銀色の記憶1
大切なZIPPOの話
ジュッ、ジュッという音と共に目の前で火花が散る。
焦って咥えてしまったタバコが力む前歯で潰されていく。
少しずつ苛立ちながら角度を変えて銀のそれの細部を見る。
僅かな隙間を見つけて募る苛立ちはピークに達する。
「っくそ!石か・・オイルだったら・・あー今度から常備しとくか・・」
カチンという独特の音で閉じられたZIPPOを内ポケットにしまう。
諦めた様に咥えていたタバコを潰そうと口から外すと、誰かの手が目の前に火を作る。
視線をやると、見知らぬ男だった。
署内の人間には違いなかったが、今まで会ったことのない男。
独特の雰囲気を持つ、まるで空気のような男だ。
公安か?なぜか一瞬だけそう思った。
「ほら、火。」
すぐに咥えなおして、ペコっと頭を下げるとそのまま火を借りた。
煙を吐きながら視線をやると男に見つめられていた。
熱心な視線。
男に見つめられても・・不審を抱きながら男を探るように見た。
年齢は35歳位、俺よりも長身で、意図的にしているのか、全体的に色素が薄いような印象を与える容姿をしていた。
俺は一見した後、気まずい雰囲気に視線を迷わせ、ただ煙を見つめることしか出来なかった。
「お前さ、刑事部の磐田だろ?磐田暁」
視線を上げると、男は自分をよく知っているとでも言いたそうな顔でこちらを見ていた。
「あ、はい。えっと貴方は・・」
「ん?俺は雨宮・・雨宮成だ。」
そう言って警察手帳を見せる仕草は、同じ警察官にする行為には見えなかった。
咄嗟の仕草に、公安って大変なんだな・・と思いながら、返す言葉を探して目に付いた名前に注目する。
「へぇ。雨宮さん、成るって言う一字でシゲルなんですか?初めてお会いしました。カッコイイ名前ですね!」
雨宮成は、一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐに目を細めるとふっと笑った。
おかしなことを言っただろうか?
俺はそれを誤魔化すように煙を大きく吸った。
「さっきのライター・・」
「え?」
「あぁ、突然すまない。さっきのZIPPOって、君のお父さんのだろ?」
「え?なぜそれを?」
「俺の・・命の恩人だ。お前のさっきの仕草とか似てたから、‘まさか’って観察してた。さっきZIPPO見て確信したんだよ。あの人、ずっと・・愛用してたからな。」
そう言われて俺は胸の内ポケットからそれを取り出した。
純銀で出来たそれは、持ち主を失っても細かい無数の傷によってその年月を継続して刻まれていた。
「ちょっといいか?」
掌をこちらへ差し出した雨宮成へそれを渡す。
キンっという高い音が鳴って、自分ではない誰かの手でそれが開かれるのを俺は久しぶりに見た。
雨宮成の懐かしむかのような表情は、より鮮明な景色となった。
俺は、父を命の恩人というその男に少しだけ親近感のような情が芽生えた気がした。
しかし雨宮成はすぐに射抜くような視線と微妙な角度を作ってこちらを見る。
!!
・・コイツ絶対只者じゃない!俺の身体はそれを一瞬で悟った。
カチっという金属音でそれは閉じられた。
ふいに、銀のZIPPOが雨宮成の手元で光を反射したように見えた。
思い出は終わったのだろうか?
恐る恐る見ていると雨宮成はZIPPOに視線を戻して口を開いた。
「俺は・・あの人がこれで火をつける仕草が・・本当にカッコイイと思ってた。俺の・・憧れ・・だった。」
「・・・。」
俺はあまり他人に興味が無い。正確には持たないようにしている。
偶然にしろ必然にしろどこかで人は死ぬ。
父の死から俺は人の死体を見すぎたのかもしれない。
たくさんの死は、無念。憤り。悲しみ。負の感情を抱いているように見えた。
だから身近にいる人間に下手な興味を持つことを避けてきた。
そんな事を考えながら、短くなったタバコを灰皿へ強く押し付けた。
未練があるかのような煙が薄れて消えた。
俺は、目の前の男からすぐにでも立ち去りたい気持ちになっていた。
「やっぱZIPPOはいいよな・・俺も同じの買おうかな♪」
人質をとった知能犯と対峙しているような妙な感覚を味わいながら、俺はただ黙って目の前の男から意識を反らせずに困惑していた。
「はは、そんな顔するなよ。先ほどはすまない。今さっきこちらへ来たばかりでね、色々と気が置けなくてさ。君を試すようなことをしたかな~。でも、やっぱりあの人に似てる、いい‘勘’だ!」
そう言って俺の元へZIPPOを戻すと、意地悪そうな顔をして笑った。
「あ、俺のことはこれから雨宮先輩って呼んでいいから♪誰が何て言おうが関係なく、俺はそれを望む。それを忘れないでくれよ。」
言っていることの意味も良く分からないまま、戸惑いつつ頷いた。
俺が大した反応もできないのを気にもせず、彼は笑顔だった。
そして徐に携帯を取りブツブツ言いながら予定を確認し始めた。
「次15階A会議室ですか・・はぁ・・めんどくさ・・」
どうやら会議があるらしい。
すぐに踵を返して携帯をいじりながら雨宮成はいなくなった。
嵐のようなヤツってあんな人間を言うのだろうか?
少しして上司がここへやってくるまで、俺はその独特な雰囲気の余韻に浸っていた。
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