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黒紫雲の遺稿  作者: 目262
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 このような突拍子もないことが、あり得るわけがない。それは充分わかっているが、紫雲が何らかの方法で未来から来たとすれば、彼についての全ての不可思議なことが説明できる。

 ……何を馬鹿なことを。私は、紫雲が急に亡くなったことに、自分でも驚くほどにショックを受けているのだ。だからこのような戯れ言を考えてしまうのだ。

 やはり、紫雲は純粋に才能のある作家で、ここ数年は幸運にも恵まれていたのだろう。その二つが偶然に重なって、一代で巨万の富を築くことができたのだ。それが事実であり、そこにこのような妄想が入り込む余地などはない。私はひとり苦笑した。

 火葬炉のあるホールに行くと、数少ない参列者が勢揃いしていた。恵美子は頭を下げながら、彼らの間を擦り抜けて一番前に出た。一同の視線は火葬炉の扉に集中する。

 軽い音を立てて、扉が開き、数時間前に紫雲の遺体を載せた台座が滑り出てきた。だが、それを見た我々は一様に驚きの声を上げた。

 恵美子の言った通り、紫雲の骨はかけらも残らなかった。その代わり、黒焦げになった正体不明の小さな機械がいくつも散らばっていた。

 それらは心臓、胃、肝臓などがあった位置に転がっており、各臓器を連想させる形状であった。

 金属や合成樹脂で作られたそれらは、焼けただれてできた凹凸や皺でグロテスクに歪んでいる。表面からは複数の管が突き出ていたが、それらも炎のせいで奇妙な形にねじくれていた。そして機械群には、小さなLEDが数個ずつ埋め込まれており、赤、青、白の光を放っている。

「何だ、これは?」

 誰かが呻くように言うと同時に、紫雲の頭が置かれていた部分に転がっている小さくて丸い機械が赤いLEDを輝かせて、けたたましい音を発した。それは聞き覚えのある、紫雲のしわがれた声だった。

「やあ、山田君!そこにいるんだろう?これを聞いているということは、私は既に死んでいるはずだ。直接言うのは気恥ずかしかったから、こういう形でお別れさせてもらうよ。もう気付いているだろうが、私は君の考えている通りの人間だ。君には本当に感謝している。黒紫雲という作家が存在していたことは知っていたが、私自身が黒紫雲であるという確信は全くなかったからね。文字通り裸一貫でやって来た私は、年寄りの経営している文房具屋から万引きした原稿用紙に、黒紫雲のデビュー作を必死で書き込んだが、君が私の小説を審査していた一週間、私がどれ程不安でいたか、君にはわかるまい。もしもあの小説が採用されなかったら、私は野垂れ死にしていただろう。だが、君が私の小説を買ってくれたおかげで、その瞬間に私は黒紫雲になることができたのだ。君が私を黒紫雲にしてくれたんだ!おかげでいい思いをさせてもらった。人生の最後の数年間を、人類史上最も平和かつ豊かな時代で成功者として過ごせた私は幸せ者だ。君たちにとって見れば、何でもない日常が続く退屈な世の中だろうが、私には本当の楽園だったよ。何しろ、放射能や飢饉、敵のミサイル攻撃に怯えなくていいのだからね!本当にありがとう!それから恵美子のことは申し訳ないと思っている。人並みの恋愛がしたくて恵美子と結婚したが、私の身体は生きているだけで精一杯だった。だから彼女の不満のはけ口として、君に相手をしてもらったんだ。私はこの数年、実に幸せで不思議な気分だったよ。一体、黒紫雲の小説は本当は誰が書いているんだと思った。この作品群には、確かに私が経験したことが書かれているが、私自身は単に、メモリーにセーブした黒紫雲の作品集を原稿用紙に書き写しているだけなんだからね。もしかしたら、時間そのものが私を通じて黒紫雲の作品を作っていたのかも知れない。何のためにそんなことをしたのかまでは、わからないがね。それから連載中の小説だが、実はもう最終回まで完成させてあるんだ。期日指定で郵送したから、もうじき君の元に届くだろう。あの物語の主人公たちが君と恵美子に似ていることは気づいているだろうが、決して君たちの不倫に嫉妬して復讐のつもりで書いたわけじゃない。私はメモリーされた黒紫雲の作品集をコピーしただけなんだからね。したがって、あの小説が何故書かれたのかは私にもわからないんだ。しかし、あの主人公たちはおそらく君と恵美子だろう。だから、モデル料と、世話になったお礼として、私の遺産は君と恵美子で分けたまえ。まだ何十億円かは残っているはずだから。楽しみにしてくれたまえ。君たちの辿る運命を!おっと、もうメモリーの容量がなくなってきた。それではさようなら。頑張って、生き延びてくれたまえ!」

 その後は笑い声が延々と続き、次第に機械からは輝きが失せ、ついに何も喋らなくなった。その場にいた全員が顔面蒼白で、焼け焦げて動かない機械の残骸をいつまでも見つめていた。

 誰もが沈黙する中、恵美子の悲鳴だけが斎場中に響き渡っていた。

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