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23.宿泊所にて2

 詠唱が完了すると同時に、私自身からふわりと魔力が、水面の波紋のように――ただし、立体なので輪状じゃなくて球状に――に広がっていくのを感じた。

 自分を中心とする一定の範囲内に一定の条件を満たす生命体が入ってくると、私にはわかる(肝心の私が気絶したりしていなければだけど)、という魔法だ。ダンジョン内で、索敵しながら慎重に進む……なんてときに使われることが多い、と思う。

 効果範囲も、引っかかる「生命体」の条件も、ルールの範囲内でならその都度カスタマイズできるようになっている。ただ、今の私には、この部屋の少し外側くらいまでの範囲に、人間およびそれに準ずる生物(ルール的にはゴブリンとかもね)が入ってきたときにしか感知できない。

 範囲を広げたり、別の種類のモンスターを感知できるようになるには、ゲーム的には経験点を消費して、呪文のスキルのレベルを上げる――つまり、何度も使って少しずつ習熟度を上げていくしかないのだ、やっぱり。

 今のレベルではダンジョン攻略にはあまり実用的ではないと思う。ただ、範囲内であれば壁の向こうでもわかるので、使いどころがないわけでもないだろう。なお、一般的な生命体以外――アンデッドとか、GMが用意した特殊なモンスターとか――を感知するのはまた別の話になる。

 このあとお湯の支度ができたと呼びに来てくれれば、それを感知できるはずなので、実地練習になる、というわけ。冒険者の仕事ができていない現在、少しでも習熟の機会は逃したくないのですよ――

「……っと」

 とか何とかいってるうちにさっそく引っかかった。同時に魔法は解除されてしまう。効果範囲に対象が一体、入って来たらその瞬間に、効果範囲のどの辺に侵入されたというのがわかっておしまい、というだけの呪文なのだ。これは習熟度を上げても変わることがない。まあ、これ一つ覚えれば万事オッケー、なんて都合のよい呪文は存在しないってことだね。

 お湯にはまだ早いし、誰かほかのメイドさんが通りがかりでもしたかな? と思っていたらノックの音。おや、私に用事?

「はい、居ますよ」

「トランです。入っていいですか?」

「どうぞ、開けてくださいなー」

 何の用だろうと思いつつ、とっさに部屋を見渡してから入室許可を出す。や、ベッドの上の着替え、下着がちゃんと見えないように置いてあるかとかね。一応。

「失礼します」

 ドアを開けて入ってきたトラン君は大きな籠を抱えていた。なんでまた……という私の疑問は顔に出てしまっていたのだろう。こちらから質問するまでもなく、

「そろそろ日差しの気になる時期になってきたので、これから騎士団の当番で日焼け止めを作るんです。リュナ殿も使われるかなと思って」

「日焼け止め?」

「ええ」

 そう言って、籠の中を見せてくれた。籠の底には布が敷いてあり、前世でいう香合(こうごう)のような容器が十数個納められている。

 トラン君の説明によると、フェルメランでは身分の上下を問わず、日差しの強い季節には日焼け止めを塗る習慣があるそうな。

……まあ確かに、アレクさんにしろトラン君にしろ、典型的なフェルメラン人って、髪は黒いけど、お肌は前世の北欧の白人みたいな、真っ白というか薄ピンク。「メラニン色素とは」ってな感じである。日に当たり過ぎたら焼ける以前に真っ赤になって炎症起こして苦しむ人種だということは一目でわかる。

 そういうわけで、これから騎士団の当番でいろいろ炊いたり練ったりして日焼け止めを作るので、ほしい人は容器を預けてくれたら入れて返しますよ、ということらしい。

 おそらく私は、炎症を起こさない代わりにちゃんと焼けるタイプだ。もちろん日焼けがいろいろと面倒なことは人生経験(前世込み)上、よくよく知っているのでありがたくお願いする。

「入れ物、ありますか?」

「大丈夫、ちょっと待ってね……」

 リュックを開け、文箱を出す。……あのノートは迷った末、荷物用馬車ではなく手元に持っておくことにして、下の段の底に入れてある。だけど今用があるのは上の段だ。ちょうど、さっきの籠の中にあるような焼き物の容器をいくつか、小物入れとして入れてあるので、そのひとつを取り出す。今は何も入っていないことを確かめてから、トラン君に差し出してたずねた。

「これで大丈夫?」

「問題ないですよ。これはナジェドの焼き物ですか?」

「ええ、故郷の少し西のあたりの産物なの」

 どこの土地にも、日常の皿や壺の需要を満たすための焼き物があるものだけど、この土地のものは土が良いこともあって全体的にレベルが高く、特に絵付けのうまいある職人さんが立ち上げた工房の品は高級品として外の土地に売り出され、ちょっとした名産品になっていた。実家の店でも取り扱っていたが、主に贈答品用として購入していくお客様が多かったような記憶がある。

 私のこれは、仕入れたものの最後の検品で小さなキズが見つかったため、売り物にしなかった(まあ、何年も使っているうちに自然についたキズに紛れてしまって、今ではよくわからなくなってしまっているけれど)ものだ。

「このあたりでは見かけない感じです。やっぱり土地が違うといろいろと違うんですね」

「土が違うと、焼き物は全然違うわよね」

 そんなやりとりをしていたところで、

「失礼いたします。お湯のお支度が整いました」

 メイドさんが、開けたままの扉から声をかけてきた。

「ではお預かりします。明日、朝一番でお届けに上がりますね」

「ええ、お願いします」

 トラン君は一礼して辞去していった。


 たらいのお湯で身を清め(ついでに残り湯で肌着類を洗濯させてもらって)、すっきりとした気分で部屋に戻ると、さほど間を置かずに夕食が運ばれてきた。

 前世のシリアルボウルくらいの大きさの鉢に入った穀物入りの具だくさんスープ……というかおじやかな、それとソーセージと野菜を一緒に蒸したのが一皿。

 飲み物は、お風呂上がりの水分補給用にと出してくれた地元のお茶(いわゆるチャノキのお茶ではなく、柿の葉茶とかドクダミ茶の類のもの)と、シードルをいただいた。

 旅のうちに知ることになったのだけど、全体的に冷涼な気候のフェルメランでは、ワイン、つまり葡萄酒が生産される土地はあまり多くなく、ナジェドに比べるとワインの入手難易度が少々高いようだ。代わりにこちらではシードル――林檎のお酒――をよく飲む。

 フェルメランで最初に上陸したヴァモントのあたりは、フェルメランでも比較的温暖な土地ということもあり、結構葡萄酒(ワイン)を飲むらしいが、東に行くにつれて林檎酒(シードル)の割合が上がってきた印象だ。

 それ以外で日常に飲むお酒はビール……エールなのかな? まあ、とにかく麦酒ね。もちろん、それらのお酒を蒸留した、地球で言うウィスキーやブランデーに相当するお酒もある。

 この世界で私の年齢なら普通に飲むし、私自身、前世からお酒は好きな方だ。ただ、旅の途中で飲み過ぎて万が一何かやらかしたら大変だし、強いお酒は避けて、もっぱらシードルを選ぶようにしている。ビールよりはシードルの方が好きなのよね。

 スープに入っているのは大麦を押し麦にしたもので、これもフェルメランの気候ゆえ、であるようだ。いつかのヴァモントの屋台の揚げパンも雑穀の割合が高かったし、パンコムギの白いパンは大変な贅沢品というほどでもないけれど、毎日普通に食べるものでもないという位置づけのように思う。

……スープ、美味しいな。よく出汁が効いてる。鴨か合鴨っぽいお肉が少し入ってるし、ヴィオーラ様のメインディッシュのおこぼれかもしれない。大麦のプチプチした食感も楽しみつつありがたくいただく。シードルは発泡酒タイプのもので、やや甘口で飲みやすい。

 温野菜に使われているのはキャベツ(前世の日本で一般的だった、きつく葉っぱの巻いたキャベツはこちらでは見たことがない。一枚一枚がゆったりしていて、チリチリ波打っている葉のものが普通だ)と、これは何だろう? ほうれん草みたいな濃い緑の葉っぱで、ほうれん草より癖がない。あとで誰かに聞いてみるとしよう。

 すべて美味しくいただいた後は、片付けに来てくれたメイドさんと少しだけ雑談をして(さっきのほうれん草みたいな野菜は「常用菜」って呼ぶそうな)、明日の支度をして、それから呪文の復習をしてからベッドに入った。


 翌朝。

 お湯の入った洗面器を持ってきてくれたので、ありがたく顔を洗わせてもらい、ふかした馬鈴薯(つまりジャガイモ。……なんかまたやかましい向きがありそうだが、とにかくこっちの世界にはジャガイモを初めとするナス科の諸々、もしくはそれらに似た何か、が存在するのだ)に、昨夜のおじやから大麦を抜いたようなスープの朝食をいただく。

 身支度してそろそろ部屋から出ようかというタイミングでノックがあって、昨日の籠を抱えたトラン君が来てくれた。

「おはようございます、リュナ殿」

「おはよう。それが日焼け止め?」

 籠をのぞき込む。私の容器も入っていた。トラン君が取り出して渡してくれたのを受け取る。

「まんべんなく塗っておくと、焼けた後でヒリヒリしづらくなります」

 なるほど、焼けること自体よりその後の炎症を緩和する感じなのね。開けてみると、わずかに緑がかった淡い黄色の軟膏状のものが詰めてあった。ふわっと何か、ハーブっぽい香りが漂う。

「ありがとう、早速使ってみるわね」

「はい。また後で」

 そういっトラン君は配達に戻っていった。

 集合時刻も近い。もらった軟膏を、服から肌が出る部分――顔と首、それから服の袖口と手袋の間の部分――に伸ばす。一見オイリーな軟膏だけど、意外にすっと肌になじむ感じがした。

 さらにその上から薄くおしろいをはたいておく。炎症予防の軟膏に加えて、物理的に紫外線をブロックする作戦だ。まあ、いかにも化粧してるという感じにならないようにごく薄くなので、気休め程度かもしれないが。

 日焼け止めは容器の蓋が開かないようハンカチにしっかりくるんでしばってからベルトポーチに入れた。前世の地球の化粧品みたいなウォータープルーフ性能があるわけもないので、こまめに塗り直すのがよさそうね。

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