷たい潮風にも構わず甲板にたたずむ貴婦人に、「バンデリカの騎士」アレクサンドルはそっと声をかけた。裏に毛皮を張ったフードに包まれた顔が振り向く。アレクを認めるその視線は柔和で、優雅な宮廷人が武骨なバンデリカ騎士に向けるときにしばしば含まれる険はそこにない。

「何かしら、アレク?」

 美しい人であった。ドレスの上にマントを羽織った、絵になる立ち姿。微笑みを刻む唇。夢幻の女神ウユローラに似ると称えられる、けぶるような紫の瞳。

 若いころは多くの貴公子を夢中にさせたという彼女もすでに三十代の半ばのはずだった。漆黒の大河とほめそやされた髪にも、こめかみのあたりに白い筋が混じりはじめている。しかし美貌は健在で、むしろ歳を重ねることで優雅さが増しているようですらあった。

「海上が気になるご様子ですが、何かございますか」

 騎士アレクサンドルは一礼して問いかけた。

 彼女はフェルメラン王国の領土の二割近くを占める大領の領主の姉で、実質的に領地を治める領主代行であり、フェルメラン国王の名代として隣国への使節団を率いる立場であった。国境の河――あちらはハベレニ河、こちらはアヴェルディ河と呼んでいる――を挟んだ両国は、小競り合いを続けるのではなく、折々に使節を送り合って友好を確かめ合い、ともに栄える道を選んだ。何百年も前のことだ。

 そして今、彼女はフェルメラン側代表として何度目かのハベルス訪問を終え、今は王都へ報告へ上がるために船旅をしている。

「わかりません。けれど何となく、船室にじっとしていられない気分なのですよ」

「お風邪を召しますので、どうぞ中に」

「領地にくらべれば、この程度の寒さ、どうということはありませんよ?」

 貴婦人はわずかに首をかしげてそう言った。彼女の領地はアヴェルディ河の上流を含む北部地域にあり、王都が秋の終わりを迎えるころには雪に閉ざされる寒冷の地だ。その領主代行が平気だと言うのであればそれは本当なのだろう。

「もう少しだけ。もう少ししたら中に入ります」

 相手が貴人ゆえにあまり強く出られない内心を表情から読み取ったのか、貴婦人は稀な色合いの瞳にわずかな笑みをにじませてそう口にした。気遣いに恐縮し、アレクサンドルは無言で頭を下げる。彼女はまた海の方へと向き直った。

「あれは何かしら?」

 貴婦人の視線の先を騎士もたどった。鈍色の曇り空と、雲の合間からわずかに漏れ落ちる日光をぼんやりと反射する海面の間。白い鳥が羽ばたいている。

「鳥ですね。カモメでしょう」

 ごくありふれた海鳥だ。貴人が不思議そうに見ているその鳥にアレクはたいして興味を持たなかった――その、沿岸では珍しくもない白いシルエットが視界内でどんどん大きくなって、貴人と騎士の真正面に向かって一直線に飛んできていることに気づくまでは。

「まあアレク、このカモメ、私たちに用事があるのかしら?」

 カモメがとうとう船縁へ取り付いた。彼女は優雅なしぐさで手を差し伸べる。それに応えるようにカモメは船縁からまた身体を浮かせて羽ばたいた。

 しかし、すぐに羽ばたきの音はやみ、重さのある何かが甲板に落ちてぶつかる音に変わる。そして、

「た……助けて! 助けてください!」

 驚くべきことに、カモメだったものは人間の娘に変わっていた。目の前に立つ貴婦人のドレスの裾にすがりつき、ナジェド語で懇願した。

 武骨な騎士があっけにとられていると、貴婦人は自らマントを脱ぎながら背中越しに騎士に告げた。

「アレク、殿方は後ろを向いておいてくださいな」

「……! し、失礼」

 カモメから姿を変じた娘は、一糸まとわぬ裸身であった。ハッとしてアレクは娘から目をそらした。

「落ち着いてちょうだい。何があったのか、聞かせてくださる?」

 領主代行はそのマントで娘の身体を覆ってやりながら優しく話しかけた。


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