銀色の記憶2
未だ謎に垂れ流し中・・
上司から聞いたのは驚愕の事実だった。
匂わないのに独特の雰囲気を残り香のように漂わせた男。
父を命の恩人と呼び、俺に先輩と呼べと言った嵐のような男。
彼は、俺ごときが‘さん’という敬称で呼んで良いような役職の人間ではなかった。
つい数分前の先輩と呼べといった時の彼の言葉を思い出す、だからあんな風に言ったのだと。
俺、頷いたよな・・この気持ちは、後悔というより面倒くさいという方が正しいのだろう。
肩を落とした俺の背中を上司がぽんっと叩く。
「まぁ、公安だ。俺たちとじゃ永遠に平行線なんだよ。‘変わり者’って噂もあるし、気にするなよ!対面で会う機会なんてもうないだろう。」
上司の他人事という安心を含んだ言葉に少しイラっとしながら、適当な相槌を返した。
父は立派な人間だった
と思う。少なくともそう聞いている。
俺が知っているのは父親としてのあの人、そして高校2年の冬までだ。
あの冬、人の命の儚さや運命の残酷さを惨めなほど味わった。
そして自分の無力さを嫌というほど攻めた。
それに納得のいく答えはなくて、日常が色褪せてしまう程の衝撃を与えただけだった。
安らかな笑顔で逝ってくれたらいい。
俺が思うのはそんな小さな、それでいて傲慢な想いだけだ。
残された銀色のZIPPOは、俺への戒めだ。
鏡のように己を映し出すと、本当の自分と向き合える気がした。
そして、それで火をつけたタバコを吸っていると、父と語らっているような気持ちになった。
父と同じ仕事について思ったのは、組織というクダラナイ仕組みと‘己’に対する人間の欲深さだけだった。
だから、わざと誓いを立てた。
‘笑顔で逝ってもらうために、そして死んだ被害者には真実を’
俺の目的はそれだけだ。父の死がもたらした疑問を解いていると、そんな誓いを立てることになったのだ。
これは正義感ではない。俺が存在するための理由付けに過ぎなかった。
「磐田くん♪」
喫煙所で少しだけ過去に酔いしれていると、例の男と再び出会った。
しかも自分の背中から、恋人でも抱きしめるかのような抱擁をする。
「あ、雨宮警視長!?」
咄嗟にタバコを灰皿へ放りなげ、身を硬くする。
「あー、傷つくなぁ・・呼び方、違うでしょ?」
背中の男は、慣れたように甘える女のような口調を用いる。
アイツ・・嘘つきめ!また会ったじゃねぇか!!だからその年で平なんだよ!!
上司へ逆恨みをしながら、どう反応すべきか思考を巡らせた。
腕を放したかと思うと、躊躇のない手つきで俺の内ポケットを探る。
「ちょっ!!やめてください!ZIPPOならここですから!!」
慌てて離れると背後の男と向き合った。
!!
一瞬だけゾクっとするような鋭い目つきをする男。
彼は、すぐに見間違いかと思わせるかのような満面の笑みを浮かべた。
「さすが♪優秀だね~磐田くん♪」
「・・・。」
俺の差し出したZIPPOを慣れた手つきで弾くように扱う。
そして、灯った炎をふっと陰るような、もの悲しそうな表情で見つめる。
なぜそんな顔をするのか、すべては銀色の中に記憶されているような気がした。
改めて、彼は独特の雰囲気を纏っていると思った。
その一連の仕草を見ていた俺に気づいた彼は、こちらに視線をやると眉を寄せて困ったような顔を作った。
「‘先輩’って呼んでって言ったのに・・」
「えっと・・さすがに出来かねます。自分の立場は把握しておりますので・・」
視線を泳がせる俺が可笑しかったのか、彼はふっと笑った。
そして真面目な表情で言う。
「俺は、そんな言葉が聞きたいんじゃないけど?」
謝罪か?キャリアってそればっかりだな・・どこまで俺で遊ぶ気だよ・・
「・・先日は・・立場も弁えず失礼致しました。」
脇を締め、40度でお辞儀する。一応に申し訳なさそうな表情も添えた。
「ぶっ!さすが!‘鬼の磐田’の息子!やべー、いいな~お前、いい!!」
手を叩き爆笑する男に苛立ちを感じながら、俺は自分の存在意義を繰り返した。
好きなだけ笑えばいい。暇つぶしになるなら逆に本望だ。
そして、こんなヤツに興味はもはや無い。
「は~笑った!真面目でいいけど、俺が望んだのはそんな無駄な行為じゃない。」
面食らったようにしていると、彼は先日と同じ言葉を口にする。
「雨宮先輩って呼んでくれって言っただろう?誰が何て言おうが関係なく、俺はそれを望む。そして、お前はそれに頷いた。まさか、肯定を覆す事は無いだろう?」
是か非かを問うのか・・コイツ・・やっぱ‘変人’だ。
「いえ・・あの・・さすがにそれは出来かねます。」察しろよ!!無理だって、分かるだろう?学生かよ!必死に目で訴えるも、彼は表情を崩すことがなかった。
「・・真面目に加えて頑固か・・仕方ないな~俺は今日からお前のことを暁って呼ぶから♪慣れたら成先輩って呼んでくれよ♪じゃ!」
そう言って颯爽と居なくなる背中を、呆れた表情で見送るしかなかった。
俺はこの日からその喫煙所を使わなくなった。
できるだけ避けたかったというのが正しい。
「面倒ごとは嫌いなんだよ。」
俺は、言い聞かせるように銀色に映る自分に呟いたのだった。
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