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黒紫雲の遺稿  作者: 目262
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 斎場の一隅に用意された二十畳余りの控え室、私は恵美子と二人きりで座卓を挾んで足をくずしていた。壁に掛けられた時計は、あと三十分程で午後四時。黒紫雲の火葬が始まる時間だった。

 黒紫雲くろしうん。ここ数年間、近未来の破滅ものをテーマにした小説群で一世を風靡し続けた人気ホラー作家の葬儀にしては、参列者は極端に少ない。

 熱狂的ファンが押し掛けるのを避けるために通夜、告別式共に密葬にしたのだが、それを差し引いても、この場にいる人数は少なすぎた。私を含めた出版社関係の者と、喪主である夫人の恵美子を合わせて十指に満たない。生前の紫雲が如何に人付き合いを疎かにしていたかがわかる。

 加えて、彼には親類関係がまったくいなかった。初対面の時、生まれついての天涯孤独と、自慢とも自虐とも受け取れる薄ら笑いを浮かべて、私にしわがれ声で言ったことがあったが、本当にそうだったのだと再認識させられた。

 数年前に初めて会った時、彼はホームレス同然の身なりをして、私が勤める三流出版社の待合室で、ひび割れが目立つ黒革のソファーに腰掛けていた。横に枯れ木を並べたら区別がつかない程に痩せて、顔色が悪く、汚い格好だった。

 若くないのは分かったが、具体的にどの位の歳なのかは全く不明だ。骸骨のような手の指の間に、それだけは真新しい数百枚の原稿用紙が挟まっていた。

 作品の持ち込みは常時受け付けている。この男も数ある作家志望の一人だった。入社間もない若手の私が持ち込みの担当だったので、彼の正面に座り、短い挨拶をした。

 彼はその時から黒紫雲と名乗っていた。到底本名とは思えないので、再度名前を尋ねても黒紫雲としか答えない。その態度に反感を抱いた私は憮然として原稿用紙を受け取った。

 私は何の期待もしていなかった。どうせこれまでの者達と同じで、作家になりたいという気持ちばかりが先走りしている、稚拙な素人の作文に違いないと、たかをくくっていた。さっさと流し読みして、講評という名の酷評を言い渡し、敗北感を与えた上で追い出してやろうと思った。

 間違っていた。男の作品は衝撃を受けるのに充分だった。細かいところは粗く、直さなければならなかったが、作品の持つ力に圧倒された。

 彼の小説テーマは最初から破滅ものだった。歯止めのかからない温暖化。世界中で続発する気候変動が原因の大凶作。途上国の人口爆発で不足する食糧とエネルギー資源。経済縮小のせいで激増する失業者。限りの見えた食糧や資源を巡り深まるばかりの国家間対立。すべてが行き詰まり、それらの問題が何も解決されないまま遂に大規模な戦争が勃発して人類は救いようのない苦しみに陥っていくという筋だった。話自体はありふれた、誰にでも思いつくものだったが、破滅的な世界と、そこに生きる人々の生きざまについての描写は凄まじい迄に生々しく、現実味を感じさせた。

 加えて日本のみならず諸外国の政治、経済、軍事、文化、宗教についての造旨も深く、それらが世界の破滅に際してどのように関係し、変化していくのかを緻密に描いている。

 そして何よりも作品全体に漂う重く暗い絶望感は、それまで味わったことのないものだった。最後まで一気に読み通した私は、紫雲の世界にすっかり引き込まれてしまっていた。これは売れる。私は確信して原稿を預かることにした。

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