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そこへ、ドアが開いて係の人間が入ってきた。
「そろそろ骨上げの時間ですので、おいでいただけますか」
恵美子はその途端、悲嘆にくれる未亡人に豹変した。目頭をハンカチで押さえながら立ち上がる。
わざとらしくうなだれて歩きだす彼女の姿に、先程の涙は何かの見間違えだったのかと思わざるを得ない。私はため息を吐いて恵美子の後を追った。
歩きながら私は妄想に近い考えに捕らわれていた。ホラー本ばかり作ってきた職業病なのかも知れないが、これまでの恵美子とのやりとりと、そこに私自身の経験を加えると、考えないではいられないのだ。
もしかしたら、紫雲は初めから全部知っていたのではないか。
自分の小説が売れることも、株や賭け事が必ず当たることも。私と恵美子が不倫をすることも。そして、自分が死ぬことも。
最後の日に、社を訪れたのは私に別れを告げるためだったのではないのか。
少し前から時折、このような妄想をしてしまうことが多くなった。それには訳がある。
近ごろ、どうしても気になることがあった。世の中の動きが紫雲の小説に似てきているのだ。政治、経済、国際関係、自然現象と、かなり具体的な事象が紫雲の書いた通りになってきている。ただの偶然とは思えないくらいに。
紫雲の小説は、妙な現実感にあふれていた。まるで、実際にそれを見てきたように生々しかった。
紫雲は、株や賭け事は大穴ばかり買っていた。それはマスコミが記録に残すようなものばかりだ。逆に、誰でも予想できる安定株や鉄板レースには決して手を出さなかった。それらは当たり前すぎて記録にも残らない。
つまり、記録を見れば誰でも当てることができるものばかり買っていた。
無論、そんなことができる筈はない。それらの記録は未来のものだからだ。
だが、紫雲は見ることができたのではないか。急伸した株の銘柄も、歴史的な大穴馬券も、新聞やメディアには載る。紫雲はそれを見たのではないか。破滅に瀕した未来で……。
紫雲の小説に出てくる未来の人間達は、痩せて、顔色が悪く、遺伝子に重大な欠陥があると書かれてあった。内蔵が機能せず、多数の人工臓器を使って補っていると。
いつだったか、その姿が紫雲の外見や雰囲気に似ているのを指摘したことがあった。彼は薄く笑って、もしかしたら自分は未来から来たのかもしれないと答えた。私は冗談だと思ったのだが。
紫雲はその時、初めて名前の由来を教えてくれた。黒紫雲は、〈くろしうん〉と読むが、雲の字を〈くも〉にして、後ろから逆に読むと〈もくしろく〉になる。自分は生きた黙示録なのだと、紫雲は寂しげに言っていた……。