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黒紫雲の遺稿  作者: 目262
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 自分の名刺を渡し、紫雲の連絡先を聞いた。彼は住所不定だった。唖然とする私に、一週間後にまた来ると言い残して、紫雲は帰って行った。

 私はその直後、原稿を編集長に見せた。案の定、彼も作品に魅せられ、我が社が出しているホラー雑誌への掲載が決まった。翌週、そのことを来訪した紫雲に伝えた。ただ、小さな出版社だし、無名の新人なので原稿料は少ない。紫雲は判ってくれたが、金は今欲しいと言った。前に会った時よりも彼は痩せさらばえ、動く死人の様に見えた。この一週間、殆ど食べていないと言った。

 その時の紫雲は、本物のホームレスだった。私は仰天して近くの食堂に連れて行こうとしたが、彼はそれを断り、現金だけくれればいいと言う。その表情は外見では判りにくいが、ひどく急いでいるようだった。

 経理を通す暇がないので、私は財布から原稿料に相当する紙幣を出して彼に渡した。紫雲はそれをひったくると、社を出て足早に地下鉄の駅に向かった。

 私は彼を心配し、後を追った。同じ車両に乗り込み、行き先を尋ねると、渋谷の場外馬券売場だとのことだった。

 餓死寸前の状態でやっと手にした現金を賭事に使うというのだ。私には考えられなかった。

 そんなことに使わずに、まず何か買って食べた方がいいと忠告したが、紫雲は全く聞き入れなかった。

 私は、彼の作品を認めていたが、だからといって彼自身に対して好感を抱いたわけではない。勝手にしろ、無一文に戻って泣きを見るがいい。そう思った。

 むしろ、その方が都合がいい。喰う金すらも失って途方に暮れるこの男に温情を示して、いくばくかの現金を渡してやれば恩を売ったことになり、今後の付き合いで優位に立てる。この男にはあと二、三、小説を書いてもらうつもりだった。こちらに有利な条件で契約できるだろう。

 紫雲は三連単の一点買い、それもどう見ても勝算のない大穴の馬券に全額を注ぎ込んだ。私はこの男が大の博打好きで、それが原因で今の様な生活をしているのだと思った。

 しかし、それにしても無謀過ぎる。私は彼の正気を疑った。

 だが、実際にレースが始まってみると、本命や有力馬が次々に脱落し、紫雲の買った馬が見事に勝利した。馬券はマスコミに大きく報道される程の歴史的な高配当になった。

 喜ぶでも興奮するでもなく、当然の様な顔で札束の山を無造作にぼろぼろのコートのポケットに突っ込んで、紫雲はまず綺麗な服を買い、それから高級レストランでフルコースの食事をした。

 一瞬で大金持ちになった紫雲を、私は呆然として見つめることしかできなかった。

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